2度目の転生は良いとして、元旦那が今世では婚約者とかムリ!
「ディアナさまは、まるで本当のお姉さまみたいですね」
そういって、柔和そうな顏をほにゃほにゃと緩める、目の前の少女。に、身分も忘れデレデレと相好を崩す、周囲の男ども。
(ハイ、ムリっっ!!!!!!!!!)
力強く絶叫して、この場から走り去りたい。
が、そうはいかないので恙なく微笑んでテーブルマナー講義を続けた。表面は穏やか、内面は夜叉である。悔し涙と一緒に唇をギリギリと噛み締め、顏を真っ青にしたまま火で炙られたようにカッカと体温を上げ続ける女がこの脳内にいるなんて、きっとこの場の誰も知らない。
そもそもの発端は、成長した我が子らに囲まれ、かわゆい孫たちの声を聞きながら、うつらうつらと目を閉じた次の瞬間、自分が「オギャア」と叫んでいたことだろう。
老齢にさしかかりながら発狂した訳ではない。本当に、それしか声が出なかったのだ。
(あっ、これアレだな。)
一身上の都合で、私の理解は速かった。ついでに順応も早かった。ふくよかな女性に抱き上げられ、見たこともない麗しい女性に優しく話しかけられ、夜になればこれまた極上の紳士にニコニコと顏をのぞき込まれ、2年後には彼らを「ばぁや」「ママ」「パパ」と呼んでいた。
(転生した―――!)
この場合、エクスクラメーションマークを付けるべきは『こっち』である。
(また――――!!)
二度目の転生をキメてしまった。
今度は、やんごとなき公爵家のご令嬢らしい。待望の長子で、女でありながら、張りきった父が国を問わず優秀な家庭教師を集めてしまうほど『聡明な』―――(中身の精神年齢とっくに3ケタ超えております。)
私も、前回とも前々回ともかなり違う実家スペックに興奮してしまい、行儀作法から身だしなみ、学問芸術馬術にフェンシング、お菓子開発から家庭菜園まで、(この際、やりたいこと全部やったろ!)の精神で手を出してしまったことも一因だけど。
1回目、最初の人生は、毒親にひたすら威圧され搾取され、逃げようとして志半ばで終わった。
2回目、初めての転生先では、両親ともに早逝され、貧しさの中で飢え凍えて幼年期を過ごした。
なんでもできる。それを許してくれる家族がいて、自由があって、お金がある。正直、涙が出るほど楽しかったが、私は知っていた。
『調子に乗りすぎたらイカン。』
思いのままに後先考えずに突っ走って、周りにシャレにならん被害を出して、最後には自分がはちゃめちゃに困る。清算したくとも、過去のことはどうにも手出しできんことが多い。
前世でそれをシッカリと魂に刻んだので、今世での目標は、甘やかしてくれる両親と使用人たちへの恩返しと、『目立ちすぎない人生』である。
―――なのに。
「はじめまして。君に会える日を楽しみにしていたよ」
青い瞳。金の髪。ぷにゃぷにゃの手とほっぺ、は初めて見たけど。忘らいでか。貴様。
(ぜんっぜん『はじめまして』じゃないが……?!)
頭の中で怒りの青筋を立てながら、にこやかに差し出された手に手を乗せる。
(ああ~~子どもだからまだ耐えられるけどホント無理!!)
この男だけは、マジでむり。
なごやかにバラ園などを散策しながら、私の頭の中でこき下ろされているこの男、かつての旦那である。(まだ幼体だけど。)
駆け落ちまで提案してくるような大熱烈プロポーズをかました後、冷めやらぬままトントン拍子に二男三女を授かり、見事なまでに家事全般をスルーして、私にワンオペ育児を強いてきた無能。ほんと、家柄と容姿以外は身内にデバフかけるくらいしか能のない…いやそれ短所…。家柄も、その格の高さからはありえないほど気軽にぺいって捨てちゃったしな。
私のかわいい子どもと孫たちが、天使も逃げ出すほど美しかったのだけが良いところかな。…いや、それで誘拐未遂とかストーカー多重奏とか色々…ああ、思い出すのしんどくなってきた。
まぁ、とにかく。恨みも募る、見慣れた顏なんですよコッチとしては。
それを、いとけない頬をピンクローズの色に染めて、私の表情をキラキラとうかがってくる。
――どういうことや。お前、『私』に『一切興味無い。』言うたんちゃうんかい。
複雑なのだが、これはこの顏から、たしかに聞いた言葉なのだ。私の前世で。
学生時代だったか、結婚してからだったか、私の歓心を惹こうとあの手この手でコイツが繰り返したことがある。それが、『最悪な婚約者』の悪口。
曰く、冷酷で情がない。嫉妬深くて恐ろしい。家族でさえも犠牲にする。ファザコンでありブラコン。―――どっちやねん。
もう、支離滅裂である。この論調の破綻に気づいてなかった前世の私、「おかわいそうに」じゃねーんだわ。目の前の男の頭の中が貧弱すぎてお可哀想。
なんというか、前世の私は、その場その場の人間だった。その時目の前にいる人が言ったことが全部で、その時自分が感じたことに従って行動する。3歳児かな?
