グループ発表 #1
まだ残暑が厳しく残る、9月中旬。
都内 某所―――――アーティストを多数輩出している音楽総合会社《DHE MUSIC》。
売上で主力となる《男性ヴォーカル部門》では、現在進行系の《大型企画》のせいで、今日も スタッフ総出の大忙しだった。
これは、降って湧いた機会に戸惑いながらも、新たな世界へと一歩を踏み出していく、《遅咲き乙女》の物語である。
* * * * * * * *
震える。
震えているのは、手だけなのか。身体全体なのか。
もはや地面から揺れている錯覚さえするというのに。
駅近くの一等地。
地上十八階、地下三階建ての本社ビル。その七階と八階は、レッスン室 専用階になっている。
その一つである 第五レッスン室。
当然ながら、自分が向かい合う男には動きがない。揺れるどころか、夜空を照らす月のように静かにこちらを見つめたままだ。
知らず、止まっていた呼吸が苦しさに耐えきれずに再開し――――初めて時間が戻ってきたような気がした。
「……………っ………」
どくん。
心臓が、大きくはねる。
男の視線が、痛いほどに突き刺さるから。
「………ウソ、ですよね?」
口の中がカラカラで、ようやく発した声は酷く掠れていて。
指先は冷たくて、背中には汗が流れ落ちていく。
現実逃避をするには、身体的感覚があり過ぎた。
夢ではなく現実だ、と。
認めたくなくても、認めざるをえない。
「ウソでもドッキリでもないよ。本当はもっと早く、やってあげるべきだったんだ。………こんなカタチでなくて」
目の前のリューイチは、申し訳なさそうに目を伏せた。
「奏良ちゃんの気持ちに沿うことはできない。………ここは、やっぱり《会社》だからね」
売り上げてこそ、成り立つ組織。
売れる可能性があるものなら、会社として逃すはずがなく。
「……わ、私は………」
「本当は、もう《決定》に近いんだけど。それじゃ納得しない人もいるだろうから」
カタチだけの選考会。
「スタッフ推薦で選ばれた三人のうち、一人を投票で決める。課題は五曲。三人で横一列に並んで、ジャンル違いの曲を順番にワンコーラスずつ歌う。それを五曲繰り返して終り。訓練生のアキト、仮歌シンガーの相馬くん、それから奏良ちゃんの順番ね」
投票するのは、社長、ヴォイストレーナーやダンストレーナーなど講師陣を含む、プロジェクト上層部 総勢三十人。
人数を考えただけで目眩がする。
考えなくたって、答えはわかる。
人前で―――――親しい人以外の前で、歌うなんて。
反論したいのに、言葉が出てこない。
それだけ、リューイチの言葉は衝撃的過ぎて。
「あとね、一緒にやってく候補生にも認めてもらいたいから。彼らには、別室でモニター越しに見ててもらうから」
「! ………ウソでしょ……」
理解が追いつかないのは、自分だけのせいではないだろう。
いきなり呼ばれて、大事な話があると言われて。
その話というのが。
「……人を、補充するというのは理解できます。上層部が決めたことなら、言うことありません。でも――――」
それが、何故。
「何でそこに、私が入るんですか!?」
自分は、候補生たちの《サポートスタッフ》だ。
「私はスタッフです! 彼らのサポートをして、会社との間に入って、デビューまで応援していくのが仕事ですよね!?」
「…………… 昨日まではね」
「昨日までは、って……!」
「状況が変わった。色々な《可能性》と《リスク》を考えた結果、これが最善だと決めたから」
「これのどこが《可能性》ですか!?」
小さい頃からの付き合いであるリューイチだからこそ、こんな話をするなんて信じられなかった。
けれど、いつも優しいリューイチとは別人のようで、事実だけを淡々と突きつけてくる。
「……奏良ちゃん、これは《お仕事》です」
「!!」
「遊びでもなければ、余興でもない。これはプロジェクトの責任者としての《決断》だから」
リューイチは自分にとって《近所のお兄さん》的な存在だが、仕事上では上司で、今回のプロジェクトでは最高責任者だ。
《仕事》と言われてしまえば、拒否はできない。
拒否、それは即ち 仕事を放棄することを意味する。与えられた仕事を拒否する、最悪、この会社を辞める覚悟を持っての発言なのか――――そう問われたら、答えられない。
「……………」
ひどい。
なんで。どうして。
何の相談もなく、いきなり決めた話を持ってくるなんて。
「…………………はぁ、頼むよ奏良ちゃん。決定を受け入れて?」
受け入れて、と言われて簡単に首を縦に振ることなんてできない。
これは、簡単に納得できる範囲の話ではないのだ。
