痛いくらいの覚悟と 勇気 #5
十一月 三十日。
全国行脚 三日目が、ついにやってきた。
今日から、三連戦。STELLAは大阪から始まって、神戸、広島、岡山と 西に続いていく予定だ。
今日一日 二公演とも大阪で、終わったら夜は 一旦東京に戻る。
移動時間を考えると、公演先で泊まる方が無駄が無くていいのだろうが、まだ《宿泊込みの活動》は認められていない。
メンバー全員が成人しているのだから、許可してもいいだろうに。
「………まぁ、ウチの場合、どう部屋割りすんだ、って感じだけどな」
野郎ばかりなら適当で済むが、奏良がいる限り そうはいかない。男兄弟の中で育ち、現に弟と二人暮らしをしている本人は、『ぜんぜん 気にしないよ』と言いそうだが。
「………………オレが気にするっつーの」
他の奴と一緒でも許せないが、自分が同じ部屋になったとしても、それはそれで落ち着かないだろう。
唯織は欠伸を噛み殺しながら、集合場所に向かっていた。
マスクをして 上着を羽織っているとはいえ、ピオニーピンクの上下は やはり目立つ。宣伝の意味も兼ねて《レッスン着》での移動を続けているが、少しずつ周知されてきたのか、以前より見られる回数が増えたのは気のせいではない。
眠そうな顔が なんともいえない色気を放ち、周囲の視線を釘付けにする。
別に、見たければ どうぞ―――という感覚しかない。
唯織にとって、気にしてほしい相手に 見てもらえなければ、かっこつけたとしても意味が無い。
「…………泊まりが許可されたら、楽なのに」
明日は また神戸まで行かなくてはならない。
「……………移動が面倒なんだよな……」
文句は山のようにあるが、こうして公演をやらせてもらえるだけ 有り難く思わなければ。
DHEという大きな会社に所属できているから、わりと簡単に、舞台を用意してもらえるだけであり。
その幸運に、慣れてはいけない。
大型ショッピングモールなどでイベントが予定されている中には、いわゆる《地下アイドル》などのグループも多数いるのが現実だ。
彼らは、テレビには映らない。
SNSなど ネット上での活動が主で、時にはレコード店の店先や、街頭など、舞台以外の場所でもパフォーマンスをこなし、活動しているのだ。
「……………まぁ、その分《握手会》とかで、オレたちより稼いではいるけどな」
DHEは、基本的にファンとの《接触》は 禁止だ。
唯一、ビラ配りなどで 外に出てくることはあるが、それは限られている。
一定の距離を保ち、応援してもらうこと。
アーティストとは夢を提供する者―――というのが会社の理念としてあるから、身近に感じられたとしても、《別世界》を崩さないように。
昨今、地下アイドルたちの間で流行しているような《握手会》や、即席カメラで写真が撮れる《撮影会》など、そういった環境とは無縁だった。
握手一回、千円。
写真一枚、千円、など。
ライブ終わりに そういった時間を設け、ファンサービスの一貫として行っているらしいが、ファンは 一日で どれだけ金を払うと思っているのだ。
熱狂的なファンなら、破産する。
ファンならではの、その異常な《のめり込み方》が問題となっているのは、ニュースでよく耳にする。
まあ、他の集団のことは 正直どうでもいいが、ファンというものは《そういう面》を持っているということを、肝に銘じておかなければならない。
どちらかといえば、唯織のファンも 《そういう系統》の人が多いから。
何をしてもキャーキャー 大騒ぎだし、全国行脚の公演だって、『全公演、どこへでも行きます』というような《信者系》ばかりが目立っている。
外見が良すぎるせいで、それだけが先行しがちになるのは 仕方がないにしても。
本業は《歌》なのだ。
手っ取り早く人気を得て 有名になるために、外見を武器に活動してきたことは認めるけれど。
見た目だけでなく、歌を――――中身を見てほしい。
「……………今まで、そんなことは思いもしなかったけど」
誰にも、理解されないと思っていた。他人に期待したって無駄だ、と。
どうせ、上辺しか見てもらえない。そう、諦めていたから。
『……………唯織くんは、いい子だよ?』
ワガママで キツイ性格に見えるが、本来は 優しい《いい子》だよ――――と。
そんなことを言う人なんて、今まで誰もいなくて。
―――――本当は、ずっと 誰かに言ってほしかったのかもしれない。
『唯織は一人でも大丈夫でしょ』と。幼い頃から一人で居ることに 慣れてしまったけれど。
寂しくなかったわけではない。
