痛いくらいの覚悟と 勇気 #8
カナデの試すような表情と声にも怯まず、唯織は真っ直ぐに 相手の目を見て答えていた。
「どうしたらいいか………なんて、そんなことは聞く気はありません。その時の状況も違うし、いるメンバーだって違う。同じことをしたって意味が無いのは わかってますから」
知りたいのは、《過去》の《出来事》。
そこから、自分なりに解釈して、《学ぶ》というのか。
「……………フッ」
なかなか、どうして。
想像以上に冷静で、肝が据わっているではないか。
いつまでも悩んだり 後悔を引きずるわけではなく。
失敗も糧にして、次に向かっていく姿勢は 正直嫌いではない。
「悩んだり 悔やんだりする時間も、《惜しい》ってわけか」
「………そうですね。そのヒマがあるなら、別のことに使います」
「そういうところは、リーダーに向いてるぜ、唯織」
「………褒められたと、受け取っておきます」
きちんと話をしてみると、わかる。
こいつは――――バカではない、と。
そういう男が、奏良のグループにいてくれることが、何よりも嬉しい。
「少しは話を聞いてるかと思うが」
カナデにとっても、奏良のことが《最優先》事項なのだ。
「………わかってる、つもりです」
「全国行脚での゙失敗は、むしろ《当たり前》の゙ことだし、失敗しないほうが おかしい」
その失敗から、何を学ぶのか。
「……………お前は、もう《答え》を見つけてるんじゃないのか?」
「!」
聡い男が、気付かないはずがない。
「俺から言えることは………」
一番《経験値》が少ない奴から、目を離すな。
「!」
誰のことなのか、言わなくてもわかるだろう。
「誰よりも思い入れがあって、真面目で、メンバーのことだけを考えて――――そんな人だからこそ」
今回の グループとしての失敗に対して、一番傷付いて、一番 悔やんでいるはずだから。
「メンバーを《信じる》のは結構なことだが、《放置》はするなよ? つかず離れず………それが《基本》だ」
これまで、スタッフとしての奏良が、候補生たちに対して ずっとそうしてきたように。
絶妙な《距離感》。
「心が離れたら、おしまいだからな。それを忘れるな」
あとは、唯織が思ったとおりにすればいい。
STELLAの゙一員として、メンバーと過ごしてきたのは 他でもない唯織なのだから。
「メンバーの゙性格も 行動パターンも、察しはついてるだろ?」
誰に、何が必要か。
今 やるべきことは、何なのか。
「わかるのは、お前しかいない」
「………………はい!」
迷いを完全に断ち切った唯織は、最後は 走って何処かへ向かって行った。
「あいつでも、走ることもあるんだな………」
行き先なんて―――十中八九、奏良の所だろうけど。
どこか斜に構えて、がむしゃらに頑張るとか 泥臭いことはお断り―――のようなイメージを持っていたのだが。
「………変わった、のかもしれないな」
《誰かさん》の、影響で。
「まぁ、あの人のそばにいて、変わらない人間なんて いないな」
あの瞳に見つめられたら最後、すべて身ぐるみ剥がされて《丸裸》にさせられた気持ちになるのは 何故だろう。
嫌でも、自分自身に向き合わなければならなくなる。
時には、直面した《自分》に打ちのめされて、逃げ出すヤツだって出てくるだろう。
『B.D.』のメンバーだって、例外ではない。
逃げ出したヤツもいれば、殻に閉じこもったヤツもいたし、反発して荒れたヤツだっていた。
「でも………結局、最後はちゃんと戻ってきた」
それぞれが、それぞれの《弱み》を乗り越えて。
信じて、待っていてくれる人がいたから。
「あの人が――――いつだって待っていてくれたから」
一人 一人、個性を見極めて接することが、いかに難しいか。
相手が何を求めているか。本当に必要なことは 何なのか。
「……………奏良さんは、いつも簡単にやってのけるけど」
歌う技術を教えることよりも、本当に難しいのは《人を扱うこと》なのだ。
マニュアルなんか無い。
コツだって、口で説明できるものでもない。
すべては、感覚と 経験。
どれだけ 相手に本気で向き合えるか。
どれだけ たくさんの人と接してきたか――――
「……………何も知らない連中に、不当に非難されるのだけは 阻止しないと」
関わった人間にしか、わからない。
たくさんのことを与えてくれた あの人が、笑顔であればいい。それだけを 切に願う。
