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305.5 売り切れるのが早すぎた隣の幻のスープ




「……鍋だな」



「俺も鍋だな」



「こちらは5人で分けましょうか。会長、ロジャー様、金井さん、料理長」


「ああ、それで構わない」


「そうだな副料理長に賛成だ」




「じゃあ、某はひと鍋」



「あら、じゃあ私もひと鍋貰うわね☆」



「みんなそのままなら、僕も鍋で欲しいな」




「あれ?……まさかの完売???」



「お支払いはお任せしますから、私は店じまいの準備しますね」



 早朝4時。朝のまばらな人影の中、そこだけガヤガヤしてるのが気になって自分の野菜売り場の立て札を『準備中』にして、思わず足を運んだら……え?何この凄みのある面子。


 3件隣のスープ屋が新参者だと言うのは本人に挨拶されたんで知っていた。


 最近毎日の様に朝市に顔を出すエルフ族はここら辺では有名人だ。

 最初はエルフ族なんて都市伝説だろうと思われていた王都クリスタで、目撃情報がジワジワと増え今では存在が周知されている。最近3人に増えたらしい。


 全員目が潰れるんじゃ無いかと言う程の人達だが、1番美人なこの世の者とは言えない様な破滅的顔面偏差値を誇る奴は男らしい。

 見た瞬間意識が一瞬遠のいたな。



 それが何やら、鍋を抱えて立ち食いならぬ立ち飲みの勢いで鍋の中身を食している。私は鍋になりたい。スプーンは駄目だ、刺激が強すぎて無理だ。あの唇に触れられたら最後、一瞬で溶けるか灰になると思うんだ。



 ちょっと良く分からない集団を確認して、私はそっと自分の所定の位置に戻った。




 荷物を撤収させた獣人族が帰ったのは、日も登り切らない時間帯だった。


 私も帰るか。野菜は全部あの獣人族に買われてリアカーに積まれて行ったのですっからかんだ。







 ー次の日ー




 まさかのエルフ族と・な・り。




 おかしい。いや、時間帯を考えるとおかしくは無いんだが…早朝の朝一番だし、大体毎回顔ぶれは毎度変わらないんだが……それにしても隣は無いだろう。


 準備前に挨拶とかして来たんで返すが、何と答えたか最早覚えて無い。

 目が潰れた。もう無理何も見えない。



「良ければ召し上がりませんか?昨日そちらのお店で買わせていただいた野菜のスープになります」



「あ、ご丁寧にどうも。折角なんでいただきます」




 1杯700円のスープ。ちょっとお高めだが、スープにしては珍し…………………うまっ。




「何だこれ?????」



 野菜なのは分かる。昨日売ってたのは玉ねぎだけだ。リアカーに積まれて運ばれて行った玉ねぎが、こんなに甘いスープに変わるなんて思いもしなかった。



 見た目は茶色で、シンプルだが…なんでこんな複雑な味になるんだ?何をしたらこんなに美味しくなるんだ???訳が分からないを通り越して、これは最早食べ物と呼んでいいものなのか怪しくなって来た。



「お姉ちゃんチーズトッピング鍋で!」



「……私も鍋だ」



「きょ……今日は間に合ったわ!つばめさん出店おめでとう。私も鍋で欲しいわね。勿論チーズ有りで」


「母さん、だから早く起きないと無くなると言ったのに。私め最早徹夜して備えて参りました。今日も美味しそうな香りで御座いますね。半分食べたらチーズ追加など出来ますでしょうか?」



 チーズトッピング100ぺリンするんで断った数十秒前の私許さない。いや、このままでも美味しいからいっか。



 私がスープを飲み切る前に隣は店仕舞いを始めた。私は急いで器にお湯を入れて貰う。



「器使う方いらっしゃらないんで失念してました。教えて頂いて有難うございます」



 最近のスープは鍋で食べるのが流行りらしい(驚愕)。



 結局このスープを飲めたのはキラキラした方達を除いて両隣の私と粥屋だけだったらしい。


 それから私はそのエルフ族の出店に巡り会えなかったので、噂を耳にしたくらいだ。

 しかし、食べた者が少な過ぎて、早朝出店組では『幻のスープ』と呼ばれたな。

 誰も口に出来なかった最初のスープの中身は何だったのか予想する遊びが一時期ちょっと流行った。



 あんな美味しい玉ねぎのスープの前は何だったんだろう?


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