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この歌声(こえ)君に届け  作者: 水乃琥珀
38/47

本当の自分を 愛してあげること #1

ここから年末まで、新たなステージに突入します。

  目が覚めて。


  見慣れない天井を見て。


  一体、何が起こったのか―――

  ぼんやりとする視界では、すぐには わからなかった。


  鼻につく《独特な匂い》と、左腕の妙な《違和感》。


  自分の《キライ》なモノを感じ取って、恐る恐る左方向に視線を向けると。


「………………うわぁ……………」

  予想した通り。

  点滴に繋がれた 自分の手。


「うえぇ…………」

  ここが どこなのか。

  奏良そらにとって《大嫌いな場所》――――《病院》以外にありえない。

「…………何で………?」


  こうなるまで、何があったのか。


  東京から長野のフェスに来て、たくさんのアーティストの演奏を聞いて。

  目的だった『Gabrielleガブリエル』を見学して、自己嫌悪に陥って 動けなくなって――――


  あぁ、そうだった。

  それで、『Little Crown』の人たちに出くわして………それから――――

  

「!!」


  一人では耐えきれない。

  そう思った瞬間に現れたのは、おりみことの二人だった気がする。

「いや、気のせいじゃ………ない………」


  声も。香りも。

  抱きしめられた時の体温ぬくもりも、幻などではなく《本物》だった。

「……………もしかして、探してくれていた………?」

  そうとしか考えられない。

「……………心配させないために、一人になったのに………」


  弱っているのは、自分でもわかっていたから。

  与えられた《三日間の休み》を利用して、自分の中に《閉じ込めたモノ》を、ガッツリと《掘り起こす》つもりだった。


  今度こそ、きちんと消化して、それから メンバーのみんなに会おう。

  こんな状態では、とても恥ずかしくて 彼らの前に立つことなんかできないから。


  逃げて、逃げて、そのうち どうにかなると 誤魔化して。

  上辺うわべだけを拾って、あたかも それが《全て》だと思おうとして。

  一体いつまで、目を背けるつもりだったのか。

  現実を見ろ。

  《戦っている》と勘違いしていたのは自分だけで、実際は 何も掴めていなかったではないか。

「…………………馬鹿みたい」


  似ていると―――あの『青山シド』と似ていると言われるのが嫌だった。

  直接会ったことはないし、実際の人物が どういう人かなんて、本当は知らない。

  知っているのは、客観的な事実だけ。


  母が二十四歳で結婚した時、シドは まだ十八歳だった。

  地味で真面目な 保険会社の外交員の母と、派手な外見と 不規則な生活を中心としているミュージシャン。

  どこで どういう出会いをして、結婚に至ったのか、何も知らない。母は何も言わなかったから。

  当然 親戚中から反対をされて、駆け落ち同然で籍を入れたらしいが、その結婚生活は長くは続かずに わずか一年と少しで終りを迎えることとなる。


  離婚して、二人が別れたあとに、奏良そらは誕生した。

  誰の子なのか―――なんて、その《造作》と《色彩》を見れば、誰もが容易にわかっただろう。よく『女の子は父親に似やすい』といわれることがあるが、まさにその通り。


  左目は 《自由》を表す《みどり色》。

  右目は 《知性と理性》を示す《あお色》。

  両目の色が異なる、稀に見る《オッドアイ》――――父親のシドと同じく、生まれた時の奏良そらは そういう特殊な外見をしていたのだ。


  日本人なら、通常 目の色は黒や茶色だと思われがちだが、実は 東北地方や九州地方でも、青系の目の色の人は存在するという。

  日照条件や気候などの影響もあり、生粋の日本人であっても 実際にそういう色もあり得るし、またそれは大人になるにつれて 徐々に色も変化していくといわれていた。


  奏良そらの母は、東北から関東に出てきた《元 東北人》であるらしいから、青系の目の色の子供が産まれてくる可能性はある。

