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この歌声(こえ)君に届け  作者: 水乃琥珀
36/47

痛いくらいの覚悟と 勇気 #7

  十二月 三日。

  悪夢の三日間を゙終えて。


  はるとルーカスが、それぞれ自分に向き合っている頃―――――STELLAステラ次男も、文字通り走っていた。



「……………ちょっと、ミコトも走ってんだけど!」

STELLAステラは、やることが似てんなー』

『ハルトなんか、二時間も みっちり走りやがったからな』

『頑張れ、見失うなよー』

『いいじゃん、自分のトレーニングだと思えば』

『体力作り、大事でしょ』

「おれ、走るの苦手なのにー!」

『先輩なんだから、情けないこと言うな』

『健闘を祈るぜ♪』


  プツッ


  『B.D.』のメンバー『アオイ』は、切られてしまった携帯電話を見つめ、ため息をつく。


  グループ全員で会話ができる、《グループ電話》。仲間は 好き勝手に言うけれど。


  ―――――こいつ、ペースが早いんだよ!


  みことは無心で走っているのか、普段のアオイの速度と比べて かなり早かった。歳下だろうと負けないつもりではいたのに、このままでは 置いていかれる可能性もある。


  ―――――くそぅ、こんな手は使いたくなかったが。


  こうなったら、《奥の手》を使うしかない。

  『どんな道を通ろうとも、目標ゴールに辿り着けばいいんだから』と奏良そらも言っていたではないか。 

  いささか情けない気もするが、見失って《目的》を果たせないよりは よっぽどいい。

  物事は、アレだ。

  都合よく解釈したもの勝ちと 決まっている。


「……………………あ、奏良そらさん」

「………っ!」


  ボソリ、と。

  あくまでも小声で呟いただけだったのに、効果覿面だったようだ。

  駆け抜けていきそうだったのに、みことは その場でピタリと止まる。


  ――――――わかりやすっ!


  アオイは呆れるしかなかった。

「…………ちょっとは隠した方がいいんじゃね?」

「!」

  みことは男だから、いいとしても。

「ファンから叩かれるのは 奏良そらさんの方なんだからな?」

  立ち止まった後輩に 今度こそゆっくりと近付くと、言われた意味を理解したのか みことは顔を赤くする。

「…………アオイさん」

「――――――気をつけろよ、みこと?」


  みことたちが どういう思いで、何を考え、何を抱えながらプロジェクトに参加しようが、それは自由だ。

  けれど、今回の第三期は 始めから何もかもが違う。


  敗者復活組の《素人》と、歌やダンスの《プロ》が入り乱れての構成。

  さらに、途中での離脱者を出し、メンバー補充を行うという 前代未聞の展開。

  しかも、選ばれたのが奏良そら――――という あり得ない事態に、未だに 批判や反対の意見は根強く残っている。

  奏良そらに対して《神》レベルで崇めている『B.D.』の六人が、一番心配しているのは まさに《それ》だった。


「何をしたって、お前たちは《応援される》。プラス側にいるんだよ。でも、奏良そらさんは違うだろ?」


  経歴も、性別も、本来なら《いるべきではない人物》。強引に投入された、それこそ《異物》のようなものなのだ。

「普通に頑張ったんじゃ、誰も見てくれない。誰も、認めない。始めから、マイナスで開始スタートしてるからな」


  気を抜けば、すぐに転落する。

  誰よりも努力して、目に見えて《結果》を出していかないと、存在自体を否定されてしまう。候補生の中で、常に誰よりも《崖っぷち》に立たされているのだ。

  些細な言動だって、奏良そらにとっては すべてが《命取り》となる。

奏良そらさんはスタッフ歴が長いし、そこんところ よくわきまえている人だし、そもそもが《あの性格》だから、自分が不利だとか、負担になんか思っちゃいないんだろうけど」


  みことの真っ直ぐな《想い》は、一歩間違えれば、奏良そらを斬り裂く《凶器》となるのだ。

「!」


  誰かを想うことは、悪いことではない。

  他人が反対する権利なんて無いし、普通に考えれば 恋をすることは《素敵なこと》ではあるのだが。

「……………奏良そらさんに、《二度目》なんか残されてないんだよ」

「えっ」


  次に、何かあったなら。

「部署替えなんか通用しない。今度こそ―――――」

  たとえ、奏良そらに非がなくても。

「ちょ………ちょっと、待ってください!」

「なに?」

「その………それ、その話」

  詳しく、教えてもらえませんか?


