舞台の 光と影 #2
葛藤するシーンなので、少しだけ長めになっております。
リーダーの唯織を先頭に、五人は舞台脇から中央へと移動を開始した。
影になっていた脇道から一歩。
ライトが顔に当たったと思った瞬間に、ドン――――という地響き。
「!?」
地震でも、爆発物でもない。
直前リハーサルの時よりも、もっと大きな《歓声》が上がったのだ。
『大きな声を上げずに、拍手での応援をお願いします』
『隣同士の 適切な間隔を空けて――――』
ステージ衣装に身を包んだ五人の登場に、スタッフのアナウンスなど 誰も聞こえてはいなかった。
―――――想像を超える、観客の数。
舞台前の優先エリアと、急遽 設けられた第二エリア。
カメラマンのスペースを除いて、正面から後ろまで何列あるのだろうか。
ショッピングモールの中央に位置する《イベント専用のエリア》とはいえ、少し先の通路の向かいには 各ショップが店をかまえている。
そのショップが見えないほどの、縦に伸びた列。
それだけではない。右も左も、ステージを囲むように人だかりができていた。
さらに、ステージは吹き抜けになっているため、二階、三階、四階まで人で埋め尽くされている。
すごい…………。
これまで帯同してきた《全国行脚》とは、規模が違う。
会場は同じでも、集客力のケタ一つ違うのではないか―――これは、目視での人数把握は不可能だ。
一体、どれだけの人が集まってくれたのか、想像がつかない。
STELLA LOVE HAPPINESSを見るためだけに。
たった数曲、三十分程度のために。
早朝から、何時間も待っていてくれていたなんて。
「………………」
歓声の大きさが、あまりにも 想像とは違い過ぎて、わずかな間、何も聞こえないような感覚に陥る。
こんな状態の中、他のメンバーは 観客の位置を確認しつつ、手を振ったり 立派にファンサービスをこなしていた。
――――――いつのまに。
唯織や 尊は経験があるにしても、ルーカスや 春音も 顔つきはプロに引けをとらない。
―――――こんなに、成長していたなんて。
舞台の上での彼らは、どこに出しても恥ずかしくはない《一人のアーティスト》として、とっくに歩き出していたのだ。
「えー、長い時間お待たせいたしました」
「まずは、ご挨拶をさせていただきます」
長男 次男の、前フリの台詞。
奏良は慌てて 意識を会場へと戻す。
「「「「「STELLA LOVE HAPPINESSです!」」」」」
名乗りのあと、揃って最初のお辞儀をしたら、もう《待った》はきかない。
とうとう、始まってしまったのだ。
スタッフとしての《裏方要員》ではなく、アーティストとして、《見られる》という立場での 公式舞台。
いつもなら真っ赤になってしまう顔も、この時ばかりは 逆に白くなっていくようだった。
マイクを持つ指先が、冷たい。
立っている感覚も、もはや無くなっていた。
捻挫している足の痛みも、何も感じない。
―――――どうしよう。
自分の周りだけ、空気が、薄い。
唇が、わずかに震える。
あんなに覚悟を決めて、何が起こっても『やり抜く』と誓って。
自分のためではなく、何よりもメンバーのために。
そう思うことで、弱気になる心を奮い立たせてきたというのに。
今、この瞬間。
自分の足元だけ、ぽっかりと 大きな穴が空いたように、奈落の底まで落ちていく。
――――――まずい。 なんとか、しなければ。
完全に、飲まれてしまっていた。
これまでの努力も、何もかもすべてが 無意味となっていく――――ダメだ、絶対に。
そう思えば思うほど、下に引きずられていく。
―――――踏ん張れ、意識を保て。
自分一人ではない。
ここで、足を引っ張っている場合ではないのだ。
こんなところで。
―――――上がれ!
思い出せ、これまでの半年を。
どれだけ、彼らの《思い》を見てきたのだ。
自分が、一番知っているではないか。
―――――断ち切れ!
弱さも、恐怖心も、これまで抱えてきた やり場のない《モヤモヤ》も。
断ち切らなくて、どうする。
大勢の観客が見ている前で。
何より――――――メンバーの目の前で。
そんな、情けない姿を晒すつもりなのか、と。
「………………………」
必死に食らいついて、恥も外聞も、プライドさえ放り投げて、ようやく 今日という日を迎えたのだ。
過去にとらわれて、歌うことから逃げていた自分自身。
注目されたくなくて、ひたすら兄の影に隠れていた幼少期。
――――――それで、楽しかった?
