407話
商人との話し合いが終わったところで、水島が交代しようと言い出した。
「かなり疲れただろう。食事した方がいい」
「いや、お前の方が──」
ぐーきゅるるるる
「………」
「………」
「……食堂に行って来る」
「ついでに少し寝ろ」
「わかった」
そう言えば、ここんところ食事も疎かにしていたな。同じく睡眠も。水島の助言に従って、大人しく休む事にしよう。決して腹が鳴って恥ずかしくて逃げた訳ではないからな。
速攻で食事と仮眠を取り、水島と交代。ノートに目を通して、仕事がとこらへんまで進んだか確認。私は書かなくてもいいだろう。水島の勘で何とかなるかと思いながらガンガン指示を飛ばして行く。
お互いに仕事を交代しながら、気づけばいい時間になっていた。羽馬も羽馬鳥も休ませてるの以外は出払って、予備ももういない。
フォーゼライド国の飛竜はマティアス様のを除いて予備はいるがアレに乗れるのは──。
「よう、放浪息子」
乗れるのが来たな。鳥種もいる。この1年で目まぐるしい成長を見せてる飛竜3人組だ。特に鳥種。使い勝手がいいんで、ついつい仕事を頼んでしまうな。
「マッパはよくない」と、言われたんで自費で特注の獣化、人型対応の服をあつらえてやった。泣いてたな。喜びの涙だったと思いたい。多分違うが。
おかげで城壁内から更に飛び出して、フォーゼライド国の飛竜に乗ると言う斜め上に逃げだが……前にも増して忙しくなっただけだったな。
この騒動が終わったら、絶対カイザス国軍に引き抜いてやるからな。逃がしはしないぞ私の鳥種。
「大輔、ジョゼフィーヌの籠に乗って今すぐにベスティア国王都に肉を抱えて前線指揮を取ってこい。滞在3日で持ち直して戻って来てくれ。オヤジも鳥種を連れて途中まで食料品持って一緒に行って来てくれ。帰りに神聖帝国の皇后を持って帰って来て欲しい」
は? 待て、今何て言った? 冗談より酷い冗談だが……皇后?
俺は質問する前に部下に自分の荷物と保冷箱にたらふく入った肉と一緒にベスティア国に輸送された。え? 待って、皇后生きてるのか????
結局、今は俺の質問に答えてくれる者は誰もいなかった。
「肉だぁーっっっ!!」
「「「「「うぉぉぉおぉ!!」」」」」
上空から確認しただけでも分かる位に苦戦してるのは明らかだが、獣人族は明るいな。もっと危機感を持って貰うために釘を刺す。
「生き残った奴しか食わせん。肉を食べたければ私の指示に従って1匹でも多くのゴブリンを屠って来い。返事は!」
「「「「「「うぉぉぉぉっ!!」」」」」」
「よし、では部隊編成。カイザス国、神聖帝国、ベスティア国代表者前へ」
カイザス国が前線指揮を取っていたが、ベスティア国が言う事聞かなくて苦労したと。
「ベスティア国は軍人リストもないのか……」
「戦死者や行方不明者の確認がなされてないので、誰がいるか分からないそうです」
「考えられんな。前戦に参加させていた者を中心に部隊編成を、王都にいたのは安否が分かるのだけ──」
城壁の意味があまりないな。篭城戦には向かない作りだし。櫓があるが、城壁上から矢を打つとかしないんだろう。
身体能力の高い獣人族なら上がって移動するのも可能だろうが……それも櫓から飛び乗って移動するとかふざけた作りだ。
階段がない。あまり大人数乗るともしかしたら崩れるかも知れない。
これは神聖帝国の軍人も困っただろうな。得意分野が完全に潰された形になる。
しかし、ここは港町で補給の要になる。何としてでも死守せねばな。
「わかった。早急に大工と手の空いてるベスティア国民を手配だな。前方の城壁の何箇所かに足場と櫓を作って、弓や魔道具が使えるように。城壁の補強も中から頼む。それまでは……何か用か?」
「手合わせ願いたい」
「……この期に及んで全く。よかろう。手加減しないぞ。これ以降手合わせを願い出た者は容赦なく焼くからな」
獅子種のベスティア国王はどう見てもやる気も気力もない感じだが、俺は容赦しない。
様子見も何もなしに体勢を低くして、突撃してからそのまま背後に回り込み、膝カックンしてから尻尾を引っ張って後ろに引き倒す。
