295話
《眠ってしまいましたか》
《ああ、手短に済ませよう》
《いえ、その前にお話し願いたい》
《何だ?》
ここで、直ぐに答えては駄目だ女王に質問は何だと思わせて、アレコレ情報を読み取る。表情。聞かれるべき内容…読みづらい。読みづらいよ王侯貴族は。それでも必要だ。データを取ってサンプルを採取し、数秒先の未来に託す。
《ハイルング王族の基準って何でしょうか》
《…………》
凄いな。無表情だ。
女王は血だらけのベッドから出て来て、結界を越えて来た。
姿勢を正して、優雅に椅子に腰掛ける。
今の女王を見ても決して出産直後だと思うまい。
白い寝巻きを真っ赤に染めた…まるで殺人鬼みたいだな。
子どもはベッドの上の方で寝てる。あそこら辺は汚れて無いからな。
お召し替えをと言っても断られる。
女王の言葉をひたすら待つ。
待つ。
待つ。
《基本的には王の子どもである事だ。新しい王が玉座に着いたら、王の弟達は継承権の順位を下げられ、婿に入るか貴族に成り下がる。予備で何人か残る事が出来るがな》
《では、あの子が産まれなければ、カール様がまた予備で残っていたと?》
《カイザス国にいればな。此方に戻って来たら、私が王冠をお返しする》
やっぱり、人伝に聞くと話しが若干食い違うな。予測してたが。
《それはカール様にですか?ユリエルにですか?》
《…………年齢的に考えてユリエルだ》
《それは、王太子に子どもが生まれてもですか?》
《いや、その場は王太子になるな。子がいなければ話にならぬ。ユリエルに子が出来なければだが…》
私はちょっ深呼吸した。ため息みたいに見える。
《本当に王太子が次いでも良いのですか》
《何だと?何が言いたい?》
《女王陛下…いえ、ミール様》
ミール様の胸がドクリッドクリッと鳴っている気がした。瞳孔が僅かに開いている。「何故その名前を」とか思ってるんだろう。
《ミール様は女王になる資格が無い筈だ。ハイルング王家の血が一滴も入っていないとは言いませんが、ユリエルよりは遥かに薄い血だ……もちろん王太子もそして、カール様も》
まぁ、ユリエルが濃すぎるのもあるよな。兄と妹で子どもがサミュエル・カミュだし。孫でも相当濃いし何より世界樹の国のエルフ族の血が入ってる。エルフ族達が口にする最古のエルフ族の国。
もう、国に帰れと言いたかった。カイザス国だから移住出来たが、他では取り合いで戦争か争いの火種になるから移住不可で断られてたろう。
ユリエルの身辺調査の時に親族は調べたが、近しい親族は世界樹の国とファイ様、後は中級貴族に1人血が濃いのを発見した。先王陛下とファイ様の母親の実家だ。
カール様がいないじゃんって。
養子縁組さて、どうしようである。薄いけど、一応繋がてはっいるんでいっかな?どうするよ?と、なった。本人達しかも知らないみたいだし。
まず、国際問題に発展しそうなのでひとまず保留。
時期を見てカール様側に事実確認を取ろうと言う事になって、審査が通ったな。
もはや、神聖帝国の聖女の家系や皇家の方が血が濃い位、カール様とミール様は王家の血が薄い。
余り無い例だけど無くはない。
家族移住希望者の時にたまーにある。旦那さん、それあんたの子どもじゃないよ、と。
そう言う時は奥さんに確認してる。直接。
もし、旦那さんの親族からカイザス国内で養子縁組したいとかなったらあら大変。
養子縁組用の審査で引っ掛かってまた奥さんに直接聞いたり、向こうの親族に『血が繋がって無いので養子縁組申請通らないかも』と聞かなきゃいけない。
大体は移住申請取り消しされる。
まぁ、そんな家族はだいたいはじかれるが所得が上で総資産が多いと移住申請通りやすいので何とも言えないな。
話が逸れた。
ハイルング国は戸籍管理がかなり雑だ。
大体の王侯貴族は、魔石を喰らい終わるまで普通は人として数えられない。それが20歳前後。長くても30歳くらいかな?死ぬ確率もあるので、それまでは周りに存在を知らせない。
また、魔石を摂取した弊害でその間知能が著しく低下する。教養や教育が終わるまではほぼ部屋から出されない。と、言うか人前に出せない。マナーが悪いと恥をかくからだ。
