舞台の 光と影 #6
十一月 二十三日。
全国行脚、二日目。
STELLA LOVE HAPPINESSの午前の部は、静岡での公演だ。
「……おー、空気は冷たいけど」
「……まずまずの、天気なんじゃない?」
朝から快晴―――とまではいかないが、薄曇りの中から日差しが少し顔を出すような、そんな空模様である。
STELLAの五人は、今日こそ時間に余裕を持って 現地入りしていた。
本日、予定していたのはショッピングモールの室内での舞台だったのだが。
着いた直後に、スタッフから場所の変更が告げられる。
「――――――外!?」
「……いや、もうお客さんの人数がスゴくて」
早い時間からの、予想以上の人数。
「施設建物の責任者から、苦情きちゃうくらいでさ」
現地で先に準備する《現場スタッフ》は、苦笑いする。
開始時間は、昨日と同じ午前十一時。
現在、七時 四十分。
開始時間まで まだかなりの時間もあるというのに、数えきれないほどの人が すでに並んで待ってくれている。
「お店のオープン前に この人数で並ばれると、さすがに《営業妨害》になるからね」
「………確かに」
「しかし……………外かぁ」
「……奏良さん?」
奏良は、上空を見上げた。
雨が降っていないにせよ、屋根があるわけではない、平坦な場所。
「外だと、都合悪い?」
「別に、外が悪いってことではなくてさ」
野外ステージなど、外でやるパターンも多くある。
「ステージなら、いいんだけど」
音響を考えて 設計されているのだから、別に問題はないのだが。
「ステージどころか………」
「まぁ………ただの だだっ広い《駐車場》、だな」
「真っ平ら、ですねぇ。果てしなく」
ショッピングモールの巨大平面駐車場。
施設関係者に嫌われたか―――と勘ぐりたくなってくる。
「……後ろの方とか、僕たちが見えない可能性もありませんか?」
春音の指摘通り、観客から見えにくいということも 問題ではあるのだが。
「音がさ――――」
四方八方に、散ってしまうのではないか。
奏良にとっては、それが懸念材料だった。
自分たちは、主に歌一本での勝負。
円形ステージのように、囲まれた状態でのパフォーマンスなら、まだ良かったのだが。
しかも、追い打ちをかけるように。
「―――――やっぱ、ダメだ。途中で どうしても、曲が途切れるわ」
「流してるBGMの方は、平気なのに」
予測はしていたが、さっそくの機材トラブル。
「開始までに なんとかなりそうですか?」
「どうだろ。今のところ、何が原因かわかんないんだよなぁ」
理由がわからないと、対処のしようがない。
あれこれと試してはいるが、今のところ 復旧の目処は立たないという。
「………さっそく、きたかね」
原因不明のトラブルが。
偶然なのか、意図的なのか。
二日目で起こるとは、ツイてない。
「でも、天気が雨とかじゃなくて 良かったですよね!」
いつでも前向き―――ムードメーカーのルーカスは、《良いこと》を見つける天才だった。
「雨とか風とかだと、歌うボクたちも 見に来てくれた人たちも、みんな大変ですからね。ラッキーですよ♪」
ルーカスの言う通りだ。
悪天候でないならば、ありがたいと感謝するべきだろう。
「…………尊くんの、《自称・晴男》説のおかげですかね?」
来る途中の新幹線の中で、誰が 晴なのか雨なのか―――くだらない話題で盛り上がったばかりだった。
「自称じゃなくて、俺は本当に《晴》なんだよ」
「………天気を操れるとか、無いから。ファンタジー映画の見過ぎ」
唯織の冷たいツッコミに、本人はムキになる。
「本当だってば」
「お前自身がっていうよりも、一緒にいる人が《晴れ》を《持ってる》んじゃねえの?」
「えー………」
俺は、絶対に晴れなのに―――と 納得のいかない次男。
なんの根拠があってのことなのか、奏良にとっては わりと《どうでもいい》。
「酷っ!」
「………奏良さんの、容赦なくバッサリ切るとこ オモロ。――――ちなみに、オレは メチャクチャ《晴れ》だから」
「お前ぇ! さっきまで俺のこと馬鹿にしてたくせに!」
ちゃっかり、自分のことだけは主張する長男も、なかなかのものだ。
余談だが、本人の主張によると、《晴れ》は尊、唯織、ルーカスの三人。
奏良と春音は《雨と風》という、強烈な天候と仲良しである。
「………雨だけじゃなく、風ってなに?」
「台風とか呼ぶのだけは マジでやめてくれよ?」
「…………神のみぞ知る。あとは《運》次第?」