  それに、なんといっても――――――シドそのものに 外国の血が複数流れているから、《黄色人種》というより《白人系》の色合いが強いのは、当然ともいえる。


「………………はぁ」


  何故、母は、最期まで シドについて何も語らなかったのだろう。

  あれだけ、親戚から酷い言葉を投げつけられても、言い訳さえしなかった。

  自分さえ口をつぐんでいれば、娘は守れると思っていたのだろうか。

「……………ずっと前から、本当は知ってたし」


  さすがに、親戚だって 幼い奏良そらの目の前で非難することはなかったが、子供だからとはいえ《大人の話》が理解できない訳ではない。


  シドは、母をもてあそんだだけの、悪いヤツ

  不真面目で、情もない。

  だから、妻も娘も平気で《捨てた》のだ。

  娘だって、アイツの血を色濃く引いているのだから、きっと《ろくでもない人間》に育つはずだ。


  ずっと、影では そう言われてきた。全部、聞こえていたから。


  『悪い男の 娘』。

  アイツと同じ血が流れていることが、心底 嫌だった。

  幼い頃の写真を封印して。似ているといわれる部分を、意識的に できるだけ《削ぎ落として》。

  それでも、父娘おやこという事実は消えないから、常に 心の奥に居座って、それが嫌で、好きだった《歌》からも 遠ざかるしかなくて。

  

  けれど、シドが所属するロックバンド『Gabrielleガブリエル』は、テレビやラジオ、街中のモニターやポスターなど、そこら中に 溢れていた。

  見ない。絶対に、見るもんか。

  かたくなに拒否をすればするほど、嫌悪だけが募り、真実がどうかなんて 考えられなくなって。


  本当は、知らないのに。

  シドが、親戚の言う通りの『悪いヤツ』かなんて、何一つ 知らないのに。


  自らの目で見て、判断する。人の噂や判断などに、惑わされてはいけない。


  いつだって、何だって、物事に対して公平に、冷静に向き合ってきたはずなのに、シドに関することだけは そうはいかなくて。

  

  パフォーマンスをしている姿を きちんと見たのは、今回が生まれて初めてだった。

  誰もが認める、圧倒的な《歌唱力》。

  五十二歳になったはずなのに、衰えない《容姿》と 他者を圧倒させる《存在感》。

  長年、音楽業界に君臨してきたのは伊達ではない。バンドとしての《演奏技術》も、圧巻だった。


  あぁ――――これがプロ。

  これこそが、本当のプロなのだ、と思い知らされた。

  恥ずかしかった。

  同時に、悔しくて、悔しくて。


  嫌って、見ようともしなかった相手の実力が、まさか これほどだなんて。

  嫌う資格なんて、始めからない。同じ土俵に立ってもいないのに、なんて自分は傲慢だったのだろう。


  何故、もっと早く向き合おうとしなかったのか。

  見ればよかったのに。

  そうすれば、いかに自分が《無力》で《中途半端》なのか、ひと目で 気付くことができただろう。

  今になって――――どうすればいい?


  呆然と、目の前の光景に どうにもできずに立ち尽くしていた所に、あの四人に捕まってしまったのだ。

  動揺していたとはいえ、『Little Crown』の先輩たちが何と言おうと、これまで通り 流せばよかったのだ。


  ただ、《余裕》が無くて。流せなくて、受け止めることもできなくて。

  こぼれてしまう涙にも抗えず、必死で唇を噛んでも どうにもできなかった。

  あの時、おりみことが来なければ、一人無様に 泣き出していただろう。


「………………どうして」

  何で、来ちゃうかなぁ………。


  こんな姿、見られたくなかったのに。

  だから、誰とも連絡がつかないように、あえて携帯の電源を切って 行動していたのだ。

  何で、長野だと わかったのだろう。

  何で、あんなふうに庇ってくれたのだろう。  


  …………いや、本当はわかっている。

  彼らは、みんな 強くて優しいから。


  壁にぶつかっているのは 誰もが同じなのに、メンバーとして、助けようとしてくれて。

  『STELLAステラは、何があっても五人で一つ』

  それを――――守ろうとしてくれて。


  何をしてる?

