294話
女王に温かいタオルを手渡して、子どもも一緒に手渡す。
私はマジックバッグを持って一旦寝室を出て行った。
パタンッ
「ふー………」
寝室の横の壁にズルズルと座り込み、水を飲む。
マジックバッグから、バルバロッサを出しピンッと指で弾く。
《何すんだー離せー》
離せと言うので、その通りにしてあげたら悲鳴をあげた。「きゃぁっ!」はやめなさい。
脚で踏みつけてから、体重をかけて行く。
《何すんだ!!やめてやめて》
《女王陛下の話を聞きたい。洗いざらい吐け。吐かないとトイレに流すか…そうだな虫まみれ?ああ、芋虫まみれにして、それからーーー》
《そ…それから?》
《クラーケンにくれてやろう。ぬっめぬめの触手に掴まれ、あのギザギザの大きな口でバリバリ食べてくれるだろうな》
《ひぃいぃぃぃぃっ!?いやだ!いやだぁぁあぁぁっっっ!!!》
《私はクラーケンと友達だから、言い聞かせておくよ。よく味わって削る様に大事に食べろと。『楽に死ねると思うなよ』バルバロッサ》
《きゃぁあぁぁぁあぁぁぁっ!!!?言う、言うから!な…何が知りたい!?》
《女王陛下の事なら何でもいい》
それから、女王との出会いから始まった話は……駄目だ。感情は今は捨てろ。集中しろ。
《それは嘘だな》
《え…いや…その……》
私はマジックバッグから槍を出してビー玉みたいな表面を槍の先でギギギと滑らせた。
『ぎぁあぁあぁぁぁっ!!!』
『はやく話せ時間が無い』
『わかった…わかったから……』
女王は子どもを望んでいた。王太子が産まれて長く経つが、2人目を中々懐妊出来なくて嘆いていたそうだ。
藁にも縋る思いでエルフ族に扮したバルバロッサに助力を得たと。
『…よくそんなの信じたな』
『それくらい追い詰められたみたいだ。私がこちらに何回か足を運んだ当初はそうでもなかったが………ユリエル・カミュが来てからかなり焦っていた。しかもカールとか言う兄ちゃんの養子になったんだろう?継承権の順位が代わるかもと言ってたな』
『………』
ハイルング国の王族は複数人と婚姻して子を成す。
王太子にまだ子どもがいない状態で、若いユリエルの存在が、王太子の地位を脅かした。
更にユリエルを養子に取った事でカール様に書類上だが、子どもが出来た事になる。
今はカイザス国籍だが、そのままユリエル共々ハイルング国に戻って来たら次の王位継承権に1番近いのがカール様。カール様が一時でも玉座に座れば、次の王は自動的に子のユリエル。
ユリエルに子どもが出来なくて、王太子に子どもが出来たら玉座が回って来ると。
ユリエル、その気無いだろうに。周りが盛り上がっちゃってるのか。
せめて女王にもう1人子どもが産まれたら、派閥の椅子取り合戦で有利にたてるのに、と。女なら子を産ませて女王か、家臣に嫁にやり、男なら子を成す率が数が増えるだけで倍になる。
《やっぱり『ホムンクルス』より、実の娘を貴族と政略結婚させた方がいいんだと。魔力高いらしいしな王族。魔力至上主義のエルフ族なら、中立派閥が味方に入ったり場合によっては政敵ーーー》
《『ホムンクルス』?》
《人造人間だ…知らないの???あるぇ〜?》
《待て、その説明はいい。女王の話の続きだ》
ゴブリンじゃ無くてホムンクルスだったのか。
《あの人、騙されてたんだよ。旦那達に》
《騙されてた………》
《旦那側が避妊してたんだ。ひとりを除いて》
その瞬間、道の先にあった壁をよじ登るのを諦めて、少し道を引き返して違う壁の下を深く深く掘り進めた。
《最終的に旦那10人?20人くらいかな?結託しててさ》
まだだ、もっと掘れ。
《男の子産んだら中々あの人、子どもが可愛かったらしくてつきっちりでさ、旦那ほっとかれててたみたいで、じゃあ、次の子暫くやめようぜってなったらしいよ》
まだまだ、まだ行ける。
《子ども出来ないもんだから、次々増える旦那に周りからの圧力でそれでも健気に夜と言わず朝も昼も、国の仕事は家臣に任せてて頑張ったんだって。頑張るなら周り疑えばいいのに…》
まだか……いつまで……この道じゃ無い?