ラクだった?
………否、守られていることに罪悪感さえあった。
一人では何もできないと、自ら《露呈》しているようで、悔しくて。情けなくて。
恥ずかしい。
―――でも、馬鹿にされたくない。
見られたくない。
―――だけど、できるって知ってほしい。
どうせ、自分なんて。
――――そんなことない、こっちを見て。
いつも、極端に反する《心の声》に振り回されて、知らず 心は疲弊して。
ずっと、気付かないふりをしていたけれど、いつだって主張してきた、《もう一人の奏良》の存在。
――――聴いて、聴いて。私の歌を聴いて!
技術とか、上手さとか、駆け引きなど一切ない、純粋な《願望》。
―――――知ってほしい。 届けたい。
自分が、思っていること。感じていること。
これまでに、出会ってきた《経験》を含めて、すべてを―――――――この《歌声》に こめるから。
「…………!」
自分の中から出てきた声は、心臓の真ん中に 真っ直ぐに突き刺さった。
自分のようで、自分ではない声。
だって、今まで そんなこと 考えたことがなかったのだから。
――――本当に? 少しも?
それなら。
『―――――――なんのために、歌ってるの?』
「!!」
パチン、と。
まるで、シャボン玉の泡が弾けたような音に、肩がびくりと動いた。
逃げたいのは、本当。
しかし《歌いたい》というのも本当。
どちらも間違えなく、自分の《心》。
否定したくても、できない。
気付いてしまったからには、無視も難しい。
―――――じゃあ、どうするの?
どくん。どくん。
―――――やらないの? 歌わないの?
《やらない》なんて、選択肢は最初から無い。
『―――――本気を出さないと、《彼ら》に置いていかれるよ?』
「!」
このままでは見失ってしまうほど、彼らは先に進んでいたから。
人前に出る恐怖よりも、それの方が ずっと恐ろしい。
―――――だったら、本気を出すしかない。
弱さも、恐怖心も、これまで抱えてきた やり場のない《モヤモヤ》も。
断ち切るのではなく。
――――自分の一部として、取り込めばいい。
そして、それは やがて《武器》になっていく。
ダメな部分まで すべてをひっくるめた、その先の《新しい自分》………もしくは、《本来の自分》を受け入れて、受け止めて、認めてあげること。
全力というのは、片面だけでは足りない。表も裏もも、光も影も、すべてを含めて《一つ》なのだから。
『………奏良さん、大丈夫ですか?』
心配したルーカスが、隣から小声で尋ねてくる。
「……土曜に放送中の番組でも ご存知の方もいらっしゃると思いますが、ぼくたちは―――」
舞台上では、メンバーの挨拶が続いていた。
…………失いたく、ない。
偽りのない本音。
苦労の末にたどり着いた この《居場所》を、簡単に手放すことなんてできない。
では、どうするか。
失わないために、必要なことは?
