魔法少女エルフちゃん、最終決戦に至る
どうしてだろうか、初めて異界の力を手に入れた時よりも、体の中から沸々力が湧いてくる。
「俺をその眼光で見るなッ!」
ステッキを失った互いに残るのは、純粋な個の実力。
それでも、魔法に関しては長けているエリオットの方に分がある。
だが絶対的な差はなくなった。
「風の精霊を。我が身に宿って敵を穿て!――纏う風!」
付与魔法で身体能力を強化して、即座に詰める。
詠唱を綴らせる暇も与えない、近距離戦特化だからこそ出来る戦法。
「来ると思っていたさ。お前が俺に勝つには、その戦法しかないからなァ!」
私の拳が届くより早く、エリオットの体が素早く後進。
相手の行動を先読みして、あらかじめ詠唱を完了させておく。魔導士としては百点の戦い方だ。
「水の精霊よ。その身を変化し、敵を凍土で染めたまえ。氷結」
更に、息継ぎせず、出来た間合いを生かす為の魔法の駆使。
風で意識が追い付く以上に、身体能力が強化されている私は、一度走り出せば中々止まる事が出来ない。
攻撃用の魔法と、付与用の魔法では、前者が大きく有利なのが一般的。
よほど熟練した魔法練度がなければ、真っ向からぶつかっても勝てない。
しかし、わざわざ付与魔法を私が使用するのには理由がある。
―自分の肉体こそが至高の魔法だと思っているからだ。
「氷結で私の体を溶かせると思わないでよっ!」
「なっ!!おま……なんでそんなに魔法耐性高いの?それだけ高けりゃ、普通もっと真面な魔法使ってるだろ!」
「五月蝿いわね!魔法って何かめんどうなのよ!」
魔法の才が無い、というよりかは鍛錬不足が近いだろう。
それに比べて、魔法耐性は何か適当に戦ってたら付く。簡単だね。
まあ、正直何回も死にかけているけれど……今はあの過去に感謝だ。
迫り来る氷結の風を、根性だけで切り開く。
突貫して来る風の巫女に、エリオットは目を丸くした。このままでは不味いと思ったのか、突き出していた手を一旦下げて、他の魔法の行使に移る。
「遅いッ!」
しかし既に間合いは、5mを割った。
あと一秒で、私の拳はエリオットに到達する。普通の魔導士なら機能する事の無い距離……だが、不思議な確信があった。
この程度で、私の憧れたエリオットが負ける訳がないと。
「纏う炎!」
私と同様、されど相対する炎を己に付与する魔法。
確かに、付与魔法であったなら、複雑な詠唱は必要ない。最も、体に魔法の概念が結び付いている程の達人であったなら、という前提ではあるが。
川はせせらぎを忘れて、渓谷に吹き抜けていた心地の良い風が沈黙している。
何時の間にか、空は『目』を隠してしまっていた。眼下の魔法少女が導き出す結末を、静かに見守っているのだ。
灰色の空の下、向かい合う二人の視線が交差する。過去を一風させようとする『暴風』と、焼き消そうとする『炎風』が直後に衝突した。
「~~~~~~~~っ!」
紅を焦がす灼熱は、じりじりと私の肌を焼く。
魔法耐性の強い装束衣装を侵食していって、どんどん体を蝕む。
一度は私の炎をかき消したエリオットは、遂さっき、それが当然であるように私に言った。どうやら、水の方が勝ったらしい、と。
なら、一般的に風の認識が"炎をかき消す"事である以上、私に天秤は傾く筈なのだ。
しかし、炎は衝突してなお、更に苛烈さを増していく。
薪日をくべられたみたいに、轟轟と大気を焼くその様は正に大魔導士に相応しかった。
彼にとって、相性の有無は関係ない。
対するのが巨壁であっても、エリオットはきっと水で砕いてしまう。
「でも、諦めない!」
魔法少女だからじゃない、私がこうしたいから。だから、自分の風が反旗を翻し始めても、前に突き進む。
この身焦げようとも、紅に宿す炎だけは滾らせ続ける。
「どうしてだ……!どうしてそれほどまでに!」
エリオットの瞳が大きく揺れる。
美しい金髪が炎の余波で逆立ちながらも、何処か悲しそうな表情を浮かべた。
「もう、辞めてくれ……!」
「辞めない」
「――!やはり駄目だ……!俺にはもうその瞳を見る資格はない――ならばッ!」
エリオットが纏う炎がより一層燃え上る。
生じた風が、私の風までを呑み込み、遂に膝を屈してしまった。
あと数秒で、このまま私は前のめりに倒れる。