魔石を喰らい終わり、教育が終わってからやっと半人前位。大体は100歳で成人のお披露目となる。
なので、子どもが産まれた事を知らない事がある。出産に立ち会った者やお腹が大きくなれば気がつくが、それも皆口にする事は無い。
エルフ族は20歳で成長が緩やかになる。と、言うかほぼ止まる。
本当に部屋から出て来た子が20歳なのかは謎だ。実際寿命が長いしな…数年とか誤差に入るだろう。
カール様の実年齢を考えると意図的としか言いようが無い。
しかも、書類上の母親とも血が繋がって無いからな。
では、誰の子なのか。
新規戸籍取得より、実は軍に入隊する方が書類審査が厳しい。
調べたよ、諜報部が血眼になって。
「なんでよりによって軍に来た」と、嘆いていた。
事実確認作業と裏付けの検体用サンプル回収が非常に大変だったらしい。
母親は高級娼館で働いていた娼婦で、父親は上級貴族。カール様の書類上の母親の実家だ。
貴族は所在がはっきりしてたので楽だったが、母親の方が大変みたいだった。
元は低級貴族の生まれだったが、先王の恐怖政治により政権、派閥争いする前に抵抗も出来ず没落。平民だ。
家格の割に魔力量が多く、父親が若かった事もあって妊娠したらしい。それを気に妾にして、隠れてこっそり暮らしていたがミール様が産まれた時に奥さんにバレた。
奥さんがこの子達いりませんか?とカール様の書類上の母親に言ったのがはじまりだな。
奥さんは城にあげて行司見習いにでもと思っていたらしいが、カール様の母親は自分が生んだ事にして王子と王女と偽った。
貴族よりも戸籍がゆるゆるなのが平民だ。
戸籍とかかなりアバウトで魔石を摂取するのは王侯貴族より少ない量しか喰らえないし致死率が高い。20過ぎれば子ども扱い。大体100歳前後に戸籍に名前を載せて成人。
魔力量が多いと、貴族に引き取られる事もあるので、わざと載せない意味合いが強い。
後は死傷率の問題だ。大体100歳まで無事に生き残ればその先寿命までに死ぬ確率が低い。
私は退役軍人の高齢者たちを思い出した。確かにアレに後400年分位寿命足しても生き残りそうだな。単騎でフィールドに出てもよっぽどのヘマしなければ死なないだろう。
《カール様は知らないのですね》
《…私は女だから、王妃と居る時間が長かった………まさか、他の王族皆死に絶えて、兄上と私だけ生き残るなど。ファイ様がサミュエルを産んだ時はホッとしたが……まさか出て行くとはな。サミュエルが女児の子をこさえていれば王太子に嫁がせられたものを》
キンの話を聞いた時に、カール様とミール様以外の王族をファイ様に送りつけたと。
先王自分の子じゃ無いって知ってたからワザと残したんだな。
橋の解除も出来るか不明。秘密の通路は使えるか?王太子は自分が王族の血を引いてないと気が付いて無い。神聖帝国は何となく気付かれてるがな。
もう、今更引き返せないんだろう。ミール様はカール様に王位を譲ると言っているが、心の中では悪あがきしたいと思っている。王太子に次の王を継がせる為に。
事実を公表すると、内政干渉になる。
だから、たとえハイルング国王族の血が薄いと知っていても、現在玉座に座って王冠被ってるミール様が女王陛下なのは変わらない。
変わらないが、公表しない代わりに脅す事は出来る。
『では、カール様に指示を仰ぎましょう。流石に王太子がもしかしたら橋の設定をいじれないとなると、今後の作戦に支障が出ます。事は女王陛下の問題だけでは無い』
『それは駄目だ』
『では、ゴブリンの扱いを魔物に戻していただきたい。この王都で発令された物です』
『…………』
ミール様はベッドの方をチラリと見た。そう、あの子に継承権が無くなる可能性がある。ゴブリンの『ヌシ』から生まれ出た魔族だ。
しかし、実際に戻さないとゴブリン王子達もしくはその子孫がベスティア国、カイザス国、神聖帝国に攻撃して来た事になる。
幾ら成人を迎えてない幼な子の扱いでも、限度がある。
その代わり、こちらもハイルング国のゴブリン王子達を惨殺した事になるがな。
『……それは……出来ない』