何人かの獣人族が尻尾を隠していた。コレ相当痛いらしいな。私は尻尾が生えてないんでどれ位の痛みかは知らないが。
馬乗りになったところで、王の両腕を足で固定して目を見ながら話す。若干涙目だ。痛いんだろう。
「殺してやる程、私は甘くはない。生きて馬車馬の如く働け。死なんて楽なモノは私はお前何ぞに与えてやるほど情も情けもないんでな。わかったら返事は?」
「……はい」
「声が小さいもう一度!」
「はいっ!!」
「よし、仕事に戻れ。王様には机仕事がお似合いだ。こんな所で油売ってる暇があったら1枚でも書類を書いて来い。次私に勝負を挑むなど馬鹿な事したら、尻尾を切って丸坊主にしてやるからな。返事は?」
「は、はいっ!!!」
さて、邪魔物がいなくなったところで話の続きだな。王都はまだ共通語が通じるが。地方はかなり言葉に難儀してるらしい。意思の疎通は中々どの国も難しいよな。
指示を出しながらゴブリンがいる城壁外にため息つきたくなりながら、3日で何とかしなければと、これからの物語を考えるのに頭を働かせた。
夜、ゴブリンが寝静まった頃を見計らって現在は井戸掘りから今度は穴掘り部隊に転身を果たした者達と、追加のベスティア国軍の力自慢を追加に加えて何箇所かに深い豪を掘って行く。
コレはゴブリンを分散させるための物だ。ワザと数カ所橋みたいにして通路を作って、そこに殺到したゴブリンは体を張って倒してもいいし、それから魔道具で駆除すればいい。穴に落とすのもありだな。
神聖帝国軍の盾を使える物を配置して、弓矢で攻撃も出来そうだ。
道はずらして配置したので、これなら風の攻撃魔道具も使える。
流石に何度も穴掘りしてた奴らだから、中々のスピードで掘って行くな。これなら今夜中に半分作業は終わるだろ。
港町で、前方しか守らなくていいから出来る技だな。
穴掘りは大丈夫そいなんで、俺は食事のために城壁内に引っ込む事にした。
大工の指示のもとに夜通しの作業の音を聞きながら、私は天幕に足を踏み入れた。中には先客がすでに鎮座している。
「これはこれは、挨拶が遅くなって申し訳ありません。前線指揮を任された第1部隊副隊長職を賜る大輔と申します。以後お見知り置きを」
「はじめまして、聖女の家系のジェームズと申します。今日は貴方に釘を刺しにきました……次はありませんよ」
「母は元気ですか?」
「さぁ? 私は会いに行けない身でして、今はどうなってるか存じ上げないのです。しかし、今頃何処かの親不孝な息子のせいで、神の罰が下っていてもおかしくはありませんね。日頃の行いは注意しないと」
ああ、この人かなり怒ってるな。冷たい人だと思ったが……この想いを母親に少しでも向けてくれたら、多少報われると思うのにな。
しかし、皇后を殺したくらいじゃまだジェームズ様の絶望は足りなかったようだ。早まったな。心が折れてない。
激怒と侮蔑の眼差しをジェームズ様に受けながら、部下に軽食と飲み物を勧められる。そう、俺の部下だ。
人払いなんてしていない。何人もの部下が天幕にいるし、挨拶して無いが巫女の家系の者も居る。
前線指揮を任された私より、彼らの主はジェームズ様だと言わんばかりに甲斐甲斐しく世話をしている。
部下達は俺が指示通り起用後押した者もいればそうじゃないのもいる。こんなに潜り込んでいたとは知らなかったな。
「戦績をあげたら神聖帝国に戻します。今まで以上に身を粉にして働きなさい」
ガタンッ
「どう言う意味ですか!?」
座っていた簡易式の椅子が倒れるのも構わず、俺は思わず立ち上がってジェームズ様を睨みつける。
声が大きいと苦言を言われて、懐中時計時計を手渡される。これは血統結界を展開する魔道具だ。
「起動させてください。私は魔力を温存したいので………あぁ、やはり私の子どもでしたか貴方は」
「…………」
何を今更と思ったが、母親とはどうやら一夜の過ちを犯しただけで別に愛もなければ情もないんだとか。
「貴方に種を蒔かれると困るのでね。私の子だとは思いましたが、最高司祭様に目をつけられては殺されると思って敢えて接触しませんでした。貴方も貴方の母親も殺されたくはないでしょう? もう充分育ちましたから、お父さんが迎えに来たと言う話ですよ。嬉しいでしょう?」
