舞台の 光と影 #5
この回も、個人的に好きな仕上がりとなっております。
想いを自覚し始めたメンバーたち。それぞれ 反応の違いをお楽しみください。
「…………俺さ、最近 気になるヴォーカル見つけちゃって」
朝から、開口一番に。
テツヤは メンバーである真澄に、『聞いてくれよ』と 絡む。
「……珍しいな。誰? どこの事務所?」
「DHE MUSIC」
「………なんだよ、あそこか」
「いやいや、たかがグループと侮ってたんだけどさ」
「……………どうせ、アイドルっぽい、野郎ばかりのグループだろ?」
自分たちのようなバンドグループではなく、提供された曲を《歌っているだけ》の集団。
「……《アーティスト》って呼び方して、気取ってるけど」
アーティスト―――芸術全般を生業とするプロ。
「……………あんなの、ただ歌ってるだけだし」
真澄にとって、曲を自ら作らない奴らなど、《音楽人》ではないと思っている。
「……まぁまぁ。そこには同感だけどさ。野郎は野郎なんだけど、俺が目ぇつけたのは、女のコでさ」
男性ヴォーカルグループなのに、女のコ。
「はぁ? ふざけてんのか?」
「いや、マジで、ホントの話! 唯一、女のコがいるんだよ!」
「…………………興味ナシ」
「聞いてくれよぉ、真澄ー!」
女のコなのに、歌がうまくて、カリスマ性があって。
ビジュアル的にも、あれは ファンがつく顔つきをしている。身を包むオーラが違う。
「わかった。一応 聞いてやるけど………グループ名は?」
「………STELLA LOVE HAPPINESS」
「………何、その 頭悪そうなネーミングは。センスって言葉知らないの? サイアク」
「待て待て待て! 否定するのは、歌を聞いてからにしてくれよ!」
「………歌ぁ?」
まだデビュー前にも関わらず、SNSの生配信で、ガンガン 歌を流しては売り込んでいる最中なのだ。
「はー。相変わらずDHEは、やることが キタナイよな」
デビュー前なのに、活動させる。テレビやインターネット、SNSなどで 有名にさせていく。
売り方が、雑。
ミュージシャンを何だと思っているのだ。
「昔の、おれたちの時代はさ―――――」
デビュー前の下積み時代も、デビューしてからの 売れない時期も。
小さなライブハウスで、ガラガラのお客さんの前で、経験を積み重ねていくのが当たり前だったのに。
「………それは、時代が時代なんだから。令和の若者は、そうやってデビューしていくんでしょ」
むしろ、プロではないのに 客の前に立たされるなんて、その方がよほど酷な話だと、テツヤは思う。
「…………うーん、どれが いいかなぁ」
「どれでもいいから、早くして」
「急かすなって!」
投稿されて間もない、彼女の歌動画――――TikToki のソロ歌唱を、とりあえず流して聴かせる。
〜〜♪〜♫♫〜♪♫♬〜♪〜♬♫〜〜
「!」
「………………な? 何か、気づかねぇ?」
歌っている姿と、その歌声に。
人を、惹きつけて離さない。
天性の《魔性》と称された――――自分たちのバンドの、《ギター兼 ヴォーカル》に。
「………………似てる。シドさんの、若い頃に」
「その子ら、今日 名古屋で舞台やるらしくてさ」
「――――――――誰の話だ?」
「!」
「! シドさん!」
「テツヤ、お前が見たいなんて言うの、珍しいな」
「えーと…………はい、正直、ナマで見たいンすよねぇ」
「…………何時から? 行けるなら、見に行こう」
「ホントっすか!?」
自分たちの 名古屋方面でのテレビ出演後、時間が間に合うのなら。
「オレも、見てみたい」
「…………ねぇ、その子の名前は? 歳は? まぁ、どうせ二十代だよね」
「それがさ、他の野郎どもは二十代らしいけど」
「え、その子は違うの?」
「その子だけ、三十三歳だって」
「えー、見えない。童顔だね」
「………………テツヤ、今、なんて言ったか?」
「え………だから、童顔なんですよ、この子」
「…………歳は? 名前は!?」
「えっ………どうしたんですか、シドさん?」
急に表情が変わったのは、動画の中の《顔》を見たからかもしれない。
「あ、やっぱり、シドさんも思いません?」
この子、シドさんの若い頃に、似てますよねー。
「…………………」
クールで、威圧感があって、でも 華がある。
観客に媚びないところも、よく似ているではないか。
「名前は…………面白いんですよ、ソラちゃんだって」
名前まで、シドさんと 雰囲気似てますよねぇ。
ドレミファソラシド。
「漫画みてぇ♪」
「………シドさん? どうしました?」
「………撮影終ったら、行くぞ」
行って、確かめねばならない。
歌っている、この子が。
自分と、関係があるのか ないのか。
目の前で。ナマで。確かめる必要がある。
「…………………芹奈、違うよな?」
かつて 愛した人には、聞くことはできない。
