痛いくらいの覚悟と 勇気 #2
グループB、『The One and Only』のことが、少しずつ出てきます。
今回は、唯織、尊と共に プロヴォーカルとして参加している《もう一人》、千尋のお話です。
唯一無二のという意味で名付けられたグループ、『The One and Only』。
DHE MUSIC 初の大型オーディションプロジェクト―――その第三期で結成された、八人組の男性グループである。
略して『TO2』。
科学記号のような味気無さはあるが、年齢も出身も職業もバラバラなメンバーが合わさって、《化学変化》を起こす―――そんな意味も込めて、メンバー全員で決めた愛称だ。
ヴォーカルチーム三人に、ダンスチーム五人の構成で、ダンスチームは全員が現役プロダンサーとして活躍中である。
ダンサーの大会や活動と並行して 今回のプロジェクトに参加しているため、グループ八人の全員が 毎日集まることができないからこそ、全員が集まった日の練習は 特に重要だった。
集中して、効率的に。
意見をどんどん出し合って、時間内で作り上げていく作業は、大変ではあるが なかなかスリルがあって楽しい。
少なくとも、宮崎 千尋は そう思っている。
―――――否、思えるようになった、といった方が正しいかもしれない。
グループ結成当初は、こんなふうに思えるようになるなど 想像もできなかった。
* * * * * * * *
『Little Crown』の追加メンバーオーディションに合格したのは、千尋が十九歳になる年だった。
プロの歌い手になりたくて、様々なオーディションを受け続け、ようやく掴んだ《栄光》。
同じく合格した唯織や 尊と三人で、プロへの道へと踏み出した。
今回のプロジェクトのように、初歩からのレッスンや全国行脚などは無く、プロとして舞台に立つために、先輩たちを見様見真似で 必死についていったのは、そう昔のことではない。
プロとはいえ、まだまだ今も《新人》の部類。
もっと、上手くなりたい。
もっと、上にいきたい。
その強い気持ちから、批判を覚悟で 第三期プロジェクトに参加したのは、今年の二月だ。
プロとはいえ、まだ《かけだし》のひよっ子だから。
持っているのは、未来への《希望》と、揺るぎない《強い思い》だけ。
その二つさえあれば、大抵のことは なんとかなる。
千尋には、唯織たち三人の中では『自分が一番上手い』という自負があった。
唯織は 器用で魅せ方は上手いが、歌そのものに関しては 声の伸びがイマイチだし、尊は声質はいいが 基礎が不十分だと思う。
俺が、一番 上手い。
合宿での 鬼のように厳しいレッスンに、落ち込もうとも。
今がダメなら、ダメな部分を克服すればいい。
いくらでも、変えていける。自分が、諦めさえしなければ。
それなのに――――――
グループ発表で、千尋はグループBの『The One and Only』になり、唯織と尊は揃って グループAの『STELLA LOVE HAPPINESS』になった。
STELLAのコンセプトは、『ヴォーカルに特化していて、抜群のビジュアルを持つ』ということ。
何故、自分が 選ばれない?
そこに立つべきなのは、俺だろう。
歌にしろ ビジュアルにしろ、一番は自分であって、少なくとも 唯織や 尊ではないはずだ。
―――――――納得が、いかない。
何故、自分だけが別のグループで――――三グループあるのだから、一人ずつバラバラでも よかったのではないか?
