グループ発表 #3
課題一曲目、前奏が流れ出す。
〜〜♬〜♪♫〜〜♪
十三人組ヴォーカル&ダンスグループ『CRASH BOYZ』の『warrior』だ。
ヴォーカル三人のパンチの効いた歌と 十人のエネルギッシュなダンスが特徴で、彼らのライブでも盛り上がる曲の一つだ。
ロック調の迫力ある低音サウンドに負けないようにAメロBメロとつないで、サビでは最高潮に達するように歌うのがポイントだろう。
今は歌唱力の評価なので、ダンスなど振り付けは考えなくていいのが救いだ。
『転んでも踏まれても 諦めない
最底辺 そこから這い上がれ
止めるものなんてない
Fire Fire 心に火を灯せ
弱気になるな Don't forget
ヤル気になれば everyone warrior
負け続ける人生にByeBye』
戦士という曲名の通り、戦えと鼓舞する応援歌だ、聞き手を盛り上げなくてはいけない。
ライブ一曲目として《テンション上げ》には向いているかもしれないが、歌い手にとっては なかなかハードなスタートといえる。
緊張の中で、いきなりパンチの効いた声を出せるのか。
〜♪〜〜♬♪♫♪〜♪♬〜
一人目のアキトが歌う。
訓練生の彼は、毎日レッスンに通っているのだろう。
《歌うま》と言われるオーディション生よりはレベルは上だが、まだ発展途中という印象が否めない。
アキトが歌う間、相馬は自分の世界に入り込んでいる様子だった。
奏良は、アキトの邪魔にならないように 軽くジャンプをして体をほぐす。
歌は、体そのものが《楽器》となる。
音楽を奏でるのに、楽器のメンテナンスは重要だ。
準備万端―――とは とても言えないが、歌う前に最低限できることをやらなければいけない。
ワンコーラスずつなので、だいたい一曲が 一分から二分程度。すぐに次の番となり、二番手の相馬が歌い出す。
『Fire Fire 心に火を灯せ〜♪』
パワフルな歌い方を得意とする相馬にとって、これは得意ジャンルだった。
サビの盛り上がるところを上手く歌っていて、審査員も何人かうなずいて聴いている。
DHE MUSICに専属契約をしている相馬は、仮歌シンガーとしての経歴は奏良よりも若干短いが、貰った曲の数からいえば 相馬の方が断然多かった。
どんなに上手くても奏良は女性だから、作曲者によっては《女性仮歌ヴォーカルNG》と指定してくることも少なくはない。
事務所内では《自分こそがトップだ》――――という自負が、相馬にはある。
良くも悪くも、その思いが歌や仕草に現れていて、それを《自信の表れ》とするか、もしくは《傲慢だ》とするかは、見ている者の受け取り方によるだろう。
どんな場であろうと、人前で堂々とパフォーマンスできるということは、メジャーで活動するにあたって重要だ。
持っている武器を 正確に使えるようでなければ、才能があろうと《素人》の域からは抜け出せないのだから。
相馬も すぐに一曲目を歌い終わり、途切れずに続けて 同じ曲の前奏が流れる。
あっという間に、奏良の番。
たいして心配はしていなかったリューイチだが、心の中で密かに《応援》を送る。
待っている間に軽く体をほぐし、深呼吸を繰り返していた様子を見ると、歌うことから《逃げる》ことはしないみたいで、安堵した。
―――――――いいぞ、奏良ちゃん、カマしてやれ!
冒頭 歌い出し。
伏せていた目を開いた奏良と視線が合った気がしたが、実際は違った。
相馬も自分の世界に入っていたが、それは奏良も同じ。
見えているようで、見えていない。
審査員の方を向いてはいるが、意識はもっと遠くに向けられている。
………うん、いい表情だ。
これなら、ベストに近い歌を聴けるだろう。
〜♬♪〜♪〜♪♫♬♪〜♪♬〜
『俯いてばかりいた Everyday
ありのままの姿 隠し続けた
本当は違うと知っているのに
いつから 負けることに慣れていたの?』
最初の単語一つ、それだけで室内の空気が一変した。
「「「「!!」」」」
何人もの人が一斉に、息を飲む気配がする。
それは、そうだ。
奏良が本気で歌う――――見過ごせるはずがないではないか。
『どうせ無理だと決めつけて
Are you happy now?