  こんなところで。

  誰よりも応援してきた候補生たちの、ちからになりたくて。彼らのためになるなら 自分さえも利用してやろう―――そう覚悟を決めて 参加を始めたはずだったのに。



「………………奏良そらさん?」

「!」

「気が付いた?」


  ベッド周りを覆っていたカーテンを 少しだけ開いて顔を覗かせたのは、見慣れた二人の男。


  あぁ―――――本当に。間違いなく。


  おりみことだったのだ。


*  *  *  *  *  *  *  *


  そろそろ点滴も終る頃だと、そっと様子を見に行ったおりは、ベッドに寝ながらも 目を開けている奏良そらの顔を見て ホッとした。


  顔色が、良くなっている。

  点滴の効果、すげぇ。


  崩れ落ちる後ろ姿を見た時、心臓が止まるかと思ったのだ。


「………っ!」

「?」


  バサッ


  目が合った瞬間。

  あろうことか、奏良そらは勢いよく布団をかぶり、目の前から 逃亡を図った。

「!?」

「………はぁ?」


  まったく、意味が無い。

  奏良そらにしてみれば 恥ずかしいのだろうが、それにしても―――布団をかぶるなんて、それしか選択肢が思い浮かばないなんて。


  ……………子供ガキかよ。

  本当に、やることが 可愛すぎる。

「………布団かぶって、何してんの?」

「っていうか、点滴! 奏良そらさん、引っ張ってる!」

「だ、だって……」


  …………おりくん、めちゃくちゃ怒ってるし。


「……………」

「……………」

  みことと二人で顔を見合わせ、なんともいえない気持ちになる。


  いや、それは そうだろう。

  心配させといて、ようやく見つけたと思ったら、目の前で倒れるなんて。

  肝が冷えたなんて、そんなレベルではない。

  本気で、焦ったのだ。

「………怒られるようなことをしたのは、どこの誰だよ?」

「うっ」

「ま、まぁまぁ……大事に至らなくて良かったじゃん」

「良くねぇよ」


  過度の心労ストレスと、度重なる寝不足。

  食欲低下が原因の、栄養不足と貧血。

  そんな中で、あれだけ 無茶苦茶に働いていれば、身体が《悲鳴》を上げるのは当然だ。


  今回、たまたま点滴だけで済んだものの、そうでなかったら どうするつもりだったのか。

「………《体調管理》は、社会人としての《基本》じゃなかったっけ?」

「……………ハイ」

「………やむを得ない理由なんか、無かったよな? 自分で、防ごうと思えば 防げたことだよな?」

「…………返す言葉も ゴザイマセン………」


  一人で何もかも抱え込んで、相談もなく、頼ることもせず。


「…………何で、何も言わないの」

「………それは………」


  ずっと、何かと戦っているのは知っていたし、根本的なところを解決しない限り、奏良そらの《異常》ともいえる《自己批判》は、改善されないだろうと思っていた。


  話してほしくて。

  極めて個人的な、内面プライベートなことであろうと 気にせず打ち明けて欲しかった。受け止められるような男だと、思ってほしかった――――というのが、偽らざる本音。

「頼れ、って―――――言ったよな?」

「………おり

  言い過ぎだ……と、制止するみことの《言いたいこと》もわかるが、今回ばかりは 見過ごせなかった。


  別に、責めたい訳ではない。

  傷付いてほしくないと思うがゆえ、この際だから、きっちりと《教育》をしたほうがいいだろう。

「―――――――約束して」

「………え?」


  逃げられないと観念したのか、布団から顔を出し、こちらを見上げる瞳は、いつも通り 真っ直ぐで。

  透き通って、律儀にも 何でも吸収してしまうから。

「これからは、ちゃんと 言って」

  話してほしい。

  奏良そらが、無防備なくせに 何でも受け止めようとするのなら、それでもいい。

  悪いものだけを こちらで排除していくから。


  何をしてもいい。好きなようにすればいい。


  その代わり、オレの見えない所には行くな。


「ちゃんと 話することと、一人にはならないこと」


  これくらい、約束できるでしょ。


「えーと……」

「――――――返事は?」

「……………そういえば、《あの四人》は?」

「!」

「!」

  この期に及んで、まだ《他人》の心配してるのか!?


「……………奏良そらさん?」

「だ、だって……………私のせいで、揉めてほしくないし」

  今は プロジェクト参加のため、一時活動休止中とはいえ、『Little Crown』というグループに まだ籍があるから、心配しているのだろうが。


  非常階段で見かけた、《あの日》。


  おりにとって、トーマたち四人は、すでに《過去の人》となっていた。

  一度、心のシャッターを閉めたら、二度は無い。


  正式に話し合ってはいないが、おそらく みことだって ほぼ同じ考えではないだろうか。

「…………心配しなくていい」

  そこは、おりたちの問題なのだから。

「でも………!」

「でも、じゃねぇ。人の話、聞いてた?」

「う…………」

「返事は?」

  引く気なんて、さらさら無い。

  どんなに可愛い顔をしようと、負けないからな。


「……………心配かけて、ゴメンナサイ」

「…………うん」

「それから――――――ありがとう」

  諦めずに、こんな所まで探しに来てくれて。


  こんなこと言うのは、不謹慎だけど――――

「庇ってくれて………本当は、すごく安心したし………その、なんていうか」


  …………………嬉しかったから。

「!」

「!」

  

