287.5死に行く者達9
「母上、戻りましょう。これ以上はベスティア国軍の方に迷惑がかかる」
「……はい。ありがとう、あなた方のお陰で少し落ち着いたわ」
「我々も神聖帝国の方とお話しする機会が出来て有意義でした。迷惑なんて思ってませんから何時でも来て下さい。私もそちらに逃げ込んだら愚痴聞いて貰いますよ」
「ええ、その時は何時間でもお付き合いするわ。それじゃ、またね」
恭介が迎えに来た事で私の短い逃走劇は幕を閉じた。
そのまま、何処に向かうのかと思ったら来た事無い所に足を向かわせている。
「ここは?」
「魔物避け使用規定区画だ」
「母上も1本付き合え。ほら、火をつけるか、スー、ふー…こうやって肺にいれて息を吸うんだ。で、吐く」
「わかったわ……すーっゴホッゴホッ…な、何これ?」
「最初はそうなる。その内慣れる………先程はすまなかった」
「……私は謝らないわよ」
「そうか。それでもいいが、私の話しも聞いて欲しい」
恭介は、恭介なりに混乱の最中にいるらしい。主な原因は私。
「軍に居ると、どうしても貴族社会とは中々違う事がある。身の回りの事は自分でしなければならない事もあるし、優雅に飯なんて食べてる時間も無い。活動時間も基本早寝早起きだが不規則だ。フィールドだとそれが顕著になる。私は、軍に居る時はなるべく貴族の考え方はしない」
言うなれば、非日常的な生活を軍で、日常生活は貴族でと切り離して考えているらしい。
「そんな考えの私の非日常的な生活の中で、母上は言うなれば私の日常的な存在になる…ハッキリ言うと今は異物に近い。母上に対して、私も正直どう扱っていいのか頭が混乱している。軍人としてなのか、貴族としてなのか、母親の扱いなのか。健介もそうだ。アレは私より顕著だと思う。義理父上は完全に貴族の『皇后』として母上を認識しているんだろう」
「なるほど」
「幾ら同性婚が認められていても、貴族の中ではやはり政略結婚の類に近い。恋愛は異性が主流だし、母上程は皆先進的な考え方はまだ無理なんだ」
私はここで、結界を展開させた。喫煙所には他の方々もいらっしゃるので、ちょっと小さめにする。
「皇帝陛下は男娼も抱いていらっしゃるけど、それは違うのかしら?」
「…………父上は、両方いける口なんだろう。母上を愛していらっしゃる様だが、性欲と恋愛は別で捉えて頂きたい」
「じゃあ、やっぱり男性の薄着も良く無いわよ。少なくとも、ベスティア国にはそういう方がいるみたいだし…今の話を聞いて尚更危ないと思ったわ。愛してなくても、それに性別も関係無く身体を重ねられる者もいるのよ」
そう、私の様に。愛して無くても、義務として子どもまで生んだ。
「前から聞こうと思っていたが、母上は最高司祭様がお好きなのか?」
「?いえ、特には。信仰心厚い立派な方だと思うけど、特に恋愛感情の類は無いわね」
「それを聞いたら、父上は踊り出すだろうな…………え?母上?まさか父上も愛していらっしゃらないのか???」
「恋愛結婚した貴方には悪いけど、その通りになるわね」
苦笑いで返していると、恭介は1回結界を解いてくれと言って魔物避けを水に浸した。私の手に持っていた物も捨てよう。
「母上、もう1本付き合え」
「はいはい」
魔物避けを上手に肺に入れて見せると、恭介は「慣れるのが早すぎる」とボソッと口にした。今度は恭介が血統結界を展開する。
「で、誰が好きなんだ?」
「あら、母親のそうゆう戯言は嫌いなんじゃなかったかしら?」
「気が変わった。で、相手は?歳は幾つだ?」
凄いがっつきね。と、思っていたら理由があったらしい。
「母上は立派に皇后の役目を務め上げた。既婚者で無ければ嫁ぐ事も可能だろう。何なら籍を入れずとも、一緒に余生を過ごせばいい。母上個人の幸せを願っても、神様も罰は下さないだろう」
「ふふふ…私にはそんな素敵なお相手いないわよ。ふぅー……マズイけど何だかさっきよりはマシになって来たわ。癖になりそうね」
「母上、はぐらかすな」
「ねぇ、恭介。頼むからこれ以上私を困らせないで頂戴」
「しかしーーー」
「世の中にはどうしようも無い事柄ってあるのよ」
そう、例えば…遅い初恋相手に、違う男との初夜を見られたり。
違う男との間に生まれた息子の洗礼式に最高司祭様の補助に初恋相手の伴侶が入られたり。
最高司祭様は無言だったけど、補助に入った初恋相手の伴侶のジェームズが代わりに呟いたわ。いま目の前の恭介を手にして持ったまま。
『ああ、確かにこれは捻り殺してやりたくなりますね。最高司祭が荒れる訳だ』
双子の息子達が無事に私の手元に戻って来てよかった。
ジェームズが最高司祭様に何を言われたか知らないけど、私は知らなくていい事なんだと思う。
皆んな諦めればいいのに、私の様に。
私が仕向けた暗殺者は、初恋相手かリリア様の首持って来いと言って、初恋相手の首を持って帰って来た。
あんまりにもスムーズに事が運んだから、きっと誰か裏で手助けしてくれたんだと思うの。
それが、最高司祭様か、皇帝陛下か、ジェームズか誰かは知らないけどありがとう。
ジェームズの伴侶も私に何十回も仕掛けて来たから、文句は言わせないわ。たまたま最初の1回が成功してしまったのは、何だか拍子抜けしたけれど。
恭介の質問をのらりくらりと交わして、私は結界の展開を解いて貰い、吸い殻を所定の場所に投げ入れた。
休憩はお終い。国の為に汗水垂らして働きましょう。
その後、戦闘訓練をしたけど……。
「母上、とろいんだが」
「走るんですよ。スキップの方が早いとかやめて下さい。冗談にしても笑えない」
「えっと…あの皇后様、横にそんなに優雅に飛ぶとダンスのようで素敵ですね」
「護身術はいらん。接近戦なんてさせられないからな」
あれ?私ってこのままじゃ戦闘にも参加させて貰えないのかしら?
ー
真希の嫁ぎ先
ジェームズ「真希を手放すなら私に下さい」
最高司祭「お前にやる訳ないでしょう?」
ジェームズ「丁度、伴侶死んだし。いいでしょう?」
最高司祭「ははは、冗談よして下さいよ。殺したの間違いでしょう?お前も同じ苦しみを味わえばいい。お前にやる位なら、皇家の者にくれてやるわ」
ジェームズ「何処ぞの権力者達が本気で手助けしたの間違いでは?嘆くのは兄上だけで十分だ」
皇帝陛下「まさかの棚ぼた。神様感謝します!よかったー、何処ぞの暗殺者手助けして」
ダブルブッキングどころかトリプルブッキングで、真希が仕向けた暗殺者はスムーズ過ぎる仕事の遂行に薄寒い思いをした。