「……… 世間的にもそうですけど、《候補生たち》が一番拒否すると思いますよ」
DHE MUSICでは、まずオーディションに参加した時点で《オーディション生》、勝ち残り 次のステップへと進めた子を《訓練生》と呼ぶ。
訓練生になったからといって、必ずデビューできるわけではない。訓練生の段階で、明日を信じられなくなって辞めていく場合もたくさんあった。
そして、訓練生は更なるレベルアップのためにレッスンに通い、成長を認められた者だけが《候補生》に昇格し、ようやくデビューに向けての活動を始めるのだ。
ただ、候補生だって そうそうチャンスがあるわけではない。
音楽業界の動向を見てプロデュースをしていくのだから、候補生のまま止まっている子も 少なくはない。
デビューをチラつかせて《若者を飼い殺ししている》と批判を受けているのが 悲しい事実だ。他の社の裏事情は知らないけれど。
名誉挽回ではないが、今回のプロジェクトはDHE始まって以来《最大級プロジェクト》と評して、夢見る候補生達を大々的に、かつ大量にデビューさせるという企画なのだ。
デビューさせるにあたって、単純にデビューさせるだけでは意味が無い。
大事なのは、デビューすることではなく、デビュー後《どう売っていくか》。つまり、売れなければ話にならない。
一曲ヒットしても その後が続かずに、活動休止に追い込まれるアーティストも多数存在する。
音楽業界は、決して甘い世界ではない。
華やかなスポットライトに照らされていても、それは《一瞬》だから。
会社として、どうプロデュースしていくか。
そして、アーティスト本人達が、どれほどの覚悟を持って進んでいけるか。
その二つが両立してこそ、生き残っていける。
「奏良ちゃんの、《仮歌シンガー》としての経験値は伊達じゃないでしょ」
「それは…………」
奏良は、DHEで三つの顔を持っていた。
一つは、訓練生や候補生達の《サポートスタッフ》。
レッスンや合宿の 予定作成と調整。講師陣のフォロー、スタッフの人員の確保、生徒やスタッフのメンタルフォロー、上層部との連絡役など………とにかく仕事は多岐にわたる。
生徒たちにとって、何が必要か。必要ならば、上層部であろうと 直談判に行く熱血漢だ。
やりがいはあるが、今のような《サポート期間》に入ってしまうと、寝る間が無いほどハードな仕事だ。
二つ目は、アーティストに曲を作る 覆面《作曲者》だ。期限や数に制限はないので、作れた時に会社に提出し、採用されることもある。最近 活躍している男性グループにも何曲か歌ってもらっているのは秘密だ。
三つ目は、《仮歌シンガー》だ。
仕上がった曲に歌を入れ、アーティストがレコーディングするまでの《歌のガイド役》を担う。
仮とはいえ、仮歌のイメージ次第で 実際の曲の仕上がりに大きな差が出てくる、重要な仕事だ。
元々、DHEに所属したリューイチから誘われて アルバイトとして入ったのが、奏良が高校生の時。
アルバイトとして働く中で、あるヴォイストレーナーと出会ったのが、そもそもの始まりだった。その人がキッカケで《仮歌》の仕事をするようになったのだ。
人前で歌うことにトラウマがあったから、初めは拒否していたものの、《一回だけ》と歌ってみたら 想像以上に楽しかったのを覚えている。
顔が見えない《仮歌シンガー》は、自分にとって とても都合が良かったのだ。
ただ、そうした事実を知っているのは ごく僅かな人達だけだ。社長とリューイチ、そしてレコーディング室で関わる人たちだけ。
ほとんどの人が、奏良は《スタッフの一人》としてしか認識していない。
表立って目立つことが苦手だから、特にそれで支障はなかったのだが。
「私のことを知っている人も 知らない人も、反発しないわけないじゃないですか」
反発なら、まだかわいい。
逆風? やる前から とんでもない試練が予測できるのに。
「決まっていたグループ分けは どうするんですか?」
「今のところ、変えないでいく。グループA所属ね」
「A………」
今回のプロジェクトでは、晴れて《候補生》となった十九人を三つのグループに分け、グループ活動をさせながらデビューを目指すことが決まっていた。
オーディション、訓練―――と、長い時間見てきた奏良にとっては、どの子に対しても みんな思い入れがあり、彼らの努力や情熱をよく知っている。
《サポートスタッフの奏良》としてなら 付き合いも長いので、だいぶ親しくもなっているし、慕ってくれる子も多い。
しかし、それがデビューをかけた《仲間》になると言われたら?