―――――戦え。
何もかも、味方につけて。
器用ではないし、賢くもないからこそ、泥臭く 真っ向勝負でいくしかないのだ。
奏良の瞳に、生気が戻る。
消えかけていた周囲の音も、眩しいほどのライトの光も、大勢の輝くような観客の顔も。
横を見れば、四人がいる。
振り返れば、共に仕事をしてきたスタッフもいる。
―――――味方に、つけろ。
どうせなら、この会場ごと、丸ごとすべてを。
『………奏良さん、奏良さん! 三階の右端! 見て下さい!』
「?」
ルーカスに言われた通り、三階に目を向けた先に。
『I LOVE 奏良❤』
『笑顔 見せて』
手作りのネームボードに、デカデカと目立つメッセージを持って立つ、黒ずくめの六人組。
「!!」
帽子やサングラスで隠しているが、背格好でわかった。
怪しい、黒ずくめの集団――――自分には わかる。間違えなく『B.D.』の六人だ。
…………ウソでしょ。
三階とはいえ、列の一番前。
どれだけの時間、そこで場所取りをして、待っていたというのだ。
奏良の視線に気付いたのか、手を振ってくる。売れっ子のくせに、バレて大騒ぎになったら どうするつもりだ。
『全力には、全力で返す』
かつて、自分が教えてきたことを、そのまま―――それ以上の思いで返してくれる彼らを見て。
震えた。
身体ではなく、何よりも《心》が。
支えられている。応援されている。
それは、こんな気持ちになるものだったのか。
ずっと、応援する立場にいたから、知らなかった。
彼らが『ありがとう』と言ってくれた意味が、今 初めてわかったような気がした。
………目尻に、不可抗力の涙が溜まる。
温かくて力強い、純粋な《気持ち》は、いつだって胸が苦しい。泣きたくなる。
まして、それを自分に向けてくれているなんて。
「………お? 奏良さん静かだね。緊張してるの?」
「口数少なくない?」
茶化してくる尊と 唯織だって、気遣ってくれているのが 伝わってくる。
―――――そうだね。
その《思い》に、応えないと。
『笑顔 見せて』
《B.D.》のメッセージが、何よりも有り難かった。
覚えたばかりの、ぎこちない笑顔ではなく、心の底から湧き上がる《思い》を、ただ 表に出せばいい。
隠さずに、ためらわずに。
「…………知り合いが」
「え?」
思いは、表に出さなければ伝わらない。
「知り合いが来てくれていたのが、見えて………」
――――――――嬉しくて。
こんなにも、自分は愛されている。
「!」
「!」
「!」
「!」
これまでに見せたことのない、泣き笑いのような 奏良の笑顔。
けれど、その《ありのまま》の表情が、人々の心を鷲掴みにする。
「………応援してくれている人に恥ずかしくない、全力のパフォーマンスをしなきゃ、って改めて思いました」
感無量。
そんな奏良の告白に、会場は完全に支配される。
歌う前から、もう観客は 逃れられなかった。
「………奏良さん、ヤル気出したな」
「………いよいよ、《本気》ってとこか?」
尊と 唯織のつぶやきは、歓声に隠れて聞こえない。
自分の中の、《相反する思い》が、少しずつ《融合》し始めて。
天性の《魔性》――――――――
本当の意味で、奏良は《覚醒》しようとしていたのだ。
* * * * * * * *
誰にでも、二面性はある。
弱さと、強さ。
天使と、悪魔。
けれど、ここまで激しく《相反する一面》を持っているのも珍しいだろう。
見られたくない、と隠れたがる一面と。
もっと注目して、という勝ち気な一面と。
その両方に疲れて、いつも危うい バランスで生きてきた。
だからこそ、普段と 仕事モードの時と、差があり過ぎたのだ。
どっくん。どっくん。どっくん。どっくん。
鼓動の音が、こんなに心地よいと思えたのは 初めてだった。
否定して、抗って、無視をして。
歪んだ部分が、不安定な《緊張》を呼び起こし、悪循環になっていたのを知りもせず。
―――――認めてよ。
もう一つの、奏良が言う。
―――――私はずっと、私の中にいたよ、と。
怖いなら、協力しよう。手を取り合って。
だって――――――みんな まとめて、一つの奏良なのだから。
戦いに行くのに、分裂していちゃ 勝てないでしょ?
