148話
読んだ本を返却して、新たにまた本を数冊借りる。地下の作業部屋で本を読んでいると、ドアがノックされて椿さんが入って来た。
「仕事が早いな。本を読む余裕があるのはいい事だ」
「あ………初日からすみません」
「いや、責めてるのではない。褒めているんだ」
椿さんの話しを聞いたら、王宮司書の方は活字中毒者が多いので、下手すると仕事を忘れて本を読んでしまう事もあるとか。
普通の司書の方も仕事の時間に『知識を身につける』と言う意味で本を読んだり、昔の資料を読み解く時間があるそうだ。凄い…本を読むのも仕事の内なんだ。
「普段の仕事とは別に翻訳作業や修復作業もあるからな。外部からの依頼額で翌年の予算も決まるから、好きな本を増やして読む為に皆必死さ」
何だか、本を読む為に仕事してる感が…あ、そうなんですね。その通りらしい。
固定給とは別に、色々な依頼をこなすとその分お給料もプラスされるので、知識を身につけるのに皆貪欲みたいだ。稼いだ給料分も自宅用に本買うのね。
本好きにはたまらない職場環境だよね………仕事してる人は大体死ぬまで辞めないので、王宮司書の空きが出来て求人募集すると、その年の就職倍率は文官の中でズバ抜けて高くなるらしい。
「ポッと出の私が就職して、皆さん怒ってませんか?」
「いや?むしろ難解な外部の依頼をこなしてくれるので、感謝している位だ。来年度の予算が増えるだろうから、文句がある奴は今の所いない。踊り出した奴ならいたが…」
踊り出した人は誠一郎さんらしい。
来年度の購入予定書籍から一度外れた本が再び予算内に入って嬉しかったみたいだ。
喋るとそうでも無いんだけど…パッと見は強面な人なのに、可愛い一面を知ってちょっと親近感湧いた。
可愛い一面で思い出したけど、コンスタンティンさんが恋愛小説読むって話し聞きたい。
「前に私が就職したら教えてくれるって言っていた話し、覚えていらっしゃいすか?」
「あぁ、あの恋愛小説の事か…笑わないでくれよ?」
何でも、王宮司書長になると引き継がれる仕事の中に『禁書庫の棚にオススメの本を並べる』と言う業務があるらしい。
歴代の司書長は男性で高齢の方が多かったので、椿さん個人所有の恋愛小説を悪戯で置いてみたらある時メモが挟まっていたらしい。
『凄く面白いから似たような作品あったらもっと持って来て』
椿さんも悪戯で置いた本にそんな反応を示すとは思わなかったが、定期的に恋愛小説を置いて様子を見ていたようだ。
そしたらコンスタンティンさん…当時は『禁書庫の番人』だと思っていた人が接触して来て、メモや張り紙では無く、直接本のリクエストや感想を言う前代未聞の珍事に発展したらしい。
「まさか………神様が読んでいるとは思わなくてな。アレは衝撃だったよ」
「お…お疲れ様です」
しかも恋愛小説ヒーローでは不動の人気を誇る『カミュ様』と友達だったと言われた時は冗談だと聞き流したが、事実だったと。
「わたしも『カミュ様』のお孫さんがユリエル長官だとは知っていたので、そちらと顔見知りだと思ったのだがな…本人と知り合いだとは思わなかったよ……」
「オ…オツカレサマデス」
アレか…あの禁書庫にある悪筆の日記の人が『カミュ様』なのか。
この間、ユリエルさんがジョンさんの本にサインしていたのは代筆みたいな物だと判明した。
『カミュ様』ファンの間では結構有名な話しで『カミュ様』の孫に出会えると本にサインを貰えるとか。
なので、一部の熱狂的なカミュ様ファン、通称『カミュ信者』はいつでも恋愛小説を持ち歩いて、ユリエルさんのサインに備えていると………ユリエルさん何でそんな事してるんだろう?
今度機会があったら聞いてみよう。機会があったらね。
就業のチャイムが鳴ったので、私は読んだ本を返却してまた新たに数冊借りた。明日部屋で読む分だ。
私が読みたいなと思った内容を言うと、隣にいる椿さんが選んでくれるので大変楽だった。
椿さんはここにある本の位置や内容まで頭に入っているみたい。凄い…検索エンジン並みだね。
本を借り終わったらちょうどユリエルさんが迎えに来てくれた。
「……私の顔に何かついているか?」
「いえ、お迎えありがとうございマス」
椿さんに見送られながら、今日の図書室勤務は無事に終了した。中々充実した1日だったなぁ。