283話
来た当初は野営地での生活に不慣れで苦労した神聖帝国のやんごとなき方々は、日々頑張っていると報告を受けている。
皇后なんて「聖女の家系の者が帰らないなら私も帰ってたまるものですか!」と根性で乗り切っているらしい。気合いで乗り切れるのかと感心した。
野営地の外で行われている皇后の訓練風景を眺めながら、私と大輔パパと恭介様は魔物避けを口に咥えて眺めている。ついでに世話好きの部下も。
「神聖帝国人はたくましいですね」
「まさか全身獣化した獣人族に手綱を付けて跨るとは。私も体重が軽ければ同じ手を使えたものを…くっ」
「母上のあんな姿を見たら、国の者はどう思うだろうか……」
「失神するでしょうな」
エルフ族の血を引いてるからか魔力量は多いんで、身体の作りは一般人より頑丈だ。
護身術は習ったらしいが、やはり身体能力や戦闘能力は本職の軍人に比べて劣る。
普段から着飾って、とてつもなく重いドレスや宝石をを身につけて一晩中夜会に参加したり、それにプラスしてマントを着用して長時間式典に参加るんで基礎体力はあるが、動きはゆっくり。
「ふー…優雅だ。体幹がしっかりしていて姿勢がいい」
「母上は乗馬がお得意だからな。しかし、男に跨るとは………」
「はははっ!是非皇帝に見せてやりたいものだな。あ、落ちた」
私は吸い殻を水の中に放り込んで、皇后の元に向かった。
地面に大の字で豪快に寝そべっている皇后は、唇を噛み締めている。
私は全身獣化している者にお疲れ様と言って、野営地の中に返した。
「何よ…貴方も笑いに来たのね!はしたないと」
「寧ろ褒めたいくらいですよ」
「お世話なんて嬉しく無いのよ………惨めだと蔑めばいいわ」
「発想はとてもいいと思います。だが、効率と習得までに時間がかかるのが難点だ。今のままでは戦闘中に振り落とされたら双方にとって危ない。もっと時間をあげられれば良かったんですがね」
「は???貴方、本当に笑いに来たんじゃ無いのね?」
「誰が笑ったか知りませんが、今の皇后様を笑うのは見る目が無い。自分が出来ない事をやろうとして、寧ろ嫉妬したんでしょう」
大輔パパとか最高司祭の弟とか大地神教者のNo.2とかな。
双子辺りは「はしたないからやめてくれ」とかかな?自国の皇后で更に母親が人に跨ってる姿なんて見たく無いんだろう。幾ら全身獣化した姿とは言えな。
「外聞を気にしないなら、幾つかアドバイス出来ますが…どうしますか?」
「教えて頂戴。話を聞いてから考えるわ」
「そう言ってくれると思ってました。ありがとうございます」
アドバイスは簡単。
ひとつ目は今の状態で縄でも何でもいいから括り付けてしまえと言う話だ。振り落とされるのが問題だから。
ふたつ目はもっと乗り心地の良い相手にするだけだ。
「乗り心地の良い相手?」
「抱っこしてもらえばいい。それか、おんぶが理想ですね。相手の両手が開くので」
双子には不評だろうが、決めるのは皇后だ。私は強制した訳でも命令した訳でも無いんで、双子に反対されたら後の事は3人で話し合って欲しいな。
皇后は自力で全身獣化した獣人族に跨る道にたどり着いた人だ。恐らく試すくらいはするだろうな。
試したらふたつ目の方が楽だと気がつく。
「該当者が少ないので、ふたつ目を試すならご自分で協力を煽って下さい。私が出来るのはここまでだ」
「わかったわ」
数週間後、羽馬でハイルング国に降り立った獣人族狼種におんぶされた皇后が、血統結界を広範囲に発動して左の橋を爆走。
大量に海にゴブリンを弾き飛ばし、一方通行の橋を更に逆走して笑顔で作戦遂行したと報告を受けた。
「やはり神聖帝国人はたくましいな」
「健介様から苦情の手紙が来ています。『母上に何吹き込んだこの破廉恥』と」
「知らんな。スライムにでもオヤツにあげておけ」
「了解」
さて、これで一方通行の橋の秘密が神聖帝国側から解禁された。
私は秘密を漏らして無いので、カール様との約束は守りましたよと。
巫女の家系はワイバーンの生息域である霊山麓に城壁を構えている。
あそこの城壁で暮らしている者は数が少ないが、少数先鋭で元から戦闘に問題は無いし、他にも色々器用にこなすんで大丈夫だろう。
大輔パパは元から心配して無い。アレは何と言うか…うん。
流石に野営地の料理担当に混じってた時はビックリしたな。あの時の夕食美味かった。
巫女の家系より色々出来るし、何より恭介様並みに強いからいいだろう。
準備は粗方整った。私は前線指揮を世話好きの部下に任せーーーー。
「嫌ですよ」
「これは命令だ」
前線指揮を任せようとしたら、辞表を出された。えぇ………。
「受理しないぞ?」
「第1隊長に水島指揮官が、また悪巧みしてるとバラしますよ」
「…………本当にいいのか?」
「何処までもお供します」
仕方がないので優秀な他の部下に指揮を任せるむのを一筆書いてから、世話好きの部下の辞表を受け取る。
私は当面の天気予報と、これから起こるであろう出来事を大まかに記した物、優秀な他の部下に指揮を任せると一筆書いた紙、受け取った辞表を目立つ処に置いて、そのまま最前線を後にした。
ユリエルとの約束の期日まで、残り1ヶ月を切っていた。