そういうふうに見てくれる人を 無意識に探し求めていた事に、最近になって ようやく気付く。
「…………あ」
目的の場所に近づくと、ある一角だけ 明らかに雰囲気が違うのが 遠くからでもわかった。
雲の間から 光が差し込んでいるかのように、その場だけが違って見えるのは錯覚ではない。
横顔だけでも 絵になる、立ち姿。
何もしなくても周囲を惹きつける、存在感。
遠巻きに 多くの人から見られていることに、気付きもしないで――――無防備で、危なっかしくて、本当にハラハラさせられる。
「あ、唯織くんですよ!」
目のいいルーカスが先に気付き、それにつられて 他の二人もこちらを振り向く。
「おー」
「唯織くん、おはよー」
…………………眩しい。
毎日 見ているとはいえ、慣れることは いっこうにない。
「…………おはよう」
「今日も寒いね」
そう言った奏良の首元には、先日、休みの日に巻いてやったマフラーが巻かれていた。
「!」
「えへ」
いたずらっぽく、奏良は笑う。
元は唯織のマフラーだ。自分たち二人にしか、その意味はわからない。
どんなかたちにせよ、人から貰った物は『きちんと大事に使う』と言っていたが―――目の前で実際にやられると、堪らない。一瞬、呼吸が止まるかと思った。
…………………あぁ、もう。
心臓が、キュっとなる。ショック死させる気か。
あの日、半ば 押し付けた感は否めないが、返そうとするのを 無理にでも断って正解だった。
もっと、自分の《私物》で 飾り立てたくなってくる。
アクセサリーや帽子など、自分が気に入って使っていた物で埋めて………きっと、何でも似合うはずだ。
どんな服を着たとしても、そこに《自分の香り》を付け足して。
外側から徐々に、《自分色》に 染めてしまいたい。鈍感な彼女が気付かないうちに――――気付いた時には、もう どうにも抜け出せないように。
「―――――寝られたの?」
「え?」
昨日の 昼休憩での出来事が気になって、唯織のほうが眠れなかったほどだ。
ろくに休まず、寝られてもいない――――最近、いつも以上に 考え込むことが増えていたから、見ていて 気が気ではなかった。
リューイチでなくても 心配するのは当たり前。
それでも、何を考えていたのかを 自分たちに打ち明けてくれたことは、一歩 前進したといえる。
昨日みたいに、もっとオレたちに言えばいいのに。
どうしたいのか。
それがわかれば、いくらでも 対策は立てられるのだから。
「んー?」
笑ってごまかす時は、都合が悪いときと決まっている。
「………今日から三連戦だって、わかってるだろ」
まだ、何か気になることでもあるのか。
過度に一人で《抱え込む癖》は、どうしたら改善できるのだろう。
「道中寝るから ご心配なく」
「あ、そういえば奏良さん。《酔い止め》飲みましたか?」
「うん、忘れずに飲んできたよー」
「具合い悪くなったら、すぐに言ってくださいね?」
乗り物に弱い彼女は、乗る前には 薬の服用は必須だった。
その影響からか、服用後は たいてい睡魔に襲われる。
「車内で寝るから、心配しないで」
――――――私は、大丈夫だから。
いつも、そう言うけれど。
唯織は、奏良が自分自身に対して使う『大丈夫』ほど、信用ならないものはないと 思っていた。
――――大丈夫かどうかは、オレが決める。
どう見たって、全然 大丈夫じゃないだろ。
この クソ忙しい中で、あんなクオリティの高い曲を、五曲も書き上げて。
それが、《普通》じゃないことくらい、誰だってわかる。
その上、唯織たち三人に、歌詞を書いてこい―――なんて。まだ、曲を作る気なのだ。それこそ、《自分の身》を削って。
奏良がどんな曲を書くのか――――アーティストとしては、当然 気になる。平常時なら、楽しみに待っているところなのだが。
今は、素直に そう思えない。
怖いのだ。
彼女が――――壊れて、消えてしまいそうで。
『奏良ちゃんのこと、注意して みててあげて』
昨夜、心配したリューイチから 唯織に電話がかかってきたのだ。
『奏良ちゃんが 曲を作る時は――――弱っている証拠だから』
その言葉に、冷や汗が流れた。
穏やかなリューイチが あんなに怒り、心配していた理由が、そこからきていたとは。
無敵モードだと、本人は笑っていた。
リューイチに止められても聞く耳を持たず、反発して。
立ち止まってしまったらダメだと 自分に言い聞かせて、無理にでも 走り続けようとして。まるで、生き急いでいるかのように見えるのは、気のせいではない。
――――――何に、追われている?