間違えなく戸惑うだろうし、いい気はしないだろう。
「オーディションも訓練も受けてないのに、ズルしてると思うのが自然でしょう? 何でここにきて、彼らに嫌われなきゃならないんですか。やめてくださいよ」
「そう言われてもさぁ。こっちはこっちで、困った末の策なんだから」
こんな馬鹿げた話が持ち上がる原因となったのは、ある候補生が《離脱》したことによるものだった。
候補生の 祐希が、まさかの《辞退宣言》をしたのが、一昨日のことである。
祐希が入るはずだった《グループA》は五人組の予定だったが、それが四人へと減ってしまい、それをどうするのか。
四人でいくか、誰かを補充するか、プロジェクトチームは徹夜で会議を続けていたところだ。
「辞退者が出て、グループ発表が延期になって……… みんな突然のことだし、すごく不安がってます。こんな時に話を聞いてあげるとか、彼らに必要なものを提供してあげるのが、私の役目です」
新しいメンバーとして 自分が登場するというのは、相応しくないだろう。
どの候補生も、絶対にデビューしたくて、厳しいレッスンや課題に取り組んでいたが、その中でも特に グループAに選ばれている子たちは別格だった。
今回が最後の挑戦だと、決めている子がいる。
自分の可能性に賭け、さらなる成長をと参加を決意した、プロの子もいる。
当然、他の誰よりデビューにこだわっていた。
辞めた祐希にとっては、その熱量についていけなかったのかもしれない。
グループを組む前なのに、周囲の雰囲気や集団行動に馴染めずに 結果去っていったのだ。
「不安定になっていたのをサポートできなかったのは スタッフの………私のサポート不足です」
注意して見ていたつもりだった。もっと、何かできることはなかったのか。
知らせを聞いたとき、愕然とした。
「祐希くんのことは残念だけど、俺たちは次を考えて動かなくちゃいけない」
祐希には彼に合ったカタチで、デビューまでの舞台を用意するという。
「グループAは、四人だと正直 物足りなさが拭えない。個々の精度が上がったとしても、バランスが崩れてしまいそうでね。だけど、他の候補生と入れ替えるとか、新しい子を探すとか、もちろん色々なデータを見返してみたけど。足すにしてはピンとくる子がいなくてね」
グループAの大きな特色として、ヴォーカルに特化していて、さらに驚くほどのビジュアルの良さ。それが第一の条件だ。
「その点、奏良ちゃんは何の問題もないでしょ?」
「ど・こ・が!? …………リューイチくん、歌うことよりも重要な問題があるでしょ!? 男性ヴォーカルのグループですよ!?」
仕事では《リューイチさん》と呼んでいたのに、動揺し過ぎて プライベートの呼び方をしてしまう。
「だって奏良ちゃん? カッコよく歌って 実際にカッコイイ人なんて、奏良ちゃん以外に他にいると思う?」
――――――― 何が問題なの?
