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この歌声(こえ)君に届け  作者: 水乃琥珀
26/47

舞台の 光と影 #4

 主人公を含めたメンバーたちの心が、少しずつ変化していきます。

  本当は、悔しかった。


  何で、こんなことを 言われなければならないのか。


  ―――――――私が、何かした?


  あまりにも一方的過ぎる《憎悪》と《悪意》を向けられて、平気でいられるわけがない。


  『何で、怒らなかったの?』

  『何で、やり返さなかったの?』


  何かが起きるたびに、周囲は揃って そう言うけれど。

  本当に、自分がやり返したとしたら、それこそ《大惨事》になりかねない。いや、絶対になってしまうから。


  だからこそ、何が起きても 直接的に《やり返す》ことは禁じた。

  激しすぎる一面――――言葉でいうほど、可愛いものではない。

  文字通り《完膚なきまで 叩きのめす》。

  それを、望んでいる《自分》がいる。


  初めに気付いたのは、いつの頃だったのか。

  本当に、まだ幼いとき。自我がようやく芽生えて、物事を考え、選び、記憶できるようになってから。

「…………きっかけが何だったか、それは覚えてないんだけどね」


  遅い夕飯を食べ終わり、明日の公演と 朝の移動を考えたら、早く帰るべきなのだが。

  おそらく、四人も 気になっているだろうと思い、帰る前に 話しておかなければならないだろう。


  奏良そらは、四人が疑問に思っていることに ようやく答える決意をした。

  