「………それでは、ぼくたちのオリジナル曲を聴いてください。――――《My Treasure》」
唯織の曲紹介が終わり、一曲目の歌い出しは、サビから始まるハーモニーだ。
《全員》I'm crazy about you
I can't see anything but you
Woo Woo……
〜♪♬〜♬♪〜〜♪♬〜
観客は、五人の歌う姿に釘付けとなる。
近くを通りかかっただけの買い物客も、自然と吸い寄せられていた。
《唯織》もう忘れよう これが最後だと
こぼれる涙 苦しくて
歩き出し また戻る
唯織の歌い出しはカンペキだった。
この曲の持つ《切なさ》を予感させる、最高の一番手。
《春音》何度 自分に問いかけても
There is only one answer
君がいい 君しかいらない
春音の透き通った歌声は、どこまでも遠くへ響いて、無垢な《一途さ》を表現する。
《奏良》We gotta hurry
機会は作るもの
怖がらずに
奏良の技術の高い聴かせ方は、ワンフレーズであっても 人々を魅了して離さない。
《尊》Trust your heart
なんだって できる
失うものは何もない
尊は いつもよりも甘い歌声で、自分の存在をアピールする。
熊猫の指導によって、彼も《聴かせる》という点で確実にレベルアップしていた。
「…………ヤバい、やばいよSTELLA!」
「曲の配信の通り………いや、生歌の破壊力のスゴさ!」
「なに、誰が歌ってるの?」
「………誰? まだデビューしてないの?」
「マジか! すっげぇ、上手いじゃん!」
《ルーカス》君への想いが 僕を強くする
あきらめない その場所へ
《唯織、春音》何万回ダメでも
《奏良、尊》終わりなんてない
《全員》I'm crazy about you
I can't see anything but you
Woo Woo……
《春音、尊》胸 しめつける
The only treasure
《唯織、奏良》ゆずれない
You are my treasure
〜♪♬〜♬♪〜〜♪♬〜
声を出しての《応援》は禁止されているのに、観客は 感動を抑えることができなかった。
もちろん、割れんばかりの 惜しみない《拍手》が鳴り止まない。
一曲目を終えて。
ステージも、観客側も、近くの通路までもが STELLA LOVE HAPPINESS一色に染まっていた。
ライト以上に キラキラと輝く五人は、全力の奏良に引っ張られるように、レコーディング以上のチカラを発揮して聴衆を虜にした。
グループ名の通り、愛と幸せを届ける、光輝く集団。
知っている人も知らない人も、一目見て、一声 歌を聴けば、もう彼らのことしか 考えられない。
「……ありがとうございます」
「ありがとうございます!」
五人とも、それぞれのネームボードが見えた。
「たくさんの応援、ありがとうございます!」
てっきり、プロである長男 次男に偏るかと思っていたのに、三男と末っ子も前回からのファンが 多くついていて、数では似たりよったりだった。
そして、何よりも――――
「なにげに、奏良さんのネムボ、多くない?」
「あ、ボクも思いました!」
「…………なんか、《推し》は僕たちの中にいるけど、奏良さんは《別枠》って感じなんですかね」
唯織。
尊。
ルーカス。
春音。
それぞれ 観客ごとに、好みの《推し》がいて。
それとプラス、奏良ちゃん、と。
右手に《推し》、左手に《奏良》――――そんな感じで ネームボードを掲げてくれているファンが 多く見受けられる。
わずかな短期間でしかなかったのに。
テレビ放送や SNS配信で、確実に支持を伸ばしているということだ。
男性グループだから、とか、スタッフだったから、など。
最早、誰も思わない。
「………まぁ、仕方ないか」
「…………そこは、奏良さんだし?」
「どうしたって、抗えないというか」
「みんな惹かれますよねー♪」
まして、今日は いつも以上に 感情が《ダダ漏れ》なのだ。
仕草と表情の 一つ一つが、目が反らせない。
《魅入る》という言葉が、世界で 一番似合うといっても過言ではないような。
「――――二曲目、いきますか」
考えても仕方がない。
「……やろう、スタンドマイク!」
そんな彼女の、隣にいられるように。
「ボクたちの 《ラブラブ度》を皆さんにお見せしまーす♪」
グループとして、その一員として。
「僕たちの歌の掛け合いに、ぜひぜひご注目ください!」
ずっと肩を並べていたいから。
男四人は、さらに気合が入る。
「二曲目、《Love is a fight》」
「聴いてください」
準備していたスタンドマイクをセットしての、左右に分かれた 歌の掛け合い。
唯織と 奏良、尊と 春音がコンビを組んで、ルーカスが 間に入りこもうと ウロウロする演出だ。
