魔法少女エルフちゃん、姉弟喧嘩をする
エルフの居住区はアールヴの大森林と、その他多数の森林に分かれる。
私は、その他に分類される森林では、有名人だった。
族長の娘なのに、品がないと。悪い意味だったけれど。
それでも、故郷を愛している。だから、今日は久しぶりに帰る事にした。
唯一無二になるという目的も、一応一区切りが付いたからである。
魔法少女エルフちゃんは、王都では知らぬ者が居ない程になっていた。
「お帰り、スフィア。10年ぶりくらいかな?」
「違いますよ、ウィールさん。30年ぶりですよ」
「勝手に年齢捻じ曲げないでくれる!?5年ぶりよ、5年!!!これだから、長寿一族は……」
「と言うと、スフィアはまだ二十そこらか。と言う事は、僕はまだ100と少し。どうやら、僕はまだずっとセシルと居られるみたいだね」
「あらあら、ウィールさんたら」
何時まで経っても仲の良い夫婦だ。
…………目の前でイチャイチャされるといい加減目障りなので、ステッキを使って――おーっと、危ない。魔法少女は私情を挟まない性質なのだ。
「どれくらい、ここに居るのかな?1年、いや、10年?」
「悪いけど、直ぐに帰らせて貰うわ。王都で私を待ってる人が居るから」
「……良かったね、スフィア」
久しぶりに帰って来た娘、なのに一日しか滞在しない事を知ったのに、お父さんは静かに笑った。
それほど、私が邪魔なのだろうか……いや、怪我をしたら多重に回復魔法をかけてくれる彼が、そんな訳ないか。
「私、顔に何か付いてる?」
「いつも通り、可愛い僕の娘だよ。だけど、良い顔になった。まるでアールヴの英雄様みたいだ」
「……ありがと」
自分では分からないが、そう言って貰えると嬉しい。
やっぱりお父さんは偉大だ。まあ、その原因が魔法少女エルフちゃんだとは露知らずだろうけれど。
「ゆっくりしていくといいよ。そろそろリーンが狩りから帰って来る。土産話をしてあげると――って、何か外で爆発音がしなかったかい?」
「……結界が破壊されているようですよ、ウィールさん」
「結界……爆発音……?ちょっと、やばいじゃない!」
「そうだね、族長が構成した結界が破壊された以上、侵入者はきっとこの森に居る誰よりも強い。だけど、今はスフィアが居る」
「私……?」
「良い顔になった以上に、君はずっと強くなった。僕の眼は、間違ってるかな?」
「そう、そこまで……分かったわ」
くるくると慣れた動作でステッキを取り出して、意志を持って強く握る。
それが、私が魔法少女に変身する時の合図。閃く魔法陣、体が纏う光の粒子。
直後、顕現した。
「私は魔法少女エルフちゃん!貯金残高、1,000,000イリスのエルフちゃんよ!」
決めポーズは臆さず、台詞はきちっと。熟練の域まで達した動作と共に、虚空に叫ぶ。
「………………スフィア……?ぐはっ」
そしてお父さんは血を吐きながら卒倒した。見事な死に様だった。
「あれ、知ってたんじゃないの?」
「あらあら。多分、お父さんはもっと"普通の強さ"を考えていたのよ。でも、お母さんは好きよ、その格好。王都では、そんな格好が流行なのね~。私も着てみようかしら」
「やめてっ!」
「あら、そう?似合うと思ったけど」
確かにお母さんは美人だ。100歳を超えてはいるが、落ち着きと優しさを兼ね備えるエルフだから、似合わない訳がない。
しかし、見たくはない。冷静になると、自分でも悲しくなる恰好なのだから。
「取り敢えず、言って来るわ」
「いってらっしゃい」
笑顔でお見送りされて、不思議と力が湧いてくる。
なるほど、これが愛と力はパワーになると、言う意味か。
扉を開けて外に出ると、美しい故郷の森に、今炎が放たれた所だった。
犯人は、十人程度の黒装束の集団だ。というか、何処かで見たことがある……そうだ以前、不当な奴隷売買をしていた組織の恰好に似ている。
一か月ほど、スライムに成る罰を受けて貰ったけれど……どうやらそれでも懲りていないらしい。
「魔法少女エルフちゃんがいる場所で、火なんて危ないものはだーめ!」
