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この歌声(こえ)君に届け  作者: 水乃琥珀
30/47

痛いくらいの覚悟と 勇気 #1

主人公を含む登場人物たちの 隠れていた《内面》へ、話は進んでいきます。

  十一月 二十五日。


  朝、起きて。

  テレビから流れてくる天気予報を聞きながら、本日の《服装》を決めようとして。


  奏良そらは、《いつもは見ない場所》に目を向けた。


「………………………」

  逃げるな。

  逃げては、いけない。


  前に進むと 決めたのだから。


  見ないようにしていたモノ、避けてきたモノ。

  自分からは遠ざけてきたモノたちを、一つ一つクリアしていかなければ。


  もう、悠長にしてなどいられない。

  自分に足りないもの。苦手なもの。


  カタチからでもいい。

  多少《強引》なやり方であっても、留まって動かないよりはマシだろう。


「…………………」

  着なかった服に、初めて袖を通す。


  自分で買ったわけではなく、シーズン毎に 兄の碧海うみや 弟のりくから送られてくる、《女性物レディース》の服たち。

  似合わないから―――とクローゼットの隅に放置していたが、今 挑戦している《可愛く歌う》という《師匠からの課題》には、少しはプラスになるだろう。

  カタチからの後押しでも、今の自分には切実に必要だった。


「……………行きますか」

  決意を胸に、自宅マンションを出発する。


  


  とうとう、《おかしくなった》と思われるだろうか。

  どう思われようが、構わない。

  成長できずに、置いていかれること。

  必要ないと、言われること。


「………………それだけは、イヤ」


  持てるものは、すべて出す。使えるものは、なんだって使う。不利なモノでも、そんなことは関係ない。

  常に最悪の状況を想定して、準備をする。そうしないと、毎日を 戦ってはいけないのだ。


  《失う怖さ》を知っているから。


  嫌なら―――――――戦え。


  休日を経て、奏良そらは更に思いを強くした。


  どんな方法、手段を使おうとも―――もう、《自分》から《逃げない》、ということを。



  戦う《レベル》を、一段階も二段階も 上げるしかない。

  失わないためには、もう それ以外、道は残されていなかったのだ。


*  *  *  *  *  *  *  *



  休み明け、本日 STELLAステラの集合時間は 朝の八時 半。

  学校が始まる時間のようで、ルーカスは この時間が好きである。


  休み明けは、みんな集合が早い。

  人によっては《朝練》のために、朝七時には来ているメンバーもいる。


  時刻は、午前六時 四十分。


  レッスン室の中を、廊下から覗き込むと。

  安定の 一番乗り――――奏良そらが、歌の練習を もう始めていた。

「さすが、早い……ボクも見習わなきゃ」

  