《そしたら、女王妊娠してね…多分ひとりだけ、あのシャルルって子だね。魔力差あるのによく頑張ったよ本当》
カツンと何かに当たる音がした。蓋だ。
《でも、その子ども産まれて直ぐに取り上げられて、戻って来なかったって泣きながら話してくれた》
蓋を開けた先は暗闇。
《僕、もうソレを聞いてこの国滅ぼしたくなっちゃったんだよね》
違うこれじゃ無い。
《お前の心情なんてどうでもいい、女王の話をしろ》
《へいへい》
私は蓋を閉めて、ちょっと土を被せてから横穴を掘り始めた。どこだ。どこにある。
後は簡単だった。どうしても子どもが欲しいと言う女王陛下の願いを聞き届けて、いっぱい子どもが産める様に術式を体に直接掘り込んでゴブリンを産ませた。
協力者はバルバロッサとシャルル。旦那達から避妊の魔道具を取り上げて寝所に呼んで種馬に。
ちょっとずつ数を増やして…餌は沢山王宮にある。女王のお呼びに誰も逆らえない。
『時には街から攫って来たり。数が増えたら部屋に移して、ホフゴブリンが産まれた時点で統率をある程度まかせて、女王のお触れを王都に出した』
ゴブリンは女王の産んだ王子達だから、攻撃をした者は家族もろとも死刑。
死刑か………。
私は、スコップをツルハシに持ち替えて、目前の硬い岩をガンガン掘り進む。
なるほど、何となく分かって来たぞ。
要するに、ゴブリンに王族と言う名の身分を与えた訳か。ハイルング国は王子がうじゃうじゃだな。
ガシャンッ
『で、その先は見ての通りさ。抵抗するのは何人もいたけど結局はあの人に従わざるを得ない。生き残りもいるかもだけど、1番は妊娠したのはまだそこかしこにいると思うよ。この城壁は言わば大きなゴブリンの集落さ。徐々に餌を求めて出て行っては、城壁結界に阻まれては帰ってこれなくて。そんでもって、僕はシャルルの代わりをしてる。アイツへましちゃってさ、強力なオーガに捻り潰されちゃたからね』
ツルハシの先端に鍵が刺さっていた。
私は地上に戻って、これだと思う道の先に進み、壁に向かって鍵を差し込んだ。
壁がボロボロに崩れ去り、
《唄は良くわからなくてね。死んだ後だったし、残滓が少なくてさ》
無数の文字が浮かび上がる空間に到着した。
《何となくわかった。では、私は考え事をするから、バルバロッサはどんな些細な事でもいいから話してくれ》
『まだかよー』
私は女王の居室を出て、廊下のほぼ水の塊に手を突っ込んだ。
出て来たのは洋服。恐らくシャルルの。
無数の文字の羅列から幾つか文字を選択。
確率の高い文字列から選んで当てはめていく。1時間の壁が超え、文字が増える毎に私の寿命が伸びて行く。
一言出来てから、次へ。
身体の仕草は、身動きしていいか、息のタイミングは。後残り時間は?余計な事を考えてる暇があるなら勘を働かせろ。
《あの人、シャルルの事好きだけどシャルルはそうでも無かったみたい。そりゃ、女王様に告白されたら嬉しいけど、やっぱり唯一無二の女の子が好きらしいね》
10分…このスライム野郎。
洋服を探りながシャルルの人柄を施行する。文字は同時進行して………あった。
《後はあの人結局魔族になったけど、肉は食べなかったね》
20分…。
《エルフ族って綺麗好きだよね〜》
30分……仕草で引っかかる。右によなけて…左足を後ろに。腕の位置…足を踏み出すタイミング。
《もういいかな〜?》
《駄目だ続けろ》
30分…30分の壁が高いし分厚そうだ。
私は道なき道をうろうろ彷徨い、穴を掘ったり、海に潜って探したり、罠を回避したり。
と、言うのを感覚的にずっとやっている。
今は未来視重視。本番は女王との対面中。僅かな仕草、空気のながれ、匂い、雰囲気を野生の勘頼りに微調整して死を回避する。
こんな前準備みたいな使い方した事無い。多分前より悪化している。良い意味で。
「見つけた」
懐中時計に刻まれた名前はシャルルの下にもう一つ。
さて、これで行こう。
その前にトイレだ。
《え?流すの?流されちゃうの?》
《あ。流してやりたいが、今はマジックバッグに戻れ》
私はトイレを済ませて、女王陛下の寝室に戻った。
ー
キンつまんない
バルバロッサ「でさー、それからー」
ズームォ「…………」
キン(今ズームォ様の手入れしたら怒られるよな。いや、でもお髪も服も替えて差し上げたいし、そろそろお腹も空く頃合いだからお食事も用意して、何なら食べさせて差し上げたいが。出来ない。暇だな)




