411話
水島の話だと、俺は医者の診察を受けなければならない程状態が悪いらしい。素直に診察するか。
今すぐにでも身体を休めたいが、こんなざわついた気持ちで休んでも意味がないかも知れない。
しかし、1番抹殺したい皇后を殺せないのが腹立たしい。恭介様は水島に呼び出された先で死んだのか。
報告では、双子は兄弟喧嘩して健介皇子は拘束されて神聖帝国に送り帰されたと聞いたな。
水島、俺が皇后を殺したいとやはり知ってたのか。
俺が殿に指名したが、皇后が潔く引き受けて周りが止めると言う事態に発展したが……もしかしたら、皇后自身事前に水島に何か言われていたのかも知れないな。
結局は断固として皇后自身が譲らなかったので死地に追いやられた訳だ。
全力出せと言われたのに、自分の都合で戦力を削る手を出したのを水島に知られてしまった。流石に同じ事を仕出かす程俺は落ちぶれていない。今のところは。
食事を摂取するのも億劫だっが、好物のマスカットが山盛り出て来て少しだけ嬉しくなった。
マスカットを1粒口に入れると、瑞々しい果肉が口に広がる。
「こんな粒の大きいの、軍の食堂のじゃないだろう。わざわわざ手配してくれたのか?」
「下っ端捕まえてな。知り合いの果物農家の方に余ってる葡萄があればと買い付けてもらったんだ。もう、今はそれしかないから他の奴には内緒だぞ?」
下っ端にはお駄賃代わりに1房分けてやったらしい。配給分の食料とは別に庭先で個人で作ってる物だとか。
高級品は中々今は売れないのでオマケで粒の大きな物を売ってくれたとか。
「大輔が頑張って来てくれたご褒美だからな。食べきれなかったらコンスタンティン様にお裾分けでもしてくれ」
「ああ、そうしようか。こんなに良い物まだ残ってたんだな」
「軍のトップの奴が好物だと知ってな。お国のために働いてくれてるからと、オマケをかなりくれたらしい。促進剤使って定期的に差し入れするからと言われたから、大輔宛に軍の食堂に届く様にしてもらった」
自分で食べるなり、配るなりしてくれと言われたので素直に頷く。
「ありがとう……」
「これくらいしか出来なくて不甲斐ないな。すまん大輔。帰って来たいんだが、流石に死んだら死亡リストに載るだろう。一応は連絡係に部下を1人連れて行くな」
「私がお供します」
「…………わかった。お前の席は残しておくからな」
無表情だが、何となく言いたい事は分かる。俺の事、酷い奴だと思ってるだろう。お前だけ先に死ねるなんて認めない。
「いいか、水島が戻って来るまで何としても持ち堪えて見せるからな。例え我が君に両腕もがれても、生きたまま内臓抉られても、その身体から魂抜け出る瞬間までは決して諦めるなよ。死んだら許さないからな。地獄での盃の約束はしない。生きて酒を酌み交わすぞ」
「わかった。努力はする」
「相変わらず強情だな。そこは素直に返事しろ」
我が君相手ならしょうがないかと思いつつも、もしかしたら水島なら本当に生きて帰って来れそうだと思った……たとえどんな身体に成り果てようと。酒が飲める身体ならいいんだがな。
喋れて勘さえ無事なら寝たきりでも軍には復帰させる。
水島が淹れてくれた紅茶を飲み干し、これから病院に行くと告げて席を立つ。食器類は下げといてくれるらしいのでお言葉に甘えた。
俺はその足で出雲総合病院に向かって歩き出した。極力行きたくない場所だな。本当、行きたくない。
病院で受付を済ませて、最初の中の待合室に通される。問診票を記入してるといくらも待たない内に部屋に通された。
係の者に紙を手渡し、幾つか質問に受け答えしながら問診票を埋めて行く。
より専門的治療を必要とするらしく、案内板の順路に従い次の待合室に向かった。
俺の他には待ってる人はいない。直ぐに診察室に通される。
「お掛けください」
「はい。よろしくお願いします」
「こちらにいらっしゃるのは始めてですね。登録番号に既往歴など確認しますので少々お待ち下さい。問診票もお預かりします……ふむ。なるほどなるほど。早めに来られてよかった。こちらの魔道具に手をかざして下さい。一応血液検査もしてみますが、恐らくはストレスで体調崩しておいでだ」
「ストレスですか???」
「そうですね。端的に言えばですが。魔力の乱れがいつもよりあります。あまり症例がないと言うか、エルフ族並みの高魔力保持者特有の疾患にも満たないモノですね。ほら、身体の外に魔力がかなり漏れてます。魔石が染まるのが異様に早いでしょう?」
いや、ちょっと待てよそれって……。
「私は反抗期ですか?」
「あははは。昔は『第3次反抗期』なんて言われてましたが、今は違いますよ。ストレス性のものですから。しかし、タイミング的に魔力量が少し増えているのも事実です」