  扉は 透明の防音ガラス製で、室内がよく見えるわりに、マイクの音など音漏れはしにくい。

  ――――はずなのに。


  めちゃくちゃ、音が漏れているし。

  ………………と、いうよりは。

「……………奏良そらさんの歌声こえの響きが、違う?」


  仮歌シンガーとして十数年のキャリアがあり、誰よりも伸びやかで自由で、何を歌っても魅力的なのに。

  まだ、余力があるということか。  


  全力とか、本気とか、覚悟。

  奏良そらが口にする言葉は、嘘ではない。

  口にしたら必ず 実行するし、どんなに難しくても、成し遂げようとする努力と 諦めない強さ。


  簡単に、できているわけではない。

  途中参加で、元スタッフで、性別の問題もあって。批判や厳しい声だって 有るのが事実だ。

  悩んで、苦しんで、そんな中でも前に進もうとするから。

  真似できなくて、だからこそ 憧れる存在。

「……………前と、何が違うんだろう」

  わからない。

  けれど、確実に。


  奏良そらが、攻めてきた。


  必要だと思えば、どんどん攻めた挑戦をする人だが、さらにギアチェンジした、と表現するのが妥当だろうか。

  歌声うたもそうだが――――本日、着用しているモノ。

  朝練の時間だからか、まだお揃いのレッスン着に着替える前の状態で、《私服》だったのだが。


「……………ヤバっ」


  一番付き合いが長いルーカスでさえ、初めて見る《女性物レディース》の服。

  秋を締めくくるに相応しい、ダークブラウン色の、シンプルなAラインのワンピース。

  ワンピース丈はふくらはぎ位までの長さで、そこから見える足元は マスタードイエロー色のウエスタンブーツか。

  伸びかけのショートヘアには、オフホワイト色のベレー帽が よく似合っている。


  デザインはシンプルなのに、華やかさが半端ない。

  全身から放たれる キラキラ感は、どこからくるのだろう。

「…………マズイですよ、コレは」

  可愛い服を、着てみて欲しいと願ったけれど。

「…………………マジですかー」

  サラッと着ているだけで、コレなのだ。

  この間、ガールズグループ『PINKY』の女の子たちからプレゼントされたような、攻めた服だって 服に負けずに着こなしてしまうだろう。

  写真を撮るどころの話ではない。  


  地味な外見をしていた時でさえ 多くの人に好かれていたのは、その飾らない性格ゆえか。

  一度 接したら、わかる。

  真面目で、他人思いで、頼りになって、みんなの《心の安定剤》みたいな人。


  それでも、今までは《スタッフ》だったせいで、その《立場》が候補生たちとの間に《壁》として、一枚分の隔たりがあった。

  候補生となってからも、常に《爆イケ》としてカッコいい面しか見せてこなかったから、みんな 無意識に忘れていたのかもしれない。

  彼女は 歳上とはいえ、れっきとした《女のコ》だということを。


  これは――――――マズイ。

  すっぴん状態で、コレなのだ。メイクスタッフのエリカが出勤したら、喜々として 更に可愛く仕上げるだろう。

  そうなったら。

  兄 二人――――おりみことが見たら、どうなってしまうのか。



  『犯罪的な可愛さ』『天性の魔性』


  幼なじみのリューイチが言っていた《本当の意味》が、ようやくわかったような気がした。

  何故、目立たないような地味な格好を 許していたのか。

  奏良そら本人の希望だとしても、普通なら周囲が《勿体ない》と制止するだろうに。


  真の姿を、簡単に見せては いけない。おそらく、親しい人たちが決めた《暗黙のルール》だったのだ。

  

  多感な年頃の候補生たちや、妙齢のアーティストたち―――それら男たちの視線から、奏良そらを守るため。


「…………アニキたち、うかうかしてられませんよ」


  今後、ますます奏良そらは魅力的になるだろう。

  垢抜けた……とかではなく、《本来の姿》を現しただけ。メイクを覚えたら、さらに化けるかもしれない。


  ストイックな厳しさも。

  どんな人でも受け入れて 癒やしてくれる、懐の深さも。

  たまに 少年たちとふざけ合う お茶目な面も。

  ふとした時に見せる、影のある繊細さも。


  可愛いだけではないからこそ、抜け出せない《沼》にハマってしまう人が続出するだろう。


  狼の群れに、無垢な子羊を放つようなものだ。

  当の本人は、自分の魅力にはまったく気付いていないのだから。

「…………うーん…………」

  ルーカスは、悩む。


  実は、昨日の午後、偶然 見かけてしまったのだ。

  たっぷりと家で寝たあと、街に出てぷらぷらしていたら―――おり奏良そらが、手を繋いで歩いていたのである。


  あやうく、街のど真ん中で『えーっっ!』と大声を上げそうになり、なんとか踏みとどまった。

  二人とも視力が悪いから 見られたことに気付いていないようだが、ルーカスにはバッチリ見えていた。


  警戒心が強い 野良猫のようなおりを、いとも簡単に手懐けけてしまうのは、さすがとしか言いようがない。


  『社内恋愛は禁止ではない』などと言ってみたはいいが。

  これは――――嵐の予感がする。


  全員が、アーティストの候補生なのだ。

  歌が上手い人に憧れるのは 当然。

  ただ、それだけじゃなくて。


  人として尊敬し、仲間として憧れ、そのうえ 誰よりも可愛いとくれば。

  身も心も全部、ガッツリ持っていかれるのが想像できてしまう。

「…………ボクは、どうするのが正解?」


  恩人で、《神》のような存在の人を、守りたいと思うけれど。

  何をすれば、彼女のためになるか。メンバーのためになるか。


  そもそも、ボクは誰を《応援》するべき??