カナデはカナデで、《過去》があるから《今》があるのだ。
「戻ったぜー」
「あれ、唯織は?」
「あいつ、来なかったの?」
「来たけど、もう帰ったぞ」
「早っ!」
「じゃあ………もう大丈夫かな?」
「そうであって欲しいよなぁ」
残るは奏良一人だが、あの様子を見る限り、彼らに任せて問題ないだろう。
「そんじゃ、俺たちもやるぞー!」
『B.D.』の六人は、STELLAなら この危機も乗り越えられると信じて、自分たちの練習に取り掛かかることにした。
「失敗も 後悔も――――豪快に踏みつけて、上がって来い」
こんなところで、立ち止まってほしくはない。
「待ってますから―――――」
同じアーティストとして、隣りに立って歌を披露するなんて、少し前までは想像もできなかったけれど。
「…………選んで良かった、間違えじゃなかった。そう思って欲しいから」
誰よりも、アーティストとして 輝いてみせる。
あの人にとって、いつだって 自慢の《成功例》でありたいから。
カナデは、今度は 自分達のために、メンバーに向き合うのだった。
* * * * * * * *
携帯の着信に、唯織は間髪入れずに通話ボタンを押した。
「…………尊?」
『あ、やっと出たな!』
「悪い………ちょっと、人に会ってたから しばらく電源切ってたわ」
『お前………走ってる? 今、どこだ?』
「どこって――――」
近場で思いつく限りの場所を、一つずつ周っているところだった。
「…………………ルーと、春は?」
「会ってきた。確保して…………一発 ぶん殴っといた」
「そっか………サンキュ」
実際に殴ったわけではないだろうが、基本が直球で生きてるような尊のことだから、殴ったのと同じだけの《効果》があるだろう。
あの弟たちは、きっと大丈夫だ。
これまで何度も、立ち上がってきた奴らだから。
『今回、俺たちみんな、B.D.の皆さんに助けられたんだよ』
六人が手分けして、STELLAのために人肌脱いでくれたというわけだ。
『………期待を裏切らないためにも、もっと精進しなきゃな』
「…………だな」
有り難い。
こんな風に、心配して声かけをしてくれるなんて 思いもしなかった。
ただ、そのキッカケを作ったのは、紛れもなく奏良なのだ。
彼女のこれまでの《行い》が、今 すべてに繋がっている。
本当に―――――どこまでも、とんでもない人。
『……………で? お前は、どこに向かってんだよ』
「―――――奏良さんと、連絡がつかねぇ」
「!」
彼女が行きそうな所。現れそうな所。
先輩であるカナデの言う通り――――今 一番心配しているのは、弟たちではなく、奏良の方だった。
誰よりも強靭で、何があっても変わらずにいる―――ずっと、そう思ってきたけれど。
そんなわけがない。
そう見えるように振る舞っていただけで、実際は違う。
最近になって、ようやく《弱さの片鱗》が見えるようになってきたのだ。
誰にでも、その人にとっての《過去》や《背負っているもの》があるが――――奏良の場合、それが《特殊》過ぎた。
それなのに、いつだって 自分のことなんて《後回し》にするから。
「……………尊、お前も どこか思いつかない?」
出会ってから、十ヶ月になるだろうか。
態度、会話、行動パターン――――それらを総合して考えてみたが、唯織の予想は ことごとく外れていた。
どこにも、いない。
彼女の好きなもの。好きな景色。
行きそうな場所。
『奏良さん………他人に頼るの嫌いだしな』
家族とか、実家。
友達、親しくしているスタッフなど。
苦しい時ほど、そこからは離れていく気がする。
『むしろ…………』
「あえて、《キツイ環境》を選ぶ――――か?」
『そんな気がしないか?』
…………確かに。
『………そうだ、悠長に構えている場合じゃねぇ。俺、アオイさんから やっと教えてもらったんだよ』
奏良と『PHANTOM』の間に、何があったのか。
「!」
『二度と近付かない――――そう決まったのに、堂々と彷徨いてるだろ? 場合によっちゃ、警察の通報も必要かもしれない』
「…………クソっ、何で あの人は 携帯の電源切ってんだよ!」
奏良が、本気で一人になろうとしている証拠だ。
何もなければ、遠くから見守って、一人にしてやりたいけれど。
壱哉という現実的な《脅威》がある限り、そうはいかない。
――――考えろ。
彼女は、何を見ていた?