大体推定年齢400歳のエルフ族だと、人によっては100歳前後に少し魔力が増える時期があるんだとか。ストレスだったり、身体的な怪我など負うと増えたりする事があるらしい。俺の場合も多分それだと。
「成長期特有の魔力暴走とまでは行きませんが、いつもよりかは魔力量が増えるので身体に負荷がかかるんです。……すみません、少しばかり採血するんで腕をどちらか出して下さい」
「はい……」
採血が終わったところで、検査用の魔道具にセットされて数値化されたデータが出て来る。
「本当だ。いつもよりかは増えてる」
「今はまだ大丈夫ですが、熱が出て多少寝込んで終わりでしょう。ストレスだとご自覚されたので、対処もしやすいとまでは行きませんが、気付かずこのまま過ごしていた時よりも症状は軽くて済む。自覚しないで放っておくと長引く場合がありますからね。ご職業が軍人さんですから、今は疲労も溜まる一方でしょう。今後のストレス発散方法はお任せします」
成長期とは違うので、バランスの良い食事は別に必要ではないらしい。むしろ、食欲が落ちる方がまずいから食べられる物を食べて水分補給をこまめにと。後は出来れば睡眠はいつもより気持ち長めに。
イライラしたら、深呼吸なり少し休憩や気分転換したり。
「後は、湯船に浸かって身体を温めて血液の流れをよくする事ですね。たまに身体がほてって冷やす方がいるが、よっぽど高熱じゃない場合はむしろ温めた方がいい。風呂はリラックス効果もありますしね」
「そう……でしたか」
「すでに試した後でしたか。一時的に楽になりますがね。身体が火照り過ぎたら暖かいベッドで寝るに限りますよ。身体が血液の流れを良くしようとしての熱発ですから、水分取って休んで下さい。どうしても熱が高すぎて辛いようでしたら、頓服に熱冷ましを出しておきますから無理せずに服用して下さい」
念のために経過観察の為にもう1度病院に受診しに来て欲しいと言われた。悪化すると長引く恐れがあるので、出来れば2週間から1ヶ月以内。
「ご自分で悪化してると自覚する程でしたら、2週間待たずにこちらにもう1度来て下さい。予約は不要です。次の受診もお忙しいでしょうから、暇な時にでも来ていただければ大丈夫です。私は大丈夫だと思いますが、心配でしたら魔力の乱れを知らせてくれる腕輪型の魔道具の貸し出しも出来ますが、どうされますか? ちょっと高額になりますが」
「いえ、大丈夫です」
「それにしても、よくこの初期段階でお気づきになりましたね。普通は熱が定期的に出て何かおかしいと思って調べるんですけどね。もしかして、魔力感知が得意な方でもお知り合いにいましたか?」
「魔力感知……」
「大輔さんは、攻撃型で魔力が外に出る魔力の乱れ方だったと思います。おそらく、低魔力や感知が得意な方だといつもと何だか違う感じがすると気がつくんですよ。他の人は威圧感あるな位ですかね。近くに寄っても全く何も感じない方もいらっしゃいますし、人それぞれですね」
職場の……水島と言うのは黙っておこう。職場の人に病院に行く事を勧められたので、受診したと説明すると「いい方がいらっしゃって良かったです」と、言われた。
「怪我はそれなりにありますが、大きなご病気もした事無かったみたいですし、今回突然でビックリしたでしょう。何か質問は大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫そうです」
「それでは、コレはお薬になります。この札を持って1階会計窓口で支払いを済ませていただければ大丈夫ですので。お大事にどうぞ」
「はい、ありがとうございました。失礼します」
診察室を出て、会計を済ませて帰る事にする。うん、健康診断じゃなければ全然普通だなと思ったけどそんな事なかった。
結局は会計窓口で不穏な書類の束を渡されそうになったので、拒否しといた。
会計窓口の人が「研究所の先生方から」と、言って申し訳なさそうに言われたけどいらないからな。深呼吸。吸ってー……ゆっくり吐いてー……ふぅ〜。
その後、会議前に『予定が早まった。行って来る』と言う水島の手紙と第1隊長交代の略式書を花子殿が携えて来たので、結局は俺主導の元で作戦会議を進める運びとなった。
目の手術を早急に受けなければならないと言う理由で、隊長職交代は最終的に反対ゼロで可決された。
花子殿が「アレはダメですのね。手遅れかもしれません」なんて口添えしてくれたので、上手いこと事が運んだ。ペーパー免許でも、やはり医者の言葉は説得力が有るらしい。
元々1週間限定の隊長就任だと取り決めしたのに、何かと理由を付けて俺を蹴落としたい奴はどこにでもいるよな。