まるで、こだわっているのが馬鹿馬鹿しいほど、ケロッとした返答。ああ、目眩がする。
「奏良ちゃんは仮歌シンガーの時から、ずっと男性ヴォーカル曲《専門》だし」
「うっ…………」
確かに。
初めて歌った時からずっと、男性ヴォーカル曲しかやってこなかったのは事実。
歌唱音域は広いのに、女性ヴォーカル曲は なんとなく歌声が合わないのが理由だ。
「腹が立つくらい カッコよく歌うくせに、メジャーデビューしないなんて、会社として損失」
「だから、それは……」
「そう、人前に出るの苦手なのを知ってるから、これまで《保留》にしてきたけどね」
本当は、デビューさせたかった。会社としても、リューイチ個人としても。
奏良は、スタッフとして埋もれさせとくべきではないと、これまで何度も言ってきたことだった。
「私は、スタッフがいいんです。訓練生とか候補生のサポートを……」
「今度は、奏良ちゃんの番だよ」
―――――― 話が、平行線のままだ。
解決の糸口など、一ミリも見当たらない。
「………百歩譲って、歌うとしても。いや、嫌ですけど、歌うとして! どうすんですか、人前に立って、私が《まとも》に歌えると思います!?」
超がつくほどの 緊張体質。
社会人生活は長いので、人前で話せない、ということはまったくない。意見なら むしろ誰より堂々と言える自信はある。
ただ、知らない人の前で《歌う》ということがダメなのだ。学生時代の《からかわれた》というトラウマが根強く心に蔓延っていて、いまだに奏良を苦しめる。
歌手。アーティスト。
知らない人 大勢の前で、歌うなんて。
ここに集まる候補生も、下積みをしている訓練生も。みんなすべて《自分の歌を聞いてくれ!》という人達の集まりなのだ。
人前では歌えません、なんて言ってる奴と一緒に 同じ舞台に立ちたくはないだろう。
「奏良ちゃんは前奏曲さえ流れれば《集中》できるから、大丈夫。心配ない」
あと必要なのは…………
「その髪! 隠してないで顔をもっと出さないと 勿体ないでしょ!」
「ヤですよ、女子トイレに入れなくなるじゃないですか」
ショートヘアで《少年顔》の奏良は、顔を出さないように わざとモサッとした見た目を貫いていた。
「知りませーん。文句は聞きません。奏良ちゃんは《ヒナ》と似てるんだから、顔を武器にしないで どうするの?」
すでにDHEで歌手デビューしている 弟の陽と、実はかなり似ているらしい。奏良自身に自覚はないけれど。
「………ひなファンに怒られますよ? そんな似てないです。ひなは 可愛い系だし」
「奏良ちゃんだって可愛い。ほら、グダクダ言ってるヒマがあるなら、さっさと行ってきて! 会社命令!」
「ヘ? 今ですか!?」
モサッとした髪の毛に、大きい瓶底メガネ。
弟と共有で着てる メンズのパーカーとジーンズ。
そんな地味な見た目が 自分としては気に入っているし、馴染んでいるのだが。
「選考会は今日の十五時から。もう美容院は予約してあるから、急いで髪の毛切ってきて!」
「えぇ!? 今 何時だと思って………」
現在、午前九時 半を過ぎたところだ。
「カットとカラー、もうオーダーしてるから。変更はききません」
「お、横暴ぉっ!!」
「戻ってきたら、そのまま 第三レッスン室に直行してね? ……多分 時間ギリギリだと思うけど」
本社ビル近くの美容院はよく知っているが、リューイチのオーダーなら 絶対に《派手髪》になることだろう。
「……外を歩けなくなる………」
「まぁ、ある意味 そうなるかもね~」
――――― 周囲が知らないだけで。
本来の奏良は、かっこよくて メチャクチャ可愛いのだから。
「え?」
「………何でもない。俺が怖いのは、碧海に怒られるだろうなぁ、ってことだよ」
唯一、リューイチの心配事といえば、親友で 俳優の碧海のことだ。奏良の血の繋がらない兄。
そりゃあもう 妹を《溺愛》している彼は、寝ても覚めても《奏良が一番》と豪語するなかなかのヤバい男だ。
本人の意志を無視して、派手髪なんかにさせた、と知れたら――――。
「俺、生きていられるかな…………」
どこかズレたリューイチのため息に、噛み付いていた奏良も戦意喪失したと言わざるをえない。
さらに、時間という どうしょうもないモノを突きつけられ。
「もう……… 何なの? どうして こうなった!?」
回避は、出来なさそうだ。どう考えても。
奏良は簡単な貴重品の入ったミニリュックを手に取り、一階の入り口に走って向かうしかなかった。
運命は、もうとっくに動き出していることを 知らずに。
久しぶりの方も、初めましての方も。
前回、別のシリーズ更新から結構な時間が空いてしまいましが、水乃と申します。
少しずつですが、また再開していこうと思いますので、興味を持っていただけたら幸いです。
リハビリがてら のんびり始めていきますので、よろしくお願いいたします。