「…………は?」


  みことの《まさか》の発言に、アオイのほうが驚いてしまった。

「え、どういうこと? お前ら、まさか………」


  ――――――知らない? あの《事件》を?

  

「え、ちょっと待て。社長も、リューイチさんも、他のスタッフも………」

「俺たち、何も知らないんです。何となく、何かがあったんだろうな、とか………実際、目にしたことから、想像してるだけですけど」

「マジかよ………」


  確かに、大声で話すような内容でもないし、被害者である奏良そらの立場を考えれば、箝口令かんこうれいが敷かれたのは 自然の流れではあるが。


「まぁ、細かいことは知らないとして」

  逆に、みことたちは、何があったと考えているのか。

「あ………えっと」


  長年勤めているスタッフや、活躍中の先輩アーティストの中でも、詳細は知らない人もいる。

  デビューしたての『PHANTOM』が、何故『ホライゾン』ヘ移籍することになったのか。


  先日、奏良そらが怪我を負った事件―――彼女に対して敵意を抱いていた黒幕のスタッフは、実は熱心な『PHANTOM』のファンだった。

  だからこそ、奏良そらを逆恨みし、一人だけDHEに残り続けることに反発した。奏良そらを社会的に陥れようと、相馬や 新参者のスタッフ達を巻き込んで、有りもしない噂を流したり 妨害したり、最終的に あのような暴挙に繋がったというわけだ。


奏良そらさんの周りを………ずっと彷徨うろついてる奴がいて――――」

「はぁっ!?」


  …………何だって!? 今も!?

