痛いくらいの覚悟と 勇気 #6
悪夢の三日間。
次の公演予定はまだ上層部からの発表は無く、『十二月 中旬頃』という曖昧なものでしかなかった。
STELLAだけにとどまらず、『TO2』も『Infinity』も、それぞれ《魔の三回目》の影響を多大に受けたようで、珍しく プロジェクト全体として―――――全員、全グループが《三日間の休養》を言い渡されるという、異例の事態。
その間に、グループ毎に どうすべきか。
それぞれが、己を振り返って考えてこい、ということだろう。
STELLAの末っ子――――春音は。
家を飛び出して、文字通り《走って》いた。
「はっ………はっ………はっ………」
学生時代から続けてきた、ランニング。
歌手は 簡単そうに見えて、実は 体力も持久力も必須だからと始めてから、毎日 欠かしたことはない。
落ち込んでいても、誰にも 平等に朝は来る。
雨の日も風の日も、自分がどんな心境であれ 時間は経過していくわけで。
考えていたからって、何かが すぐに変わるわけではない。
とりあえず、走る。
あとのことは、それからだ。
三日間を、どう使うか。
考えるよりも前に、いつも通りの 同じことをしてみよう。
そう思って――――二時間。
フルマラソン並に じっくりと集中して走り終ると、程よい疲労感とは反対に、少しだけ 心が軽くなったような気がする。
――――――すべての始まりは、自分が原因だった。
音程には、格別 自信があったのに。
変化していく兄二人が 羨ましくて。自分も成長したくて。置いていかれたくなくて。
焦った心の《隙間》に、《魔物》は入り込む。
緊張とは別の、不安定さから発生したミス。
あんなに基礎を大事にし、誰にも負けないくらい練習を積んできたというのに、本番では 何の役にも立たなかった。
………………いや、違う。
練習は、積んできた。足りていないわけではない。
心の――――自分の《覚悟》の問題だ。
例え、ミスをしたもしても、すぐに立て直す――――ミスを挽回し それ以上のパフォーマンスを見せるという、プロとしての覚悟。
それが、まだ足りていない。
経験をしていくうちに、自然に身につくものだと思っていた。
自分は、まだ《候補生》だから。
全国行脚の公演をこなしていくうちに、どうにかなるだろう。
一生懸命、必死にやっていれば。
きっと、結果はついてくる、と。
「……………………バカみたいだ」
そんなはずはないのに。
どんなに頑張ったって、叶わないことはある。
泣こうがわめこうが、容赦なく 切り捨てられる。
思いなんか、届かない。
なぜ、忘れていた?
自分は――――何度も、夢 破れてきたというのに。
「あー!! くそっ!!」
普段から大人しい春音にしては、珍しい 大声だった。
悔しくて。
ただ、ひたすら悔しくて。
STELLAというグループに配属されて、壁にぶち当たりながらも、毎日が楽しくて――――こんな大事なことを、なぜ忘れていたのだろう。
本気といいながら、本気の意味さえ 理解していなかったのだ。
結果は、どうだ。
メンバーを巻き込み、グループのバランスを崩して。
僕は、何をした? 今まで、何をしてきた?