「………………!!」
ふいに、少し前の《休日》の光景を思い出す。
「尊! 今すぐ調べろ!」
あの日、立ち寄ったCDショップで、見ていたモノ。
『…………《Gabrielle》?』
「………そうだ。あのバンド、今日 何かやってないか?」
十二月だ。
時期的に、音楽番組やら 《特番》に出演する予定の情報ばかりが 検索すると出てくるが。
『……………唯織、見つけた! これかも、十二月 三日』
「…………長野での、野外フェス?」
昼の十二時から始まって、夜九時までのフェス。
多数のアーティストが出演し、前列のイス席はチケットが必要だが、後方の立ち見なら 観覧無料。
『感染症の影響で、夏にやるはずだったヤツを、急遽 今頃 開催するんだって。でも、何で《Gabrielle》なんか……………』
「―――――――尊。出演者名簿、見てみろ」
『出演者?』
たくさんのグループ名の中に、見つけてしまった名前。
『Little Crown』―――――自分たちが所属している、そのグループ名。
『!』
奏良が何故、『Gabrielle』というロックバンドを見つめていたのか、理由はわからない。
しかし、本能的に《これだ》という感覚があった。
こういう時のカンは、外れたことがない。
『もし、奏良さんが そのフェスに向かっていたとしたら………』
「会う可能性は、ゼロじゃない」
九時間にも及ぶフェスなのだ。出演が終わったアーティストは、順に帰って行くだろう。
順番的にも、『Little Crown』の方が出演は早い。
奏良は、変装をしたって目立つから。
彼らと再び会えば、また何をされるか――――
『………唯織、急いで長野に行くぞ!』
「わかってる!」
『駅で落ち合おう!』
弱っている時に、トーマたち四人に囲まれたら―――今度こそ、奏良は 折れてしまうかもしれない。
いや、たとえ 彼女が平気だったとしても。
「―――――――オレが、ムリ!」
オレが、見たくない。黙ってなんか いられない。
これ以上、傷付けられて たまるか。
今度こそ、防いでみせる。本人が、それを望んでいなかったとしても、知ったことじゃない。
ルーカスと春音には、いざという時の『連絡係』として、東京に留まることを指示を゙して。
唯織は全速力で、最寄りの駅まで向かった。
* * * * * * * *
長野県、某所。
毎年開催されていた『夏フェス』が、三年半ぶりに 臨時で開催するとあって、観客席は賑わいをみせていた。
時刻は、午後六時。
辺りはすでに真っ暗だが、舞台から届く熱気と 照明で、思わず目が眩む。
目当てのグループの出演は終り、その後も 続々とアーティストの演奏が流れていく中。
奏良は――――その場から動けなくなっていた。
「悔しいけど…………」
全然、敵わない。
当たり前だ。
相手は、三十年以上のキャリアを持つ、プロなのだ。
素人に毛が生えた程度の自分では、どこをとっても 太刀打ちなんて できるはずがない。
わかっていたことなのに。
「何で…………こんなに、悔しいかな」
そもそも、比べる時点で間違っていた。
いくら、嫌いであっても。避けてきたとしても。
歌い手は、舞台がすべて。
実力派ロックバンド、『Gabrielle』。
その、ヴォーカル兼 ギタリストでもある、『青山 シド』。
「……………悔しがること自体、間違ってるのに」
『あいつ、誰かに似てるよな』
かつて、シドに歌い方が似ていると、からかったクラスメイトに抗議したい。
どこが、似ているのか、と。
ヴォイストレーナーの熊猫に鍛えられ、十代の頃より 格段に歌のレベルが上がったとはいえ。
何もかもが、負けている。
それは、紛れもない《事実》だった。
「わかっていたつもりだったのに」
見ようとしなかった。
血の繋がりを否定して、自分自身を否定して。
《一部分》だけで戦おうとしたって、勝てるわけがない。
はっきりと、突き付けられたも同じだった。
自分は――――まだ、《未完成》だと。
否定したモノも含め、自分の持つ《すべて》を受け入れ、認めない限り。
「これ以上…………進むことなんか、できない」
誤魔化し続けていたことがバレたような、後味の悪さ。
