レコーディングに向けて #3
STELLA LOVE HAPPINESSのオリジナル曲、『My Treasure』。
ヴォーカル集団らしく、聴かせる系の歌だ。
アカペラのサビから始まり、ハーモニーを多様することで 曲の華やかさが増す。
歌詞の一番は、Aメロ、Bメロ、サビ前のCメロ、サビ。
二番になると、Aメロが少し変化し、Bメロは無くなって すぐにCメロ、そしてサビと続く。
最後は Dメロと間奏が入り、ソロのサビ、そして転調してからの全員でのサビ。それで終了だ。
二番で 曲が変化していくため、単純に Aメロが誰、Bメロが誰、などと決めることはできない。
一つの部分でも細かく分けたり、二人で同時に歌ったり、工夫が必要だ。
《全員》I'm crazy about you
I can't see anything but you
Woo Woo……
〜♪♬〜♬♪〜〜♪♬〜
《一》もう忘れよう これが最後だと
こぼれる涙 苦しくて
歩き出し また戻る
《二》何度 自分に問いかけても
There is only one answer
君がいい 君しかいらない
《三》We gotta hurry
機会は作るもの
怖がらずに
《四》Trust your heart
なんだって できる
失うものは何もない
《五》君への想いが 僕を強くする
あきらめない その場所へ
《一、二》何万回ダメでも
《三、四》終わりなんてない
《全員》I'm crazy about you
I can't see anything but you
Woo Woo……
《二、四》胸 しめつける
The only treasure
《一、三》ゆずれない
You are my treasure
《二番へ続く》
◆パート 一:曲のトップバッターを担う重要な役割。全体の雰囲気を決定し、音程も正確でなければならない。
◆パート 二:一人目からバトンを受け取り、誇張せずに正確な音程で、三人目へ繋げられるようにしなければならない。
◆パート 三:Bメロに入る難しいパート。ここを どう歌うかで、グループのレベルが自ずと知れる、隠れた《激ムズ》パートだ。二番に入ってからも変化が多く、ベテラン組でないと対応ができない。
◆パート 四:Bメロの二人目。強い決意を表すようなCメロへと繋いでいく、割と目立つメロディラインのため、声の響かせ方や表現の仕方が重要になる。
◆パート 五:サビ前の盛り上がっていくCメロ。何よりも情熱的に歌う必要があるが、強すぎても 曲を崩してしまう、バランス感が重要なパートになる。
全員でフルコーラスを歌い、協議した結果。
◆パート 一:唯織
◆パート 二:春音
◆パート 三:奏良
◆パート 四:尊
◆パート 五:ルーカス 円
このようにパートが決定した。
一曲、三分二十八秒。
曲の速度のせいか、聴かせる系の歌にしたら、時間が短いかもしれない。
「サビの繰り返しが無いからかな? 長い曲とかだと、三回くらいはサビの繰り返しありません?」
「あるある!」
「あれだろ、もう お腹いっぱいです、ってなるやつ」
「……しつこいって感じるってことは、歌が《失敗》してるってことだろ」
唯織の指摘の通り。
聴く人に 《もっと》と思ってもらえるようでなければ、プロとしては失格だ。
「決めてはみたけど、やりながら変更点があれば その場でどんどん変えていこう」
必須アイテムとなったホワイトボードに 決定したパートを書き込み、猛練習が始まってから一週間。
「………春、音がズレてる」
「すいません、もう一度お願いします」
「尊くん、もう少し出してもいい。ルーくんは チカラ入りすぎ」
「うわぁぁ! ハイ、ごめんなさい!」
「バランス難しいな」
個々の歌の強化と、五人で合わせての練習と。
ヴォーカルトレーナーを呼んでの 基礎練習。
とにかく、課題は山積み、時間が無さすぎる。
それでも、学生ばかりの『Infinity』や、プロダンサーが仕事で抜けている『The One and Only』に比べると、メンバー全員が 常に揃っている。
「五人でいられるってのが、STELLA最大の強みだからね?」
弱音を吐きそうな《弟四人》に向かって、奏良は喝を入れる。
リーダーは唯織で、なんだかんだいっても ビシッと言い切るところが気を引き締めてくれるが。
雰囲気が怪しくなってくる度に、手を引いて 立ち上がらせてくれるのは やはり奏良だった。