「………STELLAの天気は、ボクたちが守ります!」
「三対二なので、晴れの方が勝ちますよ!」
「それって人数の問題?」
機材トラブルを目の前にして、なんという呑気な集団だろう。
「――――で、君たち。真面目な話、どうするかね?」
呆れた音響担当のスタッフに問われて。
「うーん……」
「直らなければ、しょうがないか」
「やり始めてから途中で音が消えるより、最初から無い方が マシかもな」
「………初の、アカペラバージョン披露ですか?」
「そうだね………」
こんなことも想定して、きちんと《準備》も《練習》も積んできている。
慌てることはない。
ほんの少し、披露する《形態》が変更になるだけだ。
「ねぇ、中川さん。マイクのみの《音》って、どうかな?」
旧知のスタッフに、正直なところを相談する。
「………この広さだと―――――」
外の空気感、風の状態、客の人数など。
広がっていく音が、どうなるか。
「…………うーん、微妙かなぁ」
「微妙?」
「マイクは通るだろうけど………」
少し、物足りなさは隠せないかなぁ。
「……………………やっぱ、そうだよね」
このようなステージで、現場スタッフだった経験がある奏良も、中川と同じ意見だった。
「…………あとは、アレかなぁ? 奏良ちゃん」
「………やっぱ、アレしかないかぁ」
ちらり、と。機材に混じった《アレ》を見る。
「なに、《アレ》って?」
「…………………キーボード」
念のために……と持ってきてもらったのは、こういう事態に備えてのことだ。
万が一のときでも 選択肢が増える分だけ、有るのと無いのとでは 大きな差が出てくる。
「キーボード?」
「キーボードって………」
「まさか」
「………奏良さん!?」
キーボードを使用する―――できるのは、もちろん この五人の中では奏良しかいない。
「………アカペラバージョンに編曲した歌に、キーボードで伴奏をつける、ってこと」
即席で考えられる《最善》は、これ以外にない。
『B.D.』の全国行脚でも、同じような状況だったことがある。その時は、姿が見えない裏側で弾いて、彼らの公演をサポートしたものだ。
オリジナル曲『My Treasure』、そして三曲目の『SWEET LOVE』の作曲者なのだから、楽曲として弾くことは難しくはない。
問題は―――――
「歌いながら弾く……ってのが、私 苦手なんだよねぇ」
歌か、楽器の演奏か。どちらか、一つ。
同時にこなせるほど、器用ではないから。
「さぁ、困ったね」
安全策を取るなら、歌のみ。余計な小細工はしない方が、身のためだろう。
けれど、これは《練習》ではない、本番の舞台。
完成度もさることなら、見に来てくれた人を少しでも《喜ばせる》ことを、第一に考えるとしたら。
「…………オレたちが、いつも以上に 歌声で《フォロー》すればいいんじゃねぇ?」
失敗を恐れて小さく縮こまるよりも、最大限の《挑戦》をすることの方が、何倍も《価値》がある。
どう転ぶか わからないにしても。
唯織は、グループとして《攻める》という意見の方に 賛成を上げた。
尊は、奏良の負う《負担》の方を重視する。
「奏良さんは、どう? いけそう?」
完治していない 掌の怪我もあるうえ、ぶっつけ本番での演奏。一人だけ 心理的負担が大きすぎるのではないか、と。
「正直………」
怖いに 決まっている。
人前で歌うことも、演奏することも、克服できたとはいえない。初日公演を経験したからといって、劇的に 何かが変わるわけではないのだ。
「………でも、《最善》を考えるなら」
―――――キーボードの使用が、どう考えても この場では《ベスト》だろう。
綱渡り状態の《不確定さ》を推奨するわけではないし、いつでも《完璧な状態》で臨むことが 正しいのだが。
ここは、歌い手にとっての《戦場》。
少しでも《可能性》があるのなら、逃げずに飛び込むしかない。
「―――――決まりだな。歌は《アカペラバージョン》に変更。それで、奏良さんはキーボードで 伴奏つけて」
奏良の表情を見て、リーダーの唯織が決定を下す。
『いいの、奏良さん?』――――尊が 目で訴えてくるが、グループのことを思えば やるしかない。
自らを追い詰めないと、新たな道が開けないこともある。
その時 その時の、《最高》を見せること。
どんな条件下であっても変わらずに《できる》ようにならないと、プロとは呼べない。
「………………………………よし、やるかぁ」