みこと、それマジな話か!?」

「え、はい。だから、奏良そらさんを一人にさせないように、って………俺たちが交代で、誰かしら そばにいるようにしたりしてました」

「お前………それ、リューイチさんに報告してあるか?」

「あ、はい。それは、もちろんです」

「………なのに、具体的なことを教えないって………リューイチさん、なに考えてんだよぉ」


  真実を知らなければ、対処できないこともある。

  ただでさえ、アーティストの道に引きずり込んで、嫌でも《目立つ》ようにさせたのは、他でもないリューイチなのに。

  どうしたいのだ、あの先輩は。


「…………教えてください。過去に―――奏良そらさんに、何があったんですか?」

  何故、周りをウロつく男がいるのか。

  何故、一部のスタッフに 奏良そらが毛嫌いされているのか。


  あんなにも、人に好かれる人なのに。


「……………みこと、お前さ」

「………はい」

「知ったら………どうする?」

「!」


  知って、どうするつもりか。


  STELLAステラの《メンバー》として、必要な情報なのか。

  それとも。

「………《男》として、聞いてる?」

「!」


  アオイにとって――――否、奏良そらに拾われ、救われてきた人間なら、きっと誰もが同じことを言うだろう。

「知ってると思うけど、あの人………ほんと、自分のこと《後回し》にするだろ?」

  いつだって、候補生のために。

  それしか、頭には無い。

「候補生のためなら、どんなことだって厭わない。必要とあれば、何があっても掴みにいく。障害とか 不利な立場とか、まったくお構い無しだろ?」

「………それは、そうですね」


  有り難くて、嬉しくて。

  生まれて初めて、こんなにも 赤の他人から《大切》に思ってもらえることに、感動して。

「おれたちも、最初は ずっとそうだったから」

  嬉しくて。

  期待に応えたくて。


  努力して、成長を見せることが 何よりも《恩返し》になると信じて、がむしゃらに頑張ってきたけれど。


  いざデビューして、顔と名前が知れ渡り、ファンも大勢ついてきてから――――『もう、これなら大丈夫』と、奏良そらはプロデューサーという《役職》から手を引いた。

  奏良そらが いなくなって。

「………どんだけ、奏良そらさんに守られてきたのか、って――――おれたち、馬鹿みたいな話だけど、そこで ようやく思い知ったんだよ」


  どんなスタッフが来ても、奏良そらの代わりにはなれない。

  奏良そらほど、全力の思いを持って、全身全霊で包みこんでくれた人はいなかった。

  どれだけ、心を砕いて、守ってくれていたのか。その支えの大きさ―――存在の大きさに、愕然とした。


「………STELLAステラが、まさかのセルフプロデュースって聞いて、おれたち すげえビビったんだよ」

  だって、どう考えても、負担を一人で背負うのは奏良そらなのだから。

「!!」

「………スタッフ歴が長いから、誰よりも 裏側を知ってるし、プロジェクトの進行も、次に何がくるのかも、全部わかってるだろ?」

  アーティスト、とはいえ。

  他の候補生のように、自分のことだけ考えて、与えられるのを待っているだけは、許されない。

  所属するグループ、ひいてはプロジェクト全体を《引っ張る立場》を任された、というわけだ。


「………誰が考えたって、重すぎんだろ。でも、奏良そらさんは 絶対に《言い訳》なんかしないだろうし、自分が任された《役目》を理解して、この数ヶ月 頑張ってきたんじゃないのか?」

  求められたもの以上に、頑張ろうとする人だから。


「………それは………」

  アオイの言う通りだった。

「………悔しいけど、その通りです。俺は、今まで自分のことだけで、他に何もできなかった………」

  みことは悔しそうに顔を歪ませた。


  与えられたことを、決められた期日までに、仕上げる。

  グループとして《完成形》を目指し、個人のレベル上げに 必死になって。


「まぁ、普通は そうだろ。自分のことで精一杯で、他のことに構ってる余裕なんか無い。当たり前だし、自分の役目を果たそうと頑張ってるんだから、そこは お前は間違ってない」

「でも………!」

「………そうだよな。周りが見えてくるようになったら、悔しいよな」


  守られていること。助けられていること。


  同じ候補生として。同じグループのメンバーとして。

「守られているだけじゃなくて、自分だって 守りたいし、みんなを助けたい――――そう、思ったんだろ?」

「……………はい」


  プロの歌い手として、恥ずかしくもあった。

  自分はメジャーデビューをして、人前で舞台ステージに立ち、活動してきたはずなのに。

  デビューもしていない《仮歌シンガー》としての奏良そらに、何もかもが負けていた。


  負けたくないし、グループをもっと良くしたいし、親しくなったメンバーと もっと一緒に歩いていきたい。

  もう、メンバーのいない生活なんて、戻れないのだ。

  それに―――――


「……………浮ついてる、って非難されるのも、覚悟してます」

「自覚は、あるわけか」


  夢に向かっている最中なのに、どこに意識を取られているのか、と。

  一緒にいるから、目の前にいるから、そう錯覚しているだけではないのか?