『こんなところで、ダメになる子じゃないでしょう?』
信じてくれた奏良の言葉さえ、受け止めきれずに。
「…………………はぁ…………」
誰かがコケたら、誰かがカバーする。
メンバーは、誰一人として春音を責めなかった。
…………責められなかった、という方が正しいかもしれない。
ミスを犯すのは 明日は自分かもしれないし、カバーを完璧にできなかった責任だってある。
誰も責められない。グループ全体の問題。
なんて――――優しくて、強い人たちだろう。
STELLAは五人で一つ、心が繋がってこそ 五角形は完成する。
五人でなければ、意味が無い。それは もはやSTELLAではないのだから。
―――――認めなくちゃ。
自分の、今の《位置》を。
悔しくても、恥ずかしくても、まだ《ここなのだ》と。
だって、あのメンバーになら 正直に言えるだろう。
『まったく………しょうがねぇな』
尊なら、笑いながらそう言うだろう。
『ほら、練習すんぞ』
唯織なら、迷いなくそう言いそうだ。
『一緒に頑張ろう♪』
ルーカスは いつだって共に頑張ってきたし、
『うつむかずに、顔を上げて!』
奏良なら厳しくも 絶対にそばにいてくれる。
きっと、春音が どんな姿を見せたって、受け止めてくれるはずだったのに。
一人で焦って、周りを信じきれなくて。
どんどん遠慮して、素直になれなくて。心が離れていったのは、春音が 明らかに悪い。
言えば、良かったのだ。
頑張ります、とか上辺だけの言葉ではなく……辛いとか、苦しいとか、恥ずかしいとか。
みんなが頑張っている中で、一人だけ弱音は吐けない。みんなの やる気を妨げてはいけない。
それで、こんな結果を招いていたのでは どうしようもないではないか。
結局、悪夢の三日間の中で、《無傷》なのは 奏良一人だけだった。
春音と同じく緊張体質で、人前で歌うことに 必死で向き合って。
自分だって大変だろうに、メンバーのフォローをしようと パフォーマンス中ずっと 気を張って。
ただ一人、最後の一曲が終るまで 立て直そうと戦い続けて。
おそらく、彼女が一番疲れているだろうし、一番 悔しい思いをしているだろう。
グループの助けになれなかったと、今頃 自分を責めているかもしれない。
奏良というのは、そういう人だから。
「……………ごめんなさい」
弱くてもいい。それが自分なら。
けれど、そのせいで 誰かを巻き込んだり、傷付けたりするのは 別の問題だ。
一人で単独で頑張れ………なんて、誰も言わない。
頼れ、と。背を向けずに向かってこい、と。
メンバーは、ずっと そう言ってくれていたのに。
殻に閉じこもって、周りを見ようとせず。みんなが どんな顔をして、どんな思いをしていたかなんて、考えもせず。
――――――最低だ。
失敗したことよりも――――周りを見られなくなっていたことが。
何のための、グループだ。《絆》という言葉が、聞いて呆れる。
仲間ではなく《家族》なのだと………それこそがSTELLAなのだと、わかっていたのに!
……………謝ろう。
僕が始めるのは、まずは それからだ。
自分の弱さを認めて、非を認めて。それから、自分の気持を打ち明けよう。
怖くて、焦って、羨ましいと嫉妬して、勝手に壁を作って、自滅した。
こんな情けない部分も含めて、本当の《自分》なのだから。
あの四人なら、ちゃんと聞いてくれる。受け止めてくれる。
待っているだけではダメなのだ。
あのメンバーたちと、一緒に居たいから。憧れているだけではなく、隣りに立っていたいから。
『すべてを曝け出さなければ、光には届かない』と、奏良が言っていたではないか。
恥ずかしいことも曝け出して、本当の姿を見せてこそ、真の信頼が生まれる。
「………………………負けない!」
これ以上、負けてたまるか。
今回がラストチャンスと臨んできたのだ。
こんな素晴らしい機会を与えてもらって、尻尾を巻いて逃げ帰るつもりか? まさか、あり得ない。
パンツのポケットに入れていた財布から、ある《名刺》を取り出す。
いつだって、どこへ行くにも持ち歩いていた《お守り》。
人生で初めて、《歌声》を評価してもらった《証》。
あの頃から比べたら、ずっと遠いところに来ていた。諦めない―――それが どんなに大切か。
教えてもらった あの日、春音の人生は すべてが変わったのだから。
「……………僕は、やれる」
だって、そう信じてくれた人がいるから。
信じて待っていくれる 仲間がいるから。
「…………もう少しだけ、走ってこよう」
今日は、とにかく走って、汗とともに 弱い部分も吐き出して。
それから、みんなの所へ行こう。
新たに走り出した春音の後ろ姿を見送って―――――男二人は 『もう いいか』と判断し、追いかけるのを止めた。
先輩グループでもある『B.D.』の マサキとヨウジだ。
「もしもーし、おう、お疲れ。んー、ひたすら走りまくってたぜ? あいつ、ちっせえのに持久力あるんだわ」
二時間走っても、ピンピンしていた。
ライブをこなすアーティストとして、B.D.のメンバーも相当 鍛え上げてはいるが。
「二十歳だろ、やっぱ若いよなぁ」
三十代に近付いている自分たちとは、回復力のスピードが違う。
「…………いや、結局 声はかけてねぇよ。なんかさ………」
マサキとヨウジが 声をかける間もなく。
「あいつ、自分で《立ち直り》やがったよ」
自分で、答えを見つけていた。
答えを見つけ、次にどうするかも 考えられていたから。
「あぁ、うん。ハルトは このままでも大丈夫そうだ。意外と根性あるし、タフだぞ末っ子ちゃんは」
本当は、声をかけて、悩みを聞いて。
B.D.の六人が手分けして、STELLAを励まし 応援しようと計画し、春音に いつ声をかけようか………とタイミングを図っていたのだが。
本人は、自分で解決してしまったらしい。
拍子抜けするが、自分で立ち上がれるなら、素晴らしいことではないか。
「あー、俺たちは撤収するわ。じゃあ、次………《三男》は任せたぜ?」
三男ルーカスに接触する予定の カズとミケに、電話越しに発破をかける。
誰から頼まれたわけではなく、B.D.の六人で話し合って決めたことだった。
六人が全員、奏良に拾われ 育てられた身だから。
《負の連鎖》に捕まっているSTELLAのことを、みんな我が身のように心配して 心を痛めていたのだ。
自分たちに、できること。
少し先を歩く先輩として、先輩であるからできること。
――――――こんなところで、立ち止まらないでくださいよ、奏良さん?
