406話
謀略の神聖帝国。
各々が暗躍する中で、その数のだけ策の作り方が違うんだと知ったのは差出人のない手紙から知り得た情報だ。
今はヴァニア大陸に押しやられた現最高司祭は単純に計算式を組み立てて答えを出す。簡単そうに見えてコレが中々難しい。ズラッと並んだ数字や式の計算は勿論、それを処理する頭がないと出来ない。
神聖帝国で1番のキレ者はこの人だと俺は思う。
しかし、現最高司祭はその計算が複雑過ぎて、正解を導き出すのに結構な労力を必要とする。
確かに頭で処理するには無理な情報量だと思うし、俺には出来ない芸当だな。
だから、感情に任せてやる気に波があるようだ。
次いで皇帝陛下。この人は多分、現最高司祭様の劣化版だな。劣化版と言うが元の現最高司祭様が凄過ぎるんだ。
式を簡略化してずっと持続性を保つそのやり方は、ある意味現最高司祭様を凌駕する程だ。忍耐力がずば抜けてるんだろう、隙をついてジワジワと締め殺すのがうまい。
では、ジェームズ様は?
あの人は詩人だ。一見何の変哲もない詩集。
しかし、その言葉の羅列を見ると中々エグい罠が張り巡らされ、詩集を全て集めるとただの長編ミステリーに近くなる。
詩に紛れこませて暗号文を送って来るあたり、中々の文才がおありのようだ。
多分、私はその思考と血を受け継いでいる。
『ジェームズ絶望物語』はストーリーを書いて、物語の登場人物に見合った実際の役者を揃えていく。
中々の大作だからな。勿論、状況によって細かくストーリーの手直しもしている。結末が一緒なら細かな話の内容は差異な事だ。
今回は登場人物がよりどりみどりなので、人物を探す手間がない。
多分、水島に並ぶ人物は現最高司祭様だろう。
あの方の計算式は未来を見通すが如く発揮される事があるらしいからな。
いくつもの式にいくつもの文字に記号にそって、自分の望む未来を導き出すやり方は正に化け物だと思う。
しかし、水島は定められた未来を予言や回避するという『勘』任せだからな。これもかなり波があるんで……。
双方結末は一緒のはずなのに、そこに到達する手順や順序が違うので一生相容れない存在だと思うし、理解し合えないだろうな。
『勘』と『計算』や『物語』。
水島の『勘』は戦場こそで発揮される。命の危機を迫られた時に本領発揮と言わんばかりに普段は適当なのに、いざその時になると誰よりも頼もしい存在。
『下の者が育たないと困る』
と、言って最近自主的に書類仕事をこなしていたな。
たまにフラッと訓練に参加する変わった人物。だと若いのは思ってるだろうが、アレが大人しいのはカイザス国が平和な証拠だ。
俺同様、古参の軍人ほど水島の凄さは知っているし、こんなに悪化してたのかと呆れたな。
今回身をもって若いのも自覚……通り越して若干引き気味に近い。一部熱烈なのもいるが。
あの水島自ら動かなければいけないくらい、今回は危ない状況らしい。
しかも、自分の命と引き換えにしなければならない程に。言われなくても、手なんて抜けないし、抜く気もないな。本気で事にあたるとする。
「私は水島と違って甘くは無いから覚悟するように。1年はろくに休めないと思え、では始めに──」
橋の攻防戦にエルフ族との交渉。泣く奈々彦のカイザス国臨時王様を容赦なく引っ張り出して、カール様との交渉の場をもうける。泣いてもいいが、キチンと喋れ。
橋の防衛は水島の部下達に任せた。曲者揃いだが、能力は高い。伊達に第1部隊所属じゃないからな。
神聖帝国の人員も容赦なく導入し、ベスティア国のあまり使えない軍人をハイルング国に解き放って死地に追いやる。穀潰しはいらない。
そんなこんなでハイルング国の王太子が救出されてカイザス国に来たが。こんな甘ちゃん使えないな。話にならないので、エルフ族大使館においやり、必要なサインだけカール様に命令して書かせる。
井戸を掘らせているはずなのに、なぜ温泉が湧き出たんだ水島の父親。
いや、井戸も凄いが、凄いんだが……便利な事には変わりないので良しとしよう。
しばらくすると、ユリエルがハイルング国のエルフ族を数人引き連れて橋の防衛に合流した。水島との期日は守ったが、思ったよりも橋の解除は難航している。
ふむ、水島の読み間違えじゃなくて元々その予定だったのか。
水島が旅立ってから1年後その知らせは突然に来た。水島の父親からだ。
「そろそろ来るぞ」
「よし、前戦を一気に下げるぞ。そのまま飛んで知らせろ。手はず通り皇后を殿に」
「了解」
「マティアス、フォーゼライド国からまだ竜騎士団は来ないのか? ドワーフ族達は何をしている?」
「少しオーガで苦戦してるらしい」
「…………そうか」
おかしいな? そろそろ1部隊分は派遣しても良い頃だが。今は他で忙しいので後回しだ。
私はこの時、欲を出してしまった。頭の隅に追いやったはずの『ジェームズ絶望物語』の時期を早めて遂行したのがいけなかった。
差出人が『ジェームズ』になった手紙に再三に渡って「巫女の家系の者を殿に変えろ」と書いてあったが無視した。
ジェームズ様が私の大事な者を知ってように、情報を掻き集めてお前の大事な人物も特定してやったからな。皇后を苦しめれば、ジェームズ様はそれ以上に苦しむ。
次期最高司祭の座から蹴落とすには生温いと欲を出した。
1番の戦力を失った事で、この先の未来に何が待ち受けてるとも知らずに。
殿は役目を無事に果たして、スムーズに撤退作業はなされた。
しかし、戦力を削がれたせいで中々ベスティア国王都での防衛戦が苦戦するかも知れないと、正気に戻った。マズイ。
1人分私の代わりが欲しいと思ったのが『我が君』に祈りが通じたのか、死んだ筈の水島が生きていると秘密裏に報告を受けた。本当か?
「私は敗走兵扱いでしょうか?」
「いや。辞表は受理していない。今すぐ復帰して引き続き水島の世話を頼む」
「了解です」
そんなこんなで、私が攻防戦に頭を悩ませる前に水島がコチラに向かっていると。部下に叩き起こされた。緊急招集をかける事にする。
「水島!」
「遅くなってすまない。一時指揮を譲り受けたい」
許可を出した水島が一気に喋り出すと後が大変だと思い、録音出来る魔道具を起動させる。
案の定トバーーーッと喋り始めた。私は水島から流れて来る指示書に言葉を付け足したり、サインしながら部下に手渡して行く。途中で水島が力尽きた。
来た時から思っていたが、かなり疲れている様子だ。
伝達役がへばって使い物にならなくてなったところで、足の速いモノに走れと指名しながら、指示を出して行く。役職? 気にするな。私より下の者だから命令権は私にある。
「おかえり」と言うと「ただいま」と返事する水島。私が苦言を言う前に説教は後日と言われてしまった。
この消化しきれない思いは行き場をなくして、後日容赦しないと心に決めた。




