魔法少女エルフちゃん、誕生する
『知恵の祠』と呼ばれる場所がある。
曰く、その場所には異世界の書物が並べられているとか。
しかし、誰一人としてその場所に到達したと名乗り出て来るものは居なかった。
それは『知恵の祠』の話自体、眉唾なのか。それとも、辿り着いた者が知識を独占しようとしているだけなのか。
どちらにせよ、見付ければ分かる事。
そして偶然にも、私は見付けてしまったのだ。
私の名は、スフィア・ウィンベール。長寿一族として生を受け、勉学が嫌いで『未知』が大好きの、少し妖精らしくないエルフだ。
白い長髪に紅の瞳、その特徴もエルフとしては珍しい。
昔から、やることなす事、せわしなく危なっかしいと良く言われたものだ。
元からそうであったわけではなく、子供の頃に読んだ英雄譚の影響が強い。
エルフや魔族のように魔力に優れている訳でも、亜人の身体能力を持っていないにも関わらず、あの手この手で栄光を掴み取る『只人の英雄』が私の憧れになった。
そんな唯一無二の姿が、幼い頃の私にはキラキラ輝いていたのだ。
だからこそ、私も唯一無二に成りたいと思って、里から飛び出した後は、ずっと『知恵の祠』を探し続けた。
其処にある書物を読み、何としてでも英雄に成る為に。
そして今、その念願が叶おうとしている。
目の前にあるのは、蜃気楼で生成されたように少し揺らいでいる祠。
祀られているのは一冊の本だった。
祠に手をかざす事で、図書館に招待される。そう聞いていたけれど、触れても何の反応も示さない。
推測だが、与えられる書物は一冊らしい。なるほど、今まで辿り着いて来た者が独占してきたのも理解出来る。
誰にも見られていないか、少し周囲を警戒しつつ、私は本を手に取った。
途端、幻だったかのように祠は消えてしまった……何年も探し続けたのに、余りにも呆気なく感じるけれど、"この本"があるなら十分だ。
もたもたしていると人が来るかも知れない。本当は、直ぐにこの場所から離れた方がいいのだろうけれど……私の知識欲、力を欲する渇望がそれを許さない。
操られているみたいに、本のページを無意識にペラペラ捲っていく。
「見た事の無い本ね……」
内容は文字が無機質に綴られるのではなく、絵画を文字が補填している。
あくまでこの本の本質は、絵と言う事だろう。
線が太く、繊細に描かれているそれも又、見た事の無い絵だ。
幸いな事に文字は公共語で綴られていて、理解する事が出来る。
どうやら、これは『漫画』と言う代物らしい。
「魔法少女……これが異界の英雄なのかしら?」
うら若き少女達が可憐な装備を纏って、巨悪と戦っている。
「なっ!?杖を振っただけで、魔法が……?それに、どれだけ攻撃を受けても、埃だけ、だと……!?」
魔法少女と言うのは、どうやら『無敵の戦艦』を意味しているらしい。
結局、見た事もない化け物に数人の少女は勝利を収めてしまった。
一体、どれほどの訓練を積めば、これだけの力を手に入れる事が出来るのだろうか。
「……なるほど、杖に力が宿っているのね。この少女達は、あくまで只人に過ぎないと」
魔法の杖とは違う、何やら派手な修飾をしている杖が、少女たちの強さの源らしい。
あれほどの力を無条件で引き出す魔道具とは……同族が知れば、大騒ぎになるだろう。彼女達は、自分達よりも優れた技術を許さないもの。
だけど、勿公にするつもりはない。
このステッキを必ず手に入れて、私は唯一無二になってみせる。
「と言う事で、俺参上!」
「うわ、本から何か出て来た!?」
「うわ、とは失礼だな、ちみ。俺は契約しに来たのだ」
本の中から、私の掌の上に突然現れたのは、珍妙な生物だった。
見た目は、背中に小さな翼が生えている"リス"だ。私は動物が好きだが、高い声に似合わない喋り方といい、どうしても好きになれそうにない。
「誰よ、貴方」
「本で見たでしょう?俺は魔法少女を生み出す存在、名前はウィリス。ちみの想いを感じて、参上したのだ」
「と言う事は、貴方と契約すれば、私は魔法少女になれるの?」
「勿論なのだ」
じゃあ、お願いします!と言いたい所ではあるが、契約と言うのは必ず対価が必要になる。それも自身よりも上位の存在――恐らく精霊や悪魔に分類される存在となると、後でとんでもない事を言い出すかも知れない。
「そう怖い顔して睨み付けないでよ。心配しなくても、俺は対価を要求しない。只、途中で投げ出す事は許さないのです。それをすれば、俺はちみの魂を貰うのだ」
「言ったわね?変更はなしよ」
「じゃあ契約成立だね」
「あ、待って。でも、あの少女達が着ていた服は、凄く恥ずかしいと思うの。もう少しどうにか――」
「では、今から君は魔法少女なのです!」
要望を言い終わる前に、ウィリスが私の掌をその小さな牙でガブっと齧る。
微かに滲む血、同時に、掌に浮かび上がったのは魔法陣らしき紋章だった。
紋章はどんどん輝きを増していき、やがて周囲を白で包み込む。
――――――暫くして視界を取り戻すと、もう魔法陣は消えてしまっていた。代わりに、私の手には念願のステッキが収められている。
先端に星のオブジェクトが取り付けられる、本で見たままの形だ。
試しに一振りしてみる。
きらりん☆と気の抜ける音が鳴り響いた。
本当にこんなので……って!!!