覚悟を、決める。
決めたら、全力で立ち向かうだけ。
あとは《度胸》の問題だ。もう、言い訳はできない。
「キーボード、どこに置く?」
「真ん中にして、奏良さんを囲む、とかは?」
「それなら、ダンスとかの振付も 無くなりますね?」
「歌の速度とかも、いつもより自由にしてもいいかもな」
実践あるのみ。とりあえず、どんな感じになるのか試してみなければ。
幸い、今日は時間は たっぷりある。
キーボードを取りに行くために、動こうとすると。
「ちょっと待った、奏良さーん!」
「俺が運ぶから!」
三男と次男が、慌ててとんでくる。
「え、このくらい 持てるから」
「足……まだ安静が必要でしょ」
「別に平気なんだけど」
スタッフとして長年働いてきた奏良は、《一人でやる》という癖が 染み付いていた。
これまで当たり前で 疑問にも思わなかったのだが、彼等は それを許してくれない。
「ダメですよ、ちゃんとボクらを頼ってくれないと」
「……………ホントに大丈夫なのに」
なんだか、ムズムズする。
落ち着かないというか………気恥ずかしいというか。
『みんな、優しいー!』
『仲良すぎッ!』
並んで待ってくれているファンの間から、黄色い声が上がる。
「…………………………うん、優しすぎ」
彼らの性格なのだろうが、こんなにも甘やかしてくれなくても いいのに。
優しさが―――― 嬉しいけれど、正直一番 困る。
なんだか、ダメな人間になっていきそうで 怖いから。
「…………じゃあ、試しに弾いてみるね。誰か、後ろの方まで行って、音の感じを聴いてきてくれない?」
「オレと春で行ってくるわ。……行くぞ」
「あ、はい!」
「アニキ、お願いしまーす」
「俺たちは……合わせて歌ってみるか?」
「そうだね、とりあえず やってみよう」
ポーーーン ポロン ポロン
電源を入れたキーボードに触れると、気温のせいで 鍵盤が通常よりも冷たくなっていた。
「おぉー…………」
元から 末端冷え性の奏良は、より冷たくなった指先に息を吹きかけて、無理やり温めようとしてみるが――――。
「やっぱ、冷たいなー」
外の気温は、温度計で現在 九度。
冷たいと、弾くときに指が動かしづらい。
あとで、カイロでも買いに行くか――――なんて考えていると。
「―――――――――――奏良さん」
「?」
ふいに、真横から声がかかる。
尊だ。
スローモーションのように、伸びてきた 彼の長い腕が見えて。そして―――――
ぎゅっ
「!」
「!!」
『キャー!』
『尊くーん!!』
すぐ近くで。
ファンが大声で騒ぎ出す。
それは、そうだ。
まさかの。
「…………………………俺、手ぇあったかいでしょ」
少し はにかんだような、甘い《笑顔》。
両手を優しく包み込む、自分以外の人の《体温》。
至近距離で まともにくらったせいで、一瞬 思考が停止した。
次男にとっては《何気ない行動》かもしれないが―――流行りの《恋愛ドラマ》だって、こんなに甘くはないだろう。
なんだコレ。衆人環視の中、何かの罰ゲームなのだろうか。
指先が温まるよりも先に、顔に熱が集中してしまう。
奏良は 首まで真っ赤になっていた。
慌てたルーカスが、すかさず『ボクも 手ぇあったかいですよー!』と間に入ってくれたから、その場は うまくごまかせたものの。
――――――――これは、危ない。
STELLAは、あくまでも《家族設定》であり、ドキドキするような《甘さ》とは無縁であるべきで。
尊のためにも、変な噂が立たないように気を付けていかないと。
「尊くんは《彼氏》になると、甘々になっちゃうタイプなんですねぇ………」
なぜ 尊が 《あんな表情》を見せたのか。
奏良には、その理由がまったく わかっていなかった。
* * * * * * * *
公演開始、午前十一時。
STELLAはリハーサルの通り、曲を流しての歌唱は諦めて、キーボードを使用した《アカペラバージョン》での披露に切替えた。
「長らくお待たせして申し訳ありません。初めに、お知らせがありまして」
「本日、機材のトラブルのため、アカペラバージョンでのパフォーマンスをさせていただきます」
「初の披露になりますが……精一杯 頑張ります!」
「通常バージョンをご覧になりたい方は、ぜひ 次回のステージにお越しくださいね♪」
アピールを追加するのも 忘れない。
観客の人数も、初日に負けないくらい かなり集まっている。
「ふー…………」
………………失敗が、怖い?
