405話
コンコン
「大輔様、お目覚めですか?」
「ああ、入って構わない。すまんが、新聞はテーブルの上に置いといてくれ。後で読む」
欠伸を噛み殺しながら、簡単な朝食を部屋で取り、カイザス国と神聖帝国で発行されている新聞を数社分読む。今日の朝食はオムレツか。
水島隊長が休暇明けで帰って来たら俺が休暇になるから、しばらくしてなかった料理でもするかと考えながら、食事をぱぱっと済ませて着替える。
いつの間に増えた手紙の分だけ俺の役職も上がり、今では第1部隊所属の副隊長だ。
第3部隊からは別格な扱いで、役職持ちじゃなくて普通に上にあがるのも苦労した。
その中でも第1部隊は別格だ。先鋭中の先鋭部隊。水島隊長がトップに就任しているが、最初辞退しようとしてたな。俺に譲りたいとかいまだにほざいて。定年まで後少しだから頑張れよ。
結果、水島が第1部隊の隊長になってからかなり部隊編成が変わって、寧ろ前より強くなったかも知れないが。癖がある分、普通の部隊では御しきれないのがゴロゴロ入って来て魔窟と化している。
まさか、エルフ族のユリエルまで面倒見るとか言い出した特は我が目を疑ったが……中々反抗的だが、水島は使いこなして飼い慣らしつつあるんでな。アレは誰にも出来ない芸当だろう。
もう少し調教して大人しくなった頃に俺にその座を明け渡して欲しい。
結局俺の休暇は、ベスティア国から来た伝令によって阻止された。さらばだ休暇。
そして、水島の定年前に俺に第1部隊の隊長と言う予期せぬタイミングで転がり込んで来た訳だ。
『我が君』にお目通り願えたのは至高の喜びであった。語り始めると止まらなくなるので、詳細は伏せる。
そう言えば、水島の下に着く事はあっても上に付く事はなかったな? 隊長同士の時はあったが。
水島がはじめて部下になって、何でコイツが出世が早いのか身を持って知った。
確かに言ったよ。戦況報告リアルタイムで来るかもって。言ったけど本当に送って来る奴があるかっ!!?
しかも、肝心なのは時間差で送って来ると言う暴挙に出るからタチが悪い。
しかし、被害の割に戦績が良過ぎて説教くらいしか言えないこの理不尽さ。
確かにこの野郎を部下になんかしたくないよな。前第1部隊隊長が胃薬常備してたのが思い出された……前隊長、もしかしたら水島が部下だから俺を庇って死を選んだ疑惑。
「昔は問題児で」なんて酒の席で何度か色んな先輩に昔は聞いたが「だろうな」と言って深くは考えなかったが。いや、深く考えるのを拒否したんだな。今は威力をさらに増した問題児だ。コレは誰にも手に負えない。
「思ったよりやらかしてるな。何でこんな直ぐに立て直しが出来るんだ? 身を犠牲にして絶対無理してるな。連れ戻すぞ」
「代わりに大輔第1隊長が行くのはなしですよ。今のところカイザス国でアレをどうにか出来るのは貴方だけです」
「出来るか! 意味不明な要求わんさか送って来て!! 下が理解出来ないのを大量に私に押しつけて、予算捻り出すのに何て説明すりゃあいいんだ。結局いつもとやってる事あんまり変わらん。むしろ水島が野放しな分タチが悪過ぎる。はぁ〜……少し考える。しかし、ベスティア国の無能な元指揮官、特攻しか出来ないアレをそう呼んでいいのか微妙な者を排除してくれたのは助かったな。何か労いに送ってやるか」
「そしたら、ジョゼフィーヌでひとっ飛びして来るな」
丁度、巫女の家系が手土産にと持って来た神聖帝国のダンジョン産の桃と菓子に書類の束を送ったら、何故か井戸掘りの計画書と水スライムが届いた。
「意味が分からない」
「息子は今後の水不足を心配してるな。多分、ベスティア国の難民のだろう。ハイルング国内のは軍も使うし後々必要になる」
「『水はいらない』って行く前にサラッと言われたが、まさか今後ずっとか。しかし、水の出る魔道具は量産しろと、ふむ……。分かった、許可するからいる物の手配を──」
水島の父親、測定器もなしで水脈当てるんだと。子が子なら親も大概だな。
この人も大分勘頼りで羽馬部隊でずっと活躍していたからな。自ら野生のワイバーン捕獲して乗りこなすまでとは思わなかったがな。
多分、水島がもっと歳を重ねたら、きっとこんな感じでプラスアルフォ悪化した生物になるんだろう。恐ろしい子。
ご苦労と伝えて部屋から下がらせようとしたら、スッと手紙を差し出された。ん?
