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魔法少女エルフちゃん、追跡する


 狩りと称して、王都で『計画』に付いて語っていたリーンは故郷に帰ると、何故か魔法少女エルフちゃんが、"知らない人達"と戦っていた。

 咄嗟に隠れて、どうするべきか瞳を揺らしていたが、彼女はそんなリーンを見逃さなかった。


 その正体が実の姉だと分かって……酷く困惑した。だってリーアが貧乳絶対教団(ライジング)に入ったのは、他ならないスフィア・ウィンベールが原因なのだ。


 姉さんは昔から、やけに距離が近かった。寝ている時に布団に潜り込んでくる事も多かったし、思春期の男の子としては気が気ではなかったのだ。


 特にその"胸"だ。たわわに実る二個の果実が、姉さんの存在よりも目に入った。


 だからリーンは、胸に()()()()()()()

 平民からすれば豪奢なモノが、貴族にはあってしかるべき当然のものであるように。


 気付けば、『貧乳こそ正義!』と心に刻まれてしまっていた。

 

 だからこそ、教団に入って世界を変えようとしたのに……またしても立ちはだかるのが、姉さんなんて。


 思わず「姉さんのせいだ!」と怒鳴り散らかすのも仕方が無いだろう。


 勿論、今でも姉さんの事自体は好きだ。

 だから、そのステッキを壊そうとしたのだが……。


「もう絶対離さない」


 何を想ったのか、そう言って姉さんが抱きしめて来た。

 久しぶりの姉さんの体温は暖かい。しかし、何でこんなことを――いやッ!


 おっぱいだ。リーンの体に、三年ぶりの包容力の暴力が押し寄せている。

 凄まじい威力だ。まさか、姉さんはこれを狙って――?いや、ダメだ。リーンはもう覚悟を――おっぱいだ。


 "おっぱいだ"


 いや、()()()()だ。

 

 三年と、エルフにとっては割と短い期間でありながらも、その感触は数十年ぶりにも感じる。

 まさか、成長している……?エルフは、15歳以降、身体的特徴は変化しない筈なのに――まさか!


 ここでリーンは気付いた。これが、魔法少女の愛と勇気の正体……?

 魔法少女は、胸を至高とする教団が作り出した神様に違いない。


 間違っていた。貧乳よりも、巨乳(これ)が正義だったッ!。


「ごめん、姉さん、ごめんッ!」


「分かればいいのよ。これからゆっくり、世界を知っていけばいいの」


 世界とは、まさかこれほどの包容力を持つ魔法少女が他に居るのか。


 リーンの考えがどれだけ"ちっぽけ"な事か、今に成れば分かる。


「貴方をかどわかした悪い人が、居るんでしょう?」


「いや、これは僕の意志で――」


「いいのよ、嘘を吐かなくて。目を見てれば分かるもの」


 確かに貧乳絶対教団(ライジング)に勧誘はされたが、あくまでそれはリーンの意志だ。

 覚悟は潰えたとはいっても、仲間を裏切る事は――、


「私は絶対にそいつらを許さない」


 瞳が真紅に燃える。まさかそれ程の覚悟を持って、姉さんは"巨乳の布教"を……?いや主が、貧乳が原因で魔法少女キラーになったのだ。

 姉さんが突然、魔法少女エルフちゃんになったのも辻褄が合う。


 それほどの覚悟があるなら、リーンも弟として手を貸そうと思った。


 これは、美しい姉弟愛の物語。


 一方、真実側から覗くそれは不純極まりなかった。


●●


「主よ、どうやら3番が裏切った模様です。制裁を加えておきますか?」


「案ずるな。所詮覚悟なき子どもだ。元より、期待していない」


「ですが、次々と我らの拠点が襲撃されています。このままでは……」


「だから、案ずるなといっただろ」


 暗い地下、騒ぎ立てる声を主が一蹴する。


「確かに、魔法少女エルフちゃんは手練れのようだが、教団には俺が居る。魔法少女キラー、その称号を俺が冠している限り、負ける通りはない。いいだろう、俺が出る」


 主は静かに告げる。

 それは実質、魔法少女エルフちゃんに対する死刑宣告でもあった。


「……どうして主はそれ程までに、強い想いを?」


「やり返し、だな」


「なるほど。詳しく聞いても?」


「…………」


 主は静かにフードを脱ぐ。

 円卓を囲む幹部でも、彼の顔を見るのは初めてだった。まず彼らが驚いたのは、その種族がエルフだった事だ。

 整った顔立ちに、長い耳。典型的な青年の妖精(エルフ)


 何よりも驚いたのは、片目を黒い眼帯で覆っている事だ。


「思い出は、この目と共に置いて来た。今の俺は、只の復讐者さ」


 過去にどれほどの出来事があったのか、図れない程の深淵が主は覗かせる。

 それ以上、深追いする事はなかった。彼なら大丈夫だ、やってくれるとそう思った。


 そして今宵の会合も終わって、主以外の全員がその場から退出する。


「……この眼帯、瞼がちくちくするなぁ」


 主は眼帯を外して、水が滞る瞳を袖で拭う。


「このキャラ貫いた方がカッコイイからやってるが、魔法少女エルフちゃんもキャラなのだろうか。素であれをやってるなら、恐ろしいが……兎も角、俺の敵じゃあない」


 確かに眼帯は飾りだが、主は本当に魔法少女キラーを保持している。

 ならば、負ける通りはない。


「俺に勝てるのはスフィア、生涯でお前だけだよ」

 

