415話
コンスタンティンの夕飯
ご飯
甘塩鮭焼き
カボチャの鶏そぼろ餡
蓮根の金平
ニラ玉の味噌汁
緑茶
ブラックチェリーのパイ
林檎のパイ
紅茶
「君の味噌汁って毎回ちょっとずつ違うよね?」
「何となく同じだとつまらないと思いまして。またお召し上がりになりたい物はお作りしますのでおっしゃって下さい」
「この卵入った味噌汁はまた飲みたいかな?」
「畏まりました。不作法ですが、半熟をご飯に乗せて食べるのが好きなんです。火の通ったのも食べ応えあって美味しいですが」
「混ぜて出して来るなんて思わなかったよ。ご飯おかわり頂戴」
どれくらいお召し上がりになるか聞いたら、普通に一杯との事でお櫃から丼にいそいそとよそった。
味噌汁のお椀に半熟の卵だけ残しておいでなんで、多分俺の真似をして白米の上に乗せるんだろう。
案の定、丼を渡した側から避難させていた卵をポトリと落として召し上がり始めた。
「我が君。いつも鮭とご飯をどこかに仕舞われているご様子ですが、おにぎりの方が召し上がる時楽ではないですか? 良ければ幾つかお作りしておきますが……いかがなさいますか?」
「ん〜。折角だからお願いしようかな? 腐らないからいっぱい作って」
「畏まりました。この後お作りします」
俺はあまり辛い物は苦手だ。
しかし、我が君はそうではない。唐辛子で程良くピリッとした歯ごたえのよい蓮根の金平をシャクシャクと食べながら、おにぎりの具は何が良いだろうかと考えていると、我が君がおもむろに聞いて来た。
「何か、神殿関係者の割に君って毛色が変わってるよね?」
「あー……私は神殿の偉い方の隠し子でして、認知されたのがつい最近なのです。料理手順の手引き書は定期的に送られて来ますが、他も色々と作ってみたりと。神殿暮らしの普通の聖女の家系の者とは違うかも知れません」
「だから父親がって昨日言ってたのか」
「そうですね」
「何で最初会った時に『時間を戻して』くれ的な事言ってたのかな?」
「……それは。いえ、大した理由ではありませんので、我が君のお心を煩わせるような事ではございません」
「ふーん」
「強いて言うなら、温かい家族が欲しかったと言ったところですかね。多分、時を戻しても結局それを手に入れる事は叶わなかったと今なら分かります。どうかもうお忘れ下さい」
あのジェームズ様しか見てない母が、皇后しか見てないジェームズ様が。何をしても俺を気にかけてくれる事はないだろう。
これから政略結婚を強いられる身で、その前にあの国で温かい家庭など築ける予定は皆無だろうな。ない物ねだりで笑うしかない。
俺がそもそも父親に復讐を願う生き物だから、俺の息子もそう育つかも知れないと思うと、積極的に子を成すのは中々に無理な話だ。
最初から手に入らない物を長年望んでいたんだと思ったけれど、ここまで来て母親を見捨てる選択肢も出来ないと言うか……今ではお前も苦しめばいいとすら思い始めたフシがある。
ジェームズ様が死ねば、自動的にあの母親も苦しみもがき俺と一緒のところまで落ちて来るだろう。
そうか、俺はあの母親を助けたいんじゃなくて、今では苦痛を味合わせてやりたいのか。何だかしっくり来た。
「君って『愛』に飢えてるんだか、愛し方が一周回って歪んでて、面白いね?」
「お褒めに預かり光栄です」
「まるで曇った鏡みたい」
「鏡ですか?」
「優しいのには優しく。酷いのには酷くって感じかな? ちゃんと優しさを返すのは本人次第な気もするけど」
「水島じゃあるまいし、嫌っているだとか、もしくは無関心を貫く気にかけない人間にまで優しくしてやる義理はありませんよ」
「それもそうだね? アレがおかしいだけか……ふふっ。今日のデザート何かな?」
「パイ生地を昨日仕込んだので──」
そうか、水島が容量のない何でも入れてしまうマジックバッグみたいなモノなら、私は反射させる『鏡』のような存在か。対照的だな。だからお互い補えられる部分もあるんだろう。役割が違いすぎて。