*  *  *  *  *  *  *  *


「すごく ちっちゃい時って、ボクは幼稚園くらいの記憶が最初ですかね」

「俺も そうか? ……ただ、幼稚園っていっても、ほとんど覚えてないけどな」

「転んで痛かったとか、そういうのは 何となく覚えてますけどね。傷も残ってるし」

「………まぁ、そのくらいの時期ってことか」

「……多分ね」


  昨夜、血が出ていた右のてのひらを見つめながら。

  隠しても仕方がない。これから、うんと長い時間を共有していくのに、隠し事はしたくない。

  どう思われたとしても、これが《自分》なのだから。


「………何か、されたんだよね」

  子供だから 叩かれたとかつねられたとか、そんなところだろう。

「……ほら、ウチの親、再婚同士でしょ? そのときは、まだ 母子おやこ二人の生活で、私は 一人っ子状態だったから」


  外の世界を、知らなかった。

  兄弟もいないし、《攻撃》されるということに、耐性がなかったのもあるだろう。

「……初めは、何だろ?……ってくらいの、多分 意味がわかってなくて」

  子供の世界では、年齢なんか関係ない。強者と弱者が、ハッキリと関係性に表れる。


  イジメても、やり返さない子。

  やり返す、いうことを 知らなかったから。


  加減を知らない子どもたちに、いっきに標的にされた。理不尽にも。


  だから、アレは、おそらく《本能》なのだろう。

  自分の中の、《自己防衛本能》。


  気が付いたら、関わった子供の全員が 泣いていた。

  震えて、話ができない子もいたほどだ。

「………先生の話だと、《暴力》はふるっていないみたいなんだけど」

  そもそも、親から《暴力》というものを教えられていないから、暴力でやり返すわけがない。


「殴ったり、蹴ったりとか、そんくらいの子供なら やりそうだけどな」

「……ウチは、そんなんばっかだったぞ。年子としごだし、男三人だし」

  口よりも先に、手が出る。キズや痣なんか当たり前。

  みことおりは、過去を振り返りながら ワイルドな兄弟事情を披露してくれるが。


「ボクは、弟と 歳が離れてるから、ケンカにならなかったですねぇ」

「僕は一人っ子だから、奏良そらさんの言うの わかります。幼稚園に入って、他の子を見たとき衝撃でしたもん」

  ルーカスとはるは、真逆の環境で育ったという。


「……やっぱ小さい頃の環境って、大人になっても関係してるよな」

「俺とか おりだと、すぐ手が出るっていうか」

「……こらー、ケンカはダメですよぉ」

  物事をハッキリと表現するわりに 平和主義のルーカスは、彼の元々の性格もあるのだろうが、《家庭環境》も大きいのだろう。

  他人と競うことを知らずにきたはるにしても、オーディションというものを通して、初めて《競う》とか勝った負けたを体験したのだ。


  基本、穏やかな《下の二人》は、厳しい《音楽業界》でやっていけるのか。

  二人が、悪意ある波に飲み込まれ、傷付かなければいいな―――と、切に思う。


「……手ぇ出してない、ってことは」

「………自分でも何て言ったか、覚えてないんだけどね」

  淡々と、相手をやり込めたらしい。


  親から教えられた通り、清く、正しく。

  なぜ、自分に攻撃してくるのか。その理由は何なのか。

  理由を問いつめて、その次は やったことに対して、どう思っているのか。

  やられた人が どう感じるのか、どんなに痛いか、そのあと 傷はどうなるのか。

  泣いて《ごめんなさい》しても、何がごめんなさいなのか、どうして ごめんなさいなのか、どう 落とし前つけるのか。

  そもそも、泣くくらいなら、何でやったのか。

  ふざけて許される範囲ではない。


  ふざけるのと そうでない暴力と、その境を なぜわからない。

  言ってることは、多分 間違ったことは言っていないはずだ。


  ただ。

  その《迫力》と、相手が泣いても 追求の手を緩めない《非情さ》が、普通の子供とは かけ離れていただけで。


「言ってることは《間違っていない》けど――――って、言われた」

  間違っていないけど、《やり過ぎよ》と。

「謝ってるんだから、受け入れてあげないと、って」


  奏良そらからしたら、理不尽な話だった。


  泣けば、許されるのか。泣いたら、チャラになるのか。


  そんな世の中なら、警察はいらない。

  納得できるだけの《謝罪》と、釣り合うだけの《何か》。許すとは、そういうことだ。

「…………同じ目に遭わせるとか、それ以上に ぶん殴りたいとも思うけど。《やり返すこと》って、案外 相手にはダメージ少ないし、意味が無いんだよね」

  その場で終ってしまうし、心からの反省も見られないし、自分もスッキリしない。

  それならば、もっと………と、やり過ぎてしまう自分に気付いたから、あえて《やり返すこと》を禁じたのだ。


  大きくなるにつれ、知恵も度胸も もっと身についているのだから、なおのこと。

  