全くもって嬉しくもなければ、むしろ怒りしか湧いて来ないな。こんなに怒りを覚えたのは、今までにないくらいだ。
「俺にどうしろと?」
「色々しながら、私の次の最高司祭くらいにはなって貰いましょうかね。大丈夫、貴方の母親は矢面には出しませんよ。彼女を伴侶に迎えたらきっと直ぐに暗殺されてしまいますからね。ひっそり静かに、息子の成長を遠くから眺めながら日々祈り、生きてもらいましょう」
「……母を伴侶に迎えないのか? あんなに貴方を愛しているのに?」
「直ぐに死んでも良いならいいですよ? しかし、私は伴侶になったからと言って私生活で優しくするような男ではありませんからね。生きてるだけで幸せだと思って貰いたいものです」
「そうか……」
俺は血統結界の魔道具をジェームズ様に投げて寄越して、乱暴に天幕を出た。
向かう先は魔物避けを喫う場所。イライラし過ぎて火の出る魔道具が上手く起動させられなくて、見かねた近くのベスティア国軍の虎種の者がマッチで火をつけてくれた。
「大丈夫なの貴方お顔が真っ赤よ?」
「ああ、大丈夫だ、お手数おかけした、ふぅー………」
「随分怒ってるみたいだけど、どうかしたのかしら?」
「……何だろうな。憎い相手が父親だと名乗って家に帰って来いと言われてな。母親の命を盾にされて……もう、どうしていいのか俺にも分からん。どう選んでもきっと辛い人生だ」
その場に居合わせた者にギョッとされたが、誰かに話さずにはいられない。
「……大体誰かに相談する時って自分の中で答え決まってるわよね?」
「そうなんだ。最初から選択肢なんてない悩みだったな。それが何より腹立たしい」
母親を見捨てるなら、とっくの昔に実行してた。今もなおその選択が出来ないでいることが俺の答えなんだろう。
元は神聖帝国民。神聖帝国のスパイ。
カイザス国軍の一部は俺を毛嫌いしてる部分がある。水島は何も言わないが『敵』認定はされてるだろう。
しかし、俺はこんな仕打ちをしても尚、心はカイザス国軍人だと思っていた。さっきまでは。
どちらにもキチンと属する事が出来ない半端者の俺には、とうとう選択を迫られてどちらかハッキリ立ち位置を決めなければならない。
「もし全てが嫌なら、私がお婿にもらってあげるわよ?」
「この弱り切ってる時にそんな告白いらん。申し訳ないが、俺は女の身体にしか反応しないんでな……すまんな」
「あら、フラれちゃったわ♪ 残念ねー。まぁ、人の好みはそれぞれだから。私も男の身体が好みだし、人の事をとやかく言えないもの」
「はは……。そう言ってもらえると助かるが。はぁ〜……胸が恋しい。久しく娼館も行ってないんでな」
「あらやだ! 貴方まさかお胸が好きなの? 私の立派だから貸してあげましょうか?」
「それは違う。駄目だ。別ものだ」
あまり選り好みはよくないとかよく分からん事言われたが、それは話が違う。筋肉はいらん。
ちなみに虎種は腹筋が6つ以上に割れてないヤツは対象外だと。ベスティア国の獣人族らしい選び方だな。
「待て、何で俺の腹筋事情を知ってるんだ?」
「秘密よそんなの。うふふふふ。結婚したい男性ランキング3位の大輔さん♪」
「何だそれは? 凄く微妙な順位だな。ちなみに1位と2位は?」
「1位は水島隊長で2位はユリエル様よ」
「そうか、それは仕方ないな……ん? 水島が1位?」
「そうよ。身も心も同性の男性が付けたランキングだからね☆ 女性がランキング付けたのは3位恭介様、2位狼種……ぶっち切り1位がユリエル様よ! あははははっ! その驚いた顔傑作だわ」
女性が付けたランキングで結婚したくない男性1位は水島だった。だろうな。
アイツは男には『アニキ』って感じでモテる? んだが、魔力が低くくて昔からなぜか女が近寄らない。顔が無表情で怖いしな。しかも、軍の役職が上過ぎて妻になったら大変そうだと。
モテない要素を上げるとキリがないんでやめておく。あまり言うとなんか可哀想になるからな。
それと、俺の順位は頼むから教えてくれるなと懇願した。知らなくていい事も世の中にはある。チキンで結構だ。