ステッキを振うと、森を侵食しようとしていた火が突風によって消化される。
「見ろ!王都で話題の魔法少女エルフちゃんだ!」
「何!?あの罵られたいエルフランキング2位の!?」
黒装束に対抗しようとしていた同胞たちが、こちらを見上げてそんな事を言って来る。
良く分からないが、きっとハレンチなエルフだと怒って――ん?良く見ると、怒ってるのは女性のエルフだけのような……まあ、いいか。
「くっ、どうしてアイツがこんな所に……!親分、どうしますか?」
「どうもこうもねェ!いい機会だ、あのエルフ共々、奴隷として売り払ってやる!珍妙エルフは、高く売れるぜ」
「貴方達、まだ懲りずに奴隷売買をしているのね。――もう許さないわよ?」
普段、私は人に優しくするようにしている。
魔法少女の力は人を傷付ける為じゃなく助ける力だから、悪人にも手を差し伸べなきゃ。それでも、許せる悪には限度がある。
私の眼光が鋭く光る。爛々と輝く紅に、黒装束たちが思わず仰け反った。
「はっ、分かってねェみたいだな。こっちにはな、助っ人がいンだよォ!やって下さいや、先生!」
「うわ、勝てないからって、人に頼るって何か恥ずかしくない?」
「うるせェ!その減らず口も、先生と戦ったら少しはマシになるかもなぁ。何たって、先生は――」
「先生先生、と五月蠅いですよ。私は只雇われの身、貴方達の先生になったつもりはない」
一歩出て来たのは、襟が長い黒装束を纏う壮年の男だった。
如何にも強そうな口ひげを蓄えていて、内に秘める魔力量も、他の有象無象とは訳が違う。
一応、"何でも願いを叶える"事を謡っているステッキだが、対する敵の強さが一定以上だと『制限』がかかってしまう。
虚空に敵の成りの果てを叫んだ所でどうにもならず、『戦闘』が必要不可欠だ。
「魔法少女、ですか。なるほど、そのステッキを振る事で……なら簡単な事、振う時間すらも与えなければ良い」
白いグローブを纏った口ひげが、拳をかち合わせる。
歴戦の経験がもたらす悠然とした構え、そのままゆったりと動き始めて――、
「っ、消えてっ!?」
「遅い」
何時のも間にか、口ひげは私の懐に入り込んで居た。肉眼では確認する事の出来ない速力が生み出す拳が、瞬く間に迫る。
「くあっ……!」
顎に強い衝撃が波打って、私の体は空中に押し上げられた。
「まだまだ生きますよ!」
血を噛みしめる時間も与えず、口ひげは追撃に出る。が、ここで何もしない魔法少女ではない。
「かーーーーーぜ!!!」
「ほう、風の反動で……」
空中で体制を立て直す時間はない。私は風圧によって、自ら更に上空へ押しあがった。
空を制すことは、翼を持つ魔族でしか不可能だ。これで、少しは時間が――いや、あの口ひげ、屈伸してる……?まさかっ!
「垂直飛びは苦手なんですけどねッ!」
地面を陥没させる程の脚力で飛び上がった口ひげが、秒読みで迫って来る。
膂力の差は圧倒的あちらが上、エルフの細腕で空中戦は分が悪い。
ならば、魔法少女であっても勝てる道理はない。
「これで、終わりです」
と、口ひげはそう思っているのだろう。
「……どうやら、噂には敏感じゃなかったようね、"おじさん"。――魔法少女エルフちゃんは、空も自由に飛べることを知らないのかしら?」
確かに、口ひげは強い。もしこれだけの熟練度が拳ではなく『魔法』に振り分けられていたなら、私は負けていたかも知れない。
だけど、魔法少女は空だって自由に制すことが出来るのである。
原理は全く分からないが、そういうものなのだ。
空中でピタリと止まった私に、口ひげの瞼が大きく開く。が、既に遅い。
「私はステッキでぶん殴る!」
口ひげの拳が交差する前に、私はステッキを全力で振り下ろす。
きらりん☆、そんな音と共に口ひげの頭上から、超痛い杖の殴打が炸裂した。
この技は「ステッキ振って技名言うの面倒だし、直接殴っちゃえ♪」的なノリで生まれた、多大な魔力を込めて放つ必殺技。
ちなみに、直撃した者は死ぬ!(観測値)
「ぁガ――」
見事、クリーンヒットした口ひげは、無様に墜落を始める。