「先に謝っておく。すまん」
開けてびっくりしたな。ずっとリアルタイム伝令だったんで事後にコレはないだろう。アイツは何がしたいんだ。怪我したら引っ込めるか……しないだろうな。
そんな事したら、前戦指揮から外されるの分かってるから。しかも、戦績予想まで事前に書いてあるしな。許すまじ水島。
「はぁ〜……怪我はしなくても、歳だから回復に時間かかりそうだな。もう若くないんだから大人しく寝て欲しいものだな。部下の働きに期待だ」
「部下のひとりが麻酔持っていってたんで、疲れた隙に打たれるでしょう」
「水島の扱いが猛獣だな。アレは口から摂取するのは敏感だからな」
何回か毒やら睡眠薬やら盛られそうになったが、ことごとく失敗したと差出人のない手紙に書いてあったな。俺に報告するくらい悔しかったんだろう。
軍の掌握に時間がかかってるのは、単純にトップに水島がいるからだな。
俺は水島をどうこう出来ると思えないので、指示された嫁をあてがって多少腑抜けにしてから定年まで待つつもりだ。
ジェームズ様も粘ったが、労力の無駄だと悟って結局諦めたな。
一応『怪我したら帰って来い』と水島の父親に手紙を持たせたら。1時間後に羽馬の伝令が『怪我してない大丈夫』って返事を持って来たこの俺の心境を示したが如く部屋が静まり返った。返事まで先読みしてやがる。
「……化け物か怪物だと常々思っていたが、一体水島どこを目指してるんだ? 前よりパワーアップしてる」
「『死神』ですから『神』と言ったところか。そうか……10人死にましたか。少ない。アレと同じ芸当が出来るのはもうカイザス国軍に残ってないでしょう。水島の叔母も似たようなものでしたな。流石にここまでではなかったように思えますが、懐かしいな。水島家の残るのは代々こんな感じらしいですよ。私も親や祖父母から聞いた話しですがね」
代々軍人の家系。大体入隊すると、1回はお目にかかると言う『水島』の家名持ち。昔からカイザス国軍を支えるなくてはならない存在らしい。
もう一度水島の父親を呼ぼうとしたら、すでに準備を終えて旅立った後だとか。休憩も取らずにか。
「さては逃げたな」
「水島さんは、逃げ足早いですからね。現役のあだ名『音速ライダー』って言われてましたから……ぶはははっ。怒られそうになると直ぐに飛んで逃げて、捕まえられないってついたらしいです」
「問題を起こすのも水島家の特徴か。完全に遺伝だな」
時間に余裕が出来たから、今度はユリエルのところに向かうのか。
神聖帝国が血眼になって探していると言う『預言者の末裔』。きっと水島がそうなんだろう。
でも、聞いていた話とはかなり能力的に規格外だと思うんだよな。
最近平和でここのダンジョンから出さなかったから、ここまで能力が悪化してると思わなかった。コレで完全に聖女の家系どころか皇家からも目を付けられたな。
私は、補給物資に追加されていた果物を手配しな後、聖女の家系に報告書を送るべく一旦その場は部下に任せて、作戦指令本部を後にした。
前に送った桃と菓子の礼にとシルバーウルフの毛皮が届いた。
ワーウルフの特殊個体で中々お目にかかれないんだがな……水島、食い物の礼にこんな高価な品をくれても困る。コートの裏地にするとあったかいとか書いてあるが。違うそうじゃないだろう。衣類にしていいレベルの代物じゃないからな。
最近遠征なかったが、そう言えばコイツをフィールドに出すと碌な魔物狩って来ない事が度々あったな。希少な魔物を大量に持って帰って来て値崩れさせる常習犯だ。商人泣かせな奴である。
ナロ元隊長は亡くなったらしい。焼いて埋葬した報告と一緒に耳飾りが送られて来た。そうか……あの人も死んだのか。
水島同様。私も随分と世話になったな。
クラーケンが出て、送ってくれた大量の果物の礼にとクラーケンの魔物素材が送られて来た。突然海の番人?