モヤモヤした思いを抱えたまま始まってしまった、グループ活動。
けれど始まってしまったら、時間が経つに連れ『The One and Only』というグループが好きになっていた。
なによりも、メンバーを好きになったから。
年齢も 出身も 職業も 違うからこそ、それぞれに魅力があって、誰もが 揺るぎない覚悟を持ってプロジェクトに挑戦していた。
思いの強さは、みんな変わらない。
合宿を経て築いた関係性以上に、さらに お互いに尊敬し合えるような間柄になっていき。
このグループが好きだし、このグループになれて良かった、と思えるようになってから、より活動が楽しくなって、自分の歌も 目に見えて上達していった。
オリジナル曲のレコーディング、SNS活動の開始、全国行脚のスタート。
全員で 一から作り上げていく。
意見が衝突したり、失敗もありながら、グループとしての形が出来上がっていくことが、千尋は とにかく楽しかったのだ。
STELLAのように、毎日 集まれない代わりに、一つ一つの時間、その瞬間が 大事であって。
――――――けれど、千尋にとっては、やはりSTELLAというグループが 気になって仕方がなかった。
未練がある、ということではなく――――彼ら五人は、本当にキラキラと輝いて見えたから。
毎日の生配信や、多数投稿される写真。様々なジャンルに挑戦している 歌の動画。
その中に映る彼らは とにかく楽しそうで、伸び伸びと自然体で、何事も全力で。
個性と主張の強い男たち四人が、無理なく 一つにまとまっていられるのは、間違えなく 奏良がいるからだろう。
見ていれば、わかる。
彼女が、いる。それだけで。
個性を殺さず、大事にしつつ、まとまっていられる。
お互いに信頼し合って、それでいて 誰も《我慢しない》。
しかも―――歌が、短期間で格段に 上手くなっているのだ。
唯織も、尊も、ルーカスも、春音も、奏良に引っ張られて、どんどん魅力的に 驚くほど上達していく。
俺が、一番上手いと思っていたのに。
俺だって、前よりも 上手くなっているのに。
結局は――――――『奏良がいるから』。自分と彼らが違うのは、その部分だけ。
彼女がいるだけで、何もかもが こんなにも違ってしまう。
いるだけで、あらゆるものが変わっていく。
…………………ズルい。
悔しい。
俺だって、変わりたい。
唯織たちのように、もっと変わっていきたい。離されたくなんかない。
そのために、奏良の存在が必要だというのなら、どうにかして その《環境》を手に入れるしかない。
そう思っていたところに、『合同練習』の話題が持ち上がったことは、千尋にとって僥倖だった。
この機会を、逃してなるものか。
なんとしても、奏良との《時間》を 作る。
一緒に《活動》をすることで、きっと得るものがあるだろう。
今の自分に足りないものは、まさしく《彼女》――――彼女の持つ《何か》なのだ。
具体的に、他と何が違うのか。彼女の何が、周囲に影響を与えるのか、わからないけれど。
一緒にいることで、自分も もっと変わっていけると 信じているから。
「……………合同練習で、絶対に 何か掴んでやる」
千尋は、『未来の自分のために できること』を、最大限やろう―――という決意を胸に、STELLAの元を訪れていたのである。
* * * * * * * *
学生ばかりの『Infinity』は無理だが、『The One and Only』と『STELLA LOVE HAPPINESS』の、合同練習が決まった。
合同練習は、午前中に行うこと。
その後 昼食を取りながら 合同ミーティングを行い、午後は 自分のグループ練習に戻ること。
全国行脚のステージに向けて、グループと個人、両方のレベルアップを図るのが目的だ。
十一月 二十八日。
合同練習を開始してから、すでに三日が経過していた。
自分たちのグループには無かった表現、考え方、魅せ方など、やはり学ぶことが多い。
同じメンバー同士では見えなかったこと、気付けなかったことにも 目を向けることができ、それだけでも 十分《成果》があったといえるだろう。
STELLAのグループとしての《在り方》は、TO2にとって 今後の《指針》になった。
練習メニューも、スケジュールも、すべてを《自分たちで決める》。
セルフプロデュースなのだから、出来て当然………と一言でいうが、簡単なことではない。
自分たちのことを知り、弱点を見つけ、埋めるために 何が必要か。
残り時間を計算に入れつつ、シビアに予定を立てていくということの、難しさ。
その無謀な挑戦の最中だというのに………彼らは、いつだって前向きだった。
落ち込みそうになっても 顔を上げられるのは、常に《声をかけてくれる人》がいるからに 他ならない。
――――――それが、どんなに《すごいこと》なのか、きっと みんなは わかっていないのだろう。
「次の舞台まで、あと少しか―――」
社内用のノートパソコンに向かいながら、奏良は 微妙な顔をした。
「………………奏良さんは、何が気になっているわけ?」
そんな奏良の背後から、唯織が画面を覗き込む。
………………近い。
その距離は、何なんだ。
前から薄々思ってはいたが――――STELLAのメンバーは みんな距離感が《おかしい》。
おかしい……というより、もはや《ヤバい》だろう。個人的な《パーソナルゾーン》をとっくに超えているというのに、気にする様子は見られない。
スタッフとして、男ばかりの候補生たちと 長年接してきたとはいえ………大丈夫か?
