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この歌声(こえ)君に届け  作者: 水乃琥珀
13/47

レコーディングに向けて #5

 次男:みこと目線です。

  十月 二十八日。

  オリジナル曲のレコーディングまで、あと八日。



  おりが一人で部屋を飛び出して行った、そのあと。

  彼は 奏良そらと一緒に戻ってきた。


  奏良そら上層部うえからプロジェクトのことで呼ばれ出て行ったから、偶然 同じ時間に戻ってきたのかもしれないが。

  間違えなく――――彼女が何かをしたのか、何かを言ったのだろうと、みことは確信している。


  

  あれから、おりは 少し変わった。


  興味の無いことには 見向きもしないし、熱しやすく冷めやすい―――気まぐれで 飽きっぽい彼の性格は、この三年でよく理解している。

  それが彼の個性であるし、その点に関して直してほしいとも思わない。

  最終的に、大事な場面では《やる》男だ。

  無責任に放り投げることはしないから、みことも うるさく言ったことは無い。


  めんどくさい、つまらない、飽きた―――歌に関して そう言ったことはないから、歌には本気で取り組んでいると信じている。


  練習中も、本気だからこそ 口調が荒くなっている―――というのも、わかってはいる。

  ただ、自分だけならいい。そういう性格を知っているから。

  けれど、年下のルーカスや春音はるとは、違う。

  相手が年上で プロだ、という遠慮もあるだろうし、あの二人の性格でもあるのだろう。

  おりの強い口調と 言葉使いに、萎縮してしまう―――グループとして、それはダメだ。


  それをハッキリ言えるのは 自分だけだと思うし、怒らせるとしても言う必要があったから。

  本当に怒って出て行ったのを見て、かなり後悔をした。

  余計に雰囲気を悪くさせ、みんなに気を遣わせてしまった、とは。


  扱いが難しいおりと、それを注意する反面 気にしてしまうみこと、何とか修復しようと焦るルーカスに、オロオロしてしまう春音はると

  個性的な人の集まりであり、考え方も性格も 全然違うから、衝突したときには どのグループよりも《激しく》なりやすい。

  バラバラな方向へと 離れていってしまいそうになるところを、彼女が上手く繋ぎ止めてくれる。

  すごく、自然に。

  誰もが気付かないくらいに。


  所詮は 他人の集まり――――お互いを認めて、譲り合う。それが当たり前であるし、そうやって社会というのは成り立っているわけだが。

  その中でも、必ず《誰か》が、その流れをコントロールしてくれているのだと思う。

  自分も よくそのような立ち回りをしなければならない状況になったりするが、STELLAステラの中で その役割を果たしているのは 奏良そらだった。


  以前のおりなら、個人の精度を上げていくには、『自分でガンバレ』と言うようなタイプだった。

  『オレはオレで頑張ってるから、お前も自分の責任で何とかしろよ』、と。言ってることが間違っているわけではない。

  けれど、それが上手くいかなくて足踏みしている ルーカスや春音はるとに対して、今は 自ら練習に付き合ったり、歌い方のコツなどを教えるようになっていた。

  根気よく、丁寧に。

  どんな心境の変化があったというのだ。


  冷たく見られるが、根は 優しい男なのだ。

  他人の面倒だって、みようと思えばみれる。しなかっただけで。


  どこかの誰かが―――絶対に奏良そらだと思うが――― おりに《良い刺激》を与えてくれたようで、こちらとしては感謝するしかない。

  グループにとってプラスになるなら、いくらでも変わっていって欲しい。



「………ん? 何?」

  きっと、奏良そら本人は、特別何かをした、という意識はないのだろう。

  相変わらず、無自覚だ。


「……いや、何でもない」

「えー、何か言いたそうにしたでしょ!? 言ってよ、気になるじゃない」


  誰よりも、中身が―――人間性が《大人》。

  他人の気持ちを察して、汲み取って、みんなをまとめてしまう。

  それなのに、普段は とても幼くも見える。

  自分より八歳も年上なのに、まるで年齢を感じさせない。

「ほらほら、正直に言ってみなさい?」


  詰め寄ってくるから、少し距離を取る。

  自分の 心の《平穏》のために。


「あー!? 逃げた?逃げたでしょ? さては、《やましい事》があるんだね? 春くん、見た!?」

「……見ました。怪しいですね」

「だよね!? これは《事情聴取》が必要かね?」

「……必要ですね。どうしましょう、捕獲しますか?」

「捕獲しよう!」


  末っ子と組んで、楽しそうに ふざけてくる。

  その笑顔も、仕草も。

「あ、おい春音はると!お前、何すんだよ!」

「すいません みことくん、捕獲します」

「お前、こういう時だけ素早いな!」

「ナイスだ、春くん♪」

  人見知りの強い春音はるとも 今ではじゃれ合うくらい、すっかり慣れた様子だ。


「――――――そこの三人、フザケてないで ちゃんとやれ」


「………長男に怒られちゃった」


  真面目に練習しているおりから注意を受けて、ペロリと舌を出す。


  …………………… クソ可愛い。

  年上の女性に使う言葉では ないかもしれないが、他にうまい表現が見つからない。


  素直で れていない末っ子 春音はるとは、『いい子だなぁ』という意味で、もちろん可愛い。見てると和むし、たまに呆れるし、STELLAステラの癒やし系 人形アイドルだ。