どんな状況だって、覆してきた人だ。
誰もが助けられて、勇気をもらって、心が救われて。次の一歩、次の段階に進んでこれた。
今度は、俺たちが返す番。
「頑張れ………………STELLA」
マサキもヨウジも、他のメンバー四人にしても。
奏良から受けたモノを、すべて返すことなんて 到底できない。それだけ、たくさんのものを与えてもらってきて、今 自分たちはアーティストとして活躍できているのだから。
「全部はムリでも、できることなら 何かしてやりたいよな」
応援していると、知ってほしい。
それだけでも、アーティストにとっては 大きなチカラになると、実証済みなのだから。
「さて………じゃあ第二弾はどうすっかな?」
年末の゙カウントダウンライブがひかえているとはいえ、物事にはタイミングというものがある。
『試練』に立ち向かっている後輩グループを、放っておくわけにはいかない。
「とりあえず、《作戦本部》に戻るか?」
「そうだな。《司令官》に相談だな♪」
六人の゙リーダーである《カナデ》が待つ レッスン室を目指し、男二人は その場を後にした。
* * * * * * * *
こんなつもりではなかった。
もっと出来ると思っていたし、出来るようにならなければならないと、努力してきたはずなのに。
悪夢の三日間。
ルーカスにとって、悪夢でもなんでもない。
だって、原因は すべて《自分》にあるのだから。
「あーーーーーーっ!!」
持ち前の声の大きさが、仇となった。
春音がミスをしたとしても、自分までつられて崩れて、みんなを巻き込んで。
何で、ボクは こんなに出来が悪いんだろう。
どうすれば、もっと上手くなれるのだろう。
「…………………見えないよ………」
『目標が見えているなら大丈夫』と。
奏良には そう言われたのに。
…………全然、大丈夫じゃないです。どうすればいいんですか?
まさか、パフォーマンス中、ずっと奏良に手を握っていてもらうとか、隣りに立っていてもらうわけにはいかない。
乱れ、崩れるのは あきらかな『経験不足』もあるのだろう。
経験を積むために行っている全国行脚。
けれど、公演をやればやるほど、自分がどこにいるのか、分からなくなって。
――――ルーカスは、完全に 自分を見失っていた。
家にいても、何も浮かばないし、落ち着かない。
かといって、こんな状態で練習するわけにもいかず
………当てもなくウロウロ歩くという、情けない選択しかできないなんて。
みんなから、呆れられてしまう。
見放されてしまうかもしれない。
みんなと一緒に居たいのに。同じグループで、戦っていきたいのに。
いつも明るくて前向きだとはいえ、落ち込むことだってある。
ルーカスの゙ような性格だからこそ、落ち込むと手が付けられないほど 沈んでしまうのだ。
「………………甘えているだけだよね」
こんな甘い考えで、これから どうやって生きていくつもりだ。
頭ではわかってはいても、浮上できない。
ふらふら、ふらふら。
時間の無駄だとわかってはいるのに。
「……………こっちは、思った以上に《重症》らしいな」
「……………これは、やり甲斐がありそうだねぇ♪」
ふいに、背後から肩を叩かれて ドキッとする。
「ど………どちら様?」
黒い帽子にサングラス、黒ずくめで ガタイの良い男二人に近付かれたら、誰だって驚くだろう。
「あぁ?」
「………オレたち、わからない?」
ちらりと、サングラスを下げた顔は――――――
「!」
「お」
「わかってくれて嬉しいよ」
気付かれなきゃ、オレたち ただの不審者だよなぁ。
B.D.の゙メンバー、カズとミケの゙二人ではないか!