彼女の 面倒見のいい性格と、サポートスタッフとしての経験が無かったら、セルフプロデュースなど 早々に破綻していただろう。
求められたら、求められる以上のモノで 返す。
その律儀で 真っ直ぐな姿勢は、下を向きそうになるときほど メンバーの心に訴えかけてきた。
『本当に、それでいいの?』と。
頑張る、と。言葉で言うのは簡単、誰でも できる。
でも、本当の意味で、それを実行できるかは また別の話だ。
いつも、どんなときも、全力で。
やり切る、ということの難しさを、全員がひしひしと感じていた。
「やっぱりボク、奏良さんが隣にいないとダメです……」
「どうした どうした」
「……うわぁ~!」
潜在能力は高いのに、まだ それを自分のものにできなくて、ルーカスはもがいていた。
メンバーの中で誰よりポジティブな彼は、落ち込む時も 人一倍。
感情が豊かだからこそ、ドツボにハマると抜け出せなくなる。
「ボク、どうしよう!?」
たどり着きたい場所はあるのに、見えているのに。
どうしたら そこに行けるのか。
道が、見えない。手段がわからない。
「………目標が見えているなら、大丈夫」
しゃがみこんだルーカスの前に 自分もしゃがみ込み、奏良は彼の手を握る。
「時間が無いのは 本当だけど、焦っちゃだめ」
「そらさーん………」
一番怖いのは、そこから動けなくなること。
「ルーくん、ハイ、深呼吸してー」
す~ は〜 す~ は〜
「私と同じ音で、歌ってみて?」
全パート、どこでも歌える奏良は、ルーカスの《パート五》を一緒に歌う。
手を握り、呼吸を合わせて、落ち着いて。
なぜ、歌うのか?
歌が、好きだから。
歌手に、なりたいから。
目指す先が、ちゃんとあるから。
そんな思いとともに、歌声を合わせる。
「〜♪♬〜〜♫」
「………すごい」
「声、出てきたな」
「……だな」
向かい合って、手を握って、見つめ合って。
奏良の いつでも絶やさない《情熱の炎》が、弱気な心ごと 燃やし尽くしてくれる。
「…………ほら、できるでしょ、ルーくん?」
「ホントだ、今の! みんな聴いてました!?」
「おー、聴いてた 聴いてた」
「さっきと全然違ったわ」
「劇的でしたよ」
子供のようにはしゃぐ三男を、みんなで褒める。
「すごい、どうして!? 奏良さん魔法使いみたい!」
「ルーくんは、元からデキる子です」
ほんの少し、きっかけがあれば。
それを、気付いてあげられる人がいれば。
「もっと、伸びるよ」
いくらでも 変われる。
変わりたいと、望むなら。
こんなに毎日、必死で頑張っているのだから。
「じゃあ、今度は 横に並ぶから、もう一回いってみよう」
「はいっ!」
向かい合っていたのを隣に移動し、同じところを繰り返す。
その様子を見ていた唯織が、一つの提案をした。
「ルーの《パート五》だけど、奏良さんとダブルでいくのもアリじゃない?」
「……どういうこと?」
「ソロが無くなるってことじゃなくて……ハーモニーをつけるか、コーラスに入るってこと」
音程を変えて和音を聴かせるハーモニー。
反対に、主旋律の裏側に入り、違うメロディで主旋律を盛り上げるコーラス。
ルーカスの調子を見ながら、その時々で、奏良がどちらかを選択する。
「今日はルーが《イケそう》って時は、ソロでやらせるってのもアリ」
「……奏良さん一人に 負荷がかかるんじゃないか?」
「……できる、と思う。ただ、レコーディングの時はどうする?」
ベストなのは、やはりルーカスが 一人でも問題なくできることだ。
「……………ガンバレ」
「お前、気合い入れろよー」
年長組 二人に肩を叩かれ凄まれたら、やるしかない。
「……アニキたち、コワイ」
そろそろ、舞台での立ち位置―――フォーメーションを決めて、動いての練習に入っていかなくてはならない。
「明日?明後日? 振付の先生が来るのって」
「九月 二十六日……明後日だな」
プロジェクト上層部から与えられた 振付担当は、多数のアーティストの振付を手掛ける《ヒロキ》。
全員がダンス初心者であるSTELLAの、レベルに合った振付をしてくれるそうだが。
奏良は、嫌な予感がしていた。
ヒロキという人物を、少しは知っている。
振付師としての実績はあるし、作品は素晴らしい。
けれど――――STELLAのメンバーと、とんでもなく《合わない》ことが予測できたのだ。
プロになるために、誰かの手を借りなければならない。振付など、その最たるものだ。