春音は、初めて受けたオーディションを思い出していた。
極度の緊張に負けて、歌の途中で 止まってしまった、あの日。
トラウマにならないと いいね―――と、スクールの講師から言われたことが、今でも頭の片隅に残っている。
ショックだったし、しばらくは 何もしたくないような気分になったものだが、今思えば かわいい思い出だ。
前回プロジェクト《第二期》での、ラストステージでの《敗退》。
こちらの方が、比べられないほど 心に傷を残した。
せっかく、奏良というスカウトに声をかけてもらって、頑張ってこれたのに。
自分の歩いてきた五年間を、すべて《否定》されたような、そんな 感覚――――多分、あの第二期で落ちた人は、みんながみんな、同じだったと思う。
『敗者復活』が中心となった《第三期》プロジェクトの発進。
奏良とリューイチが 会社側を《説得》してくれた結果なのだと、あとで社長が教えてくれた。
『Infinity』も『The One and Only』のメンバーも。春音とルーカスを含めた多くの人たちを、二人は救ってくれたのだ。
「……………奏良さん、準備はいい?」
キーボードに向かう奏良は、足首の捻挫の影響など、微塵も見せない。
いつだって、何が起きたって、《何とかしてしまう》チカラを持った人。
けれど、それは 並々ならぬ努力と、悔しい思いをたくさん経験してきたからこそ、できることだった。
『私も、ピアノコンクールで演奏が止まって、落選したこと たくさんあるよ』
ものすごい《あがり症》の奏良は、以前に教えてくれたことがある。
演奏が止まらなければ、もっと先に進めた。ピアニストとして将来を期待されていたし、自信もあった―――というが。
『…………緊張のせいだ、どうしようもない、って思ってきたけど。結局は、自分自身が逃げていただけなんだよね』
自嘲気味に笑う顔が、とても印象的だった。
《基礎を大事にする》ことと、《練習を誰よりもする》こと。それは奏良の経験からくるものであり、特に 緊張しがちな《候補生》たちには、必ず 伝えられてきたことだった。
「………………僕は、できる」
春音は、その《教え》の通りにたくさん練習をした。
どんなに緊張しようが、意識が飛ぼうが、それでも 体が勝手に動くように――――時間が無い中でも、最大限の練習を積んできた自信がある。
努力は決して《裏切らない》という、奏良の言葉を信じているから。
―――――昨日の感覚を、思い出せ。
怖いだけでは ない。
キラキラとした光と、体が浮遊するような高揚感。
味わった者にしかわからない、特別な時間。
『唯織くーん!』
『尊くーん!』
『奏良ちゃーん!』
『ルーくーん!』
『春音くーん!』
『みんな頑張ってー!』
声を出しての《応援》は禁止されていたのに、観客から次々と 声が上がる。
昔の自分では あり得なかった《この景色》を、大切にしたい。………そう、心から思うから。
ふっと、口元に笑みが浮かぶ。
足りないのは《逃げない》覚悟だけ。もう一度、あの熱さに触れてみたい。それは本音だから。
「……………ふー」
息を吐き出し、もう一度マイクを握り直した。
意識を集中させる。
頭に描くのは、理想の姿だけ。それさえあれば、迷うことはない。
「それでは聴いてください。ぼくたちのオリジナル曲、『My Treasure』」
メンバーのタイミングを待って、唯織がタイトルコールをする。
〜〜♪〜♫♬〜♪♫〜〜♬♫〜♬〜♪〜
ファンも 正式には初めて聴く、全編アカペラバージョン。
素朴なキーボードでの伴奏が、より歌声の魅力を引き立てた。
何も無い、平面の場所であるけれど。
――――届け。遠くまで、どこまでも。
春音の透き通った歌声は、いつも以上に 伸びやかに響き渡る。
『スゴい、きれい!』
『春音くん、もっと歌って!』
アカペラバージョンの演出は、大正解だった。
―――――――あれ?