そこで私はもう一つの変化に気付いてしまった。
何か、脚の辺りが肌寒いなーって思ったら、覆っていた筈の白い肌が露出している。
それもとっても大胆に。膝上までしかないスカートには、"単調"を好むエルフにはあり得ない、何かふりふりとした装飾が取り付けられている。
白を基調、時々赤色が織り交ざっている衣装は、私の瞳と髪の色をモチーフにしているのだろうか。
いや、そんな事はどうでもいい。胸だって強調されるし、これでは"痴女"だ。
里の同胞が見たら、エルフ総動員で大魔法が私の元に打ち込まれるだろう。
お父さんは多分、血を吐きながら倒れる。お母さんは「可愛いわねぇ」と、おっとり笑ってそうではあるが。
「というか動きにくいわね……このブーツ、絶対戦闘用じゃないでしょ。もしかして、このステッキを使えば服装を変更できるかしら」
そう問いかけるも、返事が返ってくることはない。ウィリスは、もう何処かに行ってしまったのだろうか。
「えーい、どうにでもなるといいわ!――服、変更!」
願いを込めて、ステッキを振る。しかし、返答は無だ。
「もっと単調な服にしてください!変更求めます!あーもう、"ウザい"わね!」
何も起こらない鬱憤を口にすると同時、ステッキが淡く発光する。
そのまま振るった方向に星の部分から放出されるのは、風の刃だ。無から生み出された特大の斬撃は、進行方向の木々を切り倒して、鬱蒼とした森の見通しを良くしてしまった。
「……あわわわわ」
口を開いて、私は思わず尻餅を付く。
今のは確実に、エルフの大魔導士が詠唱込みで実現できる威力だった。それを何も考えずに、"ダルい"と思っただけで放てるとは……。
勿論、ステッキが本物であることが分かった嬉しくもある。しかし一歩間違うと、私は歩く『痴女災害』だ。
「正体を隠せばいいだけだし、我慢しますか……」
「あっ言い忘れてましたけど、知人でもあっても自ら言わない限り、ちみがスフィア・ウィンベールだと認識する事は出来ません。魔法少女は、正体を隠す者なのだ!」
「先に言いなさいよ!」
何処からともなく聞こえて来た声に、ツッコミを入れる。
とにかく、やっと私は念願の力を手に入れる事に成功した。これで、やっと――、
「待っててね、エリオット。貴方が叶えられなかった夢、私が必ず遂げるから」
あの頃よりもずっと成長した胸に、私は拳を当てる。
今の姿を見て、"彼"はどう思うだろうか。頑張ってと、応援してくれているなら嬉しいが……、
「うぅ、寒い……って、スカートの下、下着じゃないのよ!」
以降、その『深淵』を覗いた者から、"痴女エルフ"の名が広まるのに時間は掛からなかった。
●●
「オレはよ、弱ェ奴が大ッ嫌いだ。特に、テメェみたいに隅で怯えてるような奴がなァ!」
「や、やめて……」
路地裏で若き女子が、如何にもな悪人面に詰め寄られている。このままだと、「ぐへへ、先にお前の体を味わってから殺してやる!」とか言い出しそうだ。
"弱きものが虐げられている"。そんな時こそ、私の出番である。
きらりん☆と、まずは変身。何故か分からないが、何時も変身までに10秒くらいかかってしまう。体感は1秒なのに何故か時間が経っているのだけれど、不思議だね。
「とぅ!」
「っ、誰だ!?」
屋根上から、颯爽と降り立つ。長い白髪を靡かせ、白赤のスカートをふわりと揺らすと、私は悪人面にビシッと言い放った。
「私は魔法少女エルフちゃん!貯金残高、300エルのエルフちゃんよ!」
魔法少女は自己紹介をすると学んだ。
でも私はそれらしい趣味とかがないので、取り敢えず貯金残高を言っておくことにした。
『知恵の祠』を探す為、各地を周ったせいで金欠なのである。だから、残高には触れないで欲しい。