  今のところ、ルーカスが知っている範囲では―――― STELLAステラの兄 二人。

  他にも、少しだけ『怪しいなぁ』と思う候補生がいるのも事実。


「………えー、うわぁー、どうしよう?」


  そんなことを、扉の前でやっていると。


「………何してんだ、ルーカス?」

「やっぱ、奏良そらさんの方が早かったかー」

「ぎゃあっ」


  現れたのは、The One and Onlyの千尋ちひろと、STELLAステラ次男の みこと


  マズイ!

「――――お、お二人とも! さ、先に、着替えてきましょう!」

「なんでだよ?」

「……奏良そらさんの練習してるとこ、見て参考にしたいんだけど」

「ひょおっ」

  今は、ダメです。

  なんと言おうと、ダメですって!


「………なんか、いつも以上に 歌声こえの響きがいいな」

「休み明けだからか? ってか、ルーカス? お前、朝から 何を怪しい動きして――――――」


  首を伸ばして室内を覗いた二人が、一瞬だけ 止まる。


  ――――――ジーザス!

  スタイルの良い二人は、首も長いことを忘れていた!


  ゴンッ ゴンッ


  手にしていた携帯電話を落とす、男 二人。


「…………だから、ダメだって言ったじゃないですかぁ」


  〜〜♪♫♬〜〜♪〜〜

  『視線 逸らさないで

   I miss you

   その心 独り占めしたい』


  絶妙なタイミングで流れるのは、切ない想いを歌った 雰囲気のあるラブソング。


  磨きがかかった奏良そらのバラードは、甘く誘う《悪魔の囁き》にも似ている。

  歌声こえだけで、迷宮の奥深くへと迷い込むこと必至だ。

「…………………」

「…………………」

「…………………あーあ」

  だから、止めたのに。


  こうなったら。

  奏良そらには早く、恋人を作ってもらうしかない。いつまでも独身フリーでいるから いけないのだ。


  野生動物のように人間ひとに媚びない 奏良そらを、ガッチリと逃さずに捕まえていてくれる、男気のある《勇者》。

  そんな人が現れてくれることを、 願うしかない。


「………………奏良そらさーん? 早く着替えてきてくださいよー」


  廊下に《屍の山》を築くつもりか。

 

「えっ………ルーくん? ちょっと、来るの早くない!?」


  私服を見られた――――と、真っ赤になりながら 慌ててロッカールームへと駆けていく後ろ姿を見守りながら。



「…………ボクと春ちゃんで、守らないと」


  みんなが幸せになれる道が、きっとあるはず。



  基本的に穏やかで 平和主義者な三男は、これから吹き荒れるであろう《恋の嵐》を前に、新たな決意を固めるのであった。


*  *  *  *  *  *  *  *


「―――――合同練習?」


  修行中の候補生には およそ似つかわしくない《単語》が出てきたことに、奏良そらは難しい顔をした。


  集合時間になってから、STELLAステラが使用しているレッスン室には、The One and Onlyのメンバー 八人が訪ねて来ていた。


  全部で何回あるか知らされていない、全国行脚の舞台ステージ

  次回は 十一月 三十日。

  各グループとも、次回に向けての修正点や変更点、色々と準備が必要な 貴重な期間であるのだが。

  

「デビュー後に、グループのシャッフルとか、新たなユニットを組むとか、そういうのは今までもあったけど」


  