「すみません! お、お疲れ様です!」
「おう。…………ところで」
「ルーカス、どこに行こうとしてた?」
「えっ………えーと」
二人の、笑顔が怖い。
うまい言い訳も、ごまかすこともできずに、ルーカスは正直に告白するしかできなかった。
「………………すいません。恥ずかしい話……」
――――――どうしていいのか、わからなくて。
「ルーカス」
「………ちょっと、どっか店でも入ろうか?」
促されて、大人しく先輩二人に着いていく。
あぁ、情けない。この年齢になって、誰かに頼っているなんて――――――
近くの適当なファミレスに入り、とりあえずドリンクを注文する。
「……………で?」
「ルーカスは、何を悩んでいるわけ?」
カズとミケは、潔いほど直球に聞いてきた。
確かに、こんな状態で今さら隠したり 取り繕うのも変な話だ。
深いため息をついてから。
ルーカスは、洗いざらい正直に話していた。
「……………」
「……………」
「………すいません、ボクが情けないってだけで……」
誰かに説明するために 言葉にしてみると、ことさら カッコ悪く思えた。
「…………一つ、言わせてもらうと」
「…………はい」
「お前…………周りに気を遣いすぎ」
「……………え?」
カズからの指摘に、ぽかんとしてしまう。
ボクが?
「えっと……ボクは、そんなつもりでは……」
「ルーカスの゙長所で、イイところだとは思うけど」
「もっと ぶつかってみたらいいじゃん?」
怖い。悔しい。恥ずかしい。助けて。
「みんなが頑張っているのに、って遠慮してんだろ」
「それは…………」
「ちゃんと、自分の気持ち――――みんなに話してる?」
「!」
ミケの゙言葉は、奏良に初めて会ったときのように ルーカスに衝撃をもたらした。
…………ボクの゙気持ち?
「………ボク、もちろん、いつも――――」
「頼ることが《恥》だとか、思ってるだろ?」
「自分だけ ワガママ言えないって、思ったりしてる?」
「!」
…………だって。だって。
隠し事はしたくない。嘘もつきたくない。
みんなには、とびきり正直に 向き合っていたいから。
そう思えば思うほど、自分を包む《鎧》が分厚くなっていくことに、ルーカスは気付いていなかった。
《装う》ことを身に着けて、強く 逞しくなれたと勘違いをして。
鎧に亀裂が入っても、その《違和感》さえ感じ取れずに。
「……………ボク…………」
ずっと不安だった。
不安で、不安で。練習しても、何をしても 消えていかなくて。
誰もが必死で頑張っているのだから、離されたくない。食らいついて、それで乗り越えているような気になって。
実際は、何年も前から何も変わってはいなかった。
「……………ボクッ…………」
強くなりたい。
何度でも、立ち上がれるように。
理想の姿は、常に頭の中にあるのだ。
奏良みたいに――――苦しくても、戦っていけるような人になりたい。
「ルーカスさぁ」
「別に、無理して《奏良さん》みたいな人を目指さなくたっていいんじゃないの?」
「……………え?」
だって―――――ルーカスは、ルーカスじゃん。
「!」
「まぁ、偉そうなこと言えないし、オレたちだって、奏良さんから言われたこと そっくり受け売りしてるようなもんだけどさ」
『カズはカズ、ミケはミケ。君たちには 君たちにしかない《魅力》があるんだから』
『他のモノなんか、目指さなくていい』
『私の大好きで 大切な《カズ》と《ミケ》を、ちゃんと大事に愛してあげて』
「あの言葉は衝撃だったよなぁ」
「誰も合格にしてくれなかったオレたちを、拾って育ててくれて」
そのままでいい。変わる必要なんてない。
そう言ってくれたのだ。
「強くなるとか、成長しなきゃ……とか、当然あると思うし、必要なことだけどさ」
「自分の《中心》を、見失うな―――ってこと」
「ルーカスには、ルーカスにしかない良さも魅力も、いっぱいあるだろ」
だからこそ、今はファンもついて こうやって活動ができているのだ。
それに、なんといっても――――
「お前だって、奏良さんに《認められた人間》の一人だろ?」
「!」
何を信じられなくなったとしても。
「その《事実》は、一生 消えない」
「カズさん………」
「オレなんか、いつも最終的に それで乗り切ってるぞ?」
「ミケさん………」
奏良から選ばれたのだから、出来るはずだ、と。
弱ったり負けそうになっても、その《事実》が 消えそうな心の炎を 何度でも燃え上がらせてくれる。
結局は、信じるか 信じないかの話ではあるけれど。
「依存してるって考えは 捨てろよ。何かしら、心の《拠り所》を持つというのは 悪いことじゃない」
「最後に笑った者が勝ち、ってこと。いいじゃん、ルーカスなんて、《教祖様》………じゃなかった。奏良さんは同じグループで すぐ目の前にいるわけだし」
メンバーだって、個性的でタフなやつばかりだし?