奏良を悩ませている《核》は、何なのか。
何と、戦っているのか。
人前に出ることに緊張して、克服しようとしていたのは知っている。
けれど、根本的なところ―――根はもっと深いところにある気がしてならない。
そもそも、何であんなに 自己評価が低いのか。自分に対して、ネガティブ過ぎる。
きっと、そのあたりに 何か原因があるのだろうが―――大丈夫と繰り返すばかりで、本当のところを 見せてはくれない。
どうしたら、奏良は 心を許してくれるのだろう。
《この手》を掴んでくれれば、オレが代わりに戦うのに。
邪魔なものがあるなら、すべて取り除いて。
悪意あるものも、一つ残らず 潰して。
あぁ、そうか。オレは、守りたいのか。
無防備な《心》が、これ以上 傷付かないように。
泥水だって、被っても構わない。それで彼女が無事ならば、いくらでも被ってやる。
どうせ、自分は 品の良い育ちなんてしていないのだ。荒事だって 何だって、引き受けてやるから。
「唯織、行くぞー」
「出発しますよ、アニキー」
「……………………オレに、しなよ」
「………え?」
一人で生きてきた分、何が起こっても 冷静に対処できる自信がある。
どんな環境でも、戦えるだけの《能力》だってある。
何も、しなくていい。
ただ、そばにいてくれるだけでいい。
隣にいてくれれば、すべて オレがなんとかするから。
何だって、こなしてみせるから。
「…………座席のこと? いつも通り、ジャンケンじゃないの?」
「あー、アニキ! ズルいですよ! 公平に、ジャンケンですからね!」
呆れるほど 鈍い本人と、相変わらず騒がしいメンバーに囲まれながら。
静かに、それでいて確実に。
獲物を狙う野生動物の如く――――唯織は初めて、《人》に対して《本気》で掴みにいこうと決めた。
* * * * * * * *
外は、あいにくの雨。
午前の公演が始まる時間になっても、止む気配すら無い。
STELLA LOVE HAPPINESS、公演 三日目。
屋内の特設ステージには、これまで以上の人が詰めかけて、辺りは異様な熱気で埋め尽くされていた。
「本日は、雨という足元の悪い中、ぼくたちの公演に来てくださいまして、ありがとうございます」
「ありがとうございます!」
「ありがとうございます!」
「短い時間ではありますが、最後まで楽しんでいってください!」
「全力でパフォーマンスさせて頂きますので、応援よろしくお願いいたします!」
「お願いいたします!」
最前列から始まり、後方まで伸びる列。
東京公演の時と同じく、吹き抜け型の舞台は四階まであり、人、人、人………。
ただ、先日 先にこの舞台で公演をした『Infinity』と比べたら、多少 隙間はあった。
おそらく三グループで一番の《集客力》を誇る彼らと比べると、STELLAは《まだまだ》といえる。
プロとなるならば、集客力は必須だ。
いつまでも《話題性》だけでは戦ってはいけない。
「それでは、ぼくたちのオリジナル曲、聴いてください」
「―――――――《My Treasure》」
大歓声の中、大阪公演は幕開けした。
始めは、オリジナル曲の サビからだ。
『I'm crazy about you
I can't see anything but you
Woo Woo……
〜♪♬〜♬♪〜〜♪♬〜
冒頭、全員で歌うサビの後。
『もう忘れよう これが最後だと
こぼれる涙 苦しくて
歩き出し また戻る』
唯織の歌い出しに、奏良は思わず鳥肌が立っていた。
――――――――うわぁ…………
………何、なに、何なの? どうした、長男!?