  その可愛さとは、別モノ。

  なんだかソワソワするような、首の後ろがムズムズするような、何とも形容し難い感覚の、それ。


  深く突き詰めてはいけないような、その先を知りたいような。

  いや、その先を知るには、自分は まだ《早い》。

  もっと、色々なことに覚悟ができてからでないと、きっと《真実》に押しつぶされてしまうだろう。


  まだ、今は知らなくていい。

  もう少し、このまま―――ぬるま湯に浸かっていたい。


  しかし、平穏ばかりではいられないのが、人生であって。


  衝撃的な《話》を聞くのは、その日の夜のことである。


*  *  *  *  *  *  *  *


  

  練習が終わり、いつものように五人で夕飯を食べてから、解散。


  徹底的に 五人で一緒にいる―――あえて こだわった結果、作られていない《本当の家族感》が生まれてきていた。

  雰囲気が日に日にナチュラルに馴染んで、どんどん違和感が無くなってくるから、同じ時間を過ごすってのは すごい。


  いつもの通り、誰かが奏良そらを送っていき、他はそれぞれ帰路ヘ着く。

  今日はルーカスが《送迎》担当。

  『いいのに、大丈夫だから』と断る奏良そらに、『いいから 行きましょう♪』と 強引に腕を絡ませるルーカス。

  ……何で、お前は毎回 そんなに引っ付くのかな!?


  引き剥がしてやりたい衝動にかられるが、あくまでもメンバーとして、彼女の《安全確保》のためだ、と自分に言い聞かせ、二人を見送る。

  それから、自分も駅へと向かおうとして―――――


「…………なぁ、みこと

「何?」

「………このあと、時間ある?」


  終ったら サッサと帰りたいおりにしては、珍しい。


  だが、声をかけてきたってことは、《それだけの理由》があるということ。

「俺に?」

  俺だけに?


  春音はるとも 眠そうにフラフラしながら帰ったあとだ。

「………そう。まずは、お前に」


  何の、話だろう。

  ここ最近、おりと一対一で話をする機会は減っていた。

  グループの話か、はたまたプライベートの話か。


  彼に限って、プライベートの話題ではないような気がした。他人に相談したり、頼ったりするのを嫌うから、これまでプライベートで突っ込んだ話は、あまり聞いたことが無い。

  そう考えると、グループ、メンバー、プロジェクト、デビューに向けての話………そんなところだろう。


  真面目な話なら、聞かないわけにはいかない。

「どうする? どこか店、入る?」

「………一杯だけ、飲まないか?」

「……リーダー自ら ルール違反?」

  グループ発足時以来、みんなアルコールは控えていた。

  気を引き締める意味もあるし、喉のケアも含めてメンバー間で決めたことである。


「…………まぁ、いいか」

  酒の勢いが必要なほど、重い話ってことだな?


  なんだか、聞くのが怖くなってくるではないか。


  駅近くの適当なバーに入ると、カウンターではなく 向かい合って座る席に着く。

「強いのはやめとけよ?」

  いける口だろうが、明日の練習もある。

「………わかってる」

  

  注文を取った店員が離れて行ったところで、さっそく話を促す。

「………で? 話って?」

  硬い表情からは、良くない話が想像できた。


「………最近、お前が変わった気がしてたけど」

  そのことと、関係あるのか?

「………………」


  話があると誘ってきたわりに、なかなか口を開こうとしないから、話題キーワードをどんどん振っていく。

「オリジナル曲の仕上がり? 決まってないあと二曲のこと? 舞台衣装の話? グループの方向性?」

「……それもあるけど、違う」

「じゃあ、何だよ? ………俺たち、メンバーに関すること?」

「!」

   ―――――ビンゴ、か。



「…………それで? 全員に対してのこと? それとも、誰か《特定の人》のこと……」

「―――――奏良そらさん」

「!?」


  いきなり、先制パンチを食らったような気がした。


  酒が無いと話せないような、真剣で 重い話。

  それが、誰だって? 彼女の話だって?