  何度も何度も、自分に問いかけて。


「………人として、尊敬しているだけだ、って思おうとして――――でも、やっぱり無理だったんです」

「あの人、《天性の魔性》だもんな。目の前にいたら、そりゃあ 抗えないのは おれも理解する」

  恩を感じていなければ、アオイだって 落ちたかもしれない。


  あの瞳で、見つめられたい。


  あの人の《心》すべてを、自分に向けて欲しい。


  いつの間にか、抜け出せないほど そう思わせてしまうような人だから。

「だからこそ………奏良そらさんは《危険》なんだって」


  『PHANTOM』の壱哉イチヤのように――――

「のめり込み過ぎて………さらって 閉じ込めようとする奴が出てきちまうんだよ」

「さ、さらって!?」

「…………奏良そらさん、今は そんな素振り何も見せてないんだろ? まぁ、そもそも 弱みとか見せない人だけどさ」


  全力で応援していた、教え子も同然の『壱哉イチヤ』に。

「地下駐車場で………車に押し込まれて、連れ去られたんだよ」

「!」


  相手は、大事なアーティスト。

  傷をつけてはいけない。本気で拒んだら、怪我をさせてしまうかもしれない。

  そこに 付け込まれた。

「だから…………この間、相馬に腕を掴まれた時に、過剰に反応したんですね……」

「まぁ、昔から あの人、他にも色々あったらしいけど」

  幼い頃から、誘拐されそうになったことは 幾度もあったらしい。

奏良そらさんの、血の繋がらない《おにーさん》、知ってる?」

「俳優の………」

「そ、碧海うみさんね。あの人、ああ見えて《格闘技》めちゃくちゃ やってたって、有名な話。元はといえば、誘拐犯を撃退するためだっていうし」


  壱哉に連れ去られ、監禁される直前、隙を見て 奏良そらは自力で脱出したから、事なきを得たというが。

「相当ショックだったろうよ。奏良そらさんにしてみたら、夢にも思わなかっただろうし」

  いくら、自覚のない《人たらし》であっても。


  男に 力づくで、自由を奪われる―――女性にとったら、立派な《暴力》だ。トラウマになっても おかしくはない。

「全力で応援して、心を許していた相手から………ってのが、一番デカイだろうな」

  しかも、被害者であるはずの奏良そらが、当時 かなりのバッシングを受けることになるなんて。

「おかしいだろ? 勝手に好きになって、盛り上がって………暴走したのは壱哉の方なのに」


  壱哉は、アーティストだから。《商品》だから。

  ただの《スタッフ》と比べたら、どちらを会社として優先するかなんて、火を見るより明らかだった。

「警察入って………でも、最終的には《二度と近付かない》ってことで、話は終結したんだと」

  『PHANTOM』は他社ヘ移籍し、キッカケを作った奏良そらは《自宅謹慎》。


「あり得ないだろ?」

「社長とかは………」

「社長は、最後まで 奏良そらさんを守ろうとしてくれたらしいけど」

  会社に残すこと。それが その時にできる最良の結果だったという。

「その後は、お前たちも知っての通り」


  しばらくは、候補生たちとは関わりのない部署で、静かに、隠れるように仕事をして。

  みことが歌手を目指し、オーディションに参加を始めた時期、奏良そらと出会わなかったのは、ちょうど その時期というわけだ。

「サポートスタッフの部署から外された、っていうより………社長としては、奏良そらさんが落ち着くのを待ってたんだと思うけど」


  なんといっても、サポートスタッフとしての腕は、誰もが認めるところであり。

  社長推薦で再び 候補生に関わる場所での仕事に復帰して、数々のグループをサポートしながら、並行して『B.D.』をプロデュースして、世に送り出した。


「お前の気持ち、否定するつもりなんかないし、むしろ おれは応援するけど」


  みことは、稀に見る《優良物件》である。

  下手な男が近付こうものなら、アオイだって問答無用で排除するつもりだが、コイツなら………と 同じ同性としても信頼のおける奴だ。

「ただ、あくまでも おれたちは、奏良そらさんのことを《最優先》してるから」

  みことが想いを表に出すことで、奏良そらに《悪い影響》が出てくるなら 話は別である。


「――――――お前は、守りきれるか?」

「!」

  好きという気持ちだけでは、足りない。

  社会的に、奏良そらが不利な立場に立つことのないように。

  ファンからも応援してもらえるような、周囲にも受け入れてもらえるような《関係性》を作ることが、はたして できるのか?