世の中のすべてが束になっても 敵わないような、とんでもない《色気》。
尊が クラクラくる《甘さ》なら、唯織は 腰が抜けそうになるくらい、全身を侵食するような《支配》。
さすがの奏良も、平常心を保つのに必死になった。
――――前回の公演よりも、明らかに違う歌声。
元々、表現力の高さはダントツだったが、今まで《温存》していたのかと勘ぐりたくなるほど、その違いは歴然で。
何かに《目覚めた》、そんな印象を受ける。
ファンにとっては最高のパフォーマンスといえるが、横で一緒に歌うメンバーのことも 少しは考えてほしい。
だって―――――こんなの、どうすればいい?
歌声も、仕草も、視線も………唯織のすべてに目を奪われる。
そう思ってしまったのは、自分だけではなかったようで。
「ちょっと、アニキー! 今日は一段とセクシーじゃないですかぁ!」
「ほんと………僕、ビックリして、歌詞を忘れそうになりましたもん」
…………これは、危ない。まさに歩く《公害》だ。
「どしたの? 心境の変化?」
「………………まぁ、応援してくださる皆さんに――――《本気》のぼくを 見てもらいたくて?」
「ヒュー♪」
「ボクも言ってみたーい」
――――――舞台慣れしている唯織だからこそ、こんなことができるのだろう。
奏良の胸に、小さな不安が広がる。
経験の差は、埋めることが難しい。
例えば、唯織たちが《高校生》だとすると、ルーカスたちは まだ《小学校三年生》くらいにしか到達していない。
努力しているとはいえ、埋められないものもある。
奏良が思わず引っ張られたように、ルーカスも 春音も、唯織の歌に惑わされて、危うく バランスが崩れるところだったのだ。
唯織が悪いわけではない。
彼は、自分なりに《最高のパフォーマンス》を提供しようとしただけであり、それに 気を取られたほうが《未熟》なわけで。
続く、二曲目。
英語歌詞の『Love is a fight』は、明るく可愛らしい曲だから、無難に終えることができたのだが。
三曲目―――――『SWEET LOVE』で、とうとう《事件》が起こってしまったのだ。
『また明日ね、と
笑顔で手を振る
帰りたくなくて
僕は いつも
その場から動けない』
唯織に触発されて、尊も負けじと さらに威力を増したのが、引き金になったのかもしれない。
サビを超えて、順調にいったかと 安心した瞬間。
『雨が降るなら
僕が傘になろう
凍える日は
僕が あたためるから』
春音が、音程を微妙に外してしまったのだ。
音程正確率には定評がある 末っ子の、まさかの珍しいミス。
舞台上にサーっと動揺が走る。
―――――気にしない! 気にしちゃダメ!
目で合図を送ったものの、曲の最中に立て直すのは プロでも難しい。
その後に続くルーカスが、呆気なく 崩れてしまったのだ。
奏良が 急いで同じパートを同時に歌い、何とか《カバー》したものの、表に出てしまった音は 取り消せるわけではなく――――
午前の部が終り、控室に戻った時。
春音とルーカスは 真っ青になっていた。
「僕のミスです! 本当にすみません!」
「いや、ボクが動揺して つられたのが悪いんです!」
「………気にしないの。こういうことだって、あるから」
「そうだぞー」
「誰も責めてないから。ほら、顔 上げろって」
誰かが転んでも、他の人がカバーする。
全員で決めた《ルール》なのだから、こんなミスくらいで、誰も騒いだりしない。
「………ハル、泣いてんじゃねぇぞー」
「次、頑張ればいいんだよ」
兄二人も 優しく慰めるが、ミスをした側にとってみれば、何を言われても 心は浮上しない。
音程の正確さに自信があったからこそ、春音は 自分のミスが許せないだろうし、経験値の低さに負い目があるルーカスは、その弱点をさらに突き付けられたのだから、ツラいだろう。
自分に足りないもの。
克服すべき問題。
舞台という《本番》をやる中で、新たに見えてくるものもある。
しかし、これも含めて、《経験》なのだ。
この悔しさも、恥ずかしさも、乗り越えなければならない。
そして、周囲はそれを 見守ること。
個人として。グループとして。
本当の意味での《試練》が、とうとう訪れた、というわけで。
……………やっぱり、きたか。
公演三日目の、ジンクス。『魔の三回目』。
「午後の会場に、移動するぞー」
「忘れ物、無い?」
同日、午後 四時。
同じ大阪だが、違う会場で始まった《午後の部》。
そこで、一番 恐れていた事態が起きた。
気持ちの切り替えができずに、そのままの感情で舞台に立ったせいで。
同じことを繰り返してしまうという―――――最悪のミス。
「!」
「!」
「!」
「!」
舞台の魔物に取り憑かれ、修正できないくらいに 春音はパニックに陥っていた。
そうなってしまったら、周りの声は 本人へは届かなくなる。
「なんだ、ハル」
「緊張したのかー?」
MCでイジりながら 重い空気を戻そうとしても、簡単には抜け出せない。
本番での失敗を繰り返してきた奏良は、痛いほど 春音の心境がわかるし、なんとかしたくても。
これだけは………どうしようもなかった。
乗り越えるのは、《本人》にしかできない。
誰が何を言おうと、本人の心が納得して受け入れないと、一歩も動けない。
できるのは――――『そばにいるよ』と、伝えることだけ。
次の曲に移る合間に、ぎゅっと 春音の手を握る。
……………負けるな、春くん。
君は、こんなところで駄目になる子じゃないでしょう?
