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そこからの彼女の行動は、非常に迅速だった。
まず俺を引っ張りながら村長の家に行く。するとそこには、なんらかの権力を用いて事前に集合させられていた俺の家族と村長がおり、俺を連れていくことに関しての説明会が行われた。
その説明はまるで、だいぶ前から準備していたのではないかと疑ってしまうほど分かりやすく、また理路整然としていた。
その完成度たるや、俺含めその場にいた全員は首を縦以外に振れなくなってしまうほどだった。
彼らの合意を取り付けると、すぐに村の入り口に停めていた高そうな馬車に俺を詰め込み、どこかへ移動を始めた。
「ちょ、ちょっと待てよ」
「何? トイレ? そこらへんの草っ原でしてきてよ。戻るのは時間の無駄だし。安心して? 見ないから」
「いやトイレじゃなくて!……その、服とか、そういうのはどうするんだよ」
「新しく買えばいいんじゃない?」
「下着だけじゃない。大切な物も家に置いてきたままだ」
夢を追いかけて村を出ていった叔父さん。彼が別れる前にくれたナイフを、俺は大切に家にしまっていたのだ。
「――まあ、別に今生の別れってわけでもないわ。今は時間がないけど、時間がある時に取りに行けばいいじゃない」
「……わかったよ」
一度決めたことはテコでも動かないらしい。頑固な女だ。
「それよりも、これからあなたにやってもらう事を説明するから、耳を澄ましてよぉーく聞いてなさい!」
「説明はさっき村長の村で聞いただろ」
「あんなの概要の、まとめの、あらましに過ぎないわよ」
どんだけ端折ってたんだよ。
出会い頭に見惚れてしまっていた自分を殴り飛ばしたい気分だ。少しでも一緒にいれば、こいつが強引で頑固で面倒な奴だということがすぐにわかることだろう。
「説明責任って言葉、知ってるか?」
「納得してたんだから別にいいじゃない」
ほらな。
「いいから話すわよ」
「へいへい。今度は詳細に頼むぞ」
「言われなくてもわかってるわよ!」
勝気なんて言葉を使えば聞こえがいいが、もっと優しくなれないもんかね? 常にイライラしてるじゃないか。カルシウム足りていないのか? だからこいつはチビなんだろう。
「まず――」
詳細に、なんて言ったせいなのだろうか。彼女は恐ろしいまでに細かく、丁寧に、執念深く、粘着質なまでに説明をしてくれた。
その様はまさに熱が入ってついつい専門用語ばかりを口走ってしまうオタクそのものであり、俺は彼女の言っている内容の半分ぐらいしか理解できなかった。
しかし、それでもなんとか理解した概要の、まとめの、あらまし程度の内容は、次のようなものだった。
一つ目。今この馬車は俺の住んでいたガル村から、首都であるナリサスの街に向かっており、そこには少女を頂点とした特殊組織『荒居破魔区』が存在している。
二つ目。荒居破魔区は、約二百年ほど前に行われた勇者召喚と同時に、各地で突如出現を始めた通称『悪魔』を退治する、一国家の下につくことがない特別な組織であり、また荒居破魔区は『エニス』の家の者が代々トップを務めている。
三つ目。非常に高度な魔力的アプローチ(次元振動魔力反応と、この世界に流動している聖属性の魔力体の動きからどうたらこうたら)によって、いつ悪魔がこの世界に現れるかを知れるらしく、もうすぐこの周囲に大規模な悪魔の軍勢が現れるらしい。
四つ目、悪魔を退治するには、体内に保有する魔力に特定の波が必要(初代勇者が所持していた元の世界の神への信仰心から湧き出る聖属性の魔力波が、なんらかの影響でうんたらかんたら)らしく、俺にはその魔力波が強いらしい。
「だからあなたを連れていっているの。わかった?」
「わかるわけないだろ? 悪魔? あらい……はまく? なんだそりゃ。俺には特定の魔力波がある? こちとら生まれてこの方魔法なんて使ったことないぞ」
「魔法が使えるかどうかは問題じゃないのよ。聖属性の魔力波は悪魔の核を守っている鍵に対するマスターキーみたいなものなの。弱い魔力波だと、鍵を解錠しきれないで中途半端に傷をつけるだけで終わってしまうけど、強い魔力波であれば問答無用で解錠できる」
「……全くわからん」
「あなたには悪魔を倒す素質があるの。才能と言ってもいいわ。だって他の人はどう足掻いたって悪魔を完全消滅させることなんて出来ないもの」
「才能……」
その言葉を聞いた瞬間、正直心がぐらりと揺れた。
俺が才能を持っている。
なんだか偉いらしいこの女が、わざわざあんな辺鄙な村に足を運ぶほどの才能。
するとなんだ。俺は、子供の頃に空想の世界で繰り広げていたような人生を送れるというのだろうか。
……馬鹿らしい。そんなことがあるはずがない。そう思う俺も確かに存在する。
しかしそれ以上に、俺は今のシチュエーションにワクワクしているらしい。
左胸の辺りがドクドクと脈打つ。それはきっと、俺が新たな世界に一歩踏み出すカウントダウンだ。
とうに擦り切れたはずの童心が少しずつ芽吹いていく。
俺に、才能がある。
待ち望んで、希って、ついには諦めてしまった才能が。
馬鹿らしい、そんなことあるわけがないと、大人になるフリをして目を背けた理想が。
「わかった。手伝おう」
口は勝手に動いていた。後悔は無い。だってこれは、俺が昔から願っていたシチュエーションなのだから。
「よしっ! これで私がいる間は安泰だわ!」
「いくつか質問させてくれ」
「いいわよ?」
俺から了承を得られて安心したのか、声からは険がだいぶ薄れていた。
わかりやすい女だ。単純と言ってもいい。
「じゃあ、君の名前を教えてくれ」
そういうと彼女は自信の溢れる憎めない笑顔を燦々と輝かせて、身長の割にはある胸を張りながらこう答えた。
「エニス・エンジュ。あなたの上司よ!」