道の先が急に暗くなって来た。
諦めるな。諦めるな。まだ終わって無い。
《女王陛下。その席に縋りつきたい気持ちも分かります。しかし、もうシャルル様はいない》
《………》
暗い。駄目か?もう少しなのに。
仕方ない。早いけど出すか。
コトリ…
《これは…私が贈った……》
《バルバロッサが着ていた服の内ポケットに入っていました》
ミール様は懐中時計に手を掛けて、蓋を開けた。
怖い怖い怖い怖い。思考が「殺す」の羅列と似たような意味しか無い。
取り繕えないくらい怒ってるんだろうな。
《あの女…生き埋めにすれば良かった…》
やめて。そう言うのは詳細知りたく無いから。
ー
シャルルへ
愛を込めて♡
アデーレより
ー
カール様の奥さんの名前だな。アデーレさん。
同一人物じゃ無いといいなと思ったけど………そう言うドロドロした恋愛事は神聖帝国だけで十分だよ。
ジェームズ様と皇后とか。魔族人狼種と皇后とか。皇后がカケラも興味無いんで誰も救われない。きっと、皇帝陛下も救われない。
カールさんの奥さん、実は王族の血の入った子どもをミラクルで孕った。
先王陛下の弟の息子に当たる方が父親になる。上級貴族とやらになるが、血だけなら王族筋。
神聖帝国、どんな狸だよな。『今のカール様やミール様由来の王家の血は入って無いよ。先王筋の血だから』と言う意味合いで『王家の血じゃない』と、使っていた。
それも神聖帝国に妊婦状態で送りつけちゃう先王が鬼畜。血のつながりが無くても仮にも書類上は息子の嫁だぞ。
カール様、実は魔石をモリモリ食べて寿命を伸ばしたみたいだ。
カール様の本当の母親が魔石をけっこう幼少期食べれた様でその血が出たんだろう。
エルフ族だが、魔石を喰らってハイエルフ種まで自力で上り詰めた。
《シャルル様…もうシャルルと呼ばせて頂きます。女王陛下、あんな男の為に貴方が後を追う事はない》
《………っ。それでも…それでも……愛されないと分かっていても……》
あぁ、カイザス国にいた頃の私が目の前にいる。
騙されても構わない。愛して貰えないけどそれでもいい。本当は愛されたい。死ぬほど愛されたい。
アナタが死んだら生きて行けない。
女王は子どもを産んで、死のうとしてる。
たとえエデン転覆級の犯罪者であろうと、彼女は子どもの母親だ。
しかし、彼女は罪の意識が薄い。と、言うかハイルング国の法律には触れる事はないのでな。エデン条約には触れるが。
家臣や民は王族に尽くすもの。
エルフ族以外は人では無い。
皆んなゴブリンに食い殺され様と、どうなろうとエルフ族のこの女王に尽くすが良い。
しかし、余り弱い個体はいらない。殺しても構わない。王子達も王族としての責務をこなせ。命を持って生き残れば王太子の予備位にはしてやろう。
まだ、人の扱いも受けられない幼な子達よ。
全ては自分中心の世界で回っている。
狂ってない。カイザス国や国際基準の倫理観的にはどうなんだと思うが、これが女王さまのお考えだ。
カール様と考え方が似てる。『世界は俺様の為に回ってる』を素で言えそうな人達である。恥ずかしくも無く。似合うなーと思うよ。
ハイルング国の帝王学とか学ばれているんだろうし、実際偉い人達だしな。
しかし、法律は守って貰わなければいけない。
エデン条約、世界基準。ハイルング国の法律は女王さまに変えられてしまえばそれまでだが、他は違う。
罪を償って悪い事だと自覚して欲しい。
エデンの一国を任された女王として、世界で一番安全な『楽園』を脅かした者として。1人の親として。
私は選択肢の中から言葉を選んで、女王さまに言ってやった。
《女王陛下。狂うほどの愛を貴女はシャルルにいだいていない。先王程の愛はミール様には無い。それはエルフ族の自決をする程の愛とは私は認めない》
ミール様は衝撃を受けた顔をして、暫く固まった。
生きようとする者を死なせるのは簡単だ。殺せばいい。
しかし、死のうとしてる者を生かすのは物凄い大変だと思う。思考が鈍る…疲れて来た。
まだだ、ちゃんとしろ私。勘を途切れさせてはダメだ。
ついつい集中が切れて、余計な事を考えてしまう。




