130.5 王妃1
この世界はいつも不条理で理不尽。
生まれて物心ついてから、他者とはわたくしにとって冷たく当たる生き物だと思っていた。
代表がわたくしの両親だ。
「あっちに行きなさい…汚らわしい」
両親は政略結婚と言うやつで、母は愛していない男との間に出来たわたくしを毛嫌いしていた。父とは碌に話した事も無かった。
後から妹が何処からか屋敷にやって来たが、母親が誰かは知らない。少なくとも私の母ではない。
どうやら魔力量が高かったので、父が引き取って家に住まわせたみたいだ。
母はわたくしより更に妹にキツく当たった…時には暴力も振るわれていた。
そんな母の姿を見ていた使用人達は妹の世話などたまに放置しているので、わたくしから見てもみすぼらしい格好でお腹を空かせている事が多かった。
見て見ぬフリは出来なくて、わたくしはよく妹の世話をした…4歳の妹を10歳のわたくしが風呂に入れるのは苦労した。
よく食事を抜かれていたので食堂の余り物を頼み込んで分けてもらい、わたくしの食事に出た食べ物をこっそり持ち帰っては妹に分け与えた。
おねしょの後始末が1番大変だったかもしれない…夜に添い寝した時にわたくしも被害を被ったのは1度や2度では無い。
そんなわたくしに懐くのは自然の事だったのだろう…「ねーねだっこして」とわたくしのスカートの端っこを掴む姿は可愛らしかった。重さは可愛く無いが。気合いで頑張った。
今思えば、妹はご飯を抜かれたり、わたくしは妹に分け与えていたので2人共当時身体は平均より小さく軽かったのだと思う。
この当時は、妹が唯一わたくしに冷たく当たらない他者だった。
お部屋で一緒に絵本を読み、天気のいい日はこっそり家の庭園を探検してわたくしの厳しくておっかない家庭教師から学んだ事を教え、時には喧嘩しながら一緒に成長した。わたくしが15歳になるまではーー。
「あねうえ、行ってはイヤです」
「満16歳になる国民は学園に通う義務があるのです…………本当はわたくしも貴方を置いて学園になんて行きたく無い」
むしろ一緒に連れて行きたい。この家に残して行くのは嫌だ………迎えの馬車が来た日、妹は部屋から出て来なかった。部屋の中には居るのがわかっていたので、ドアの外から別れの挨拶をした。
「次にこの屋敷に帰って来るのは4ヶ月後です。それまで元気に過ごして待っていてね」
寮に入ったら始めの4か月はよっぽどの理由が無い限り、家に帰って来れない決まりだ。
後ろ髪引かれながらわたくしは学園に向かう馬車に乗り込んだ。
それから慣れない寮での暮らしや勉強付け…他種族との関わり方など、生活しながら学んで目まぐるしい毎日だったが妹には手紙を最初の1ヶ月は毎週で、その次からは毎月1通は欠かさず送っていた……返事が来ないので、もしかしたら妹の手に渡っていないのかも知れない。
4ヶ月後、すっかり妹は変わってしまった………多分いい意味で。
「ちょっと上目遣いで頼んだらコロッと引っかかりました。何とか生きて行けそうです」
使用人を手玉に取って妹はたくましく生活していた様だ。
心なしか身長も伸びて、半年前よりもほっぺもふっくらしている気がする。
手紙の最初の3通は受け取れなかったらしいがその後は読んでいたそうだ。しかし、母にバレたら手紙自体受け取れなくなりそうなので返事は当分書けそうに無いと言われた。
「手紙を出すお金も無いですし…」
もうすぐ10歳になる妹がお金の心配をしている………わたくしが10歳の時はそんな事思った事も無かったな。妹のおねしょの心配はよくしていた気がする。
「わたくし、空の魔石に魔力を込めてお金にするわ。………勉強の方が思わしく無くて、アルバイトは許可が降りなかったの…」
「あねうえ、ムリしないでください。お勉強がんばって」
家庭教師でしか学んで来なかったわたくしは、知識の偏りがある様で……ハッキリ言うとこのままだとテストの点数が悪くて単位落としそう。
妹よ、今の内に数学の問題はいっぱい解いおいた方がいい。後、体育。暗記系はお互い大丈夫だと思う。
「メガネに交渉して、来月から家庭教師をつけてもらったのですーがくの問題を多めに出してもらいます…たいいくって何ですか?」
妹がたくましくて涙が出そうよ。
ちなみにメガネとは父の事だ。母は棒人間といつからか妹は呼んでいた……細い木の棒でよく打たれていたから。
体育の詳細を説明したら…個人的に出来る事はやってみると言われた。
出された宿題をさっさと終わらせて、わたくしは妹の勉強を見たり、体育の授業を真似て庭園でこっそり一緒に特訓したり、空の魔石に魔力を込めて売ったお金で妹に子供用の首から下げるタイプのお財布と少ないが現金も渡せた。
わたくしは寮に入る際に毎月自動でお金がチャージされる指輪を母から受け取ったが、何に幾ら使ったか筒抜けになってしまうので自由なお金はあるに越した事は無い。
「あねうえ……このカエルはどうかと思う」
「かわいいでしょ?」
紫色のカエルの口部分が開いて中にお金が仕舞える。体と手足もついているので素敵。
妹は首から下げるのでは無く、肩掛けの様にして斜めがけにした…妹は何を身につけても可愛い。
「あ…あねうえがよろこぶなら………では、お勉強頑張ってきてください」
「行って来るわ。貴方も明日から家庭教師の勉強頑張ってね」
こうしてわたくしはまた学園に戻った。妹はきっともう大丈夫。
むしろわたくしは、自分の単位の心配をしなければ。もし単位を落としたら来年再取得で、母に何を言われるかわからないわ。