  悔しくても、受け流す。

  別の形で、間接的に。


  相手が、後悔するように。

  自分の手を汚すことなく、横道にそれることなく、誰が見ても《清く正しく》。


「…………だから、やり返さないって? でも、ムカついてたんだろ?」

  悔しくて、掌に爪が食い込むほど握りしめて………血が出るほど。

「それでも 我慢すんの?」

  おりの言葉は、今回のことだけを言っているのではなかった。


  これまで起きた 小さなことも含めて、すべてについて。

  隠していたことも おりには知られてしまっているから、誤魔化すこともできず。

「……………………我慢、しないよ」

  基本的に、我慢するのではない。

「私、いい子じゃないし」

  許せないものは、許せない。

  誰が何と言おうと、許さないと決めたなら、次は無い。そういう性格なのだ。


  今回の《相馬事件》で これほど腹が立ったのは、メンバーのことまで馬鹿にされたからだった。

  大切な人が関われば、なおさら見過ごせるはずがない。


  それでも、その場でやり返すのは 正しいことではないと わかっているから。

「………時間はかかるけど」

  誰に、手を出したのか。誰を、怒らせたのか。


  いずれ、後悔させてやる。


  その場ですぐに やり返すエネルギーを、自分のために使う。

  自分を磨いて、二度と 手を出そうなんて思わせないように。

「やられるってことは、やられる側に 問題があるわけだし」


  それだけ、舐められているということだ。


  舐められるのも、馬鹿にされるのも、好きではない。

「………だから」

  ―――――――みんなも、早く忘れてね。


「!」

「!」

「!」

「!」


  昨夜のことに限らず。

  これまでに起ったこと、これから 起こるかもしれないこと。


「いちいち、気にしてたらキリがないし」

  奏良そらは、ある意味、慣れているのだ。

「…………慣れてる?」

「………どういうこと?」

「ウチの兄と弟、知ったなら わからない?」


  昔から、それは それは、《大人気》の兄弟だった。


  その彼らと、家族といいつつも《血の繋がり》は無い。

「学生時代から、校内一のイケメンよ? ファンクラブとか、取り巻き連中やら、他校の追っかけとか すごかったんだから」


  『何で、あんたなんかが 一緒にいるの?』

  『何で、血の繋がりはないくせに、大事にされてるの?』

  『図々しい』

  誹謗中傷、嫌がらせなど――――なかなか《楽しい》学生時代を送らせてもらってきた。

「今 思えば《色々あって楽しかったなぁ》くらいにしか思わないし」

  悲壮感など、微塵もない。むしろ、鍛えられた。色々な意味で。 

  だから、彼女たちには感謝しているといってもいい。


「普通、こういうのって《つらかった》とか言うんだろうけど」

  生きてると、思えた。


  十四歳のとき、弟のひなたを産んですぐに亡くなった母親の《死》を受け止めるには、自分は幼くて 弱かったから。

「………………耐えられなくて、逃げて」

  その延長で、DHE MUSICに入ったようなものだ。


  見かねたリューイチが、何かあっても《自分が面倒をみるから》と、誘ってくれなければ。


「今頃……………私、何してたのかな、って」

  サポートスタッフの仕事以外、違う仕事をしている姿は想像がつかない。

「…………………奏良そらさん………」


  多分、いまだに。

  まだ、この歳になっても、母の死を 乗り越えられていないのだろう。


  薄々 感じてはいたが、あえて考えないように、見ないフリをしてきた。

  そろそろ、次へ進むべきだ。

  自分の中で《消化しきれない思い》を抱えたままでは、誰かに偉そうに説教なんてする資格はない。

「そろそろ――――動かないでいることを、やめないと」


  今回のデビューの話にしても、きっと その延長線上の一つ。

  思いもよらない、そんなことに 捨て身で挑戦すること。

「眠っていたこととか、気付かないフリしてたものとか………忘れたいことも含めて」