風の噂で、彼女は病気で亡くなったらしいと 聞いていたから。
「やっぱシドさんも、興味ありますよね?」
「ああ………そうだな」
テツヤの話は半分に。
シドは、画面の中の《ソラ》から目が離せなくなっていた。
* * * * * * * *
ピロン ピロン ピロン
「…………………………………うるせぇ……」
メールの着信音で、目が覚めるとは。
ここ最近、昔の知り合いやら何やら、連絡をしてくる奴が 増えていて、唯織は ゲンナリしていた。
あと少し。せめて、あと二十分。
寝られたのに起こされた挙げ句、メールの内容としても、送ってきた相手にしても、見なくても《くだらない》とわかる。
別に、特に仲が良かった《友達》などいない。
適当に、その時に浮かないようにと周囲に合わせていただけであり、その時 その場が楽しくなればいいと、それしかなかった。
そろそろ、番号とかアドレスを変えてしまおうか。
「…………仕事関係とか、必要な人には 知らせればいいだけだしな」
この公演が終わったら、速攻で変えてしまおう。
どうでもいい《繋がり》なんて、この際 まとめて消し去ってやる。それがいい。
『久しぶり。元気にしてた?』
元気にしてるかどうか、テレビで見てたんだろ。いちいち聞くな。
『昔もかっこよかったけど、今は さらにかっこよくなっててビックリした』
別に、お前らに見せるために そうなったわけじゃねぇ。
『会いたいな』
『会えないかな』
………うぜぇ。別れたら、オレの中では終ってんだよ。
「これだから………やなんだ」
大半が、復縁を迫るような内容だから、反吐が出る。
モテても、何も残らない。良いことなんて、一つもない。
そういう付き合い方しか、できなかった。
そういう相手しか、いなかったから。
けれど、きっと それは《自分のせい》。
親身になってくれる《友人》も、本当に自分を受け入れてくれる《恋人》も。
これまでの自分には、作ることができなかった。
周囲のせいではなく、自分の《人間性》が原因であるということを、今なら わかる。
「バカみてぇ……………」
改めて考えてみると、なんて《薄っぺらい》自分の《過去》。
まあ、それに 自分で気付けるようになった分だけ、いくらかマシになったのだろう。
このオーディションを通して、歳下の仲間と出会って、STELLAというグループができて、経験の無い初めてのことに直面して。
それを乗り越えながら、少しずつ自分が変わっていっている―――そんな自覚はあった。
人間としても、男としても。
現在、自分は《発展途中》なのだから。
「………………………プッ、なにこれ」
くだらないメールの中、一際 目立つ文字。
『写真は送らないけど、ちゃんと できたからね!』
「…………写真送れって、言ったじゃん」
昨夜、全然 送ってこないから、待ってたまま そのまま寝落ちしたんだっけ。
律儀にも、寝る前に メッセージだけは送ってくれるところが、奏良らしい。
写真の代わりに、『私は大人です』と変な猫のスタンプ付き。どういうセンスで選んでるんだか。
「……………ホント、こういうとこ、子供っぽいよな」
スタッフとして接していたときでは見られなかった一面を、今では たくさん見せてくるようになって。
誰よりも《大人》だと思う反面、ものすごく《幼い》ときがある。
七歳も歳上なのに、やることが いちいち可愛いのだ。
だから――――――からかいたくなる。
つついて、反応を見たくて、また怒らせて。
出会ってから、それの繰り返しだった。
『…………唯織くん、絶対 私のこと嫌いなんでしょ』
ふくれっ面で、彼女は そう言うけれど。
―――――――そんなわけねぇだろ。
嫌いだったり興味がなければ、一切 関わろうとしないし、見向きもしない。
親しくしていたとしても、一度《心のシャッター》を閉じてしまえば、それでおしまい。
人であれ、モノであれ、それだけは 昔から変わらない。
多少は 愛想よく振る舞うこともできるようになったが、根本的には同じなのだ。
「……………とりあえず、今日は起きるか」
予定より早いとはいえ、目が覚めてしまったからには、起きるしかない。
本日の公演は、午前が静岡で、午後は名古屋だ。
昨日の東京とは違う。
電車で移動だし、衣装などの荷物も多少はある。
「二日続けて遅刻ギリギリってのも、マズイしな」
昨日は、バタバタしていたのもあるし、初日ということで 舞い上がっていた部分は否定できない。
「…………………ふぅ」
大きく伸びをして、長く息をゆっくりと吐き出す。
自信満々に見えたって、唯織だって、緊張しないわけではない。
プロ歌手として舞台の経験があるからこそ、怖さもたくさん知っている。
公演に対して《お金》は取らないにしても、見に来てくれるお客様は、交通費をかけて 遠方からもわざわざ来てくれるのだ。