「……えーと。ちょっと待て。……一回、飲ませて?」

  テーブルに運ばれてきた酒のグラスをつかみ、一気に半分くらいまで飲む。

「おい、何でそんな 飲み方して……」


  お前が! なんか意味深に、言い出すからだろ!?

  落ち着いていられるか!

「………みこと、お前 何か変な想像してない?」

「ゴホッ……」

「ほら、一気に飲むから」


  乱れた呼吸を整えて、何とか 平静を保とうとするが、できているだろうか。

「オレが言いたかったのは―――――」


  その後に続く 彼の言葉は、みことの想像の 斜め上をいくような、衝撃的なものだった。


「……………………」

「………………」


  二の句が告げないとは、まさにこのことだろう。


  頭の中が真っ白になって、すぐには意味が理解できない。


  否、本能的に 脳が考えることを《拒否》しているのかもしれない。

  それくらい衝撃的で、酷くて、胸が悪くなるような内容だったのだ。


「…………」

  どれくらい、放心していたのだろう。

  店内のBGMが耳に届いてきて、ようやく意識が戻ってくる。

「……本当の話だな?」

  こんな冗談、あるわけがないけれど。

「お前が部屋に戻ってくる途中に、出くわしたって?」

「そう。でも、あの会話からして、アレが初めてじゃないっぽい」

「……何だって!?」


  自分たちが所属する『Little Crown』の先輩四人が、奏良そらに暴言を吐いて 脅していた、だって?

「そもそも……トーマさんたちが、一体 何でそんなことを!?」

「オレだって、どういうつもりで あんなことをしたのか、わかんねぇよ! わかんねぇけど!」


  奏良そらは言っていた。


  『彼らは、きっと寂しいんだよ』と。


「はぁ!?」

  人として、男として、とんでもない行動をしておきながら、その理由が 《寂しい》の一言?

「……マジで?」

  そんなわけ あるか、と思う。


「……オレたち、自分たちがもっと上に行きたいって………そう思ったのは、グループの活動を見てきたからだよな?」

  『Little Crown』は、DHE MUSICの中でも古参のグループだった。

  今年で結成 十五年、先輩たちの年齢は 四十代前後。

  本格的な 大人のヴォーカルグループとして活動してきたのに、爆発的に売れたか、というと 正直微妙なグループだ。

  リューイチが所属する『TEMPEST』など、後からデビューしたグループにどんどん追い抜かれ、大きな仕事からは遠ざかっている。


  実力はあるのに、売れない。

  DHEの中で そう噂されるのを払拭したくて、結成十三年を記念に、追加メンバーのオーディションを開いたのである。

  そこで、合格を勝ち取ったのが、おりみこと千尋ちひろの三人だった。


  プロになりたての時は、とにかく嬉しくて、先輩についていきたくて。

  初めてのことでも必死に食らいついて、教わりながらステージをこなしてきた。


  先輩はみんな優しかったし、兄貴みたいな存在で。

  頼りにしていたし 無条件に信頼していた。

  しかし、このまま ずっと同じ活動をしていても《成長できない》、いつか《忘れられる存在》になってしまうのではないか―――いつしか そんなふうに思うようになったから。

  だから、批判も覚悟で 今回のプロジェクトに参加したのだ。


  自分たち三人の そういう思いも理解を示してくれ、プロジェクトの参加を快く送り出してくれた―――はずだったのに。

「……あの人たちも、本当は何とかしたくて、でも自分たちでは どうにもできなくて」


  おりたち三人のことが、初めは ただまぶしくて。そのうち、若さとパワーがうらやましいと思うようになって、自分たちが取り残されていくような感覚から 《焦り》が生まれ。


 そこからは、坂道を転がるように、悪い方向へと堕ちていく。――――想像での話、でしかないが。


「だからって……本来なら、俺たちに直接 言えばいいことだろ! 何で矛先が奏良そらさんになるんだよ!?」

「……落ちつけ」

「落ち着いてられるかっ!」

  自分たちが抜けたことと、彼女は何も関係ないではないか。

「……そんなの………」

  迷惑な、ただの《八つ当たり》以外、なにものでもない。


  しかも、奏良そらがプロジェクトに不釣り合いだから、抜けろって?