  全部を利用しないと、その先には 進めない。


  すべてをさらけけ出さなければ、光には届かないのだ。


「…………すべてを」

「…………さらけ出す、か」

「………重いし、苦しい言葉ですよね」

「言葉にすると、簡単に聞こえますけど」


  やるとなったら、そう簡単にできることではない。


  追い詰めて、追い求めて、絞り出して。

  バラバラになっている、自分の《内面》にメスを入れるのだ。

  苦しさも伴うし、何で やっているのか わからなくなったりもするだろう。

舞台ステージでね………ほんの少しだけ、わかった気がする」


  恥ずかしい、見られたくない――――それ以外の、別の《自分》。

「言葉にすると、うまく言えないけど」


  人前に出たくない、出られない。決めつけていた過去を笑い飛ばすような、正反対な一面。

「………仮歌の仕事で、レコーディングできていたのも、そういう一面が元々あるから。そうじゃなきゃ、説明できないし」

  本当にダメなら、歌なんか歌えないはずだから。


  『回り道でも、拾うもの拾ってから行け』


  それは、歌の師匠である熊猫パンダから言われ続けた言葉だ。

「………今日の初舞台は、私にとって 確かにすごく大きな《経験》になったよ」


  これから目指す《アーティスト》としても、人間ひととしても。

  仮歌の仕事が《第一の転機》というなら、今日の初舞台は《第二段》といえる。


  ほんの少しでも、一歩を踏み出すこと。

  足元の安全を確認してばかりでは、どこにも行けない、辿り着けない。


  泥だらけだろうが、砂利道だろうが、歩けるような道さえ無かったとしても。


  心が向いた方向に、行くべきなのだ。

  いつだって、《心》は裏切れない。


「………自分一人じゃないし、みんなにも迷惑かけるだろうけど」

  一人じゃない、と。

  初めて まともに言ってくれたのは、この四人だ。


  その真っ直ぐな思いに、嬉しいと感じたのは本当。

「昨日は、初日前の大事なときに、驚かせてごめんなさい」

  相馬や 過去にトラブルがあったスタッフのことを、甘く見過ぎていたのは、自分の責任だ。

  もっと注意して、もっと慎重に、事前に《対処》しておくべきだったのだ。


  相手が何を仕掛けてきても、困らないように。

  不慣れなアーティスト活動に振り回され、周囲のことを 考えられなくなっていた。

「………ガラにもなく、浮かれてたのもあるのかも」

  ダメ、できない、と言いながらも、生配信を行ったり、写真を撮ったり、動画用の歌を録画したり、と。

「……………………楽しかったんだよね。やっぱり、単純に言うと」


  この五人で、いられること。楽しくて、心地よくて、刺激があって。

  当たり前でないからこそ、手放したくはなくて。


  もう、以前の自分には戻れない――――そう思ってしまったから。

「!」

「!」

「……奏良そらさん………」

  STELLAステラ LOVEラヴ HAPPINESSハピネスのメンバーとして。

「―――――ごめんなさい。それから………」


  ――――――――いつも味方でいてくれて、ありがとう。


「!」

「!」

「!」

「!」


  この思いが、彼らに伝わるといい。

  謝罪と感謝と、ありったけの《愛》を込めて。


  すぐには無理でも、いつか すべて伝えられるように。

  やることは、たくさんある。


  グループ結成してから数ヶ月。同じ時間を過ごし、随分と親しくなってきたとしても。

  同じ量だけ、思いは やり取りすることはできないから。


  普段の言葉や行動だけではなく、歌い手なのだから、歌に込めよう。


  彼らにも、自分のことを《必要だ》と、思ってもらえるように。


「………じゃあ、帰ろっか。明日もあるしね!」

「……………奏良そらさん」

「今日は、このままタクシー乗っちゃうから大丈夫」

  いつも、誰かが交代で送ってくれるが、それも断らなければ。


  《対等》でいたいのだ。

 