地面に近付く内にその体は変容していって――着陸する頃には壮年の男は、『兎』の姿に変身してしまった。
この人は雇われただけのようだし、これくらいの応酬にしてあげよう。
私も華麗に地面に降り立った。あ、一応、カッコイイ決めポーズしとこ。
「貴方達、もうスライムで済むと思わない事ね――っと思ったけれど、魔法少女の私はあんまり厳しい事出来ないの」
「じゃ、じゃあ――」
「だから貴方達の始末は、ここの人たちに任せるわ」
背後を見やると、故郷を燃やされそうになったことに対して、瞳に瞋恚の炎を宿している同胞が連なっている。
黒装束達が「ひっ」と恐怖の声を漏らして、その後は何も聞こえなくなった。
良かった、これで一件落着――、
「ん、誰か私を視ている人が居るわね?それも、危険な目で」
魔法少女の時は、敵意に敏感だ。
そんな私が、かなり『強い視線』を感じ取った。
その時、森の奥でザザッと影が動く。
「逃がさないわ!」
「僕が気絶してる間に、もう終わったみたいだね。流石、私の娘――」
「ごめん、今忙しいから!」
すれ違ったお父さんにウインクを決めて、もう一度卒倒させると、私はその影を追う。
かなりの魔力は使ってしまったけれど、遅れを取るような私ではない。それに、危険があるならそこに飛び込むのが魔法少女だ。
「ちょっと待ちなさい!」
あと数歩で背に届くところで、『影』は逃げ切れないと分かったのか、その足を止める。
そしてフードを取って、その長い耳を明らかにした。どうやら、彼は同胞らしい。
彼……?どうして私は、一目見ただけで男だと分かったのだろうか。同胞は、背後で性別が判断できるような種族ではない筈だが――、
「……リーン?」
長い白髪の髪……間違いない、私は弟だからこそ一目で彼だと分かった。
「どうして僕の名前を……いや、まさか姉さん……?」
振り返って、確認できるその翡翠の瞳は確かにリーンだ。15歳の頃には体の成長が止まるエルフで、最後に私があった時には既にその年齢に達していた。
だから、見間違う訳もない。
「どうしたのよ、こんな所で。というかどうして、私に向かって敵意を――ああ、そっか。この状態じゃ、お姉ちゃんって分からないものね」
「…………まさか姉さんが……いや、僕は僕の責務を全うする!」
リーンの魔力が急に漲った。族長の息子の肩書は伊達ではなく、最後合った時よりも遥かに洗練されている。
何よりも、その瞳は姉を前にする弟の瞳ではなかった。それは己の目的を何としてでも成し遂げる、『覚悟』の瞳だ。
まさか、リーンがさっきの奴隷商たちの仲間……いや、そんな事は……?
「風の精霊よ、敵を穿つ力を我が身に宿せ。風を纏え」
「冗談、よね?」
「……魔法少女相手に、僕じゃ勝てない。でも、姉さんの倒し方なら知ってる」
本気だ。リーンは、本当に私に敵対しようとしている。
「何かの間違いよ。リーン、お姉ちゃんと話を――」
「はぁっ!」
風を纏ったリーンが突撃して来る。
さっきの口ひげに比べて、速い訳でも洗練されている訳でもない。ただ、現実を受け止め切れなくて、ステッキを振う力が湧いてこなかった。
「反撃、してよ!姉さん!」
「どうして……どうしてなの?」
「僕がこうなったのは……姉さんのせいだ。姉さんが僕をこんな風にした」
「そんなっ……!」
姉として、弟を大切に想って来たつもりだ。
子供の頃から一緒に訓練したし、沢山笑いあったのに……どうすればよかったのだろう。
いいや、魔法少女の私がくよくよしてちゃいけない。
今からどうするのが正解なのか。このステッキを使ったら、どうにかなるかも――、
「当たらない……僕と魔法少女エルフちゃんの差は、これほどまでに……なら、僕も全力で――!」
「ごめんね、リーン」
「えっ……?」
このステッキは皆を幸せにする魔法の杖。
それは決して、人の感情を無視して振う『無秩序』では駄目だ。
だから私は、私なりの言葉と行動でリーンに向かい合う。
「もう絶対離さない」
私はリーンを静かに抱きしめた。久しぶりの弟の体温は妙に冷たく感じた。