第十三話 雫と潤
(京極家初代当主だと?)
真夜は自分に対してそう名乗った雫改め潤を警戒しながら観察する。
姿に変化は無い。霊力も今までの雫と同じである。
仮に雫の身体に別の人間の魂が宿っていた場合、巧妙に隠れていて今まで気付かなかったにしても、表に現れた時点で必ず何かしらの変化は現れるものだ。
見た目を含めた霊力や霊質の変化など、別人の魂なのだから明らかな違いが現れる。霊器にしてもそうだ。全く別の霊器を顕現したのならば、その根幹や根源は違うはずなのだ。
しかし雫と潤に関して、真夜はその変化を感じ取れない。全く同一の霊力と霊質。霊器も形は違うが同じ霊力で構成させている。
(どういうことだ? 二つの魂が同一に身体にあるなら、表に出れば絶対に違いが現れる。なのにこいつにはそれがない。式神達の態度からして、こいつの言っていることは正しいんだろうが、どうにも腑に落ちないことが多すぎる。それにこの事は右京さんは知っているのか? 雫も自分の中に初代京極家当主が存在していたことに気付いていたのか?)
突然の事過ぎて、わからないことが多すぎる。真夜にしてみれば敵か味方かもわからず、雫の護衛に近い立場のため彼女の身の安全を最優先で考えなければならない。
霊力を解放しつつ、真夜は相手の出方を窺う。最悪は一戦交える事も厭わない。
「ちょっ、まっ! お主気が早すぎるのじゃ! いや、我としてもお主のような益荒男と戦うのは望む所なんじゃが、それは万全の体制が望ましい!」
と、いきなり狼狽え始めた潤だが、真夜は警戒を緩めるつもりは無かった。
「悪いがいきなり出てきてそう言われても、こっちは事情もよくわからないんでな。取り敢えずいつでも戦えるようにはしておくべきだろ?」
「いや、まあ、それはそうじゃがのう。お主の言うこともわかるが、取り敢えず我の話を聞いてくれんか?」
霊器消し、両手を挙げて身振り手振りで敵対する意思はないと主張する潤。後ろの式神達は真夜を睨み付けており、お前がいくら強くても、主に対して不埒を働くならいつでもやるぞこら、とメンチを切っているようだった。
潤に敵対の意思がないことは真夜もわかったが、式神達はその限りでは無い。主思いなのはわかるが、この場での主導権を完全に握ることと、相手にわからせるために全力の霊力を解放し、さらには分体のルフも召喚した。
「Aaaaaaaaaa!!!!」
真夜と分体のルフの霊力の解放は、潤の霊力の解放よりも圧倒的に上だった。物理的な衝撃波は潤と三体の式神を吹き飛ばす勢いであり、潤も冷や汗を大量にかいていた。
「わっわっわっ! やめいやめい! 我は敵対する気はないって言っとろうが! お前達もやめるのじゃ! こやつらと敵対しても、こっちが痛い目をみるだけじゃ!」
潤は真夜の実力を理解しているようで、完全な敵対は自殺行為だとわかっていた。式神達も真夜とルフの力を見て、数の上ではこちらが有利だが、敵対するのは不味いと本能で気付いている。
特にルフの分体の姿を見て、式神達は背筋が凍り付いた。彼女の背後に漆黒の六枚羽の化け物の姿がありありと浮かんだ。
「ふうっ。命拾いしたのじゃ」
いや、本当に肝が冷えたのじゃと腕で額の汗を拭う潤。姿が雫のままなので、真夜はどうしても違和感を拭えない。というか、さっきまでの威厳がどこかに消えてしまったように見える。
「で、話は聞かせてくれるのか? その前に雫はどうした? まさか消えてないだろうな?」
「そのつもりじゃよ。雫に関しては心配するでない。ちゃんとおるし、この会話も聞いておる。お主の全力に驚きつつも興味津々のようじゃ」
「その通りだ、真夜! 真夜は凄いな! まさかここまでとは!」
「こりゃ、今は我が話している最中じゃぞ!」
「いいじゃないか、潤! それに私は無事だって真夜に伝えないと駄目だと思うからね。うん、真夜。私はこの通り大丈夫だから」
声やは霊力は同じだが、口調や雰囲気がその都度コロコロ変わる雫に真夜は困惑する。
「一人芝居、ってわけじゃないだろうな?」
「無論じゃ。まあ先に説明するが、我と雫は別の人格ではあるが、同一人物で憑依では無い。所謂多重人格という奴じゃな」
多重人格。解離性同一障害と呼ばれる精神疾患の一種であり、一人の人間の中に別の、あるいは複数の人格が存在する事を指す。通常、人格が交代することで、記憶の連続性が失われ本来の人格が知らないことが起こったりするが、雫の場合は共有しているようだ。