 遠い日の記憶と共に、主は想いに耽る。

 彼の名はエリオット、現在進行形で魔法少女を生業としているエルフの、命を落とした筈の友人だった。


 彼が長を務める教団の名前は貧乳絶対教団(ライジング)

 

 つまり、一番頭が茹で上がっている人物である。


◇◇


「流通の街、ベネフィ。巷の噂によると、ここに"魔法少女を殺す武器"が流通してるらしい」


 どの国に属すこともない、『海辺の街』に私はリーンと向かっている途中だ。

 時折ガタリと石畳に引っ掛かって揺れる馬車、何時も移動手段は魔法少女状態での高速移動だから、偶にはこんな時間もいいだろう。


「お客様、付きましたよ」


 乗せてくれた行商人に別れを告げて、私達は正門に向かう。

 変な商品が流通しないように、憲兵が厳重な検問を敷いている。

 

 私達はまず、危険な魔道具や薬を持っていないか、魔法によって探知された。

 『ステッキ』が反応しないか心配だったけれど、気にする必要はなかったらしい。


 恐らく古代遺物(アーティファクト)に分類されるステッキは、魔法の域から外れているからだろう。


「では、簡単な質問を。この都市に来た目的は?嘘偽りなくお願いします。私の瞳は、何でも見抜くので」


 女性憲兵の、水晶のような綺麗な瞳がきらりと輝く。


「えーっと。ここに欲しい物があるのよ、観光って奴」


「なるほど。では、ご職業をお答え下さい」


「トレジャーハンターって奴かしら?」


「…………」


 憲兵の眼光が閃く。私の言葉を、どうやら嘘だと判断しているようだ。

 でも実際、里を出てから私は『知識の祠』を探していたし……でも、確かに『今』の話となると別ね。


 かといって、魔法少女と言う訳にはいかないし……。


「――なるほど、了解しました」


「えっ、いいの?」


「はい。トレジャーハンター、職がない人が良く使う常套句ですから」


「ちょっと、私が無職って事!?」


「違うのですか?」


「違うわよ!」


「しかし、私の瞳は肯定していますが……」


 確かに魔法少女が職業と聞かれると、怪しい所だが……えっ、待って?と言う事は、今の私って無職?

 いやいや、そんな筈はない。ふぁんさーびす?でお金も一応稼いでるし……。


「もう一度聞きます。貴方の職業は?」


「…………はい、無職です」


 私は死んだ目で答えた。今度、魔法少女を正式に『職業』とするように色んな都市を駆け回ろうと思う。


「それでは、横の弟さん――――!!!いや、失礼しました。まさか、貴方様だったとは……」


「大丈夫だよ。じゃあ僕達は通らせてもらうね」


 まるで有力な貴族を目にしたが如く、憲兵たちがリーンに対して道を左右に開ける。


「え、何で?」


「実は姉さんが里を出た後、王都で魔道具制作に関する賞を取ってね。さっきの精密魔力探知機もそうだけど、色んな都市や国に提供してるのさ」


「…………すご」


 自分と同じ筈の白髪が輝いて見える。

 このまま魔法少女で私が居たとしても、ウィンベールの家系が路頭に迷う事は無さそうだ。と言うか、将来養って貰おうかな。


「でも、どうして魔道具の研究を?確かにリーンは昔から勉強好きだったけれど」


「ま、まぁね。少しやりたいことがあって……」


 リーンは何故か、乾いた笑みを浮かべた。過去形なのは、余り詮索しない方がよさそうだ。

 こう見えても、意外と人に配慮できるスフィアなのである。


 都市は大勢の観光客、あるいは商人で賑わっていた。

 王国と違って差別はなく、モノだけが全ての街は様々な人種が行き交っている。


 露店には、見た事もない食べ物や極東の武器等、とにかく目が忙しい。


「見てよ、リーン。トルネードポテトだって。滅茶苦茶食べずらそうじゃない?」


「あれで意外と、この街の名物だよ。まぁ、食べずらいけど。ところで、もう変身するの?」


「ん?なんで?」


「あれ?姉さんって、何時もあの格好で歩いてる訳じゃないのか」


「当たり前よ。魔法少女は、謎であるべきだからね」


「それにしては目撃情報が多かった気もするけど……と言うか、王都の劇場で公演をしたって……」


「多分、教団付いた嘘ね」


 お金を稼ぐために、確かにやった。

 でも、魔法少女だって腹は減るし、各地を飛び回るのなら宿代だって馬鹿にならない。


 正当だね、うん。『知恵の祠』で私にこの力をくれたあのリス……名前は忘れたけれど、あいつにもその点は理解していて欲しい。


 私とリーンはこの街に来た目的、"魔法少女を殺す武器"に関して調査した。

 それとなく商人に話を聞いたり、闇市場にも足を運んだが、成果は得られないまま夜が来てしまった。


「魔法少女を殺す武器、本当にそんなのあるのかしら」


「少なくとも、主と呼ばれて居た人は、魔法少女キラーだと言っていました」


「教壇で三番目だった貴方も見た事の無い深淵の男、一体何者かしら」


「彼に辿り着くのは、教団が破滅する時だよ。確かに急ぐことも大事だけど、小さな事から積み重ねていく事で、最大限且つ安全に目標に辿り着く事が出来る。だから今は着実に周りから――って、どこ行ったの姉さん!?」