「……何だ、この貧乏女は……?」
「あ、貴方、言ったわね。その禁句を放ったわね。あー私見たいな高潔な魔法少女は、助けてもお金取れないから仕方ないよね」
「魔法少女……はっ、貴方様が、最近王都近郊を賑わせているエルフの天使……?」
「なっ、じゃあお前が、あのおっぱいエルフ――」
「5mくらい吹き飛んで、どっちの足首も捻挫して、聖女様に一週間介護されなさい!の魔法」
「ぐぉおおお!?」
暫く試して分かったが、このステッキは言葉にした全てを叶える事が出来る。
だからこそ、悪党を排除する何て、お茶の子さいさいだ。
私の言葉通り悪人面は吹き飛び、痛そうに足首を抱えている。
「あ、ありがとうございます!!!あの、何かお礼を……!」
「ああ、大丈夫よ。私が好きでやってる訳だし」
「で、でも……」
何としてでも恩を返そうとしている少女の気持ちは、理解出来る。
自分が助けられて、相手に何も出来ない。それは私自身がずっと味わって来た事だ。
「そうね……エリオット。その名を覚えてあげて欲しいの」
「エリオット、ですか?」
「ええ、凄くカッコ良くて強い、私の英雄よ。私がこうして貴方を助けたのも、あいつのおかげだから」
死んでしまったあいつの名を語るなど、おかしな話だ。でも私が語らないと、エリオットの名が残る事はないから。
空を仰ぐ私に少女は首を傾けたが、「分かりました」と。
「その名前、忘れないです」
そうして魔法少女エルフちゃんが人助けをする一方、その影で暗躍している"ある組織"があった。
場所は王都、その薄暗い地下で。
「まさか計画を移す前に、"あんな化け物"が現れるとは……どうしますか、我が主よ」
「案ずることはない。所詮、"魔法少女"だろう?」
円卓の中でも、一際強い存在感を発する男が低く唸る。
暗闇の中でも輝く紫紺の瞳の持ち主は、事実、この中で一番強かった。
「ですが、六番があっさりやられました。魔法少女エルフちゃんの強さは、侮れません」
「何でも、偶にスカートの中を覗かせて、相手の意識も奪うらしい」
「「けしからんな」」
円卓を囲む全員が頷く。彼らは種族がバラバラではあるが、"ある目的"の為にこの場に集っている。
だからこそ、思考パターンは似ていた。
「それで、主よ。勝てそうですか?」
「無論さ。俺を誰だか知らない訳じゃないだろう?」
「『知恵の祠』に辿り着いた偉大なお方――魔法少女キラーを保有する、彼のエルフの天敵」
「数年前、この力を授かった時、魔法少女の意味は分からなかった。だがまさか、今日の為の伏線だったとはな。――なんにせよ、俺が出る時が魔法少女エルフちゃんとやらの終焉だ」
「流石主だ!僕は一生、貴方に付いて行きます!」
淡々と物事を語る主は落ち着いていた。悠然と構えて、魔法少女を計画の障害とも思っていない。
「私が障害負けたのは、只一人だ。彼女以外に、私を倒す事は出来まいよ」
静かに立ち去って行く主の背は、ここにいる誰の瞳にも悲しく映った。
「主の為にも、絶対に計画を遂行させなければならない。出れるか、三番?」
「はい、僕が出ます。必ず、魔法少女エルフちゃんを討ち取って見せる。僕達の――貧乳絶対教団の目的を話す為に」
「ああ、そうだ!エルフのお姉さんや魔族、あともう少し胸が小さければと、どれほど思った事か……!」
教壇は全員が馬鹿だった。
等しく頭が茹で上がっているが、誰もその目的に疑問を思っていない。
彼らにとって貧乳とは正義そのものなのである。
「けしからん、おっぱいエルフ何て、僕が必ず倒して見せる!」
そう猛るのは、この場で一番若いエルフの少年だ。
リーン・ウィンベールと言う、何処かで聞いた事のある名字だった。
全6話予定。
連日で上げる予定なので、気に入られたのなら是非。