いつものSTELLAの日常を、そのまま見せたような光景に、誰もが 顔をほころばせる。
「五人ともかわいいッ」
「どの組み合わせでも、推せる!」
「STELLAはマジで、《箱推し》だよね!」
そして、三曲目は ガラッと変わって、包み込むような甘いバラード、《SWEET LOVE》。
「皆さんに向けた、ぼくたちからの《ラブレター》です」
投げキッスをするのは、観客の反応を心得ている長男だ。
その行為だけで、しゃがみこむ人が ちらほら。
「…………唯織くん、やり過ぎでーす」
「大丈夫ですかー」
「せっかくだから、立って聴いてほしいでーす」
「立てますかー」
はた迷惑とも呼べる 唯織のファンサービスは、今後 もっと考えてもらわないと困る。
いちいち倒れられたら、ステージが成立しないではないか。
「…………それでは、五人の思いを込めて―――《SWEET LOVE》」
* * * * * * * *
わあぁぁぁ、と。
五人が ステージ裏に下がっても、歓声は収まらなかった。
出来栄えよりも、思いの強さが勝った公演といえる。
「初ステージ、無事終了!」
「やったな!」
「すごい人でした!」
「めちゃくちゃ興奮しました!」
「……………」
控えのスペースに戻った五人は、抱き合って 成功を喜ぶ。
興奮して、ハイテンションに はしゃぐ四人とは対象的に、奏良は どこか放心状態だった。
「………奏良さん?」
「……大丈夫?」
「お客さんの前で歌うの、初めてですもんね!」
「………どうでしたか?」
感想を聞かれても、なんと答えていいのかわからない。
「―――――楽しかった?」
「リューイチさん!」
「来てくれてたんですか!」
総合責任者として、どこかに偏って肩入れできない立場なのに。
「なんだかんだいっても、STELLAが心配だったからね」
しかも、昨夜の事件もあったせいで、精神面での心配もあったのだが。
「………その顔を見ると、杞憂だったみたいだね」
―――――楽しかったか、だって?
そんなの、決まっている。
この、五人でいるのに。
楽しくないことなんて、あり得ない。
「…………………………………ありがとう」
「………え」
こんな自分を、諦めないでいてくれて。
周囲の反対を押し切って、STELLAというグループに配属してくれて。
リューイチが、今回の機会を与えてくれなければ。
今のような、こんな《気持ち》を経験することさえ 一生なかっただろう。
「俺は、何もしてないよ。辿り着いたのは、奏良ちゃん自身の、頑張りの結果だから」
リューイチは、奏良の頭をポンポンと 軽く撫でる。
「……………………楽しかった。めちゃくちゃ」
もっと、と。欲が出てくるくらいに。
人前に出るという、怖さが 消えたわけではないけれど。
それを補って余りある、強烈な《魅力》。
舞台というものは、《魔物》だ。
それでも、人々は 欲してやまないのだから。
「…………ようこそ、アーティストの世界へ!」
これからが、本番。
もっともっと、楽しくなる反面、ツラいことも多く降りかかってくるだろう。
デビューまでの道のりは、決して 嬉しいことばかりではない。だからこそ。
「今日の、この瞬間を、絶位に忘れないで」
忘れるもんか。
「忘れなければ、きっと いくらでも」
―――――その先へ 進んでいけるから。
「はい、まだ 初回公演が終っただけだからねー!」
「二公演目の 準備も怠るなー! 機材、確認しろー!」
周囲のスタッフの方が、よほど冷静だった。
「………俺はもう行くけど、午後の部も頑張って」
「ありがとうございました!」
「ありがとうございます!」
「…………………リューイチくん!」
「ん?」
何かを伝えたかったけれど、上手い言葉が すぐに見つからない。
付き合いの長さから、そんなことは百も承知、とばかりに。
リューイチは、ヒラヒラと手を振りながら帰って行く。
たくさんの思いに、応えたい。
これまでは、応えなきゃ―――という使命感しかなかったけれど。
「さあ、午後の部に向けて、歌の見直しするぞ!」
「モニターチェックするか」
「……ボク、My Treasureの、途中のところが…………」
上手くいったとはいえ、修正点が 無かったわけではない。
初回の反省をふまえ、第二公演の時間ギリギリまで改善に取り組む STELLAの すぐ近くにて。
「………………うおわっっ、ビックリした!」
リューイチを待ち構えていた、一人の人物がいた。
「お前………来るなら来るって、言ってくれよ」
「………《うちの奏良》の晴れ舞台に、おれが来ないわけがないだろ」
普段は『ぼく』と猫を被っている、リューイチの幼馴染 兼 親友の、綿貫 碧海だった。
水乃自身も緊張体質なので、奏良の気持ちには通じるものがあります。
新しい自分に気が付いた先にしか、見つけられないものがある。
頑張っている皆さんに、光が見えますように。