  千尋ちひろが The One and Onlyを代表して、『合同練習』の話を持ち掛けてきたのだ。


「時間的に、お互い 無理じゃね?」

「合同って……具体的には?」

「ヴォーカルチームとダンスチームに別れて、それぞれ 教え合うってこと」

「ダンスチームって………」

  STELLAステラには、The One and Onlyについていけるような ダンススキルは、まだ無い。


「ヴォーカル面では教え合えるけど………」

STELLAステラの皆さんには、ラップを教えて頂きたいなぁ、と」

  The One and Only 最年長、リーダーの真央まおが 控えめに提案する。


  確かに、ダンスを生業なりわいにしている プロダンサー五人は、今回ラップが初めての挑戦であり、合宿中から 苦戦してきたのは知っている。

「ラップかぁ………」

「ラップならみこととルーが得意だけど、奏良そらさんだって デキるだろ。教えるの 上手いし」

「俺は、お互い高め合えるんなら、いいとは思うけど」

「時間的に、余裕があるか、ってところですよね」

  みこととルーカスは、合同練習には前向きのようだが、やはり《時間》がネックになるらしい。


「―――――奏良そらさんは、どうなの?」

  おりが、真っ直ぐに聞いてくる。


「うーん………そうだねぇ………」


  悪い話では、ない気がする。

上層部うえが許可したんなら、いいかもしれないけど………」

  何故、許可したのか。

  その理由が気になるし、引っ掛かりはする。


  スタッフから候補生になったせいで、これまで 当たり前に知らされていた《裏情報》が、ぐっと減っていた。

  仲の良いスタッフに 頼み込めば、もちろん教えてもらうことはできるだろうが――――後輩たちに情報漏洩をさせるのは忍びないので、今のところは 我慢していた。


「……………けど、何? 何が気になるの?」

「…………ううん、いいや。気になることは、乗り込んで聞いてくればいいから」

「……出たよ。正面からの《殴り込み》?」

「殴り込みじゃないってば。そうやって、いつも人のこと 荒くれ者みたいにさー」

  STELLAステラのメンバーは、いつも一緒だから いいとして。

  The One and Onlyの子たちに 変なイメージを持たれたら、どうしてくれるのだ。


「やることに対して反対はしないけど、やるなら きっちり時間配分とか、予定を立てないと」


  合同練習、グループ練習、個人練習、SNS活動。

「…………まぁ、結構 キツキツだろうな」

STELLAステラは 毎日配信をしてますもんね」

「そういえば………合同での練習はOKされたけど。例えば、SNS活動とか、合同で何か披露する、ってのは どうなんだろ?」

  ヴォーカル三人衆の一人、が ふと疑問を口にする。

「あ、それ おれも思ったー」

「おれも」

  

  写真や、ダンス、歌の動画など。

  グループ入り乱れての活動は、どうなのか。


「やっていいなら、おれ STELLAステラのみんなと写真撮りたーい♪」

「前に言ってた、コスプレやりたーい♪」

  ダンスチーム最年少、双子の光と眞白ましろは、いつでも息がピッタリだ。


「俺は、バラード歌いたい。マジなヤツ」

「お互いのオリジナル曲を歌い合うってのも、面白くない?」

  千尋ちひろや、もう一人のヴォーカル担当 祥太朗も、かなり乗り気な様子だった。


「TikTokiで流行った 数秒ショートダンスとか やりてぇ」

奏良そらさんに歌って欲しい! おれ、横で踊るし!」

  ダンサーの仁とレオナルドは、当然 ダンスをやりたがる。

「こらー、自由に喋ると話が進まないでしょー」

  リーダーの真央が やんわりとたしなめた。


  人数が増えると、発言数も増える。

  それぞれが思いつくままに発言するから、適当なところで止めないと 収集がつかなくなるのだろう。

  大人な真央は、この人数を上手くまとめていて、改めてリーダーの存在は大事だと思わせてくれる人だ。


「………ウチの長男と大違い」

「聞こえてんだけど」

「……これは失礼。つい、うっかり本音が」

  茶化して言いながら、おりの反撃を予想して 逃げの態勢を作る。


奏良そらさん 逃げてー!」

「逃がすか!」

  ぎゃあぎゃあ 騒がしいのは、いつものこと。     STELLAステラならではの じゃれ合いの一環。

  あぁ、ウチのメンバーは 今日も元気で何よりだ。


「…………STELLAステラって」

「いつも、わちゃわちゃしてるよな」

「おれたちとは違う感じで、はっちゃけてる」

「いーな、楽しそう」

「おれたちも、混ぜてー♪」


  中学生のようなノリは、ツラいことの多い練習期間には 必ず必要だった。

  コミュニケーションを取りながら、候補生たちの様子をチェックする――――そのクセは、なかなか直らない。

  長年サポートスタッフとして働いてきたせいで、いまだに 他のグループの子たちも気になってしまうのだ。


  とはいえ、時間は有限。ふざけ合うのも 程々に。

「……………ちょっと上層部うえに行ってきまーす」 

  気になったことは、後回しには しない。

  それは、鉄則だ。


  

