172話
朝食も食べ終わり、一旦部屋に戻って荷物を整理してから玄関ホールで待っていたユリエルさんと合流する。
お世話になった春日井夫妻にお礼と挨拶をして、玄関を潜った。
玄関先の馬車乗り場には既に鈴木さんが待機していて、駆け寄ろうとしたらユリエルさんにローブを掴まれた。
「……つばめ、首輪を外すから後ろを向け」
「はい」
首輪の事すっかり忘れてたよ。
危うくこのまま出かける所だった………外していただいてありがとうございます。
ユリエルさんはそのまま歩いて行くとの事で、玄関先でお別れした。行ってらっしゃ……あ!首輪以外も忘れてたよ。
「ユリエルさん!実は出勤日の相談したいですけど、週3とかに減らせませんか?そろそろ食品関係に着手したくて…」
「…………今週は無理だ。来週から考慮する」
「わかりました。詳しくは明日でいいですか?」
「………あぁ」
よし、言質は取ったからね。これで時間が取れるから大分楽になる。
お金はかなり貯まったので資金もバッチリだ。今度こそユリエルさんにいってらっしゃいして、鈴木さんに駆け寄って挨拶する。
「お待たせさてすいません。おはようございます」
「おはよう御座います、つばめ様。本日は宜しく御願い致します。」
「こちらこそよろしくお願いします」
2、3個確認事項をしてから、鈴木さんの運転する馬車に乗り込んで早速お出かけ。
鈴木さんも囮にされてるのは知ってるみたいで、笑顔で「御任せ下さいませ」と言われてしまった。
暫く馬車に揺られながら乗っていると、停車の合図がーーーー。
トントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントンコン
いつもの合図じゃ無い…いつもはもっとリズミカルな音で、こんなに断続的な音じゃ無い。
しかも馬車が止まる気配が無いので、停車の合図じゃ無くて何か危険を知らせる合図の方だ。早速?早速何か釣れたの鈴木さん…まだ馬車に揺られて5分も経って無いよ(涙目)。
心臓をバクバクさせながら待っていると、危険を知らせる停車の合図の後に馬車が止まった。
コンコンコンコンコンコンコンコン…コン。
コンコンコンコン…
「つばめ様、目的地に御到着致しました。扉を開けて頂いても宜しいですか?」
「…ハイ」
カチャッ
ドアを開けると同時に近くにいた鈴木さんの身体に手を触れてからベルトに付いていた結界の魔道具を作動させた。
鈴木さんの背後にいた人物が結界に阻まれて吹っ飛んだのを確認してから、馬車の中に鈴木さんを引き摺り込んで扉を閉めた。
バタンッ
「有り難う御座います、つばめ様。」
ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャドンッドンッドンッドンッドンッ
扉がガチャガチャ言ってるのが物凄い怖い。しかもなんか凄い音がしてるんだけど。
「大丈夫で御座いますよ。この馬車は魔物の襲撃すら耐えまから、ご心配には及びません。」
「は……はい…」
「つばめ様。少々お手をお借りしてもよう御座いますか?」
「はい、私で出来る事なら………っ!!!?」
鈴木さんの右手には血塗れのナイフが握られていた。
「ナイフはお触りに成らないで下さいませ…恐らく毒が仕込んであります。もう、右手の感覚が御座いませんので、申し訳御座いませんが私めの上着を脱がせて頂きたい。」
ナイフは鈴木の上着で包んで、遠くの座席に置いた。
シャツをくつろげて、右手の袖を捲ると手の甲が紫色に変色してる。
鈴木さんのネクタイを引き抜いてから、毒が体に回らない様に肘上あたりをネクタイでグルグル巻きにしてギューッときつく縛る。ヤバイ、泣きそう。
「こんな状況で無ければ、大変魅力的な構図で御座いますのに。… 服を肌けさせられ、あまつさえネクタイまで引き抜かれて情熱的に縛って頂いたのに、泣かれてしまっては私め更に興奮して毒の周りが早くなってしまいます。つばめ様、泣かないで下さいませ。」
「ぐすん…はい……」
鈴木さんは笑顔でセクハラ紛いの事を言ってはいるが、顔色は悪く冷や汗が滲んでいる。
ユリエルさんに貰った浄化付きのローブがどこまで作用するか分からないが、念のために鈴木さんにかけてみる…少しでも毒が抜けるといいんだけど……後出来る事は何か無いか………。
コンコンッ
「お姉ちゃーん。開けて?」
「クマさん?本物???」
「そうだよ」
「好きな食べ物は?」
「お姉ちゃんがくれた蜂蜜りんごジャム」
本物だ。『蜂蜜』って言われるかと思ったらプレゼントしたジャムに好物が更新されている。
暫く前からドアのガチャガチャ音や途中からした騒音がしないと思ったら援軍が来てたのか。
私は馬車の扉を開けて獣型クマさんとユリエルさんを確認してから、鈴木さんが毒を受けた事を早口で説明した。
「皐月先生呼んで来るね」
「……あぁ」
クマさんは4足で駆け出して行って、ユリエルさんが薄暗い馬車から鈴木さんを外に運んで、日の光の下で右手を診てくれた。
懐中時計の魔道具で水を出して、傷口を洗う。
「………切った方がいいかもしれん」
「分かりました。お手数で御座いますが、ユリエル様御願い出来ますか?」
「……あぁ。感覚は何処まである?」
「肘まで」
「つばめ、手を洗って荷物から何か布を出して鈴木殿の口に咥えさせろ………つばめ!しっかりしろ」
「ふっ!?」
放心状態の私の手を取り、懐中時計の魔道具の水でユリエルさんに手を洗われてから鞄の中にあった使っていないハンドタオルを出して、鈴木さんの口元に持って行く。
鈴木さんにかけてあったローブを地面に敷き、その上に鈴木さんを寝かせる。
懐中時計を弄り、ユリエルさんが結界を作動させて準備は終了。
「………歯を食いしばれ。つばめ、腕を固定してくれ」
「はい」
ユリエルさんは幾つか魔道具を発動させてから、短剣を取り出し鈴木さんの右腕めがけて振り下ろした。