287.5死に行く者達10
羽馬を操って、血統結界を展開して突撃は駄目かしら?ダメ?あ、魔物の群れに向かう程度胸が無いのね。
「私どうしたらいいと思う?」
「んー……紹介したい方がいるんですけど、良いですか?」
「?ええ、大丈夫よ」
女性陣の洗濯場に不釣り合いな、立派な体格の獣人族虎種男性が参加した。あれ、この方?
「貴方、口笛吹いて通り過ぎた方かしら?」
「そうなのよ。あの時は良い男連れてたわね。残念だわ〜既婚者なんでしょう、恭介様。まさかこんな若いお母さんが居るなんて知らなかったのよ。ごめんなさいね〜、気を悪くしたら謝るわ」
「こんなお婆さんに若いだなんてお上手ね。息子の事は気にしないで。国でも私の目の前でお嬢さん方が取り合いっこしてた位だもの。貴方は見る目があるわね」
「あら〜……?お婆さん??ってお幾つなのかしら???」
「それは内緒よ」
ほら、やっぱり男性の薄着も危ないじゃ無いのよ。この方は話ぶりから無体を強いる方では無さそうだけれど。
羽馬の代わりにこの虎種の女性が全身獣化して、乗っけてくれる話になった。半日位なら余裕らしい。
全身獣化して手綱をつけさせてもらって、いざ試乗。
いきなり私が後ろに転げ落ちた。
「がうがうがぅ〜!?」
「あたた…大丈夫よ、私の身体は普通の人よりは頑丈だから!もう一度いいかしら?最初は歩く所から始めましょう」
「がう」
意思の疎通は「がうがう」しか私には聞こえて無いが、首をかかげたり、横にふったり頷きで何とかなりそう。
歩く事は出来たが、やはり走らせるのは難しい。初日はこれにて終了。
ベスティア国軍に虎種の彼女を送り届けて、私は風呂に入る前に天幕に着替えを取りに来た。
天幕に入って直ぐに背後から誰か追加で入って来て腕を掴まれたので、捻り上げようとしたら見知った顔だった。あ、不味い。
どすんっ
「……っ」
「あら?ごめんなさい。私が下敷きになろうと思ったんだけど」
「男に跨るのがお好きな様だ………………………頼むからどいて欲しい」
魔がさしたってこんな時に使う言葉よね?
「あら、本当に退いてもいいのかしら?」
「皇后様、もう1度言う。頼むから退いて欲しい」
「わかったわ」
ヒョイって退いたら、すかさず結界を展開されて「獣人族の男に跨るとは何事だ」「今直ぐやめろ」とか「皇后としての自覚が…」色々お説教された。
「私、泥だらけだからお風呂に入って来てもいいかしら?私を皇后扱いするなら、こんな汚れた格好をいつまで強いるつもり?」
「………それは。すまなかった」
『女性用』の男性よりは小さめのスライム風呂に入り、私は頭まで沈み暫くしてからブハッと顔を出した。
他の女性陣は今はいない。なるべく空いてる時間を狙ってはいる。元々野営地では女性は数は少ないし、それでもドッキングする事はある。
その時は少し申し訳ないとは感じるけれど、相手は気にしてないみたい。
私が女性が好みだと直接言ったのは、初恋相手だけ。彼女には悪い事したわね……あんなに取り乱すとは思わなかったのよ。
『ごめん、無理』と泣きながら言われた時は『でしょうね』と、思ったものだわ。
たとえ私が男に生まれていても、高魔力保持者の女性が貴重なこの時代で、きっと彼女の伴侶にはなれなかっただろう。
彼女も魔力量は多かった。分家の下の方の家の出の私には彼女を手に入れるには、例え高魔力保持者でも身分が低すぎですもの。代わりに彼女が最高司祭様や皇帝陛下の伴侶になっていたでしょうし。高嶺の花よね…今の私の様に。
家と家との繋ぎの為に男性同士が結婚する事はたまにある。女性同士は貴族社会では皆無。
下々の者達は男性も女性同士でも結婚してるし、何なら種だけ貰って子どもを育てたり孤児や親族から養子を取ってる者も中にはいるのに。
貴族に生まれた事を嘆けばいいのか、女の身体で産まれた事を悔いればいいのか、魔力量が多い我が身を呪えばいいのか。今となってはもうどうでもいいやと思う。何もかも諦めた後だ。
風呂から上がってシャツにズボンを着る。
天幕に戻ると今度は健介と恭介が待ち構えていた。私はお説教を甘んじて受ける。
今更この子達に男扱いしてくれなんて言えないわ。『ごめん、無理』なんて台詞また言われたら、今度こそ立ち直れないもの。
母親が嫉妬に狂って好きな女に暗殺者を仕向けたなんて言ったら、きっと度肝を抜くでしょうね。
出来ればこの手で直接殺したかったけど、贅沢は言わないわ。
協力者に感謝すると共に、せめてもの情けでリリア様だけは見逃したけど、まさか息子と恋愛結婚するなんて………不思議な縁よね。私の分まで幸せになって欲しいわ。
「はしたないからやめて欲しい………母上、聞いてるのか?」
「ええ、聞いてはいるけど手段を選んでられないのよ。私とろいんですもの」
結局、話は平行線のままでその日は終わり。
私は訓練時間をベスティア国の虎種の女性に合わせて組みながらの日々を過ごした。
何回か訓練中髪が解けてるし、長い髪が乱れるのが邪魔だと思って、短く切ったら流石に双子の息子とジェームズにいつもよりキツめの言葉を言われた。
現在は不揃いに切った髪を整う様に切り揃えてくれている。
シャキン、シャキン…
「真希の髪を切る日がくるなんて……」
「私もジェームズに散髪を任せる日が来るなんて思わなくってよ」
「皇帝陛下に殺されるかもしれん」
「皆んなこの長い髪が大好きだものね」
「…………」
シャキン…
「もう良いですよ」
「あら、上手いものね。ありがとう。どう?似合うかしら?」
小さめの手鏡で自分の髪型を確認。何だか頭が軽いわ!こんなに楽ならもっと早く切ればよかったわー。
「私は長い方が好きだ」
悲痛な面持ちのジェームズに、私は苦笑いしながら「ごめんなさいね」と答えた。
どすんっ!