  守られているのは、趣味じゃない。

「みんなも気を付けて帰ってね! お疲れ様でした!」

「お疲れ様です!」

「お疲れ様です!」

「…………足、ちゃんと湿布 張り替えなよ」


  おりは、自分のことを何だと思っているのか。

  最近、ダメ人間と思われているような―――何かにつけて、そう感じることが増えていた。

「やりますよー、ちゃんと」

「テーピングとか、グチャグチャだったくせに」

「今朝は………不可抗力じゃない?」

  シャワー後に すぐに車で出発、しかも本番もギリギリな中での時間だったのだから、そこは仕方がないといえよう。

  別に、不器用だから………ではない。多分。

「………寝る前に、ちゃんとできたか、見せて。写真送って」

「えぇっ」

  心配してくれているのは嬉しいが、彼の中で《ダメ人間》の確定らしい。そんなに信用ないのか、私は。



奏良そらさん」

  おりとは別の角度から声をかけてきたのはみことだった。


「………今夜は ちゃんと寝てな」

みことくんもね」

  今朝のレッスン室での寝坊騒動では、みことに多大な迷惑と心労をかけてしまったのだ。

  本当に、申し訳ないと思う。

「明日は、絶対に 時間厳守で、むしろ早めに起きるから!」

「………目覚まし六個?」

「いや、六個じゃ不安だから………」

「――――――――俺、電話かけようか?」

「へ?」

  一瞬、何を言われているのか わからなかった。


みことくん?」

「み、みことくん、それってモーニングコールですか!?」

「!」

  ルーカスに指摘され、顔に火が灯る。

「いやいや、なんてこと言うの!」


  いい歳して――――兄の碧海うみに頼っているのも どうかと思うが、歳下のメンバーに起こされるというのも、恥ずかしいこと極まりない。


「えー、いぃなあー。ボクも みことくんの《イケボ》でモーニングコールされたいでーす」

「僕は、合宿中 さんざんお世話になりました……」

「ずーるーいー」

「ルーには、オレがかけてやろうか?」

「…………おりくん? ボク、おりくんの電話待ってたら 完璧に遅刻しますよ」

「そんなことねぇぞ?」

「ありますって! あなた、今朝 どんだけ起きなかったか自覚あります!?」

「……………オーバーだな」

「オーバー!? ………ダメだ、みことくんヤバいですよ。STELLAステラは起きれない人だらけですよぉ」


  嘆くルーカスをよそに、みことは真剣な様子だった。

「本当に、俺 かけるよ?」

  ………そんなに 真剣に心配されるほど、自分は起きなかったのか。

  ああ、恥ずかしい。ごめんなさい。穴があったら入りたい。

「だ、大丈夫、大丈夫!」

「遠慮しなくても いいのに」


  ――――――遠慮しますとも!


