278話
早朝、目が覚めた。鳴る前の目覚ましを解除して伸びをする。
早起きすると部下達には言っておいたので、いつもの様に朝食を食べて書類を片付け、前線防衛の報告を口頭で聞きながら朝食中の野営地を見て回る。
予想通り昨夜はゴブリンがいつもより少なく出ただけで数が少なかったらしい。
何人か手を止めて挨拶しようとするんで「そのまま食え」と言いながら通り過ぎる。
隠し持っていた菓子を幾つか摘みながら、目敏い世話好きの部下にも分けてやると伝達の者が大きめの天幕に入室を求めて来た。
入室を許可する前に肢体の立派な獣人族獅子種が天幕に入って来た。
「噂の『死神』とやらはどいつだ?」
「私です。はじめまして、前線指揮を任されている水島と申します」
世界基準の挨拶で手を差し出すとスルーされた。握手は拒否らしい。仲良くする気は無いみたいだ。知ってた。
「こんな軟弱そうなヤツに父は殺されたのか。ハッ!アイツも衰えたな」
「ご用件は?」
「指揮を代われ。目障りだ」
「援軍要請を解除されるのですか?分かりました、失礼しまーーー」
「待って!待って?!お待ちください水島指揮官!!」
「水島様ストップ!ストップ!?」
「王よ、滅多な事言わないで下さいっ!!」
天幕を出ようとしたら、最近やたらと私の周りをうろちょろし始めたベスティア国の軍人がまとわりついて来た。
流石に動けないので、そのままビックリ顔の王の言葉を待つ。
「何故、そんな軟弱な者の肩を持つんだお前達?意味が分からない」
「見た目で判断しては駄目です王」
「この方こう見えてお強いんですよ!!」
「ヒョロヒョロなのに、シビれるくらいカッコいいんですよ」
「……ヒョロヒョロで悪かったな。もう出て行かないから、頼むから離してくれ。嫁さん以外に抱きつかれる趣味は私には無い」
元いた椅子に腰掛けると、世話好きの部下がすかさず烏龍茶を淹れてくれてくれた。茶菓子の代わりにジャーキーが添えられている。
目前の席にも同じ物を用意して、王に席を進めるとドカリと腰掛けた。
「私は手合わせしたいんだが?」
「無理だ。貴方には加減が出来そうもありません。殺されても………お父上の恨みなら受けるが?」
「いや、敗者が悪いのだ。恨みはない」
「わかりました。貴方になら前線指揮を任せても私は構わないのですが、こちらにも事情があります。話を聞いて貰えないでしょうか?」
「………わかった。私は宰相と違って頭はそんなに良い方では無い。なるべく簡単に頼む」
先ずは、ハイルング国の援軍要請について説明した。
実は、カール様はカイザス国にしか援軍要請を出していない。
しかも、肝心のハイルング国に援軍要請を出しても、実質カール様止まりで国中枢には届いていないのが現状だ。
ゴブリンの発信源はフォーゼライド国とハイルング国。
フォーゼライド国は支援物資要請を神聖帝国、カイザス国、ベスティア国に出している。主に酒だな。
危機の迫っているベスティア国にも出しているが、コレは肉と酒を国同士で交換した。
実際にはフォーゼライド国産とカイザス国産の酒を乗せたカイザス国の商人の船がフォーゼライド国で肉を受け取り、カイザス国から間接的にベスティア国に肉が運ばれている。
ベスティア国は援軍要請をカイザス国、神聖帝国、私が援軍要請出してくれと言ったので時間差でフォーゼライド国にも出しているが、現在フォーゼライド国は自国がお取り込み中なんで援軍派遣を見送りにしている。
片付いたら合流予定だな。理由が理由なんで仕方ないだろうと各国納得している。
ハイルング国はカール様が援軍要請をカイザス国に出して、支援物資要請と言う名の主に各国の軍を動かす際に必要な物を出してくれと言っている。様は実質カイザス国に采配を任せてる訳だ。
カイザス国にゴブリンのスタンピード作戦司令本部があるので、カイザス国主体で前線指揮も取っているから今は機能してる。
ここで、今ベスティア国に前線指揮を任せると何が起こるかと言うとーーー。
「貴方に指揮を渡して、ベスティア国軍や神聖帝国軍がハイルング国の土地に足を踏み入れたら、最悪領土侵略になるかも知れない」
「それは困る」
カール様はカイザス国軍の主に私が前線指揮を取るなら、他の国の者をハイルング国に入れてもいいと言った。
元指揮官がハイルング国に軍を派遣したのは、引き継ぎ期間中と言う扱いでカール様に交渉したが、その代償に幾つか条件を出された。
「なるべくハイルング国のフィールドを荒らしたり、燃やさないでくれと言われました。これはベスティア国にも理解出来ると思います」
「そうだな…」
国によってフィールドの扱いは違うが、外で狩りをしたりするベスティア国の者には理解出来るだろう。
生態系をなるべく崩したく無いのはハイルング国も同じだ。
ベスティア国はフィールドで肉を得るために魔物を狩ったりするが、ハイルング国は薬草を主とした採取や魔物素材を調達していると言っていた。
後は、森など住む場所を無くした魔物が人の住んでる城壁近くをウロウロされると困るからだ。
カイザス国や神聖帝国みたいに何でも城壁内で自給自足する生き方とはまた違うよな。
一応、援軍要請で駆けつけた際は城壁をぶち壊しさえしなければ、半径1kmは何しても責任を問わないとは書いてあった。エデン条約詳細に。
攻撃用の飛び道具の魔道具はカイザス国は火が主流だ。
カマイタチみたいな鋭利な風が出る魔道具もあるが、あれは攻撃が肉眼で見えないんで乱戦だと結構危ない。
弓の様に矢を必要としないのは便利なんだがな。
神聖帝国も火が主だと言っていし、ベスティア国はそもそも攻撃用の魔道具自体が余り普及して無いらしい。
あれだけ身体能力高ければいらないだろうな。
一部獣化して蹴ったり殴ったりする方が速いし武器の手入れも無くて済むし。
後は攻撃用魔道具は武器に『付加』してある。これが実際1番多いだろうな。
剣だと切れ味が良くなったり、盾だと強度が増したり、矢を遠くまで飛ばせたり。
現在では魔道具の使用は各国に任せてある。神聖帝国は自国軍しかいない時の防衛戦では、火の攻撃用魔道具と恭介様の血統結界を併用して使っていると言っていた。
カイザス国は手持ちの付加された武器はもちろん、橋の半径1km以内なら火の攻撃用魔道具も使ってもいいと許可は出してある。後は周りに人がいなければ風も。
実際には全然使用してないんだよ…設置型の簡易結界ばっかりだな。
さて、長々と考え事してるベスティア国王に合わせて、私も考え事してたがそろそろいいだろう。
「私は指揮を譲っても構わない。しかし、ハイルング国からカイザス国に援軍要請が出ていますので、指揮を譲れと言うなら私はこちらに滞在しているカイザス国軍を半分引き連れて出て行きます。ベスティア国の援軍要請には半分残しますから、後はそちらで何とかして頂きたい」
「…………」
「それでも良いなら前線指揮を貴方にお譲りします。どうしますか?」
「すまなかった。しかし、こちらにも事情があるんだ」
ベスティア国王の事情を聞いて、私は「でしょうね」と思った。