その確信がありながらも、しかし俯く事はない。仮に最後の時が訪れても、私は私でありたいと願って……でも、そのまま前に肘を付いてしまった。
何とも哀れな前かがみの体勢……。既に胸を覆っていた部分も焼け焦げてしまっているし、これでは敵を誘惑する娼婦だ。
だが、この局面で誘惑など言語道断である。
まさか、エリオットが胸に気を取られる訳でもあるまいし。
「くあっ!」
突然、エリオットが鼻血を吹き出して体を仰け反る。
「この期に及んで、俺は……!」
悔しそうに鼻を拭っているのを察するに、魔力の過剰行使に体が耐えられなくなったのだろう。
証拠に、明らかに炎の勢いは減衰している。
―決めるなら、今しかない。
「私の想いを拳に乗せてッ!」
もう、防御は考えない。
私の中に残る全ての魔力を右手に集約させ、この身を敵を屠る剣と化す。
「しまっ――!」
遂数瞬前まで、屍に等しかった細腕の妖精の猛りに、エリオットは今日一番の驚きと動揺を露にする。
転瞬、空を覆っていた雲が左右にはける。
出づる太陽が真っ先に照らしたのは、地面ではなく、ましてや標高の高い山脈に遮られた訳でもない。
脚光を浴びるのは、只一人の妖精。
この場での主役は、"お前"だ。誰よりも未来を視ている『天』は"お前"の勝利を確信している、と。
事実、陽光が照らす彼女の白髪は、とく輝いていた。
世界が忘れていた風が舞う。彼女の拳に、想いに呼応して自然が味方をする。
決着は一瞬だった。朧げな視界の中、『黄金の拳』は敵の顎を捉えて――、
●●
エリオットの実力は、エルフの中でも秀でている。
だから、自身にとって弱小エルフは勝負するにも値しない。
それでも、彼女の中に『輝き』を感じた。
昔、誰よりも憧れた英雄……既に諦めてしまった、英雄を。
その時点で"この未来"は確定していたのだろう。
過去を焼き払う炎は、『気高きそよ風』によってかき消されてしまった。
「――――――かぁ」
妖精の膂力とは思えない程の破壊力を以て、エリオットの体は天高く跳躍する。
意識は体から引き剝がされて、そのまま成す統べなく川に不時着した。
そのまま目を閉じる事が出来れば良かったのだが、頭部に強い衝撃が走った事で、意識が体に引き戻される。
纏っていた炎は当然消失し、過去から目を背ける為に昂って居た血潮も冷水が攫って行く。
「はぁはぁ。――私の勝ちよ、エリオット」
空を仰ぐエリオットの視界にひょこりと、スフィアが顔を現わす。
その後ろでは、弟のリーンが顔を赤くしながら、彼女の露出する白い肌を布で覆っていた。
敗北感が渦巻く中、しかしエリオットのスフィアに対する想いが変わる事はない。
彼女を守る力処か、圧倒的な実力差がありながらも敗北するこの身が、紅の双眸に見つめられる資格はないのだ。
「俺は負けた。お前の望み通り、教団は解散する。それで、全部お終いだ」
「幼い私がエリオットに何をしてしまったのかは……正直、思い出せない。でも、"ごめんなさい"は言わない。これからきちんと行動で謝罪して、二人で笑い合って見せる」
「……?どうしてお前が謝罪する必要がある?」
「だって、私がエリオットを変えちゃったんでしょ?」」
「いや確かにそうだが、結局は俺の気持ちの問題で……」
「ん?エリオットは、私が過去に酷い事をしたから、奴隷売買とかに手を出すようになったんじゃないの?」
「――ンンン?」
何か、途轍もない情報の錯誤が起きてる気がする。
貧乳絶対教団の目的は五つの宝玉を集める事で、この世に存在する女性の胸の大きさを一段階下げる事。
奴隷売買など、主であるエリオットが最も嫌う行為である。
「と・も・か・く!エリオットも、私も悪い事はしてないって事でいいの?」
「お、おう。英雄エリスに誓って」
「…………良かったぁ」
凄まじい勢いで詰めて来たと思ったら、気が抜けたように肩を落とす。
暫くて、スフィアはポロポロと涙を零し始めた。
「――ふは。ははははは」
「どうすて、わらいのよ!」
「猛って安堵し、涙を流す。餓鬼だな、お前も」
昔から何ら変わっていない。
目の前で喜怒哀楽を全開にさせるのは、相変わらずの可笑しな妖精だ。
色々考えていたのも、馬鹿馬鹿しい。
何が、自分はスフィアに釣り合わないだ。
こんなエルフ釣り合う事の方が難しい。
「やっぱりお前は唯一無二だよ、スフィア」