今までのことを、思い出して。
「………………奏良さん」
もがいて、苦しんで、一歩を踏み出して………また壁にぶつかって。
そうやって、誰もが 日々戦っているわけであり、何も 春音が特別に《ツラい環境》なわけでもない。
夢があるのなら。
本気で、掴みたいものがあるのなら。
これからの戦いは、避けられない。
奏良は緊張と戦いながらも、自分にできる《最大限》を駆使して、その後のパフォーマンスは《フォロー》することに専念した。
けれど、舞台の魔物は そんな《弱み》を見逃してくれるほど甘くはない。
スタッフとしての《支える》という経験と、アーティストとしての《披露する》という経験は まったく異なる。
アーティストとしての《経験値》でいけば、一番《少ない》奏良が 一人でどうにかできるわけもなく。
大阪から始まった三連戦、一日 二公演ずつの、合計 六公演。
回を追うごとに、メンバーのミスは膨れ上がっていた。
反省会で 反省点は上がるのに、本番で修正ができないまま、次の公演に突入し―――状況は さらに悪化していく。
『STELLA、どうしたのかね』
『なんか、下手になった?』
『………ちょっとガッカリ』
SNSは、早い。
正直な声が次々と、一瞬で拡散されていく。
「……………どこかで、止めないと」
やればやるほど、上手くいかない。
自信を無くした春音に、不安が払拭できないルーカス。
フォローしようとした尊まで巻き込み ハーモニーが崩れる。
立て直すことが中心となり、《魅せる》という意味からは かけ離れた歌。
魅力が感じられなくて、当然だ。
そして、極めつけは――――――
「…………………悪い、言い訳できねぇ」
滅多に失敗しない唯織が、《歌詞》を間違えるという《痛恨》のミス。
英語歌詞だったから、まだ 日本語よりは誤魔化しはきいたとはいえ。
プロとしてのプライドが、彼自身を許さないだろう。
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
何があっても、五人でやる。
繋いだ手は離さないと 決めていたのに。
脆くも 崩壊してしまいそうな雰囲気に、全員が 恐怖を感じていた。
口数が少なくなる中、お互い 無理をして《声かけ》をしてみるも、どこか 余所余所しさは拭えない。まるで、初めて顔合わせをした日に戻ってしまったような、心の距離感。
―――――だめだ、このままじゃ。
こんなはずではない。こんな簡単に、崩れてしまう関係性だったのか。
誰もが どうにかしたいと思っているのに、どうしていいのかが わからない。
《出口》の見えないトンネルに迷い込み、解決策の《欠片》さえ見つけられず―――――
十一月 三十日。
十二月 一日。
十二月二日。
魔の三回目から続いた《悪夢の三日間》は、ようやくそこで 一旦 終了した。
これから先、どうするのか。
起きてしまったことよりも、修正できなかったこと。メンバーのチカラに なれなかったこと。
自らの経験を持ってしても、結果 《何もできなかった》に等しい。
『役に立たない』
その《事実》に、奏良は誰よりも ショックを受けていたのである。