276話
ユリエルに見送られて、空の旅をカゴの中で楽しんだ後、野営地の外れに降ろしてもらいオヤジに礼を言う。
「ありがとうオヤジ、ジョゼフィーヌもな」
「貸しだな。地獄で返せよ」
「オヤジには色々借りっぱなしだから、地獄で返し切れるかどうか。井戸は任せた」
「寧ろもっと頼れ。これでもお前の父親なんだぞ?」
「じゃ、ちょっとジョゼフィーヌを…」
「それは駄目だ!さっきのは見逃したがジョゼフィーヌはオレのだからなっ!?行くぞジョゼフィーヌ!」
「グガー」
ジョゼフィーヌは「いや、もうちょっと」と多分言って、私のおでこに自分のおでこをコツンと合わせて満足したのか、カイザス国に旅立って行った。
井戸掘りの人員は輸送したが、これから追加で井戸に使う物や食料など運ぶんだろう。
後は、気が向いた時に私の代わりにユリエルの様子を見に行ってもらう様に頼んどいた。
この野営地の伝令は正規の羽馬に任せて、オヤジは此処には来ない。
ユリエル、別れってのはこれくらいあっさり目が理想だぞ。
私には丁度いいが、オヤジはサッパリし過ぎな気もするんで足して2で割ったら丁度良さそうだな。
私は早足で野営地に戻りながら、すれ違う者に挨拶をされつつ自分に充てがわれた天幕に足を踏み入れた。
「すまない、遅くなった」
「お帰りなさい。食事はお済みですか?」
「いや、まだだ」
書類仕事をしていた指揮官代理に席を譲られ、そのまま私は仕事を引き継ぐ。
暫くすると、湯気の上がるスープとパンに肉を焼いた物をお盆に乗せて指揮官代理が組み立て式のテーブルに食事を準備して行く。
わざわざご丁寧にカトラリーやナプキンまで用意してくれるんだが…いや、ちゃんと私はそんな事しなくていいと断ったぞ?何回か。
毎度「世話するのが趣味です」と言って聞き入れてくれない。
大体私の直属の部下は、命令じゃ無ければ言う事聞かない奴が何人かいる…いや、待てよ………あんまり気にした事無かったが、癖が強い奴の方が圧倒的に多いな?ユリエルは命令すら聞かない奴だが。
面倒臭い奴ばっかりなんで、仕事に支障が無ければ基本野放しだな。
コイツも隙あらば私の世話に勤しむ変わった奴だ。仕事が有能なんで、実質私の右腕とも言う。
因みに左腕はテンション上がると奇声を発する奴だった……アレがいないと静かだな。
「静かだな…」
「変わりに地獄が騒がしいでしょうね」
「違いない」
食後に出された好みのぬるい紅茶と、隠し持っていた筈の大輔からの高級菓子を幾つか出されたので、私は苦笑いを浮かべた。
オレンジを皮まで剥いて大きめのひと口大に切ってる世話好きの部下に菓子を幾つか分け与えると、後で頂きますと言って笑顔を向けられた。コイツ見かけによらず甘いもの好きなんだよな。
果物も食べ終わり、幾つか指示を出して少し寝ると言うと「おやすみなさい」と言われてから私は簡易ベッドに横になった。
少し寝ると言ったのに、気がついたら朝だった。やっちまったー、と思って頭を抱えていると、いい笑顔の部下がホットタオルを手渡して来たので顔と言わず全身拭いて着替えも済ませる。洗濯物は使ったホットタオルと一緒に部下に放り投げた。
「頼むから、私が寝てる隙に目覚ましを弄るなよ…」
「朝食召し上がりませんか?」
「食うよ!」
久しぶりにやらかした私はもぐもぐ口を動かしながら報告を受ける。
昨夜神聖帝国の橋前の防衛を掻い潜ったゴブリン達は多少の被害を出したが、粗方片付いた様だ。
「はぁ〜…………死者は?」
「今のところ100未満です。現在も交戦中ですがもう時期終わります」
「これを持ってお前の指揮官代理の任を解く。お勤めご苦労」
「了解であります」
私は食事を済ませて、近くの大きめの仮設天幕に移動した。
「遅れてすまない。指揮系統を戻した。状況は?」