ズビィと鼻を啜って、「どうして笑うの!」とスフィアが喚く。
もうすっかり冷え切っている筈のエリオットの体は、何故か先ほどよりもずっと温かくて……嫌マズイ、これ死ぬ間際で感覚が無くなって行ってるだけじゃないのか。
確かに度重なる魔法の行使と、あの見事なスフィアの一撃……知らず内にどれだけダメージが蓄積しているかは、自分でも想像できない。
最後に、嘘偽りのない……すっかり洗われてしまった心の内を。
「俺はずっとお前の事が好きだったよ、スフィア……」
彼女の『強さ』に惹かれたエリオットは、今の光度が増した勇敢なエルフに向かって、昔抱いた恋の感情を再定義する。
当然、鈍感なスフィアはエリオットの感情に気付いていなかったようで、暫し目をぱちくりした。
そして薄れ行く視界の中、頬を綻ばせたスフィアはハッキリと、
「ごめん、無理」
「…………がぁ」
血しぶきを吐いてエリオットは死んだ。
見事な死に様だった。
と言うか、そうであってほしかった。
「ちょっと、エリオット!?リーン、彼の治療を!」
「姉さんを狙う虫は、ここで消しておいた方が良いと思うな」
「駄目よ!これでも私の大事な"友達"なんだから!」
残る意識の隙間に、友達という言葉が鋭く刺さる。
頼むからこのまま死んだままでいたい。
●●
――馬鹿なの?
それは私が、エリオットが長を務めて、以前は弟のリーンも所属していた魔法少女の敵組織――貧乳絶対教団の全貌を聞いた時の、様々な感情が混ざり合った結果の言葉である。
私は鈍感だが、物事の本質を見誤る性質ではない。
きっと命を賭ける獣の如き真剣さで、"貧乳の布教"に取り組む姿勢が、誤認を生む事になったのだ。
そうやって誤認の分析をする事だって、余りに馬鹿らしい。
「リーン、貴方本当は馬鹿なの?と言うかあの感動の姉と弟の友情シーン、どうなるのよ」
「てっきり僕も姉さんが巨乳を普及する為にやっているのだとばかり……」
「そんな事で、こんなに本気になるわけがないでしょ!?」
「「そんな事?」」
応急処置が終わって意識を失っていた筈のエリオットが、ぬっと起き上がってリーンと共に異論を呈す。
元は私によって『女性の胸』に敏感になった二人の被害者の瞳は、正しく本気だった。
「認めると頭が可笑しくなりそうだから嫌だけど、本当に貴方達は胸の大小に命を賭けているのね……。で、どうするの?正直、貴方達が貧乳を広めても私には関係ない。したいなら、勝手にすれば良いと思っているけれど」
「僕はあの時の抱擁で大切な事を思い出したから」
「良い感じの言葉に聞こえるけれど、よく考えたら最低ね。今後、私に一切触れない様に。――あ、でもお金くれるなら考えるかも」
姉から向けられる初めての卑下の眼差しに肩を落とすリーンだったが、お金を積めば触り放題……?と何やら変な解釈をしている。
今度、お母さんにしばいて貰おう。
「エリオットはどうするの?」
「言っただろ。俺は別に生粋の貧乳好きじゃない。お前にフラれて、もうどうでも良くなったよ」
「そう。でも、それの方が私にとってはいいのかもね。そんなに男性にとって胸が魅力的なら、伴侶も早く見つかるかも」
「お前、結婚願望あったのかよ……」
「あるわよ。というか、さっきまで殺し合っていた男の告白を受ける程、私はちょろくないわ!」
「なら、俺にもチャンスは……?」
「どうかしらね。でも、私の『強さ』が好きって言ってくれたのは嬉しかった。――エリオットはずっと私の憧れだったから」
魔法少女ではない、スフィア・ウィンベールの強さを認められて嬉しくない訳がない。
過去の弱い私では浮かべられなかったであろう、自身に溢れる満面の笑みを私は浮かべる。
してやったぞと親指を立てると、目標に到達して勝ち取った功績を祝福するが如く、渓谷を風が吹き抜けた。
決戦前に後ろで結んでいた白髪が風にさらされる。
「やっぱり、可愛いよなぁ」
「………………今、何て?」
「いや、お前はやっぱりエルフらしくない粗暴さだが、時折、どんな妖精よりも可憐だ。まあ本来、『美しい』と褒めたたえるのが普通のエルフに、こんなこと言うのも失礼な話かもしれないがな」
可愛くて可憐……なるほど。
「……?気を悪くしたなら謝る。聞かなかった事に――」