「それこそ、奏良そらさんに惚れてる男なんて、ゴロゴロいるだろうし」

「…………わかってます」

  自分の役割をこなし、周囲にも気を配りながら。

  甘いだけの ふわふわした気持ちでは、彼女を守る《盾》にもならないだろう。


  たくさんのものを背負って、人知れず 苦しみながら戦っている奏良そらの、助けになれるのか。

  全国行脚の舞台ステージつまづいているようでは、胸を張って 想いを口にする資格などない。


「…………メンバーと、徹底的に話し合います」


  遠慮なんか、必要なかったのだ。

  弱っているから、あえて距離を取って 優しく接したつもりだったが、それが バラバラになる原因を作ったのかもしれない。

  もっと突っ込んで、無理矢理にでも 視線を合わせて、不安な思いも聞き出せばよかったのだ。

「それができるのは………許されるのは、メンバーだけだったのに」

「………ちゃんと、わかってんじゃねえの」

「……………はい。あーー、クソっ! 情けねぇ!」

「後悔するヒマがあるなら―――」

「………行動します! アオイさん、色々 ありがとうございます! すいません、失礼します!」

「えっ……」


  勢いよくお辞儀をしたかと思った瞬間、みことは全速力で走って行ってしまった。

「…………な、なんだよー。おれ一人残して、勝手に去って行くなよぉ」

  メンバーと繋がるグループ電話を、再び起動する。


「…………もしもーし」

『どうした、アオイ?』

『まさか、見失ったとか?』

「違いますぅ」

『じゃあ……………』

「まぁ、一応。おれなりに 話はしといたぜ」

『そっか』

『お疲れ♪』

「残るは―――――おりと」

奏良そらさんか』

おりの相手は《リーダー》に任せるとして』


  奏良そらは、どうするか。

『とりあえず、おりがどうなるかを待てば?』

『………STELLAステラのリーダーでもあるし?』

『最近、成長 いちじるしいし?』

「だな。じゃあ………おれも、戻るわ」

『おー、帰ってこーい』

『おれたち自身も、年末に向けての《仕込み》があるしな』


  年末のカウントダウンライブ。

  一年の締めくくりとして、中途半端なステージにはしたくない。

「……………候補生たちと、一緒になるんだしな」

  まだ未発表だが、色々と水面下での《構想》はある。

  実現できるかは、今後の候補生たちの成長度合いにもよるが、出来ると前提して こちらも準備が必要なのだ。


「……………誰でもいいから、奏良そらさんを守ってくれる奴が、早く現れればいいのに」


  誰にも認められなくて、自暴自棄になって、世の中を恨んで、荒れていた十代。


  『アオイの《良さ》は、私が保証する』

  『アオイのことを認めない人に、媚びる必要なんてない』

  弱さを隠すために 誤った方向ヘ行きかけていたところを、連れ戻してくれた人。

  『そのままで いい。変わる必要なんかない』

  その一言が、どれだけ嬉しかったかなんて、きっと奏良そらは わかっていないだろう。


  出会えたことは、まさに奇跡。

  けれど、奇跡という言葉だけで 終らせてはいけない。

  信じて、守ってもらった分だけ、自分たちも何かを返していきたい。

  まずは、アーティストとして観客を喜ばせること。

  歌い手として本文を全うしなければ、奏良そらに 堂々と顔向けできないから。


「……………頑張れ、STELLAステラ


  自分の過去を振り返りながら………みことが走り去った方向に向かって呟き、アオイはその場を後にした。


*  *  *  *  *  *  *  *


  同じ頃――――本社ビル、レッスン室の一つにて。


  『B.D.』のリーダーである『カナデ』は、入口のガラス扉から見えた《男》の姿に、ほっと息をついた。


  おりなら―――――自らの足で、訪ねて来るだろうと予測して、あえてカナデは動かずに 本社ビルで待っていたのである。


  万が一、来なかったら探しに行こうとは思っていたが、この男なら そんな必要はないと思った通り。


「……………来ると、思ってたぞ」

「カナデさん…………」


  後輩といえど、接した期間は まだ少ない。

  奏良そらの同僚だから――――あの人にとって、かけがえのない《仲間》になった男だから、特別に注視していただけであり、本来なら 気軽に会話ができるような立場ではない。

  売れっ子と、新人。

  明らかな《身分の差》が存在しているのが現実なのだ。


「………オレが、来ると予想してたんですか?」

「もちろん」


  おりなら、自分で来る。

  しかも、『B.D.』のリーダーであるカナデの所に、絶対に来るはずだ。

  メンバーで話し合って、誰が 誰の所に行くかを決めたのだが、その配分は 見事アタリだといえた。


「だったら、失礼を承知で………前置きとか、省きます。すいません、オレに 少しだけ時間をください」

「おう、言ってみろ」


  俺に――――何を求めてる?


  何が欲しくて、俺を頼ってきた?


「…………………STELLAステラのリーダーとして。カナデさんのアドバイスを聞きに来ました」

「リーダーとして………ね。具体的には?」


  『どうしたらいいか』………なんて。

  そんな《甘いこと》を言ってきたら、何も答えずに追い返してやろうと思っていたが。


「B.D.は………全国行脚のステージで、何が起こりましたか?」

「!」



  お悩み相談ではなく、《成功例》や《失敗例》を聞きにくるとは――――さすがのカナデも 思いつかなかった。

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