ちょっと、物理的に栄養の足りない幼少期をすごしたので、頭の回転がチッとも。それから、心の栄養も足りていなかったので、今自分に親切にしてくれる人に、無意識に全力で媚びていた。のだと思う。
そう。オツムにもメンタルにも余裕がなかった前世の私は、自分の旦那が婚約破棄した『えらいおうちのお嬢さま』の名前を、正確に記憶していなかった―――!!
どういうこと?卒業パーティーで自分をイジメた主犯として、数人がかりで何べんもフルネームあげつらって断罪してたよね?その間アタシ何してたの?……見たことないお菓子があったから夢中で食べてたことしか思い出せない………。
はっきり言って、前世、私の10代は黒歴史だ。イヤなことがいっぱいあって、ちょっと好転したと思ったら色んな人がめちゃくちゃなこと言ってきて、よく覚えてないことに感謝したくなるくらい、冷静に振り返れば『最悪』であった。
我が子をこの腕に抱いて、手渡した先でその小さな首がぐにゃっと曲がって、ビビった旦那が「うわっ」とか言いながらその子を床に落とした。それを、かつてない瞬発力でキャッチしたその瞬間に、毒親に虐げられていた記憶が蘇った。爆速で高鳴る心臓と、血の気が失せる冷たさの中で、そっちの『最悪』を思い出して、今を最悪にする訳にはいかない、って思ったんだ。せめて、この子の人生は、って。
そこからは、私なりにがんばった。あらゆる人に対して罪悪感でギリギリ頭と胃を痛めながら、我が子の幸せのために爆走した。日に日に旦那への対応が厳しくなって、そのうち「テメー」とか呼び始めた。叱らないで放っとくとホント要らない厄介事だけ増やしてくんだもん。やむなし。
旦那は根性なしなので、すぐ逃げ出した。かと思えば、友人だか女だか知らない寄生先でもやっぱり何かやらかすのか、半年ともたずに帰ってくる。勘当された王族って実家に戻るハードルが庶民の5倍くらいあるなって、そう思った。
うん、この元旦那、王子様ね。この国の第一王位継承者。
(終わってんな。)
それしか感想が出てこない。良い旦那じゃない名君は意外と多いが、良い父親になれない王様ってダメだと思う。直接的に継承問題でゴタゴタするし、臣下も国民も我が子のように愛し導いてナンボじゃないのよ。治世や歴史なんかもたっぷりと学んでいる最中の今世、小娘がこまっしゃくれた自論を呟く。
「君はどのお菓子が好き?ぼくはハチミツをたっぷりかけてから粉砂糖をまぶして、ベリーを添えたタルトが1番好き」
満点。笑顔が。だって似てるんだもの、私のかわいい次男坊に。くそっ見た目が幼いからどうしても愛しい子どもたちを思い出す。…それに、そのタルトは、私が何度もねだられてこの男に作ってやった定番のメニュー。旦那が泣きながら詫びてくる回数が多すぎて、『逆ご機嫌とり』に絶賛とオーダーが何年も重なり、気がついたら子どもたちみんなの好物になっていた。…我が家の、味だ。
(こんな男でも、今から教育し直せばあそこまでの厄男にはならないのでは…?)
希望を手繰るのも、しかたない。顔自体は今でも好きだし、一時期は本当に愛していた。…徒労に終わりそうな気もするけどね。
「わたくしは、その上にさらにチョコレートソースを垂らしたものが好きですわ」
そっちのがお前も好きだったろーが。なんつって。
まだ起きていない、知る由もない情報を握られている小さな王子様が、空みたいに晴れやかな瞳を輝かせた。
で。
「ごめんなさい。わたし、まだこの学園のことなんにもわからなくて…」
8年後。私の婚約者の腕にシッカリと両手を回して、不安そうに見上げてくるその顏に、寒気を通り越して吐き気がするほど見覚えがあって、いつかこの日が来るってわかっちゃいたけど、絶叫したくなった。
(ムリ!!!!)
変なところで区切ってごめんなさい。書く時間作りたいです…