俯く私に、エリオットが腰を折ろうとする。が、その前に顔を上げた私を見て、とどまった。
俯いていたのは気分を害されたからではない。
思わず『可愛い』を嚙みしめてしまう程に嬉しかったのだ。
「そうか、私って可愛いのね……うん、ふふふ」
今までエルフらしくないと、同族から散々言われて来たわけだが、人間や獣人からは、美しい妖精だと称された事はあった。
だが『可愛い』と言われたのは始めてだった。
確かにその言葉は、同族によっては激昂する可能性もあるが、自ら選択して今のエルフらしくない人物像になった私には効果覿面だ。
言葉以上に、自分が認められた気がする。
エルフとは違う、魅力が貴方にはあるのだと。
嬉しくて思わず踵で地面を踏み付ける私に、リーンは肩を落として言った。
「姉さん、それはちょろすぎるよ……」
「……なぁ、スフィア。もう一度聞くが、俺にチャンスはないのか?」
「――私って可愛い?」
問いかけて来たエリオットに対して、私は逆に問いただす。
一瞬、恥ずかしそうに顔を逸らそうとしたが、真っすぐな紅の瞳に、お手上げと言った様子で深いため息を吐き、
「可愛い、と思う。少なくとも、俺が見て来たどんな種族のどんな奴よりもな」
「そっか……其処まで私に事を想ってくれてるなら、ちょーっとだけ可能性をあげましょう!」
「「ちょろい」」
「待ってよ、姉さん!この男は貧乳絶対教団とか言う組織の長だよ!?」
「どの口が言うか、三番。いや、今からは弟と呼んだ方がいいのか……?」
「其処まで話を飛躍しないで貰えますか。というか、僕は姉さんに「もう離さないって」言われてるんです。今後一生、弟である僕が姉さんを養うって決まってるんですから!」
「なっ……?スフィア、本当か!?」
「えへ。そうか、私って可愛い……」
静寂が支配していた筈の渓谷に、今は五月蝿過ぎる程の喧騒が響く。
男の剣士と女の魔族を形どった石像があるこの地は、かつての勇者が魔王と雌雄を決した場所。
その最後は、"良い結末"ではなかったと綴られている。
しかし今回、同じ場所で二人のエルフが導き出したのは『決別』ではなかった。
それが果たして"良い選択"なのかは、未来を見て見ないと分からないだろう。
これから更なる試練が待ち受けているのも、可能性としては否定できない。
だけど、断言できる。
これは、私にとっての最高の結末だと。
「お礼、言わなくちゃね。ありがとう『知恵の祠』。そして又会おうね、魔法少女エルフちゃん」
●●
『知恵の祠』と呼ばれる場所がある。
何でも、その場所には異世界の書物が並べられているとか。
しかし、誰一人としてその場所に到達したと名乗り出て来るものは居なかった。
それは『知恵の祠』の話自体、眉唾なのか。それとも、辿り着いた者が知識を独占しようとしているだけなのか。
否、そのどちらでもないと、あるエルフは言った。
確かに『知恵の祠』自体はある。しかし、巷で噂されている『素晴らしい力』と手に入れる事は出来ない。
手に入るのは、ちっぽけで馬鹿げた力。
『知恵の祠』とはあくまで"場所"に過ぎず、『知恵』はその力で……自身の選択によって掴み取るものだと――。
「なぁ、ウィリス。オレはどうすれば良かった?」
眼下、光沢のある黒い装甲を身に纏うのは、遂数か月前『知恵の祠』に到達したものだ。
彼は超技術装甲を授かった。
カッコイイ英雄に憧れた男は当初、喜びに満ち溢れていたが……今は瞳を暗くして、その手は血に塗りたくられている。
今も善人の命を刈り取った直後だった。
「なるほど。ちみのような、最悪の結末を迎える者も居ると」
『知恵の祠』の管理者でもあるウィリスは淡々と零す。
「俺の事を殺すのか?」
「それも一つの結末です。俺は関与しないのです――ですが、面白い事を教えてあげましょうぞ」
ウィリスは語った。
あるエルフの存在を。
誰よりも滑稽な過程を得て、最高に辿り着いた魔法少女の軌跡を。
「彼女の元に行くと良いのです――きっと、面白くなる」
「――希望もささやかな望みもない。お前の口車に乗せられてやる。それで、そいつの名前は?」
「スフィア・ウィンベール。又の名を――」
魔法少女エルフちゃん。
-fin-
3万字前後の変則的な物語を書いてます(書く予定)です。
良ければ、他の作品もm(_ _)m 。