「あと我が自分を初代当主だと思い込んでいるだけの存在などでは決してないぞ? 式神達がこうも容易く従っているのがその証拠じゃ」
真夜も三体の式神達の態度や潤の纏う気配などからも、嘘を言っているとは思っていない。
「元々雫は我、初代京極当主の生まれ変わりなのじゃ。そのあたりも含めて、話が長くなるがよいか?」
「いいぜ。雫が無事なら問題ないが、こっちも詳しく話を聞かないと駄目なようだしな。所で雫はあんたの事を知っているのはわかったが、右京さんは知っているのか?」
「うむ。お父上殿は我の事はすでに知っておる」
右京も知っているということは、この展開も予定通りなのかと真夜は考える。どこまで見通しており、計画通りなのか不明だが、真夜は雫と潤の事に様々な懸念を抱いていた。
(こりゃ、想像以上にヤバい案件だったかもな。確実に京極家だけじゃなく、他の六家にも影響がある話だ)
初代京極家当主が転生した。もしこれが公になれば、大変な騒ぎになる。次期当主の問題とかそんな次元の話では無い。これまでに世間に広がっている転生の前提が覆る。
輪廻転生の事例は、確かに存在する。前世の記憶が蘇るという事も数は少ないがある。
ただ高位の退魔師の場合、前世の記憶が蘇る事例は報告されていない。それは高すぎる霊力が影響しているのか、はたまた世界への影響があるからなのか、因果律が関係しているのか、原因はわかっていないが前世の記憶を思い出すのは霊力が一定以下の者に限られていた。
だが雫は例外であった。雫は初代京極家当主である潤が転生した生まれ変わりだったが、最初から潤の人格が存在していたわけではない。そもそも雫自身、潤が出現するまで初代京極家当主の生まれ変わりだとわかっていなかった。
また雫と潤の性格に大きな違いがあるのは、人格形成は環境に多大な影響を受けるからである。
魂が同じであっても、過去の偉人の生まれ変わりであっても、生まれた時代や場所、両親や家庭環境、周囲の人間関係や生い立ちなど、様々な要因に影響を受けることから全く同じ人格になることはあり得ないからだ。
「我の人格が現れたのは昨年の事じゃ。雫がのう、厄介な呪いの影響を受けた。お父上殿に聞けば、丁度その頃、京極一族存亡の危機があったそうじゃな。おそらくはその首魁が放った呪いであろう」
真夜にも心当たりがあった。京極家を滅亡させようとしていた幻那の恐るべき呪い。渚を始め、あの場にいた京極家の人間を蝕んでいた強力な呪詛。真夜を以てしても、解呪することが困難だった呪いは、遠く離れていたというのに、京極家の血を引く雫にまで影響を及ぼしていたようだ。
「その呪いで雫は死にかけたのじゃ。生者と死者の怨嗟と末期の感情が未熟な雫に襲いかかり、生死の境を彷徨った。それがきっかけで前世の記憶が呼び覚まされたのじゃが、どういうわけか我の人格が雫の中に存在する事態となったのじゃ」
本来であれば転生して前世の記憶が蘇った場合、人格形成が終わっており年齢が高ければ高いほど、与える影響は少なくなる。ましてや前世の性格になることなどはあり得ない。
ただ雫の場合は例外だった。幻那の呪いは肉体だけでなく魂にまで影響を与えた。さらに多くの京極一族の負の感情と命を奪った幻那の呪いに抗うには、雫は未熟すぎた。
高熱と身体を襲う激しい痛みに襲われ、その時の雫は地面に倒れ苦しみのたうち回っていた。
雫の中に知らない人間の恐怖や苦しみ、絶望、生への未練などが複数同時に流れ込んできた。さらに幻那の怒り、憎悪、狂気までもが呪いにより伝わり、とても正気ではいられないほどの無数の感情が雫を蝕んだ。
なまじ霊力が高く、感受性が高かった事が災いしたのだ。京極家初代の生まれ変わりであったため、そのポテンシャルは歴代京極家でも類を見ないほど高かったが、発展途上で未熟故に幻那の渾身の呪いをはね除けることもできず、さりとて直ぐに死ぬことも狂う事も出来ず、雫は呪いに晒され続けた。
痛い、苦しい、誰か、助けて、嫌だ、死にたくない……。
雫は涙を流しながら、助けを求めた。しかし不運な事に、その時の雫は一人だった。
このまま死んでしまうのか。恐怖が雫を支配していく。高熱と激痛に苦しむ雫は、走馬灯のように自分のこれまでの人生が浮かんだ。
ただそれだけではなかった。自分の知らない、だがどこか既視感のある記憶が次々に脳裏を駆け巡った。
呪いが京極の血や因果に影響を与える効果があったからだろう。高位の退魔師ならありえない、前世の因果がその呪いにより一時的に繋がったのだ。