  視線を斜めに反らしながら、耳まで赤く染めて。


  その姿を見た瞬間――――おりの身体は 自然に動いていた。


  みことが止めに入る間もなく、するりと 奏良そらの横になるベッドに手をついて。

  そして―――――


  ちゅっ


「!」


  奏良そらの額に。


  おり自身も無意識に、キスを落としていたのである。


*  *  *  *  *  *  *  *


  日付が変わって、十二月 四日になっていた。


  長野の病院を出た時には、すでに最終電車の時間に間に合わなかったため、奏良そらたち三人は 夜行バスで東京へと戻ってきた。

  

  最寄り駅には 末弟のひなたが迎えに来ており、おりみこととは そこで別れたのだが。


  帰りのバス車内では、なんともいえない《空気》が流れていた。


  原因は、一つしかない。


  おりから落とされた、額へのキス。


「……………………っ!」


  どくんっ


  思い出しただけで、心臓が変な動きをする。

  ぬるめのお風呂に浸かりながら、奏良そらの体温は一気に上昇した。

「??」


  何だったんだろう。

  おりが どういうつもりで、どういう思いで あんな行動に出たのか。

  奏良そらには、まったくわからなかった。


  ただ、わかるのは――――ものすごく、むず痒い。

  全身を掻きむしって、大声を上げたくなるような衝動に駆られて、慌てて 口元を押さえていた。


  時刻は、午前三時 半。まだ深夜なのだ。

  こんな時間に、騒ぐわけにはいかない。

「……………奏良そらちゃん? 大丈夫?」


  心配したひなたが 脱衣所から声をかけてきたが、悟られるわけにはいかない。

「………だ、大丈夫」

「倒れた後なんだから、長湯はダメだからね。早く出てきなよ」

「わかってる。心配かけてごめん。ひなも、早く寝なさい」

「平気だよ、ぼくも明日は休みだし」


  ぱちゃん


  浴槽の水面が、静かに揺れる。


「…………………ねぇ、ひな」

「………何?」


  生まれた時から、見てきた弟だ。

  けれど、常に 一緒にいたわけではない。


  高校生になった奏良そらは、弟から逃げたのだ。

  母の死に耐えきれず、伸ばしてくる《無垢な手》を振り払ったも同然。

  汚れのない瞳で見上げてくる幼子を、家に置いて――――DHE MUSICという《逃げ場》を作って。

「………………ごめん」


  ひなたは、始めから《正直》だった。


  奏良そらがいないと、ミルクを飲まない。

  奏良そらが抱っこしないと、眠らない。

  奏良そらが歌わないと、笑わない。


  ベビーシッターも、乳児園の先生も、誰が相手しても無理だった。

  『TEMPEST』の全国ツアーに帯同して、アルバイトスタッフとして全国を周っている最中でも、何度も実家へと呼び戻された。


  弟は 本能的に感じていたのかもしれない。

  奏良そらが、何処かへ行ってしまわないように――――小さな身体 全身で《求めて》、うんざりするほど《愛》を強請ねだって。


「…………それは、何に対して?」


  普段 三歳児のような《甘えん坊》として振る舞ってはいるが、大人に囲まれて育った分、本来の《ひなた》は 冷静で、人をよく見ている子だ。


「……………色々、かな」


  子供扱いをして、こちらが お世話をしている気になってはいたが、本当のところは 《逆》だ。

  ひなたに、自分の方が守られている。


  消えてしまいたい気分になる時でも、いつだって変わらずに。

  全力で 真っ直ぐに、なんの迷いもなく、《連れ戻してくれる》のだから。


  ここにいて、いい。

  いてくれなきゃ、ダメなんだ、と。


  朝起きてから、眠るまでも、眠ったあとも。

  二十歳になるのに、奏良そらのそばから離れようとしない弟に、『大丈夫か』と心配になってはいたけれど。

  心配をかけているのは、むしろ自分の方だったのだ。

「…………あんたが離れられないのも、私のせいだよね」

  こんな不安定で、頼りない姉なんて。


「……………どうしたの? また、誰かにいじめられたの?」

「…………そんなんじゃないよ」

「そうじゃないなら、なに馬鹿なこと言ってるの。ぼくだって、怒るよ?」

「え?」


  顔は見えなくても、声の感じから ひなたが怒っているのがわかった。

「ぼくが、奏良そらちゃんから離れないのは、ぼくが そうしたいからに決まってるじゃん」

「ひな?」

「我慢しないでよ」

  自分の心に、もっと気が付いてほしい。