邪魔なものなど Throw away
信じてくれる仲間 思い出し
もう一度 未来 夢見よう』
女性にしては低音だが、けれど決して低すぎない独特なウィスパーボイス。
原曲のまま―――つまり男性ヴォーカルと同じキーのまま歌えて、高音もファルセットも自在に操れる。
加えて、声の質感も 歌い方も、曲の部分ごとに雰囲気さえ 変えられる。
………ホント、上手いよなぁ。
自分もプロ歌手であり、歌唱力には定評があるリューイチでも嫉妬する、その《声》と《技術》。
『転んでも踏まれても 諦めない
最底辺 そこから這い上がれ
止めるものなんてない』
サビ前のBメロ。
奏良は あえて、強く押さない。
そのチカラの抜き方が、より歌を魅力的にする。
『Fire Fire 心に火を灯せ
弱気になるな Don't forget
ヤル気になれば everyone warrior
負け続ける人生にByeBye』
審査員は、プロの音楽関係者。
ワンコーラスいかなくても、ほんのワンフレーズ聴いただけで審査は可能だ。
準備期間無し―――その無茶なハンデの意味を、全員が理解する。
これは、比較にならない。
そこらの歌手なんて、及びもしない。まさに、完成形。文字通り、プロの歌い手だ。
では、何のために 選考会を開いたのか。
一番は、とにかく奏良のため。
圧倒的な存在だと見せることで、内外からの余計な《反発》を発生させないようにするため。つまり、奏良を守るためだ。
もう一つは、一緒に活動する候補生のため。
ヴォーカルとして、ずっと先を歩く奏良を追いかけて、同じように成長していってほしいから。
「………………」
ほとんどの審査員は、もう審査をすることを放棄した。
意味がないからだ。
残りあと四曲、アキトと相馬が どんなに巻き返したとしても、奏良は更に その上をいくだろうから。
――――――リューイチは、何としても 奏良ちゃんをデビューさせたいんだね。
声もなく、審査員スタッフは リューイチを見る。
あちこちから チラチラと送られる視線に気付き、リューイチは頭をかいた。
――――だってさ、仕方ないじゃん?
こんなの知ってたら、みんなに教えたいに決まってるでしょ?
付き合ってよ、と。
スタッフ達に、目で合図する。
ノンストップの音楽は、二曲目の前奏ヘ移っていた。
審査員達は、苦笑した。
こうなったら、《ライブ》だと割り切って 楽しむしかない。
ヴォイストレーナーは、一緒に歌うつもりで。
ダンストレーナーは、歌に合わせて体を揺らし。
他のスタッフは、激務の間の《ご褒美》として。
仕事時間中の、思いがけない ゲリラライブ。
審査員達の表情が変わったのを感じて、リューイチも社長と笑みを交わす。
さあ、あとは奏良ちゃんの仕事だ。
曲者たちを、問答無用で《撃破》してよ?
審査用紙の上にペンを置き、リューイチもライブを楽しむことにシフトした。
* * * * * * * *
二曲目は、九人組ヴォーカルグループ『STARS』の『My Angel』。
片思い中の甘酸っぱい歌詞が特徴で、リズムミカルな 明るいポップスだ。
恋愛映画のようなキュンとくる感じを、いかに表現できるか。
実際に歌うと、思った以上にテンポが早く感じる、魔の曲でもある。
『触れた指先 何も言えなくなる
君の目に 映る僕は
無害で おひと好し?
だって 嫌われたくない』
アキトは、爽やかなポップスが似合う声だから良かったが、相馬には鬼門だった。
オラオラ系…… というべきか。その強めの性格が そのまま歌に出てしまっている。
歌に合わせて 歌い方や雰囲気を変える。
これも、プロにとって必要なことだ。
その点、奏良は。
『触れた指先 何も言えなくなる
君の目に 映る僕は
無害で おひと好し?