妹がいる千尋にとって、奏良の《危機感の無さ》には 戸惑いを隠せなかった。これが自分の妹なら、がっつりと説教でもしてやるというのに。
合同練習が決まったのは、一昨日のことだった。
各グループ毎に活動し、顔を会わせない日もあったため、六日ぶりに見た 奏良は、一段と可愛く――――眩しくなっていた。
スタッフだった姿とは一変――――追加メンバーとして候補生となった日に、いきなり とんでもないビジュアルを出してきて、それだけでも 十分驚いたというのに。
考え込んだり、拗ねたり、怒ったり。
スタッフとしては絶対に見せなかった表情を、最近 たくさん見せるようになって。
「何してもいいけど、一人では 絶対出歩くなよ」
「またそれ? 子供じゃないんだから………」
今だって、唯織に言い返している横顔が子供っぽいのに、そんな姿も 魅力的で。
TO2のメンバーも 思わず見惚れて 見入ってしまうほどだ。
「…………奏良さんて」
「見るたびに 可愛くなるっていうか」
「アレで、《すっぴん》とか信じらんねぇ」
「………逆に、メイクされたらヤバいって。マジで」
「投稿してる《写真》とか………もはや《凶器》でしかないわ」
「昨日も、SNS 機能停止してたよなー」
「見た見た、マジで超 可愛かった」
「けっこう歳上だけど、歳の差 感じない。童顔だし」
「着てるのは ただの《レッスン着》なのに、何であんな 可愛く見えるんだろ?」
当の本人は、コソコソと話す男たちには 気付きもしない。
自分が 話題の中心にいるとは まったく思いもしないのか――――前から『奏良さんはヤバいですよ』とルーカスが連呼していたのは、こういう《無自覚》なことを指していたのかもしれない。
横からの角度だと より際立つ、長いまつ毛。
ガラス玉のような瞳。吸い寄せられるような唇。
見れば見るほど 魅力的なパーツだらけなのに、今まで なぜ誰も 気にならなかったのか、不思議で仕方がない。
目立たず 地味に見えるように計算された、重たい髪の毛と 分厚いメガネ――――これまでの姿は 彼女にとって最大級の《変装》だったのだろう。
見事に、誰もが 騙されていた。
素顔を知らず、野暮ったいなぁ………と思っていたが、それでも 見た目を補って余りある《飾り気のない性格》のせいで、誰もが『この人イイな』と好感を抱いていたはずだ。
男たちだけでなく、同性からも好かれているのが特徴的で、彼女の周りには 彼女を慕う人が 常に群がっている。
どんな見た目をしていても、結局は人を惹きつけてしまう人。
それが、《仮面》を外したかのように《本来の姿》を現した、となれば――――。
今までの倍、心を奪われる人が続出して 当然だろう。
だって、性格の良さは とっくに誰もが知っているのだから。
「…………可愛い」
「………ってか、ぶっちゃけ《触りたい》」
「わかる!」
「ぎゅーってしたい!」
「STELLAのメンバー、いつも やってるしな」
「………ズルくね?」
「………ズルいよな?」
「こら こら こら」
リーダーの真央が慌てて止めに入るが、多かれ少なかれ、みんな同じことを思っているのは 間違えないだろう。
千尋でさえ、あの瞳で真っ直ぐに見られたらドキッとするし、うっかり『触れたい』と思ってしまうのだから、危険な人だ。
いや――――彼女は何も 悪くない。
集中すべき時期に、惑わされている 《こちら側》に問題があるのだ。
アイドルやアーティストなど、芸能界には《魅力的な人》が、それこそ 星の数ほどいるのだ。
身近にいるからといって、簡単に 惹かれているようでは、芸能活動などやってはいられない。
「…………集中しろよー。午前中は あと一時間なんだから」
「へーい」
「はぁーい」
メンバーに注意しつつも、自分は横目で 奏良の姿を目で追ってしまうのは、きっと気のせいだ。
…………考えたら、負けだ。
意識したら 戻れなくなりそうで、千尋は慌てて 飲んでいたドリンクを一気に呷って ごまかす。
「…………よし、練習再開するよー!」
パソコンの蓋を閉じ 周囲に呼びかけながら、彼女の瞳は もう《次のこと》を見ている。
わずかな休憩時間でさえ、休んでいるところを見たことが無い。
手にした《練習日程表》と《記録用ノート》を片手に、頭の中には 《未来》しか描いていないのだろう。
そういう前向きな面も、揺るがない意志の強さも、本気で尊敬する。
どうすれば、追いつけるだろう。
初めて歌声を聴いたときは、驚きすぎて。