  傷付いている現実を、受け入れてほしい。


  それに。

「……………いくらメンバーとはいえ、何で ぼくが、《一番》じゃないの?」

「え?」

「人づてに、奏良そらちゃんが倒れたって聞いて………本当にビックリしたし、悔しかったんだからね?」

  そんなになるまで、頼ってもらえなかったこと。


  メンバーに付き添われて、駅まで戻ってきた姿を見て、本当は叫び出したかったのだ。


  『奏良そらは、ぼくだけのモノだ』と。


「ひな?」

奏良そらちゃんは、本当に《無防備》過ぎる!」

「………えーと………」

「…………………あの二人、何なの?」

「へ?」


  この話の流れで、二人というのは――――

おりくんと、みことくんのこと?」

「…………ぼく、まだ ちゃんと紹介されてないし、挨拶だって来てないけどね」

「あ、えっと、今度! 今度、ちゃんと紹介するから!」

「―――――――あいつ、絶対 ふつうじゃない」

「何が?」


  風呂場の扉を開け、堂々と 姉の゙裸を見てくる男に、《普通》を語る資格があるのか疑問だが。

「ひな………あんたね―――」

「だって、ぼくは《弟》だもん」

  この世で、唯一《血の繋がった》、正真正銘の《弟》。

奏良そらちゃんは、《ぼくのモノ》。ぼくさぁ、そろそろ《公式》に発表してもいい頃だと思うんだよね」

「! ひな、それは………」

「まぁ、デビューに影響が出るかもしれないから、一応 リューイチくんに従ってはいるけど」


  本当は、声を大にして言いたい。

  世界中に、言いふらしたい。

  

「…………お姉ちゃんって、呼ばないくせに」

「それは、仕方ないでしょ。周りがみんな、《奏良そらちゃん》って呼んでたんだから」

「今からでも、遅くないけど?」

「やだよ、奏良そらちゃんは、奏良そらちゃんなの。……っていうか、なにげに《話題》を逸らそうとしてるでしょ?」

「う………」

  バレたか。


「大体さぁ、みことくん。何なの、アイツ」

「アイツとか………失礼でしょ」

  歌手としては ひなたの方がデビューが先のため、先輩に当たるかもしれないが。

  年齢は、みことの方が歳上なのだから。

「失礼? どこが? 朝っぱらから電話かけてきたり、マンション前まで迎えに来る方が、よっぽど《非常識》なんじゃないの?」

「えーと………………」


  奏良そらは、それについては 何も言えなかった。


  最近のみことの《行動力》には、確かに驚いている。

「…………何か、されてないよね?」

「何かって?」

「……………………告白でも、された?」

「なっ……」

  何を言っているのだ。

  告白だなんて―――とんでもない。


  誤解にしても、ひどすぎる。

みことくんは、そういう人じゃないし――――」

「あのねぇ………」

  ひなただって、最愛の姉が所属するSTELLAステラの゙活動を、欠かさず見ているのだ。

  誤魔化しようがないくらい、顔の表情にも 態度にも、彼の《好き》という想いが現れているというのに。


「…………奏良そらちゃん?」

  九十九パーセント、奏良そらが《悪い》ことは 理解している。

  可愛い顔と仕草で、どうしようもなく《惑わせた》のだろう。

  抱きしめたくなるのは、わかる。だって、『奏良そら』なのだから。

  わかるが………それにしたって。

「相手は《男》なんだからね?」

「だから………何?」

「百歩譲って、手を繫いだり………ハグまでは、許すとしても」


  スキンシップの゙多い《我が家》では昔から それらが《普通》だったから。

  日本の家庭では珍しく、挨拶の《キス》だってする。

  電話越しでさえ キスで終るのが当たり前な環境で育ってきたとはいえ、ハグ以上――――キスなどは、完全に《アウト》だ。

「………………………されてないよね?」

「………え」

「………されたの!?」



  ―――――アレは、違う。


「ちょっと、正直に吐きなよ。どっちなの? みことくん? それとも、おりくん!?」

「ち、違うから」

「違うなら、何でそんなに真っ赤になってるの!?」

「これは、お風呂で のぼせてきただけで………」


  病院での《アレ》は、キスなんかじゃない。


  そう思わないと――――

  自分の中で、何かが変わってしまうような気がして。



  奏良そらは必死で《否定》するしかなかったのである。

  

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