  世のファンの方々は知らないだろうが、朝方のみことの声は 特にヤバいのだ。

  まさに《凶器》―――――甘い低音ヴォイスの《電話越し》など、たまったものではない。

「…………………耳が溶けるから 遠慮します」

「…………え」

「じゃあね、また明日!」

  深く追求されないうちに、タクシーに乗り込んで逃げるに限る。


  まったく、うちのメンバーときたら。


「…………みんなして、心配症なんだから」


  日に日に、甘やかされていく日常に、慣れてはいけない。

「………しっかりしろ」

  一番 歳上なのだ、お姉さんなんだから。

「………そういえば、みことくんに借りたトレーナー、ちゃんとキレイにして返さなきゃ」

  今度、別に何かお礼をしよう。うん、それがいい。


「やっぱり、男の子って…………」

  服を着てみて、実感した。

  いつも接している弟とは、まったく違う。

「大っきいよなぁ………」


  身長だけでいえば、兄の碧海うみも、モデルの弟 りくも、みことよりも高いかもしれないが。

  二人は、自分の かけがえのない家族だ。

「……………ファンが嫉妬するのも、こういうことなのかも」


  他の人が見られない部分まで、自分は見ることができる。

  何より、触れることができる。

  奏良そら自身、誰かに強烈に惹かれるとか、ファンになったことがないから、いまいち その気持ちが わからずにいたのだが。

「ウチのメンバーは、やっぱり いつでも かっこいいよなぁ……」

  近くにいるからとはいえ、《家族設定》と《本当の家族》とは、まったくの別物だ。

  気を抜くと、あっという間にドキドキさせられてしまうから。

「……………すごいなぁ、やっぱり」


  メンバーに、負けている場合ではないのだ。

  普段から、誰かをドキドキさせることができるくらい、自分を磨いていかないと。


「……………どうしたら、《魅力的》になれんのかなぁ………」



  リューイチが聞いたら 卒倒しそうな台詞セリフを 一人つぶやく。


「………君しか見えない――――そう言われるように、なっていかなきゃ」


  『My Treasure』の歌詞のように。

  自分だって、誰かに そう思われたい。

  アーティストとして、そう 思わせたい。

「……………まずは、身近な人を《お手本》にすべきだけど」

  おりみことなど、いきなり真似するには ハードルが高過ぎる。

「…………具体的にわからん。どうしたもんかな」



  いつも、メンバーたちの抱える苦労など つゆ知らず。

  どこかズレたことを考えながら、奏良そらは自宅マンションへ帰るのであった。


*  *  *  *  *  *  *  *


  タクシーに乗った奏良そらを見送り、メンバーとも別れたあと。


  みことは昨日からのことを思い出しながら 歩いていた。


  本当に、色々 あった。

  昨日の今頃は、まだ 病院の待合室に座っていたのだ。


「………………あんな思いをするのは、二度とゴメンだ」

  明るく、なんともないように見えるが、奏良そらが怪我を負っているのは事実であり、本調子でないのも確かだ。


  それでも、大勢の観客という緊張に耐え、初の舞台ステージをやり切った――――あの精神力は、本当にすごいと思う。


  応援に来ていた『B.D.』の『笑顔見せて』というメッセージに応えた、あの笑顔。

  誰もが、目を奪われる。惹きつけられる。


「……………俺は、どうしたい?」


  自分は、何を望んでいるのだろう。


  惹かれているのは、もう 誤魔化しようがない。認める。

  スタッフだったときから、その存在は あっという間に心に入り込んできたのだ。

  人間ひととして尊敬しているし、スタッフとして 仕事の面でも優秀で、その姿勢を見習いたいと思う。

  他人を気遣えたり、いつでもベストを尽くすところも、抜かりなく 対策を立てるところも、教わることが多い。

  時々、攻撃的になるところでさえ、彼女らしさを感じて、嫌だとは思わないのだ。


  異性だし、魅力的だし、身近にいるからこそ感じる《ドキドキ》と、《本気》の境目さかいめはどこなのか。


  ルーカスの言葉を借りるなら。


  毎日、会いたいとか。

  携帯の前でウロウロするとか。

  洋服選びに やたら時間をかけるとか。

  おやすみと おはようを 一番に言いたいとか。

  自分だけを 見てほしいとか。

  気が付くと目で追っているとか――――――


「…………………………何、やってんだ、俺は」


  道路の端にしゃがみこんで、盛大にため息をつく。


  ――――――答えなど、始めから出ているではないか。



  憧れと、本気の 《境界線》なんて。

  《言い訳》を探した時点で、認めているようなものだ。

  そもそも、『SWEET LOVE』を選んだ時点で、もう《沼っている》証拠。

「あー……………………情けねぇ」

  この歳になって、気付かないフリとは。

  みっともない自分を、三発くらい ぶん殴りたい。


  自然に 湧き出していた感情が、すべて。

  デビューという《壮大な夢》を追って、他のことなど 目に入らないと思っていたのに。


「………………どうしたって、無理だよなぁ」

  目の前に。

  手を伸ばせる位置に、あんな《生き物》がいたら。あんなふうに、笑顔を見せられたら。

  落ちないなんて、無理だろう。

「…………………それで、どうする?」


  学生時代とは違うし、グループという《和》を乱すのも、本意ではない。

  しかも、まだ 夢の《途中》。


  ―――――下手に動くことはできない。

  夢も、メンバーも。同じくらい大切にしたいのだから。

「…………………」

  立ち上がり、駅に向かって歩き出す。


  過去の恋愛で、自分はどうしていたのか。

  年相応に 彼女くらいはいたはずなのに、これまでの経験など 今は何も役に立たない。

  相手は、なんといっても、あの《奏良そら》だ。色々な意味で、普通とは違う女性ひと


  どうするべきか――――――すぐに、考えは まとまらなくて。

  

  とりあえず、わかるのは、今の正直な気持ちだけ。

「……………………明日の朝、迎えに行こう」

  朝一番に《おはよう》と言うこと。彼女に言ってもらうこと。


  きっと、それだけで、明日一日――――何があろうと、自分は 《無敵ハッピー》で過ごせるだろうから。



  そんなことをみことが考えているとは、まだ他のメンバーも 奏良そらも、当然 知らなかった。

  ただ、一つ一つ、時間を経過していくうちに。


  《思い》も《関係性》も。

  みんな、それぞれが 少しずつ、微妙に変わっていくのである。

  個人的に、みことの『電話かけようか』の台詞がお気に入りです。

  おりの『写真送って』も なかなか意味深で好きですね。

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