気持ちよく歌っていた春音は、あるパートの《変化》に首をかしげた。
尊の甘い歌声が―――――なんだか、さらに変化したような。
元々の声質の良さと、魅力的な歌い方はあったにせよ――――――これは………
聴いた人が、全力で《口説かれている》と思ってしまうような、熱量。
男の春音でさえ そんな錯覚に陥るのだから、女性ファンにとっては たまらないだろう。
「……………うわ………」
どうした、次男。
何があったというのだ。
―――――――色気が、スゴい。
唯織とは違うタイプの、艶のある 男性らしい色気――――今まで、どこに隠し持っていたのか。
ある程度 お互いを知ってきたとはいえ、まだまだ 彼らは《色々な顔》を持っている、ということだ。
『キャー!』
『尊くーん!』
「すごいな………」
仲間でありながら、鳥肌が立つ。
どうしたら、尊のような歌声が出せるようになるのだろう。
『歌は、なんといっても《人生経験》がモノをいうぞ』
『もっと、経験を積め』
『引き出しを 多くしとけ』
指導してくれた熊猫にも、若さ以上の《経験不足》を指摘されていたが、春音自身、どうやって克服すればいいのかが わからない。
手っ取り早いのは《恋愛》だと言われているが、そうそう そんな相手は現れないし、そんな《心の余裕》も無い。
―――――そう思うから、ダメなのかな。
仕事もプライベートも充実してこそ、人間として《味》が出る。
STELLAの兄二人が《魅力的》なのは、そのあたりの均衡をうまく取りつつ、《自分磨き》をしているからだろう。
「…………………恋、かぁ……」
実体験こそ、説得力がある。
…………………ん? 実体験?
尊くんって………
笑顔も 歌声も、現在進行系だとしたら。
「うわぁー…………」
………そうか、そういうことだったのか。
なんだか、こちらの方が ドキドキしてしまう。
今まで無かった《甘さ》は、新たに芽生えた 彼の《想い》。
―――――――勇気あるなぁ。さすがです。
「僕も、僕なりの方法で、レベルアップしていかなきゃ」
春音は舞台を経験しながら、未来に向けて 新たな《欲》が湧き上がるのを感じていた。
* * * * * * * *
機材トラブルというハンデを跳ね除けて、STELLAの静岡公演は 大成功を収めた。
続いて、午後の名古屋公演も 大きなトラブルもなく終了し、緊張から開放された現場スタッフたちも ほっと胸を撫で下ろす。
「お疲れ様でした!」
「お疲れ様でした!」
「今日も良かったよ!」
「ありがとうございました!」
「いいステージだったよ!」
とはいえ―――――
「………今日も、あとで反省会だな」
概ね良かったとはいえ、まだ《改善》できる余地はある。
唯織の言葉に、全員が頷いた。
「そうですね」
「がっつり反省会しましょう!」
こんなところで、満足しているメンバーではない。
目指す先は、もっと遠く。
舞台を終えた五人の意識は、すでに《次》を向いていた。
「とりあえず、電車の時間があるからな」
時間は、十七時二十分。
「ほら、撤収すんぞ。荷物まとめろー」
「戻らないと、今日の生配信がありますもんね」
「………お腹空きました……」
「電車乗る前に、何か買って行こうぜ」
「さんせーい♪」
まだ帰れないスタッフに挨拶をしながら、慌ただしく現地をあとにする。
今夜の夕飯は、電車の中で 《反省会》をしながらになるだろう。
「―――――いよいよ三日目か……」
奏良は、誰よりも その《怖さ》を知っている。
《魔の三日目》。
どんなに上手くいってはいても、必ず《落とし穴》があると言われているのが、三日目なのだ。
「…………奏良さん?」
「どうした?」
無駄に、怖がらせてはいけない。
次の公演は、七日後の 十一月 三十日。
それまでに、今日までの反省点を改善し、新たな練習も積まなくてはならない。
やらなきゃいけないことは、たくさんあるのだが。
「…………明日は、休日だもんね」
ここ数日間の《詰め込みすぎ》な状態に、少しだけ《休息》が必要だと、五人で決めたことだった。
久しぶりの、休日。
思い思いに過ごして、気持ちをリフレッシュしてきて欲しい。
次に何が起きても―――――《耐えられる》ように。
「ボクは、とりあえず寝ます!」
「僕も……」
「俺は、洗濯と掃除かな」
「………お前、所帯染みてるな」
「うっせ、大事なことだろ」
この笑顔を、失いたくない。
自分ができることなら、何でもしてあげたい。
彼らが傷付くのは、もう充分 見てきたから。
「………………私に、何が できるのかな………」
奏良のつぶやきは、電車の走行音にかき消されて、誰にも聞こえなかった。
魔の三日目を、STELLAとして どう乗り越えていくのか――――
それは、もう何日か 先の話となる。
色気づき出した次男の『手ぇあったかいでしょ』が個人的に好きです。
ブックマークしてくださった方、ポイント評価してくださった方、ありがとうございます。読んでいただいたことを励みに、今後も精進していきます。