  奏良そらはレッスン室を出て、総合責任者のリューイチがいるであろう、別の部屋へと向かうことにした。


*  *  *  *  *  *  *  *


「お疲れさまでーす」


  とりあえず、いつも通りの挨拶で入室すると。


「おはよう、奏良そらちゃん――――」

  パソコンの画面に向けていた視線を、リューイチはゆっくりと上に戻して。

「!」

  奏良そらの《意味ありげな》笑顔を見て、すぐに悟る。


「…………俺に何を聞きたいのかな?」

「あ、バレてる」

  さすが、長年の付き合いだ。


千尋ちひろくんたちから、合同練習の話を聞いたんどけど」

「ああ、そのこと?」

「活動の方は、どうなの? 写真とか動画とか、やってもいいの?」

「あー…………それね。グループ毎の活動に《支障》が出ない範囲でなら、いいよ」

  へぇ…………珍しい。

  それは、会社として 異例のことだった。


「………………それ以外にも、水面下での《構想》があるってわけね?」

「…………まったく、奏良そらちゃんは鋭いんだからなぁ」


  突っ込んで聞いているのに、教えてはくれないつもりか。


「まぁ、別に隠すほどのことでも ないんだけど」

「でも、教えないつもりでしょ?」

「知ったら………奏良そらちゃんの場合、ソワソワして落ち着かなくなるでしょ」

  だから、あえて言わない。今は教えない。


「…………今だって、結構ムリして 攻めてるでしょ?」

「!」

  リューイチこそ、鋭い。


  時間が、無い。

  置いていかれたくない。

  もっと、もっと、と。

  心の動きを無視して、ハイペースで進もうとしているのが わかるから。

「ムリして 良いことなんて、ないんだからね?」

「……………………だって」

  そうでもしなければ、動けない。

  度胸があるように見えて、実際は《怖がり》なのだ。


  リューイチは、やれやれと肩をすくめながら 奏良そらと向き合う。

「…………奏良そらちゃん? 成長することと、ムリして突き進むことは、違う。わかるでしょ?」

  優しく、けれど いつも正論で、厳しい。

  


  ――――――言われなくても。

  候補生たちに ずっと言ってきたことだから、誰よりも 《焦る》ことの危険さは、知っているつもりだ。

  一歩、一歩、確実に。

  自分と向き合って、心と相談しながら、進むこと。


「…………………でも、もう 待てないから」


  これから本格的になる、全国行脚。

  SNS活動もあるし、合同練習を始めるなら さらに時間的余裕が無くなっていく。


  それに――――今年も また、《あの季節》がやってくるのだ。

奏良そらちゃん……………」



  痛くても、苦しくても。


  時間は、待ったナシ。

「……………後悔だけは、したくないから」

  もっと やっておけばよかった、と。

  そう思うことだけは、絶対にしたくはない。


「………練習、行ってくるね」

  教えてもらえないなら用は無い――――とばかりに、あっさりと退室する。


  自分の理想と、目指す先。

  やらなければいけないことは、沢山あるのだ。



  そんな奏良そらの姿に、リューイチは危機感を抱いていた。

  やるとなったら、徹底的にやる子だから。


「………………今年も、またクリスマスがくるんだな」

  クリスマス・イブ――――人によっては ロマンチックな一日になるのだろう。


  奏良そらにとっては、違う。

  一年で、一番 つらく、苦しい日。


  強引にでも、デビューさせようと《逃げられない状況》を作ったのは、ムリをさせたいからではない。

  自分自身を否定し、自らを傷付けていることに、気付いてほしかったから。


  自分が《痛い》と感じていることを、もっと大事に思ってほしいのだ。


「はぁ…………どうすんだよ、碧海うみ

  愛されているのに―――その事実に違和感を抱いて 逃げてしまうような子だ。

  溺愛するだけの家族では、奏良そらの抱える《傷》は癒やしきれない。

  それほど、傷も闇も 深いのだ。


奏良そらちゃんの傷を癒やしてくれる―――――そんな人に、早く出会えるといいのに」

  兄代わりのリューイチは、そう願わずにはいられない。


  今年のクリスマスは、どうやって慰めようか――――。

  活動の最中だからと、きっと《何でもないようなフリ》をして、周囲を欺くのだろう。

「…………本当に、頑ななんだから」



  本来の奏良そらを知っているからこそ。

  リューイチは 考えるだけで、暗く重いものが肩にのしかかるような気がした。

色々なものと戦っている皆さま。

焦らず、一歩ずつ、確実に。

自分自身を愛してあげることを忘れないでくださいね。

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