「グループなんだから、運命共同体だろ?」
「五人とか六人って、揃うと 結構《強力》だぞ?」
「頼っちまえよ」
不安も何もかも、吐き出して、曝け出して。
「それくらい、受け止められるようなメンバーなんだろ?」
「!」
それは―――――
「………もちろんです」
それだけは、確信を持って断言できる。
ウチの―――STELLAのメンバーは、最強だ、と。
「だいたい、お前たちって《失敗も隠さないで見せる》、じゃなかったのか?」
「SNSの失敗動画とか、流してただろ?」
「……………そういえば、そうでした」
失敗に対して、ヘラヘラ笑って 見過ごす気はないけれど。
「………………ミスを引きずって、ずっと下を向いてばかりいても、カッコ悪いですよね」
『失敗しました。
悔しいし、恥ずかしいです。
もう、二度と こんなふうにならないように、次回必ず 立て直します。
それを含めて――――成長していく《過程》を含めて、見守って下さい』
そうやって――――仲間にも、ファンにも、言えばよかったのだ。
責任を感じて、その重みに耐えきれなくて、自分を見失って、周囲を見られなくなって。
何をしていたのだ。
「失敗を挽回して、次に頑張ろうとしないヤツが、一番カッコ悪いんだぞ」
「……………そうですね」
何度も、何度も、何度も。
オーディションを゙受けては落ち、それでも諦めずに やってきた。
何度転んでも立ち上がる、それが自分の《長所》だったのに。
自分から《笑顔》を゙取ったら、それこそ 何も残らない。
笑顔こそ、ルーカス最大の《武器》。
「武器を投げ捨ててしまったら、戦えないですよね………」
………まぁ、奏良さんなら 丸越しでも、きっと戦おうとするだろうけれど。
必要なら、そうする。
《守りに入ること》なんて、彼女は考えていないはずだから。
「ボクは……………幸せ者です」
愛すべき仲間がいて、気にかけてくれる先輩がいて、すぐそばに 奏良がいる。
何を怖がることがあるのだ。
………………バカみたいだ。紐解けば、こんなに単純なことだったのに。
「自分では なかなか気付けないこともあるってことだ」
「だからこそ、ちゃんとメンバー達と 話しないと」
「…………ホント、そうですね」
すぐに、歌が上手くなるわけではない。
この先 何度でも、失敗したり 恥をかいたりもするだろう。
みんなに迷惑をかけたり、悔しい思いをするかもしれない。
それでも――――逃げ出したくはない。
STELLAの一員として、その座を 誰かに明け渡す気なんか無い。
あの場所は、《自分のもの》なのだ。
誰にも、渡さない。
「―――――――愛しているから」
「!」
「!」
「……………もう、見失いません」
そう笑ったルーカスの顔は、これまで見せたことのない《挑戦的な》凄みのある笑顔だった。
これなら――――大丈夫。
ルーカスは、自分の足で 戦いに行けるだろう。
そう判断し、カズは 次のメンバーに電話を繋ぐ。
「……………おう、お疲れ。三男は、無事に《攻略》できたぜ。次は―――――」
STELLA次男、尊だ。
彼の近くへは、アオイが向かっていた。
プロでもある男を、どう攻略するか…………。
「任せたぜ、アオイ」
「任されたぜー♪」
そうして、B.D.の『STELLA救出作戦』は後半戦を迎えるのである。