178.5 名無し1
自身の出生が気になったのは、ある任務中の事だった。
私の名前は任務によってコロコロ変わる…日に何度も変わる事もあれば、数ヶ月〜年単位で変わらない名前もあるわね。表の職場は一応王宮の文官。
戸籍上の名前は『累』となっていた。普段あんまり本名は使わないわね。年に1回は必ず使うけど…健康診断の時にね。
家名が『カイザス』で父親の名前の欄には王様の名前。見たことはあるけどつい最近まで言葉を交わした事は無かったわ。
育ての親に「私って王族なの?」って聞いたら「違う」と言われたわ。
因みに母親の欄は空白。カイザス国では珍しいけど、どうやら離婚したみたい。
何故か育ての親が所持して隠し持っていたカイザス家の家系図も調べた。どっから持って来たのかしら?
私の年齢を考えると、母親は恐らく『第三王妃』で間違いない。私は死産した事になっていた…勿論裏の家系図に名前は乗っていなかったの。『名無し』と書かれて斜線が引いてあっただけだった。
表向きの家系図には載せられないわね。私が見ている家系図は不自然な位、『名無し』の斜線だらけだもの。
後は没年数が若いのがうじゃうじゃある…直系男児が生まれるその数だけ、あるいはそれ以上だわ。
私はカイザス王家の影。母親も気になったが、誰の身代わりかも気になった。
「コイツかしら…」
根の様に張り巡らせた1番先端にあったのは、第4王妃『冬美様』が産む予定の『王子』。
裏の家系図には唯一の直系男児予定と記載されている。
笑えるわ…表の家系図の子ども達は皆んな現王の子どもじゃ無いのね。
あの子達が誰の子どもかなんて知りたくも無いので、興味の失せた紙を元の場所に仕舞い込んでからその場を後にした。
「あなたはだぁれ?」
「僕は『奏』。君は何て名前?」
「わたくしは『夏美』」
「よろしくね夏美。握手しよう」
「………知らない人としゃべっちゃいけないってあねうえが言ってた」
「じゃぁ、友達になろう。友達なら知らない人じゃ無いよ」
そもそも知らない人に既に話しかけちゃってるとか、こんな小さな子に言っても仕方ないわよね…お馬鹿さん。
裏の家系図には養子と書かれ、名前の『夏美』に斜線を引かれた歳の離れた推定私の妹は警戒心が強かった。
正直、何故この子が養子として将来第4王妃予定の冬美様の家に養子に入ったのか気になって接近したの…勿論、育ての親には内緒。バレたら叱られるわ。
疑問から生まれた夏美と私の交流は、思いの外長く続いた。
最初は怪しい人だと警戒していたけれど、冬美様が高等部の寮に入ると、流石に頼れる人もいない環境が大分応えたらしく警戒心は徐々に薄れて行った。
まぁ、共通の悩みがあったのが1番大きいかも知れない。
「わたくし、男の子になりたいの」
「僕も昔は女の子になりたかった時期もあったな」
大分後から知ったのだけれど、産まれる前に数値ギリギリにも関わらずお互い胎児の時点で性転換の施術を受けていたの。何故施術をしたのかはしょうもない理由だったので、今回は割愛するわね。
屋敷の勤め人から酷い扱いを受けていると言うので『お願い』の仕方を教え、将来この国から逃亡したいと言うのでコッソリ変装術を教えたり、表向きでは家庭教師になって語学の勉強や体術も仕込んだ。
変装術のメイクが斜め上行って『男装の麗人』を自ら作り上げたのはちょっと思っても見なかったわ。教えた私が言うのもアレだけど、中々のイケメン。
夏美が子どもの頃はこの屋敷から連れ出したら育ての親に揉み消されると思って黙っていたが、高等学校に入学した辺りから一緒に何処か遠くに行こうと誘った。「姉上も連れて行きたい」と言うので我慢するしかなかったわね。
このセリフを聞いて、面倒な手順を踏んでまで、何故夏美がこの家に養子に出されたのか思い当たった。
互いに足枷にされている。
その考えに至った時には、何もかも手遅れな気がした。
そして、私が見た裏の家系図の予定通り、第3王子が産まれたのは随分後になってからだった。
一体、誰の掌の上で転がされているのかしらね…虫唾が走るわ。