こんな姿で、よくも今まで候補生の前に立ち、もっともらしいことを言ってこれたな、と呆れるしかない。
情けなさすぎる。
この年齢になって、ようやく本当の意味で《向き合う》勇気を出して、ここに来ているなんて。
「………………はぁ……………」
母は、シドのことを明かさなかった。
ただ、母方の親戚が、騷いでいただけ。
『だから、ミュージシャンなんて不確定な仕事、ダメだって言ったんだ』
『いずれ こうなると、わかっていたでしょうに』
『歳下で、芸能人なんて………正気じゃない』
『………どうしようもない、クズだろ』
『あの男の血を、引いているんでしょ?』
幼い頃の奏良は、造作も色彩も―――明らかに《シド寄り》の外見をしていたのだ。
日本人にしては、明るめの髪色。
波打つ ふわふわな くせ毛。
色白の肌に、高い鼻梁。
極めつけは――――瞳の色だった。
「ふっ………………」
成長するにつれ、子供の色彩は変化するものだ。
髪色も 落ち着いてきたし、あんなに目立っていた瞳の色も、今では ほとんど気付かれない。
誰も、あの《シドの娘》とは 思わない。
必死に否定して、元から写真は嫌いだったが、より強固に 写真を《封印》した。
見てはいけない。気付かれてもいけない。
抱えていく《秘密》が重すぎて、考えることも そのうち《放棄》して。
「……………滑稽だわ」
可笑しすぎる。
それなのに―――――全然 笑えない。
こんな 未完成な自分だから、舞台の上で 何も出来なかったのだ。
思いだけが から回って、手を掴んで引っ張り上げたくても、自分にチカラが無いから 無駄だった。
結果、無様ともいえる《歌》。
みんなより 一歩前に出ているからと、驕っていたのだ。
自分なら、大丈夫。自分なら、出来る。
その、根拠の無い《自信》が、目を曇らせた。
そんなわけ、ないのに―――――
ぽろり、と。
瞳から、雫が落ちる。
自分の出生から逃げて、母の死から逃げて、生まれたばかりの 陽から逃げて。
見かねたリューイチが、DHE MUSICへ誘ってくれなければ、今だって一人で閉じ籠もっていたかもしれない。
何度も、機会はあった。
リューイチも、与えてくれていた。
本当の自分に向き合う《覚悟》。
すべてを認める《勇気》。
一人では無理なら『助けを求めろ』と、手だって差し出してくれていたのに。
「……………………はずかしい…………」
拒んできたのは、自分が弱すぎたから。
誰かを信じることさえ、怖かったから。
いつだって、愛してくれる人は そばにいたのに。
「―――――――ずいぶん、珍しい所にいるじゃないか」
「!」
「…………一人か?」
「まぁ………そうだろうな」
「そろそろ、見放された、ってところか?」
――――――最悪な、タイミング。
無料の観覧エリアで、まさか この四人と出くわすなんて。
「全国行脚、見たぜ」
「だから、言っただろ」
「始めから、わかってたことだけどな」
「お前がいることで、どうにか出来るとでも思ったのか?」
以前から 何度も絡んできた、『Little Crown』のメンバー四人。
唯織、尊、千尋たちの、グループの先輩。
出演者の中にいたとは 知らなかった。
知っていたら、会わないうちに うまく身を隠したのに。
「こんな所で、社会勉強か?」
「他のアーティストを見て、何か学べるのか?」
悪意しか含まない《言葉の凶器》。
暗いし、周囲の観客も騒いでいる分、他の人には聞こえていないだろう。
普段なら、適当に聞き流してしまえることも、今は――――この瞬間だけは、無理だった。
『いずれ こうなると、わかっていたでしょうに』
『………どうしようもない、クズだろ』
親戚の 容赦ない言葉と、目の前の四人が 重なってしまう。
それは、まさしく 奏良という《存在》の《否定》。
『生まれてきたこと自体が 間違っている』と 言われたような気がして。
「…………………っ」
――――――だめだ、堪えろ。
こんな人たちの前で、弱いところを見せたくはない。
泣きたくなんか、ないのに。
感情に負けて、これ以上 無様になりたくはないのに、身体がいうことをきかない。
溢れ出すモノを、止めることができない。
嫌だ。どうして。
イヤだ。こんなところで。
いやだ―――――――!!
