第十一話 難関
右京の突然の同行しない発言。普通なら雫は文句の一つでも言いそうな物だし、真夜もどういうことかと問い詰めるところだろう。
「わかりました。じゃあ二人で行くか」
「わかった。じゃあおとうはん、行ってきます!」
しかし真夜も雫も何の反論もせず、あっさりと右京の提案を受け入れた。
(あ、あれ? えらいあっさりやな)
右京は真夜はもう少し何か言ってくると予想していたのだが、あまりにもすんなりと受け入れたことに疑問を抱いた。
「別に右京さんの行動を疑うつもりはありませんよ。俺達二人で行くのが最適解だと思うからでしょ? なら依頼を受けた側としては雇い主に従います。ああ、心配しなくても別に雫に手を出す気はないですから。婚約者が二人いますし、その二人を裏切りたくないので」
真夜は右京が疑問に思うことを先に切り出す。右京のこれまでの行動が何かしらの能力や意思に基づく物であるならば、今回もそれだろうと見切りを付けたからの判断だ。
雫の事に関しても先に釘を刺す。と言うか、雫に手を出せば朱音と渚が本気でぶち切れるだろう。
朱音は怒り狂い、渚は前にも見せたハイライトの消えた目で問い詰めてくるだろう。想像しただけでも恐ろしい。
「試練の合否に関しては責任を持てませんが、命だけは失わせないようにはします」
「そこまで心配してもらわなくても大丈夫だ! それよりも真夜は婚約者が二人もいるんだな。惜しいな。いなければ、私が狙っていたのに」
「悪いが三人目を作るつもりもないぞ。アプローチはしないでくれよ」
「あはっ、わかったよ。残念だがそうする」
雫は本気か冗談かそんな事を言うが、真夜は軽く流すとそろそろ行くかと声をかける。
「そうだな。ではおとうはん! 吉報を待っていてください!」
そう言うと雫は先に鳥居の中へと入る。すると雫の姿が消えた。
「じゃあ俺も行きますか」
「……こんな事言えた義理やないけど、雫をよろしゅうな」
右京は真夜にそう言うと頭を下げる。真夜は僅かに驚いた表情を浮かべるが、直ぐに頷き返す。
「わかりました。では……」
真夜も鳥居の中へと入ると、その場には右京だけが残った。
「はぁ。ほんま今の若い子らは怖いわぁ。僕も近いうちに、身の振り方を考えやな」
ぼやきながらタバコを懐から取り出すと、右京は火を点けて一服する。
「頑張りや。雫。それとこれでほんまによかったんかいな? 初代様」
二人が消えた鳥居の先を見ながら、右京はぽつりと娘の名前ともう一つの言葉を口にした。
鳥居の中に入った真夜は、どこまでも続くように見える階段を登っていた。前には雫が歩いている。どうやらはぐれずに済んだようだ。
中は空間が歪んでいるようであり、真っ直ぐな道が続いているように見えるが、実際は複数ある。実力が一定以上なければ確実に迷う仕組みだ。
他にも階段には一定の距離で鳥居が立っており、くぐるたびに通った人間を試すかのように、結界が展開されていく。この試練を受けるに値しない霊力の持ち主ならば、通ることが出来ないようになっているようだが、雫も真夜も問題なく通っていく。
「で、そろそろ説明してくれるか? 初代の試練がどんなものか?」
「それもそうだね。もったいぶるのもアレだから、そろそろ教えようかな。真夜、君は初代京極家当主の事はどれほど知っているんだい?」
「ん? 俺が聞いたのは圧倒的な霊力を以て、様々な霊術を使えたって事と強大な式神を複数従えて、覇級妖魔さえも単独で倒してたって事くらいか? どんな逸話があるのか、どんな性格だったのかは知らないな」
渚から聞いていた話を思いだしながら、知っている情報を伝える。
「うん。初代は当人の実力も高かったけど、君の言う通り従えていた式神も凄かったんだ。初代は超級上位クラスの式神を三体も従えていたんだ」
雫の言葉に真夜は驚いた。超級上位クラス。それは鞍馬天狗や分体のルフと同等の強さである。今の真昼の前鬼や後鬼、彰の雷鳥よりも格上の存在を三体も同時に使役していたことになる。
当人もかなり強かったとすればイメージするなら、朝陽に鞍馬天狗が三体いると同義。
(なるほど。そりゃ最強だし覇級妖魔も下位なら単独で倒せるか)
流石に覇級中位や上位が相手では厳しいかもしれないが、やり方次第では勝ち目もあるだろう。
ルフと鞍馬天狗を相手に同時に鍛錬している真夜からすれば、彼女達が倍になって戦いを挑んでくるようなものであり、絶対に負けないなど口が裂けても言えないだろう。
「そりゃすげぇな。で、それがこの試練にどう関係するんだ?」
「この試練は初代当主が晩年に作ったもので、その頃には当主は随分と衰えていたらしくてね。すでにその三体を維持するのが難しくなっていたらしいんだ」
どこか遠回りな言い方をする雫だが、真夜は黙って話を聞き続ける。