大人として、社会人として、線引ができるか。
仕事なのだ、好き嫌いは言っていられない。
どうか、何も起こりませんように。
奏良の願いも虚しく、起こるべきものは、どうしたって起こってしまうものである。
* * * * * * * *
九月 二十六日。
現れた 振付師のヒロキは、開口一番こう言ったのだ。
「誰も STELLAのダンスなんて、期待していないから」
まるで、適当にやろう―――そう言わんばかりの言葉と態度。
冗談だったり、リラックスさせるために言ったのかと、少しは譲歩して考えてみたが、どうも違う。
「歌の《邪魔にならない振付》を考えたから。短期間でやるには、これしかないんじゃない?」
ヒロキの年齢は、二十八歳。
唯織たちとは ほぼ同年代だ。
もしかしたら、そういった親近感から くだけた態度になったのかもしれないが。
――――――失礼が過ぎる。
「……」
「……」
「………」
「………」
春音は、ヒロキの顔を直接見ることさえ できなかった。
穏やかな環境で育ってきた末っ子にとって、このような《大人》に会ったことがなかったのだろう。どう反応していいのか分からず、結果 うつむくしかなかったのである。
午前十時から、午後一時までの三時間。
「………はい、じゃあ全部でこんな感じかなぁ?」
通しで教えて、それでおしまい。
「何か質問とかある〜?」
本来なら、たくさん質問し、踊りを見てもらったりするべきだが。
五人は、ヒロキが一刻も早く《帰る》ことを、望んだ。
帰ってもらえないと――――唯織、尊、ルーカス、奏良のうち、誰かが。
間違えなく、キレていただろうから。
「お疲れ様でした」
「ありがとうございました」
挨拶は、社会人の基本。
どんな相手でも、敬意を忘れてはいけない。
全員が、耐えた。
ヒロキが、本社ビルを出ていくまでは。
「…………」
「………帰った?」
「………一応、上から確認しました」
タクシーに乗り込んだのを春音が見届けると。
一気に、その場はヒートアップする。
「……クッソ!!」
「何なんだよ、アイツ!!」
「ああいう言い方は ないですよ!!」
「………僕、どうしていいのか わからなくなっちゃいました……」
ダンスのレベルが低いのは、メンバー全員が 誰よりもわかっている。
それでも、少しでも上達するように、ほんの一歩でも 前に進めるように。
「わかってる! 間違っちゃいないけどさ!」
頑張っている努力など、プロの世界では《無用》だ、と。
結果がすべて。
努力しようとも、できるようにならなければ意味がない。
お客様に見せられるパフォーマンスとして成立しなければ、影でどんなに努力しようと 無かったことと同じなのだ。
ヒロキが言おうとしていることは、間違ってはいない。正しい。
けれど。
「………………」
奏良は、無言で 携帯を取りに行く。
「………奏良さん?」
「………奏良さん?」
「え、あの……」
「おい、大丈夫……」
「―――――――――ねぇ、みんな」
振り返らずに、話しかける。
わずかに揺れる肩を見て、男たちが《泣いている!》と焦るほど、奏良の声は震えていて。
いつも変わらず動じない、強気な奏良が泣いている―――さすがの唯織も、一瞬 怒りを忘れてオロオロする始末。
そんな男たちの気も知らず。
奏良は かつてない《怒り》を抑えるのに、全力を費やしていたのだ。
「……えーと、奏良さん?」
ためらいがちに声をかけるリーダーに向かって、ゆっくりと振り返る。
「!」
《泣いてないじゃん》とは、誰も言えなかった。
静かに、ただ静かに。
誰よりもプロジェクトの成功を願ってきて、何事にも全力を注ぐからこその、全力の怒り。背後に炎が見えるのは、錯覚ではない。
「―――――ちょっと、いいかな?」
彼女だけは 怒らせてはいけない。
メンバー全員が、この時 心に刻むのである。
* * * * * * * *
怒りのおかげて、奏良は忘れかけていた《感覚》を取り戻した。
知らず知らず、戦う時の感覚が鈍っていたようだ。
スタッフだった時には 気付けていたことが、自らアーティストとして活動する中で、見落としていたなんて。
しっかりしろ。
リューイチに言われたではないか。
自分が先頭に立って 道を切り開かなければ、グループのデビューは叶わない、と。
セルフプロデュース、その意味を。
STELLAとして、どう魅せるか。
「…………ごめん、完全に私のミスだわ」
