328話
「すいません只今戻りました」
「はい、おかえりなさいつばめ様」
休憩終わりに密談用の部屋に戻ると、大輔さんは居なくなっていた。どうやら現最高司祭が迎えに来て、宿泊場所に帰ったみたい。
「宿泊場所って何処なんですかね?」
「『聖女の家系』は神聖帝国の大使館になりますね。朝早くに祈りの時間があるから返してくれと言われてしまって………配慮が足りませんでした」
朝早くからお祈りかぁ…何時からなんだろう?大使館って王宮の敷地内にあるから祈ったら直ぐにコンスタンティンさんに届きそうだね。
「カールさん、何か食べたい物ありますか?」
「…………」
「カールさん?」
「いえ、折角ですから一緒にバナナのパンケーキをつばめさんと作りたいと思ったんですけど、構いませんか?」
「はい、じゃあ…焼くのはお任せします」
バナナを潰して、ホットケーキミックスを混ぜて、牛乳と卵。バニラも入れよう。
つい最近の様な気もするが、随分前だったなぁ………料理免許の実技試験でパンケーキを焼いて、その後延長戦してかなりの枚数カールさんと一緒に焼いた気がする。
「カールさん、どうせならデッカいの作りませんか?フライパンと、鉄板あるんで行けると思うんですよね」
「それは…少し興味がありますね」
まず火にかけてバターを溶かしたフライパンいっぱいに生地を流し込んで弱火で蓋をして焼いて行く、その後フライ返し2つを駆使してお好み焼きをひっくり返す要領で鉄板の方に移動させる。
「…なんともまぁ、食べ応えありそうだな。儂は1枚でいいかの」
「俺は……どうしようかな?3ついけるか?」
「駄目なら俺が食べてやるから食えレオン殿。絶対美味しい。俺も3枚だな」
「かしこまりました」
「生クリーム泡立てお願いしますカールさん」
「待て、俺も一度やってみたかったんだ。ユリエルが何か毎度シャカシャカしてるヤツだろう?」
生クリームは健介さんにお任せします。
焼き方はわかったみたいなので、私は果物類を切りつつ小鍋にブルベリーソースを作って行く。
はじめの1枚はカールさんに何も乗せずに味見して貰った。
「無作法ですが、立ったままで失礼します」
「味見のデカさが尋常じゃない…まあ、カール様なら食えるか。つばめ、ジャムは無いのか?桃のジャムが欲しいんだが…」
「確か野菜用の冷蔵庫の何処かに入ってた様な?」
健介さんはその言葉を聞いて、レモン汁入りの生クリームを泡立てながら冷蔵庫の方に向かった。
カールさんは何だか目が開いてて怖いんだけど、どうしたんだろう?
「美味しくなかったですか?」
「いえ…とても美味しいので驚いてます……」
「ならもっと美味しそうに召し上がって下さいよカール様。俺にもひと口下さい」
「ひと口?……???」
「だー…口開けて待ってたのに。皿ごと下さい。もぐもぐ…何だ本当に美味しいじゃないで………え?真顔?まさかの怒り?」
「カールさん!コゲちゃいます!」
「ああ、すみません、私とした事が……よっと。何とか大丈夫そうですかね」
健介さんにパンケーキの皿を強奪されたんで怒ってるのかと思ったが、そうでは無いらしい。
ひと口も分からなければ、健介さんが口を開けた事も良く分からなくて終いには自分の皿から他人が食事を貰い受けるのもよく分からないとか……えぇ……。
「カールさんは他の人と食事して、ひと口交換とか……しなさそうですね、確かに」
「そうか、それはすまない。ほら、ユリエルにしたらきっと喜んで食べると思いますよ。カール様『あ〜ん』って言いながら口開けて下さい」
「『あーん』???んぅっ!?………………なるほど。これが『ひと口』ですか」
ひと口が優雅だよカールさん。
口元にお上品に手を添えてパンケーキを咀嚼されて、ちゃんと飲み込んでから喋り始めた。
確かに味見して下さいって渡したのにちゃんとナイフとフォークで食べてたから……相当育ちがいいんだろうな。
地べたに座ってフォークで桃を食べてたから、そういうのも慣れてるのかと思ったら違ったのか。
そう言えば先王兄殿下様でしたね。これから王様になるんでしたよね。
「…まあ、普通はこんなもんだ王族って。寧ろ料理出来るカール様の方が特殊なんだよな。俺も軍に入る前はもっと酷かったからな」
洋服どころか、靴すら自分で履かないとか…凄い何それ!!
「お風呂の時困りませんかそれ?」
「つばめ…風呂は普通、人に入れてもらうんだよ。髪も身体も洗ってもらって身体も従僕に拭いて貰って、マッサージや手入れなどを受けて、洋服着せてもらうんだ」
「それが普通ですね」
「えぇぇえぇぇぇっっっ!!?」
健介さんが気にしないって言うから、最近緩い感じの食事提供してたけど、もしかして私知らぬ間に無作法な事してたんじゃ?
そう言えばジョンさんが前に特大デコレーションケーキ食べる時に「このまま食べるんですか?」的な事なんか言ってた気がする。
って2人に話したら「あー…」、「そうですね」と、言われてしまった。
「ハイルング国は基本コース料理ですね」
「神聖帝国も晩餐会や会食はな。それか、ひとりひとり膳で食器が分かれてる」
立食式のパーティみたいなのもあるが、普通は担当者が食べ物を取り分けてくれるし、飲み物は給仕の人がいるそうだ。
舞踏会って何ですか?皆んなで踊る感じですか。そうですか。
後はお茶会。それも、飲み物も入れてもらってお菓子などもテーブルに並んでるのを取り分けてもらうそうだ。な、なるほど。
「普段は従僕や侍女なんかが自分の手足の代わりに何でもしてくれるんだ。カール様なんて、ハイルング国に帰ったらドアすら自分で開けないだろう」
「え?本当ですか?嘘でしょ?」
「本当ですよ。エルフ族大使館のドアなど私は触った事はありません……ふふっ…つばめ様、口を閉じて下さい。パンケーキをひと口与えてみたくなる」
鈴木邸でのこれまでの昼間の食事会などは、ちゃんと給仕の人とか居てくれたみたいだ。と、言う事は私が料理を担当してる密会と言う名の2次会が問題だな。うん。