みっともない姿は見せられない。
できる限り、満足して帰ってもらいたい。
「………………すべてを《さらけ出す》、か」
昨夜の奏良の言葉が 頭から離れなかった。
表現者として、これまで 自分が思う《最大限の魅力》を表に出してきたつもりだが。
はたして、本当にできていたのだろうか。
まだ、何か足りないのではないだろうか。
彼女に出会ってから、これまでの自分を振り返ることが 圧倒的に増えていた。
奏良そのものが、いつも どんなときも《全力》で、手を抜かないから。否、手を抜くことを知らないのだ。
どれだけ疲れていても。どれだけ難しくても。どれだけ傷付いていても。
限界など考えずに、前しか見ていない。
そんな姿を見るたびに、例の《モヤモヤ》が増殖していくのだ。
ひたむきに頑張ることは、誰でもできることではないし、本当に尊敬するし、刺激をもらえる。
自分も もっと頑張らなければ、と気が引き締まるし、改善するところはないかと、見つめ直すキッカケにもなる。
ただ―――――――イヤ、なのだ。
奏良自身は、きっと気付いていないから。
《自分が傷だらけ》であるということを、まったく自覚していないから。
見ている唯織のほうが、痛くて、苦しくなってしまうから。
「……………………あぁ、そうか」
わからなかった、この《モヤモヤ》の正体。
染み出したインクが、自分の中で 埋め尽くすように広がっていく感覚。
奏良を見るたびに、眩しくて。
その反面―――――とても、苦しい。
「…………………なんだ、コレ」
二十六年間 生きてきて、初めての感覚に戸惑う。
何でこんなに、《痛い》と感じるのだろう。
「……………意味 わかんねぇ」
本格的な舞台でのメイクなどは、現地に行ってから行うため、通常の支度を済ませて 家を出発する。
メンバーとの待ち合わせ場所は、新横浜駅。
そこから新幹線で静岡まで行き、あとは在来線やバスでの移動だ。
「あ、唯織くん! 早いですね!」
集合時間、二十分前。
唯織にしては早い到着だが、ルーカスは いつから来ていたのか。
「おはよう。相変わらず 早いな」
「おはようございます! なんか、早く目が覚めちゃって」
ルーカスも緊張していたというわけか。
「………昨日は、なんかバタバタしてたし、あっという間で、実感がわかなかったんですけど」
「…………ようやく、《全国行脚》って感じがしてきたって?」
「そーなんですよ!」
緊張していても、よく喋る奴だ。
「………奏良さんと、尊は?」
いつも基本的に早い二人が、まだ来ていないとは。
「珍しいですよね。……………あ、アレ! あの二人じゃありません!?」
STELLAは移動中も《レッスン着》と決めていたため、お揃いのレッスン着とキャップは、人混みの中でも なかなか目立つ。
「やっぱ、ピオニーピンク派手だよなぁ」
「人混みでも、見つけやすくっていいですけどね」
十二月を目前にし、寒くなってくるにつれて、トレーナーやパーカーの上に、各自 私服の《上着》の着用はあるにせよ。
サングラスやキャップでは隠しきれない、ビジュアルとオーラ。
STELLAというグループを知らない人でさえ、目を奪われる。
「…………………ん?」
段々と近付いてくる二人を見ながら、ルーカスは 眉間にシワを寄せる。
「………………んん?」
「……なに、どうした?」
「いや……………えっと、なんていうか」
「…………何だよ?」
はっきり言わない三男を訝しく思いつつ、唯織も 二人へ視線をやると。
「!」
「…………………なんか、雰囲気、違いません?」
歩いてくる二人の間に、流れる《空気》。
「二人の………っていうより、アレは――――――尊くんが、って感じですかね」
奏良は、いつも通り 表情豊かに、話しながら歩いている。
すれ違う通行人が、振り返っては見つめていることなど、本人は まったく自覚は無い。
あれで、よくも『自分はモテない』とか『一般人の代表だ』とか言えたものだ。
「………………あーれー? もしかして、尊くん」
―――――ついに、認めちゃったんですかねぇ。
「っ!!」
ギュッと、心臓を鷲掴みにされるような《激痛》。
殴られたわけでもないのに、一瞬 息が止まった。
ルーカスの《言葉》と、歩いてくる尊の《表情》。
「……………………わーお。見てるボクのほうが、ドキドキしてきちゃいますって」
見たことのないような、ソレ。
――――――間違えなく、《恋する男》の表情。
「…………………………」
「尊くんって、イメージの通り《アタックする派》なんですねぇ。カッコイイ♪」
………奏良さんは、まったく気付いてない感じですけどねぇ。
ケラケラと笑うルーカスの声など、耳には入ってこなかった。
痛くて。
ただ、ひたすら―――――痛くて。
心臓が どうにかなってしまいそうな、そんな痛み。
どうして。
何で?