「我が君はそしたら『空気』といったところですかね」
「何それ? ……もぐもぐ」
「当たり前に存在していらっしゃるが、ないと誰もが困るモノだ。掴みどころかなく、一緒にいても苦になりません。深呼吸させて貰うと楽になる。かと思えば、時には嵐の様な災厄にもなりえる」
「実態が無いね?」
「そうです。簡単にまとめて言ってしまえばそうなります」
「なるほどね。確かにそんなものか? このパイ小さく作ってあるから止まらなくなるよ? そろそろ食べるのやめようかな」
「次も焼いてます」
「どうせ君の事だから中身違うヤツでしょ?」
次は林檎とカスタードの入った物だと言うと、今食べているブラックチェリーのパイはどこかに仕舞われた。
「君が作る甘い物って可愛らしいよね」
「母が好きでしたから昔はよく作りました。久しぶりでも作ろうと思えば何とかなる物ですね」
皮肉な事にあまり考えなくても体と頭が作り方を覚えていた。
我が君に美味しく召し上がっていただけるなら、経緯はどうでもいいか。
何が将来に役立つか分からないと言うか、本当に我が君に巡り合えて食事を召し上がっていただく事になるとは、思いもしなかった。
お代わりの紅茶を注いで、熱々の林檎のパイを皿に山盛り乗せて出すと半分先に仕舞われた。残りは今食べるらしい。本当に今日は良く召し上がる日だ。
俺も形が悪くて避けていた物をちゃちゃっと食べ終わり、今は白米をまた炊いている。おにぎり用だな。
鮭と白米は確保されているんで他がいいだろう。
先程出汁をとり終わった鰹節をフライパンで炒めて水気がなくなるまで炒めて、醤油、みりん、砂糖を加えて汁気を飛ばす。
仕上げに白ゴマを加えれば『おかか』の出来上がりだ。
後は塩茹での枝豆とコーンにチーズが入ったおにぎり。
「普通に美味そう」
「お味見されますか?」
「いや、夜食にしようかな?」
結構な量を召し上がっているが、まだ夜に食すらしい。
コレはあれかな? もしかして足りてナイのか??
「お食事足りませんでしたか?」
「いや、大丈夫だよ?」
よかった。足りてはいらっしゃるのか。てっきりまた腹を減らしてるのかと思って心配になった。
三角の握りメシを作って醤油を重ね塗りしながら、フライパンで焼きおにぎりを作っている。
醤油の香ばしい焦げた匂いがとても良い香りだ。
「ごめん、やっぱ食べていい?」
「構いません。我が君のですから。……どれを召し上がりますか?」
「1個ずつ貰おうかな?」
「畏まりました」
パイを食べ終わった空の皿を下げてから、かわりにおにぎり3種が乗った皿をコトリと置く。
お茶は淹れ直さなくても大丈夫と言われたので、続きの焼きおにぎりを焼いて行くか。
終わったら全て大きなお盆に乗せて我が君の目前にお出しすると、焼きおにぎりをひとつ取って残りはどこかに仕舞われた。
そうか、焼きおにぎりが召し上がりたかったのか。確かに作っている時のあの匂いは堪らないよな。気持ちは分かります。
明日の料理も頑張ろと思いつつ。さて、明日の夕飯は何を作ろうかなと幸せに悩みながら、黒豆を甘く煮る作業に入った。
白味噌入りのクリームスープにでもしようかな。食糧庫にじゃがいもが余っているようだったし。にんじんに玉ねぎ、ブロッコリーも入れて彩りを良くしよう。
久方ぶりにパンを焼いてもいいな。悩ましい。白米も炊くか。余ったらまたおにぎりにでもさせていただこう。
何もかも忘れて、ずっとこんな時を過ごせればいいのに。
いや、もう一生のお願いは使ってしまったし……叶わない願いを夢見るほど、もう、愚かではないからな。
明日のパンはベーコンとチーズ入りにしようか。
パンでも捏ねていればこんな思いも吹き飛ぶだろう。
胡椒など入れて、硬いパンにして明後日食べればいいが、食パンも捨てがたいな。作りたい物が無限に思い浮かぶ。困ったなぁ。凄く今幸せだ。
こうして俺の夢のようなひと時は水島が目を覚ますまで続いた。