「現在橋前にて神聖帝国軍とカイザス国軍が交戦中です。ゴブリンの数は減ってます」
「また夜に大規模なのが来る。数が少ない内に神聖帝国軍の後ろ側に、更に結界を展開。怪我人は優先的に羽馬で此方に運べ。前線を800メートル下げる。ベスティア国軍は空いたスペースで戦え。後は撃ち漏らしを仕留めろ。真ん中の橋には絶対足を踏み入れるなよ。後はーーー」
口を動かしながら、テーブルに広げてあった地図上の駒を次々に動かす。この駒は色分けされている各国の軍の隊だ。
駒の作りは円柱だが、大きさや印で人の多さや各国の司令塔などを表している。
カイザス国軍は黒。神聖帝国は白。ベスティア国は青。羽馬や羽馬鳥を操る所は馬や鳥だな。
フォーゼライド国が参加したら赤になるんだろうな。
敵のゴブリンは緑色の丸い石だな。
説明が終わった所で幾つか意見を出し合い微調整。幾つか質問を受け付けたところで、私は神聖帝国の司令塔の恭介様を引き止めた。
「昨日は呼び出しておいて約束をスッポかしてすまない」
「いや、雨の日に大分休ませて貰っていたので昨夜は思ったより被害も出なかった。司令官代理も『今夜何かある』と言っていたんで充分備えられたな。礼を言っておいてくれ………それと、貴方がいない間に何をしてきたかはあえて聞かないが、水島指揮官はもう少し休んだ方がいい。元から酷い顔だが、今日は更に酷い。顔色が悪すぎる」
「目の下に隈を作った恭介様に言われる位私の顔は重症ですか…夕方まで休ませてもらいます。恭介様も休んで下さい。警戒はしてもらいますが、昼間は恐らく来ない。顔はすいませんね。お見苦しい物見せてすいませんでしたね。顔のいい方に言われると心が抉られますな」
ユリエルに付き合ってた代償は一晩寝た位じゃ回復しないか。
因みに、私の顔は気にするな。『死神』っぽいとだけ言っておく。
身長はあまり変わらないが、若い頃よりも無駄な筋肉が落ちて来てヒョロッとして来たんで、益々見た目が……な。
とりあえず、目元に隈を作っても麗しい恭介様よりは見目が悪いな。
見た目どころかモテ要素の魔力量でも敵わないんで、完全に八つ当たりだ。
用意された昼食を食べながら書類の中に紛れた大輔のお叱りの手紙を読む「指揮官に任命したのに動き方おかしい。ユリエルに付き合うとか何してるんだ休め馬鹿」?…犯人は世話好きの部下だな。
私は書類に目を通してから、素直に簡易ベッドに横になる事にした。
自分が思っているよりも身体は疲れていた様で、瞼を閉じると直ぐに睡魔がやって来た。
夜中、世話好きの部下に揺すり起こされるまで。
「水島指揮官。お休みのところすみません」
「…………馬鹿野郎。夕方起こせと言っ………っ!!!?」
「お叱りは後ほど。お力をお借りしたい」
「被害は…いや、今はいい。直ぐに出る」
私は幾つか指示を出して、部下を引き連れて羽馬に跨り最前線に向かった。
羽馬を降りて槍を構えながら目の前のゴブリンを屠り、分け目も降らずに一目散に駆けて行く。
問題の場所に着くと、海に向かって大声で挨拶した。
「久しぶりだな!会いたかったぞ!!元気そうで何よりだ!?って、やめろよ、もう所帯持ちなんだ…幾ら男同士でも!うぉわっ!バカバカッ!?……ぶくぶくぶく。ぶはっ!?くすぐったい!くすぐったいから!あはははははっ!」
そのまま、触手に絡まれて海に引き摺り込まれた。海面に出してくれたが、結局息がまともに吸えない。
部下の叫び声を聴きながら『海の番人』クラーケンの熱烈な挨拶にしばし私は身を委ねた。
うむ、相変わらず手荒い歓迎だな。
このヌメヌメ触手も嫌いじゃ無いんで、強く出れないんだよな。キワドイところはちゃんと避けてくれてるんで、前より優しさを感じるよ。
頼むから、嫁さんには内緒でお願いします。