「――――――――――このへんで……」
「………やめてもらえませんか?」
「!」
「!」
突如、聞こえてきた声と同時に、何か強い力で身体ごと引っ張られていた。
――――――――え?
どくん、と。
あり得ない《二人》の声に、心臓が跳ねる。
「……………ムカつくけど、今日は譲ってやるだけだからな」
背後から、唯織の 息を乱した声。
そして―――――
「俺の方が早かったんだから、当然だろ?」
奏良の顔を隠すように、自分の胸に抱き寄せて 庇ってくれたのは。
甘い声も、いつもの香水の香りも、間違いない。
STELLA次男の 尊だったのである。
* * * * * * * *
良かった。
やっと、見つけた。
視力の良い尊は、暗がりでも わりと遠くまで見渡せる。
奏良の姿を見つけて、その前に立ちはだかる《男四人》にも すぐに気が付いた。
唯織が予想した通り、『Little Crown』のメンバーと鉢合わせしていたのだ。
「唯織!」
「!」
奏良の《表情》を目にした瞬間、周囲の音など 何も聞こえなくなっていた。
駆け出したのは 尊も唯織も ほぼ同時だったが、身長の差が顕著に出たのか、尊の方が若干 たどり着くのが早かったわけで。
「……………ムカつくけど、今日は譲ってやるだけだからな」
「俺の方が早かったんだから、当然だろ?」
息を切らせながら ドヤ顔で言い放つと、唯織は 舌打ちしながらも、仕方なく前へ向き直る。
奏良を抱きしめるという《役》を タッチの差で尊に奪われた分、グループのリーダーとして。一人の男として。
残りの役割を 果たすために。
「い……………唯織」
「尊も………」
何で、ここにいるかって?
動揺する 先輩四人には悪いが、尊の中で 《気持ち》はすでに固まっていた。
憧れていた、プロの道。
たくさん世話になり、兄のように慕っていたのは 本当。
けれど―――――それを覆したのは、他でもない、この人たちの方なのだ。
綺麗な思い出さえ汚されたような、愚行。
《愚か》といわず、他に何と表現すればいい?
こんなになっている奏良に対して、さらに追い打ちをかけるなんて。
どんな時も冷静で、先頭きって 勇ましく戦ってきた彼女が、初めてこぼした 涙。
弱っている姿を 本人だって見られたくないだろうし、尊だって 誰にも見せたくはない。
ギリギリのところで 抱き寄せて、自分の腕の中に囲ってしまえば、トーマたちであれ 手出しは出来ないだろう。
わずかに震える肩が 痛々しくて、胸がキュッと締め付けられる。
こんなになるまで、いつも ずっと一人でいたのだろうか。
「こ、これは…………」
「言い訳なんか、聞きたくありません」
ピシャリと突っぱねた唯織の言葉に、尊も 目線だけで《同意》を示した。
唯織にとって《現場》を見るのは二度目だから、どう取り繕おうとしても もはや無駄だろう。
「…………い、唯織」
「何も聞きません。その代わり――――オレたちからも 何も言いません」
――――――だから、消えろ。
今すぐ、オレたちの目の前から。
声にならない《怒り》が、唯織の全身を包む。
「!」
「!」
「!」
「……………っ」
腕の中で、奏良が かすかに動いた。
「奏良さん?」
「………………だめ………」
「え?」
「対立しちゃ…………だめ………」
周囲の喧騒に掻き消され、聞き取れなかった言葉を最後に。
「………奏良さん!?」
「!」
がくんと、身体の力が抜けたと思った直後。
「奏良さん!!」
奏良は、尊たちの目の前で 意識を失ったのである。