しかも、送った果物ってクラーケン用だったのか。礼もクラーケンかららしい。海産物ももらったが、そちらは野営地で消費したと。
果物の礼が自らの素材か。アレだ、何か水島に微かに似ている気がする。この食い物に対しての過度なお返しの仕方が。シルバーウルフの毛皮が全然霞む。
「クラーケンに果物を与えるとか、水島っぽいな。手懐けはしなかったが、コレは良い物を頂いた。……礼状を出してもクラーケンに届かないのが残念だ」
「大輔隊長、しっかりして下さい。古参の方々も頷いてますが若いのがドン引きしてるの感じ取って」
クラーケンからのお礼は魔道具技師や職人が泣いて喜んでいい物作ると言っていたから、丸投げした。
クラーケンの魔物素材は軽くて丈夫な上に扱いやすそうだと、酒と一緒にフォーゼライド国に半分送ってやった。あちらも狂喜乱舞して喜んだらしい。
そう言えば、ヴァニア大陸に遠征に出掛けて船が沈没。戦争に巻き込まれて数年したらクラーケンに乗って帰って来たとか逸話が残ってるらしいが。知り合い? 知り魔物だったか。顔が広いにもほどがある。
眉唾物の逸話だったが、もう誰も疑うまいなコレは。
1回部下に起こされずに予定が狂ってしまったからと、リアルタイム伝令はやめたらしい。コレが普通だからな。やっと気がついたか。
そうか。無理やり休まされてるのは喜んでいいやら、戦死者が増えたがコレが普通でむしろ少ない部類だろう。
魔力補充と血統結界要員で送られた神聖帝国のやんごとなき方々が馴染むまでは大人しく……もしてなかったが。
「心配していた皇后陛下がかなりの適応能力を発揮されたようだな。魔力補充で送ったと思ったが『戦えそう』とは。水島が言うんだから、そうなんだろうな」
「母上……ゴホンッ。皇后陛下にはなるべく大人しくして頂きたいが。皇帝陛下が最前線に送るだけでも嘆いているのに」
「心中お察し申し上げる皇太子殿下。しかし、使えるとなったら親でも容赦なくコキ使うのが水島ですから、申し訳ないが諦めて下さい」
「はぁ〜…………」
リアルタイム伝令ではなくなったので、今まさに皇后が橋で大暴れして神聖帝国の誰よりも戦績を叩き出しているとは知らず……。数日後にお互い国にどうやって報告しようか頭を抱える羽目になった。
「皇后陛下、獣人族におぶされながら橋を逆走して大量のゴブリンを蹴散らしたとか。一体何を目指しておいでだ」
「少なくとも、神聖帝国の『皇后』では無い何かでしょうね」
「「はぁ〜…………」」
私も結構大変だが、似たような立ち位置の皇太子殿下も大概だな。
後日、戦闘スタイルが常時おんぶ状態なので、手足が合計8本。『戦場の特攻蜘蛛』と何とも微妙な呼び名がついたと言う報告書が送られて来た。
そして、皇后陛下が目立って気が削がれている内に、ウチの問題児が戦線離脱を果たしたらしく、後日直筆の手紙が時間差で送られて来た時には何もかも手遅れだった。
『オリを見てヌシの首を取ってくる。後の事は任せた。地獄で大輔は待たん、先に行く。本気でやれよ』
その手紙を思わずぐしゃりと握りつぶして、私は水島の前戦指揮予定表に目を通しながら、頭の中で物語を書き上げる事に全力を尽くした。
水島のお陰で登場人物は充分過ぎる程出揃った。後はストーリーをそれに沿って望むシナリオを書けばいい。
『ジェームズ絶望物語』の書きかけのシナリオを一旦頭の隅に押しやって、新たなページに『エデン救済物語』の題名をデカデカと書いてからストーリーを紡いで行った。中々書きごたえがありそうだ。