計り知れないポテンシャルが《脅威》だと、情けなくも恐れてしまったが、今では《追いかけたい》対象に変わっていた。
この出会いは、偶然ではなく《必然》。例えは陳腐だが、これも 一種の《運命》。
「今日の最後は………千尋くんとの練習だね」
千尋にとって、待ちに待った 二人練習だ。
掴んでやる――――強い思いはウソではない。
「よろしくお願いしまーす」
「お願いします」
「昨日の続きから やる? それとも、他のメニューにいってみる?」
こちらが 求めた以上のことを、返してくれる人だから。
自分の持てる全力で、ぶつかっていくだけ。
与えられるのを待っているだけでは、何も変わらないから。
「……新しいメニュー、いってみない?」
「お、いいねぇ。じゃあ、あと一時間 歌いこんでみようか?」
「……っ!」
―――――至近距離に来られたくらいで、ビビるな。
――――攻めていけ。
自分の歌声で、逆に 虜にしてみせる。
そのくらいの覚悟で臨まないと、あっという間に食われてしまうだろう。
気持ちで、負けたくない。負けて たまるもんか。
「じゃあ、いっきに いってみようか?」
「………了解」
奏良が練習用にと選んできた曲たちを、順に歌っていく。
スローテンポな、ロマンチックなバラード。
アップテンポな、爽やか系のラブソング。
重低音の響く、ロック調の パワーソング。
ヒップホップ系、洋楽ポップス、韓流ポップス。
一人ではなく、奏良と合わせて歌うだけなのに。
「…………………うわ、千尋くん すげぇ」
「なんか、違うな」
「やっぱり………」
「奏良さん効果?」
出なかった音域が、出せる。
歌声に、《艶》が出る。
表現力も、段違いに変わっていく。
向かい合っているだけなのに、何を歌っても 結果は同じだった。
これこそが、《奏良マジック》。
体験した者にしかわからない、その《威力》。
――――――どうしよう。
マジで、凄い。
――――――楽しすぎる!!
何が原因なのか、もう そんなことは どうでもよくなって。
自分の中から生まれる この『歌』こそが、すべてを物語っている。
間違えなく、自分は変わっているのだ。
奏良と、いるだけで。こんなにも簡単に、劇的に。
―――――手放したく、ない。
そう思って、何が悪い。
一度味わってしまえば、もう抜け出せない――――底なしの、沼。
魔法が解けたあとの シンデレラのように、《以前の自分》に戻ることが、もう耐えられない。
冗談ではなく、本気で そう思ってしまう。
〜〜♪♫〜♫♬♪〜〜♫♪〜
『君は 僕のOnlyOne
他に代わりなんていない
君といるだけで
僕は 何にでもなれる
まさに 君は魔法使い
十二時を過ぎたら終わりなんて
もう 耐えられない
君が 魔法使いでも
今度は僕が 魔法をかけるよ
いつまでも解けない
僕だけの魔法を――――』
まさに、歌の歌詞のように。
奏良が、魔法にかかってしまえばいいのに。
自分以外の所へは 行けないような、《拘束》の魔法に。
* * * * * * * *
千尋の目つきが変わっていく様子を、STELLAの男たちは 離れたところから観察していた。
「………………」
「………………」
…………アニキたち、顔が怖いですよー。
気持ちは、わからなくはないけれど。
ルーカスだって、正直なところをいえば、『面白くない』だ。
だって。だって、だって。
奏良さんは、ボクらの奏良さんなんだから。
合同練習ということだから、《貸して》あげているだけで、彼女がいるべき場所は、ココなのだ。
「……………《悪い魔法使い》に捕まらないように、ボクたちで 一層気を付けていかなきゃ」
捕まって、閉じ込められたりしないように。
「奏良さん、自分のことになると 危機感薄いからなー」
独り占めしたいのは、誰もが同じ。
そもそも、独り占めできるような人では ないのだ。
「………ボクらも、負けずに練習やりますよー」
奏良が、帰りたくなるように。
STELLAが、恋しくなるように。
「《自分磨き》をすることが、きっと 一番の《近道》だと思いません?」
嫉妬して、進む道を 見失っている場合ではなく。
彼女は、何事も頑張っている人が 好きなのだから。
頑張ったね、と。笑顔を向けてもらうためにも。
――――――本気で、振り向いて欲しいなら。
「………ボクだって、負けない!」
誰よりも前向きなルーカスは、兄二人を励ましながら、自分もさらなる練習に打ち込むのであった。
ようやく千尋を まともに登場させることができました。
今後の彼の動きにもご注目ください。