誰かの手を借りるのは、当たり前。
ただ、それは。
与えられるのを待っている、では ダメなのだ。
「上層部が選んだ人だからって、受け身になってた。最初に気付くべきだったんだ」
情けない。事が起きてから、気付くなんて。
「………どういうこと?」
「無かったことには、できない。でも、そのまま《言いなり》になるのも我慢ならないから……《助っ人》を、呼ぼうと思うんだけど」
使えるものは何だって使う。
これまでに培った《独自のネットワーク》を、活用しないでどうする。
「助っ人?」
「………さっきの振付じゃあ、私たちは チカラを出しきれないと思うの」
STELLAの《上辺》だけを見た、振付。
そんなものでは、自分たちの思いは伝わらない。
「判断が遅かった、私が悪い」
奏良は携帯で呼びかけた。
振付の手伝いをしてくれる人を。
ピコン ピコン ピコン
間髪入れずに、メールの着信を表す 電子音が鳴り出す。
「………きた」
グループにとって必要なものを、次々にオーダーしていく。
ピコン ピコン ピコンピコン ピコン
「…………よし」
タイミングを逃さず、攻めるべきところでは 迷いなく攻める。そうでないと、掴みたいものは掴めない。
もう二度と、同じ間違いは犯さない。
「………後悔させてやる」
STELLAを―――大事な仲間を 侮辱した、浅はかさを。
「いつか、全力で土下座したくなるくらい―――」
完璧な姿を、見せつけてやる。
それが、一番の《復讐》。
物騒な台詞には似つかわしくない、最高の笑顔。
本気で人が怒るときというのは、案外 笑顔になってしまうのかもしれない。
* * * * * * * *
怒り爆発、奏良の《緊急 召集令》発令。
いち早く 現場に到着したのは、全国ツアーを終えたばかりの六人組、『B.D.』のメンバーだった。
STELLAがいるレッスン室に、慌てて入ってくる。
「奏良さん!」
「奏良さーん!」
「急いで来たよー!」
現れた先輩グループに、STELLAのメンバーは固まる。
今 DHE MUSICの中で一番《勢いのある》といわれている六人だ。
歌もダンスも 全員がこなす、『Infinity』の目標となるべき集団。身に纏うオーラが違う。
「………全国ツアー、おめでとう。ファイナル行けなくて ごめんね」
「仕方ないっすよ、プロジェクトの最中だし」
「来れない分、毎日メッセージくれたじゃないですか!」
「めっちゃテンション上がったし!」
「気持ちも引き締まったし!」
「とにかく、褒めてもらえるくらい、いいツアーになりましたよ」
「だから、後で《ご褒美》くださーい♪」
甘える青年たちに、笑顔で応える。
「いいよ、何がいいか 考えといてね」
「っしゃー!」
「絶対ですよ~!」
ここまでは、再会の挨拶だ。
「それで、どういうことですか?」
「……奏良さんが候補生になったって、簡単な《いきさつ》だけは聞いたんですけど」
忙しい中、駆けつけてくれた六人には申し訳ないが。
「振付の、《修正》をお願いしたいんだ」
「修正?」
先程のことを 説明する。
「一応、会社として依頼を出した《外部》の振付師……か。確かに、無下にはできませんね」
「ヤツの考えた フリを残しつつ、別モノに変えればいいんですね?」
「任せろ、そういうの得意! 楽しそう!」
B.D.は普段から 自分たちで振付を行っており、海外仕込のスキルは そうそう簡単にお願いできることではない。
「………いいんですか?」
「他でもない、奏良さんの頼みだし!」
「俺たちの 可愛い《後輩》に、なるんだろ?」
デビューしたいんだろ、と。
本気には、本気で応える。
奏良から教わってきたことを、今度は自分たちが 後輩に返す番。
「はいっ!」
「絶対に、なります!」
「お願いします!」
「お願いします!」
「………………ありがとう、みんな」
ツアー帰りの荷物を端に置いて、B.D.の六人は上着を脱ぎだす。
「おし、じゃあ時間がもったいないから」
「早速 始めちゃおう。誰か、とりあえずフリを見せてくれない?」
三時間、ヒロキから教わった振付。
きちんと覚えられたのは――――
奏良は、あさっての方向を見て 誤魔化した。
「………唯織じゃね?」
「………リーダー、お願いします!」
「僕は、わかりません!」
「………言い切るなよ、そこで!」
とりあえず、覚えの早い唯織が踊ってみせることになり。
B.D.による『振り付け・大改革』が始まった。