 長い話は嫌いだ。

 それに、悪人の風を感じた。今私が駆け出した方向に、悪い事を考えている奴が居る。


「――二番、例の者は滞りなく商人の手に渡った。後は一斉に流通するだけだ」


「流石、と言うべきですか」


 暗い路地裏で如何にも怪しい二人の黒服が向かい合っている。


「はぁはぁ……姉さんはほんっと、昔から足が速い」


「ねぇ、あそこにいる二人って、教団の人?」


「ん?ああ、待ってね。この見破りの虫眼鏡で……うん、確かに教団の2番と7番だ。大物だよ、これは」


「強いの?」


「そこそこ、ですね。でも、姉さんなら勝てます」


「じゃあ、ぶっ飛ばすわ。――変身!」


 閃く魔法陣、間もなく顕現する。


「私は魔法少女エルフちゃん!貯金残高、900,000イリスのエルフちゃんよ!」


「何時見ても、その格好は暴力的だ……」


「そう?確かに煽情的ではあるけど、可愛いでしょ?きらりん☆」


 ピースをして夜闇に似合わない魔法少女スマイルを披露する。

 もうすっかり板に付いてきて、恥じらいは失ってしまった。


 そんな自分が、偶に怖くなる。

 

「…………姉さんはもっと、自分の魅力を理解した方がいい」


「良く分からないけれど、あんがと。じゃあ、行くわ!――とぅ!この紅の瞳が輝く限り、悪の炎は見逃さない!魔法少女エルフちゃん、爆誕!!!」


 リーンの助言で、決め台詞を長くしてみた。

 効果は分からないけれど、何だかカッコイイからいいね。


「ほう、こんなにも早く……ですが、時は既に遅い。布陣は整った、君の魔法少女人生もここまでです」


「二番、私達では分が悪い。退く事を提案する」


「それよりも、ここで主に代わって私達が絶望を与えましょう」


「"この本"を見せるというのか?なるほど、いいだろう」


 何時も私が現れた時、悪党は基本的にびっくりするけれど、黒服達は毅然と話し合っている。

 今の会話を聞いている限り、二番と呼ばれていない方の黒服が持っている『本』が、私を殺す武器なのだろう。


 既に流通しているとも言っていたし、恐らく中身は凡庸性と汎用性に優れている魔法が記述されているのか。

 それにしては、やけに薄い気もするが……。


「見て驚け、魔法少女エルフちゃん。この中身が何かを知れば、貴様の魂は屈する。この"ドウジンシ"の破壊力を、見せてやろう!」


「なっなんだって!?」


 遅れてリーンが屋根上から飛び降りて来る。


「ま、まさかその手に出るとは……しかし、確かに"それ"なら魔法少女を殺せるッ!希望と勇気を与える存在を、絶望の淵に立たすことがッ!」


「ドウジンシ……聞いた事もない魔法書ね。リーンは知っているの?」


「三番、お前は見たことがあるだろ。我々にとっては『至高』、本人にとっては『屈辱』以外の何者でもない"これ"を。『知恵の祠』に辿り着いた魔法少女キラーの主だからこそ描ける『茨の筆跡』を」


 良く分からないけれど双方共に、迫真の表情を浮かべている。

 本の中身は、それほどまでに……いや、実際に見て見れば分かるか。


「こっちにーーこい!」


 願いを口にする。間もなく、否応なしに黒服が持っているドウジンシが私の手に引き寄せられる。

 表紙にはご丁寧に、"魔法少女エルフちゃん"の文字と共に、変身した私の姿が描かれていた。――ん?何だか露出が多い気がするけれど……。


「駄目だ姉さん、それを開いちゃ!」


「ちょっ、取らないでよ!」


「姉さんは、この深淵を知らない方がいい。清い貴方はきっと、暗闇に呑まれてしまうッ!」


 私とは違う翡翠の瞳が一層の輝きを帯びる。弟を信じたい気持ちは大きいが、やはり現実から目を背けるのはダメだ。

 私が仮に、そのドウジンシとやらに目を通さなかったとしても、既に商人の手に行き渡っているのなら、何れは目を通すことを余儀なくされるのだから。


「……分かったよ。姉さんの覚悟に応えよう。僕には……貴方の弟であるリーン・ウィンベールには、この本を読む事は出来ない。――倫理的に」

 

 目を伏せて、リーンが本を手渡してくる。


「ふっふっふ」


 如何にも悪役な嘲笑を浮かべる黒服達の視線にあてられながら、私はゆっくりページを捲った。

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