だって 嫌われたくない』
絶妙な、切り替え。
緩急をつけたロックな一曲目とはうって変わって、誘うような甘い声。
『名前呼ばれたら 息が止まる
もう無理 降参するよ
僕はCrazy
君に捕まった 哀れなprisoner
Baby Baby
我慢なんて できない
Baby Baby
君の笑顔 独り占めしたい
とろけそうな 僕の心
My Angel どうか気づいて』
奏良に経験は無かったが、普通なら誰もが知っているドキドキ感。
聴衆の年齢が高いほど 恋の甘酸っぱさを思い出すから、この歌はヤラれる。
二曲目も、奏良の一人勝ちだった。
次の三曲目。
今度は、六人組『HYPER』の『Summer Party』。
ヴォーカルとラッパーが交互に畳み掛ける、熱い夏にピッタリの曲だ。
この曲のポイントは、元々六人で交互に歌い継ぐところを、一人で 上手く歌えるか、だ。
アキトは、まだ実力が足りなかった。次々とくる歌詞を追うことで精一杯で、歌に振り回されてしまっていた。
相馬はラップも得意だから、そつなく歌う。
しかし、次の奏良と比べると、下手ではないが単調過ぎて、やはり見劣りしてしまうといえよう。
奏良は、はっきり言ってラップが得意ではない。
けれど、流行の男性ヴォーカル曲は 洋楽の影響を大きく受けているため、ラップを避けては通れなかった。
よくパッションが大事というが、パッションだけでは どうにもならず。ある程度練習が必要だ。
プロの条件の一つとして、鬼門と呼ばれる《苦手分野》を作らないことだ。
もし苦手があるなら、それを克服すること。
とにかく 色々な曲を聴いて、ジャンル違いの芸術に触れて、内面を豊かにすることこそ、上達への近道である。
人見知りの激しい奏良も最初こそ苦労したが、各方面に顔の広いリューイチや 周りの人達のおかげで、交流の幅が広くなったものだ。
自分には無いものを持つ 個性的な人たちと、とりあえず接してみる。
そういうところに、案外上手くなるヒントは埋もれているわけで。
ラップが得意な知り合いに コツを教えてもらったのも、効果があったようだ。これからはもっとラップを強化しなければ――――と、歌いながら奏良は強く思う。
四曲目となると、歌い手にも疲労が見て取れた。
休憩が許されない、ノンストップだから余計である。
連続して、質を落とさずに歌うことも、プロの条件の一つだ。
今度は四人組ヴォーカルグループ『DESTINY』の『狙撃手』だ。
曲名の通り、《仕留める》的な歌詞が話題を呼んだ、クールでセクシーなアップテンポの曲で、映画のエンディングでも使われている。
アキトと相馬は、男性らしいチカラ強さとセクシーさをイメージさせる歌を歌ったが、奏良は違った。
そもそも、狙撃手とは。
遠くから一発で仕留める、その冷静さと正確さ。
その職人技には、繊細さが必要だろうから。
目線だけでも 射殺せるような、ゾクリとするクールさ。
以前アメリカで特殊部隊のドラマがあったのだが、その中の狙撃手・へラードをイメージにした。
赤い炎よりも、静かに燃える 《青い炎》。
〜♪♬♪♫〜〜♪〜♪♬〜♬〜〜♪〜
『I am a Sniper
逃げられると思うな
どこへ行こうと 必ず見つける
早く神に祈ったらどうだ?
一瞬が 永遠になる前に
チャンスは一度切り
I am a Sniper
後悔しても もう遅い』
本家の『DESTINY』四人が聴いたら、さぞ 悔しがったことだろう。
もしくは、カバーしてくれと、頼んできたかもしれない。リバイバルヒットしそうだから、と。
それくらい、原曲とは別の《一つの楽曲》として 魅力的だったのだ。
そして、とうとう次が最後。
五曲目の前奏が流れていた。