…………何で、自分は こんなに苦しい?
「おはようございます!」
「おはよう」
「おはよう、ルーくん! おはよう、唯織くん!」
「…………………」
うまく、言葉が出てこない。
「なんだ、唯織早いじゃん。さては眠いのか?」
「これで、あとは春ちゃんだけですね」
残るは末っ子。
ちゃんと、時間通りに来ることができるのか。
「時間通りに来れたとしても、集合場所が見つけられないとか?」
「………ありえそう」
「あいつ、方向音痴だもんなぁ」
「……どこまで来てるか、メールしてみる?」
寄り添う二人の、いつも以上に近い《距離感》。
それは、もう《気のせい》ではない。
「………そういう お二人は、電車とか同じ時間だったんですか?」
さりげないルーカスの質問に、なんとも思っていない奏良が あっさりと認める。
「お迎え―――――来られちゃったんだもん」
「!」
「えっ、お迎え!? 尊くんが!?」
「そーなの。さすがの私でも、二日連続 寝坊は無いっていうのに」
心配症だよねぇ。
「………奏良さん。それ、《心配》とかとは絶対に違うと思いますけど」
「?」
案の定、本人には まったく伝わってもいないが。
「……………尊くん、ファイト!」
「…………うるせぇ」
尊は、認めたのだ。
奏良に対しての気持ちを。
異性として―――好意を持っている、ということを。
尊は、いいヤツだ。
嘘が嫌いだし、人の気持ちを大事にするし、他人の個性を認めてくれる。
唯織自身、初めて まともな付き合いをしたいと思えた、唯一の男。
どう考えたって、一途だし、浮気なんて 言語道断だろうし。
人間としても 男としても、誰もが《イイ》と言うだろう。好きになるに決まっている。
そんな尊が―――――態度に 出し始めた。
それは、すなわち。将来的に。
「……………もぉ、付き合っちゃえばいいのに」
「! バカ、なに言ってんだよ!」
「えー…………そこは、押していきましょうよぉ」
「…………………………」
いずれ――――鈍感な奏良にも、尊の想いが伝わるかもしれない。届くかもしれない。
奏良が―――――誰かと付き合う?
誰かの 恋人になる?
「!!」
間抜けな話、考えたこともなかった。
なぜ、彼女だけは違うと―――――恋人にはならない、誰のものにもならないと、思っていたのだろう。
鈍感だから? 恋愛経験が少なそうだから?
「…………そういえば、結局、モーニングコールしたんですか?」
「……………………………した」
「わー! 尊くん攻めましたね!」
「……………したけど! 《返り討ち》されたんだよ!」
「え? どういうこと?」
「………だから、電話かけたけど……」
尊の武器の一つでもある、魅力的な低音ヴォイス。
それで 攻めようとしたのに。
「…………寝ぼけた奏良さんが、可愛すぎて――――逆に、俺のほうがヤラれた」
「アハハハハッ! スゴい、おもしろい! さすが奏良さん! 尊くんも返り討ちですかぁ♪」
「笑うなよ!」
「?」
きゃあきゃあ やっている二人の、すぐそばで。
唯織は、この世の終りかのような 心境になった。
痛くて。苦しくて。
無意識に、手で心臓のあたりを押さえても、なんの意味もない。
どうしてか―――なんて、さすがにわかった。
尊を見て、自覚するなんて。
これまでに味わったことのない、痛みを伴った《感情》。
こういうものって、もっと浮かれたり、ソワソワしたり、ハッピーになるものではないのか。
そういうものしか、知らない。経験したことがない。
こんなに――――――苦しいだなんて。
オレは、どうしたらいい?
この気持ちを、どうすればいい?
プロデビューをかけた挑戦の最中で。
他のことなど、考える隙間も無いと 思っていたのに。
「……………こんなの、どうしろっていうんだよ」
唯織、二十六歳の 冬。
《落ちる》―――――その言葉の通り、気付いたときには もう遅い。
「…………唯織くん?」
「行きますよー、アニキ!」
これまでの数多の恋愛経験では、処理しきれないほどの痛み。
むしろ、今までのモノが、恋といえるのかもあやしくなってくる。
誰かを《好きだ》と認めることが、こんなに苦しいなんて。
これが ある意味、唯織にとっての《初恋》と呼べるのかもしれない。
少しずつラブの要素が出てきたでしょうか。