ドクンドクンと心臓の鼓動が高く早くなっていく。
本来であればそのまま前世の記憶が蘇るだけなのだが、今の雫は外部から呪いの影響を受けていたため、通常とは異なる変化が起きたのだ。
それが過去の人格の覚醒と独立。現世と前世が混じり合うこと無く全く別々の人格として、雫の中に潤として出現したのだ。
「その後に、我が呪詛返しをしたり、打ち消そうとしておると呪い自体が突然消滅したのじゃ。首魁が死んだか何かしらの要因があったのか、その時は分からんかったがのう。じゃが結果、我は雫の中に確立した人格として存在する事となったのじゃ」
呪いが完全に消え去った後、雫と潤はお互いに話し合いや自分達の現状を一緒に調べた。
お互いに見た物は共有されるし、記憶も連続している。力に関しては死の淵から蘇ったことで、それまでの雫よりもさらに強い霊力を得た。
ただ知識に関しては隔たりがあり、完全に共有することが出来ずにお互いに教え合わなければならない状況だったし、経験に関しては一切共有できなかったようで、雫の戦闘技術が未熟なのもそのあたりが影響しているようだ。
「なるほどな。雫と潤の関係も事情もわかった。色々な偶然が重なった結果か」
真夜は話を聞きながら、あの呪いを受けたのならばどんな事が起こっても不思議では無いと思った。幻那が執念と狂気と憎悪と怒りにより作り上げた呪いは、これまで真夜が見てきたどんな呪いよりも強力であった。
与える影響もどれだけの物だったのかわからない。本人に聞けばある程度の詳細をわかるかもしれないが、聞くつもりも無いし、聞いたところで教えてくれないだろう。
潤の存在を真夜が感知できなかったのも当然だ。別の魂が宿っていた場合、魂を二つ感じたり、重なっていても僅かなブレがあったりするのでわかるが、一つの肉体に別の精神がある場合は、感知しようもないのだ。
「で、なんで二人は京極家次期当主を目指そうとしたんだ? 京極家の立て直しか?」
「うむ。お父上殿から京極家が衰退したと聞かされてのう。我とて思い入れのある京極家がこのまま廃れるのはしのびないと思ったのじゃ」
「私は潤に憧れたのもあるんだ。潤の記憶を見たのものあるけど」
潤の言葉に雫も補足を入れる。京極家の惨状は看過できないレベルなのは間違いない。現状は何とか踏みとどまっているが、このままではじり貧であるのは違いない。
右京は京極家の事件の後、朝陽との会談がおわってすぐに雫の身を案じて連絡を入れていた。流石に潤の事を電話で話すことは出来なかったので、後日直接会って明かしたそうだ。
「そこで今後の話をしてのう。京極家に関しても我らが関与することに決めたのじゃが、ただあくまで我は過去の人間じゃ。表に出ればより面倒な事になるのは目に見えておる。じゃから正体を隠して雫と共に京極家を立て直すつもりじゃ。お主に正体を明かしたのは、信用できると思ったからじゃ。あと、話もわかりそうじゃったからな」
潤は雫を通して真夜を見ており、清貴達を救ったり契約とは言え雫に対して進んで協力しようとしてくれている人柄で善性の人間だと判断したのだ。
「俺に京極家の立て直しに協力しろと?」
「そこまでは厚顔無恥ではないのじゃ。ただ我や雫がどうしようもなく困った場合に、手を貸してもらえればとは思っておる」
潤の言葉に真夜は再び考え込む。真夜としては面倒ではあるが、潤や雫とコネを持つのは悪い話ではない。
彼女達は京極家を再建するのならば、メリットがないわけではない。火野では赤司が、雷坂では彰が真夜にはとても友好的である。京極家にもそんな人間がいれば、真夜としても今後やりやすくなるだろう。
まあすでに清彦始め、清貴達にも恩を売っているので、京極家は星守家にも真夜個人にも頭が上がらないだろうが。
「あともう一つ、雫は一切関係なく我個人からの頼みじゃ」
「ん?」
真夜はどこかワクワクしている潤に既視感を覚える。
(ああ、これは手合わせしてくれとかそんな感じだな)
彰とか強い相手と戦いたいと思うような頼みだろうと真夜は思った。だがなぜか潤は急に顔を赤らめ、もじもじとしている。
「ええとのう。我と子作りしてくれぬかのう?」
「はっ? はぁぁぁぁぁっっ!?」
潤の特大の爆弾発言に、真夜はらしくもない声を上げるのだった。
さてと、この章では修羅場をいれるかな。いや、朱音と渚に嫉妬とか色々書きたくなっただけなんですがw