「がうがう!!」
「大丈夫よ、今のは中々よかったわね。でも、もうちょっとこのまま休憩させて…流石に脚が疲れて……」
獣人族ってタフよね。こんなに連日私との訓練に付き合って貰ってるのに、毎日元気。大の字で地面に寝そべり、息を整えながら、空を見上げる。悔しい…彼女の身体能力に私が全く着いて行けて無い。
「今なら風呂に人がいない。今日はもう帰って身体を休ませろ…ベスティア国軍は明日戦闘になる。お疲れ様」
透き通る低い声。有無を言わせぬその物言いに、虎種の女性は頷いてから私に頭を下げてその場を去った。
「何よ…貴方も笑いに来たのね!はしたないと」
「寧ろ褒めたいくらいですよ」
嫌味か?……話をすると、どうやら本気で私の行いを褒めてくれているらしい。何ならアドバイスまでくれる。
「獣人族にケモノ型の者がいる。彼等の方が普通の全身獣化の時間制限も無いし、言葉も喋れるので意思の疎通が取りやすいでしょう。ベスティア国軍所属に何人か在籍していて、皇后様も見た事があると思いますが………」
遠目には見たけど………あ、お風呂場で見たな「出て行け」って言われたわあの時は。確かにあの立派な肢体なら私をおんぶしながら走れそうよね。
いや、でも魔族よねあの方々。
息子達とジェームズにまた嫌味を言われそうだわ。
ー数日後ー
「凄い!凄いわ!早いっ!あははははっ!」
「………耳元で喚くなうるさい。投げ捨てるぞ」
私がおんぶして走って欲しいとベスティア国軍の魔族に交渉しに行くと。「嫁が」とか「駄目です」と言われ続け、全員に断られたけど…その中で1番反応が良さそうな1人に狙いを定めた。
思考をフル回転させて、言葉巧みに交渉に交渉を重ねて何とか抱っこして貰う権利は勝ち取った。ふははは、おんぶしてもらう日もそう遠く無いわ。
現在は片手に縦抱っこで爆走してもらっているので、後ろや左右の景色しか見えないが、速さの割に揺れも少ない。これは楽チン。素晴らしいわ!
双子の息子とジェームズにはかなり不評だったけど、何だか色々吹っ切れた私は、嫌味をたらふく返しておいた。
重いドレスに数々の宝石。ティアラに、手袋、身体をがガッチガチに締め付ける下着、絹の靴下に高いヒールの靴、最後に長い髪の毛。
身軽になった私は何だか心まで軽やか面持ちで、過ぎ行く景色を眺めつつ大きな口を開けて笑った。
死神不在の混乱期、皇后と言う外聞をかなぐり捨てた戦い方は神聖帝国に大きな衝撃を与えた。
短い髪で男の様な成りをし、獣人族狼種に身体を密着させながら戦う様に「はしたない」と、貴族の間で皇家の醜聞として広まった。
しかし、戦いを重ねる毎に積み上がる戦績により、いつしか醜聞は賞賛の声に変わる。
ゴブリンのスタンピードでもっとも苛烈を極めた、3本橋防衛決壊戦で殿を勤め数多くのゴブリンを葬りさり、その後ハイルング国で安否不明。生存を願う者が毎日神に祈りを捧げたが、共に戦った獣人族狼種の遺留品と思われる耳飾りがベスティア国の海岸に流れ着いた。
皇帝陛下は『安否不明』から神聖帝国帝都戦にて『死亡』判定に切り替え、長きに渡り喪に服し、皇家に新しい皇后を迎え入れた。
気がつくと私は豪華な扉の前に立って居た。
扉の取っ手に手をかける前にーーー
内側からドアが空いた。
ー
真希〜謀略の帝国皇后〜 続く?