  そんなコト、部外者に言われる筋合いはないし、口出ししてほしくはない。

  それに、人が見ていない場所で、よってたかって、なんて。

  それは、もはや 理由のない ただのイジメだし、何より 男四人が 女一人に対して―――許せることではない。

「しかも、それだけじゃない」

「まだ 何かあんのか!?」


  掴まれたのか、突き飛ばされたのか。

  その瞬間を見ていないから断言はできないが。

「…………………奏良そらさんに、怪我させた」

「!!!」


  視界が回る気がするのは、酔ったからではない。

  グラス一杯では酔わないし、こんな事実を告げられれば 酔も吹き飛ぶというものだ。


「………どうして、そんな」

  あの、優しかった先輩たちが。

  信じられない、信じたくはない。


  受け入れ難くても、おりの話は事実なのだ。

「………あんな事言われて、一方的に やられてんのに、オレたちには黙ってるつもりだったらしい」


  たまたま、通りかかって目撃しなければ、きっと ずっと隠し通していただろう。

  特に、みことには 言うなと念押ししてきたくらいだ。

「オレだって……メチャクチャ動揺したけど」

  なにより、みことは こういうこと―――卑怯なことや、自分の仲間に手を出されることが、一番嫌いなタイプだから。

「オレたちの心配してんだぜ? オレたちが知ったら、トーマさんたちと ギクシャクするだろうから、って」


  トーマたちの八つ当たりだと、わかっているから。

  大事なのは、おりたちの方。


  脱退するわけではないのだから、波風は立てない方がいい。

  そもそも、自分に実力が足りないから、こんなことを言われてしまうのだ。


  理不尽で 悔しくても、それを 《はね返せる》だけの実力が不足しているから。何よりも、《女》だから。プロジェクトにとって《異物》でしかないから。

  だから、原因は自分にもある。


  悔しければ、認めさせるだけの《実力》を 自分がつけること。そうしないと、今後もまた いくらでも、同じようなことは起こるだろう。


  奏良そらとは、そういう人間ひとなのだ。

  知っていたつもりでも、全然 理解が追いついていなかった。

  そこまで――――自己評価が低くて、自分に厳しいとは。

  彼女は、あれ以上、どう頑張るというのだ。


「……オレが、リーダーとして 全然できてない、ってことも反省した」

  練習も、準備も、グループに必要な手配も、メンバー間の 人間関係も。

  すべて、奏良そらに甘えていたのだ。


  段取りを知っているから。元スタッフだったから。知り合いや 助っ人を呼んでくれるから。

  ―――無意識に、頼って甘え過ぎていた。

  彼女は、もう サポートスタッフではない。


  れっきとした、《メンバー》の一人。

  STELLAステラ LOVEラヴ HAPPINESSハピネスというグループの、大事な欠片ピースの一つ。


「……気付くのに遅れたけど、これからはオレも ちゃんとするし」

  いい加減にしていたわけではないが、そう言われても仕方がないくらい、思い返すと《不甲斐ない》ことばかりだ。


「オレ……何でこんなに怒ってるんだ、ってくらい 腹が立ったけど。よく考えてみれば、トーマさんたちに対してよりも、自分に対して すげぇ腹が立ってたんだ」

  かっこつけるフリをして、ただ逃げていただけ。

  

  振り返って、猛省。

  奏良そらという人物を前にして、軽々しく『オレも頑張ってる』なんて言えない。

「………改めて《本気》って、口に出すと恥ずいけどさ」


  まだ遅くはない。これから挽回していける。


  彼女一人に おんぶに抱っこでは、あまりにも情けないではないか。

「……それに、奏良そらさん一人に、全部背負わせる気はないし」

  批判があるなら みんなで受け、みんなで乗り越えていくべきだ。それがグループというもの。

  万が一、次に同じようなことが起きたとしても、守れるようになっていたい。

  そんな自分でありたい。


「お前には黙ってろって言われて、迷ったけど」

  ―――――知っていた方がいいと思って。


「………いや、それは当たり前だ。言ってくれて助かった」

  事実を知らないままでは、動きようがない。

「ルーとハルには、まだ伏せておこう。変な動揺させたくないし」

  『Little Crown』に関わりがあることだが、千尋ちひろにも 当面は伏せておくべきだ。

  彼は彼で、新しい『The One and Only』という土俵で戦っている最中だから。

「俺も、その方がいいと思う」




  おりの話を聞いて、みことは ようやく納得がいった。

  彼が変わったのは、そういうことだったのか、と。


  自分のことだけではなく、メンバーの一人として。リーダーとして。

  ―――― 自らを見つめ直した、一人の《男》として。


  彼は、ようやく本当の《覚悟》を決めたのだろう。


「俺も………覚悟、決めなきゃな」




  その夜の酒は、今までで一番、苦く感じた。

  酔いたいのに、酔えない。でも、かえって頭の中が整理されてスッキリした気さえする。


「…………」

  苦くても。苦いからこそ。

  これが 本来の《大人の味》なのかもしれない。




  酸いも甘いも噛み分けて、人間ひとは成長するというが。


  次のステップにいくまでの《大事な要素カケラ》を、みことは この歳になってようやく 見つけたような気がしていた。

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