「で、三体の式神はどうなったのかなんだけど、若手や現役どころかすでに一族として大きくなり、後任として一族を導く立場にあった二代目や三代目にも手に負えず、さりとて今まで共に戦ってくれた三体を封印するのはしのびない。そこで初代はあることを思いついた」
雫が話していると階段に終わりが見え始めた。だが階段の終わりに近づくにつれ、ナニかの威圧が強くなっていく。
「その式神を従える事が出来る者こそが、自分の真の後継者に相応しい。そう思った初代は霊地である比叡山に特別な空間を作り、そこに三体の式神を解き放った。いつか自分を超える者が現れることを願って」
「まさか試練って言うのは」
「そうさ。初代が残した最高難易度試練。それは……」
階段を登り切ると、だだっ広い何も無い空間が広がっている。見える範囲には何も無く、何もいない。
だが雫も真夜もわかる。ここには強大な力を有したナニかがいると。
「初代が使役していた三体の式神を屈服させ従わせる。それがこの試練。三体の式神を従えることが出来た者に京極家当主の地位を与える。京極家初代が残した遺言にして、絶対の言葉なんだ」
雫が言い終わると同時にカッと空間に光が走ると、強大な力を持つモノ達が姿を現した。
それは巨大な怪鳥、巨大な狼、巨大な猿人。
主を失ってなお、比叡山の特殊な結界の中でかつての力を維持し続けるモノ達。久方ぶりに訪れる来訪者にして挑戦者。
最強クラスの式神達の瞳が、雫と真夜を射貫くのだった。
◆◆◆
「はぁっ!」
朱音は自らの写し身と激しい攻防を繰り返していた。開始からすでに数分。果敢に攻めてくる写し身に対して、攻撃こそ最大の防御とばかりに同じように、朱音は積極的に攻撃を繰り返していた。
(自分の霊器を操る自分の分身が相手ってのは、色々考えさせられるわね!)
敵対してこそ感じる霊器の圧力。今現在、自分が作り出した炎の槍では到底打ち倒せないほどの力。それを朱音はギリギリの所で拮抗していた。
朱音は今、ニィッと好戦的な笑みを浮かべている。自分自身であることもだが、今の己よりも強く、しかし圧倒的な格上でも無く、手強いが絶対に勝てない相手でもない。だからこそ余計に燃えるのだ。
ギリギリではなく不利な状況だが、この状況を朱音は楽しんでいた。
自分自身であるからこそ、どうしてくるのかが何となく直感で理解できた。写し身も思考や読みに関して言えば本人と同等なのは渚を見ていればわかった。思考は真似られ、そこから己ですら気付いていない戦い方や、一段階上の実力を発揮する。
だが直感に関していえば、写し身が一歩劣っているようだった。直感、霊感、もしくは本能。写し身の限界がそこにはあった。
京極家の人間は様々な霊術を扱うため、どうしても思考中心の戦い方となる。戦いの最中に直感に頼った戦い方をする術者は、ここ最近の京極家には実力が上位になればなるほどほとんどいなかった。これは京極家のあり方によるものでもあっただろう。
だから己の上位互換を相手に思考中心の戦い方では、どうしても勝ち筋が生まれにくい。考えすぎることで、選択を狭めてしまうことにもなりかねない。
しかし朱音は自らの戦い方を予想しながら戦うが、それはそれとして自らの直感にも頼った戦いをしていた。
集中力を限界まで高め、相手の攻撃を直感で感じ取る。火野一族は京極一族とは違い、この能力が高い術者が上位者に多かった。
おそらく火野一族の者や彰あたりならば、この試練に楽しみさえ見いだすだろう。
さらに朱音は攻撃の想定を、自分よりもさらに強い霊器使いである父である紅也に置き換えて戦っていた。
これまでにも父を目指し、父を超えようとしてきたこともあり、自分の技量以上の炎の槍使いと言うだけならば、父をイメージすれば良かった。
槍と炎の霊術しか使わない相手。式神もいないのなら、朱音にしてみれば渚以上に戦いやすい相手に思えた。
とは言え、父よりは弱くても自分よりも強い写し身に対して朱音は攻めあぐねていた。
強いのは間違いないのだ。余裕など持てるはずが無い。
朱音は一度、足を止めての槍での応酬を試みる。武器の差が大きく響くが、火野一族は霊力を纏っている限り、炎の耐性は高くなるので掠る程度では火傷にもならない。直撃さえ気をつけ、相手の槍の軌道を変えて致命傷を避けるような槍捌きを行う。
しかし朱音は僅かな攻防の末、足を止めることの無謀さを悟った。
(こいつ、全然傷を負うことを躊躇してない!)
当然と言えば当然だが、写し身は恐怖など抱かないし、致命傷以外のダメージを気にしもしない。
ただまったく防御しないわけではなく、大ダメージを受ければ身体を構成する霊力が失われるので、致命傷は出来る限り負わないようにしている。
朱音はじり貧になるのは不味いが失敗してもいいので、一度目はできる限り色々と試そうとあの手この手で攻撃を繰り返す。
大技を使う事も考えたが、霊器の差があるので、全力のぶつかり合いでは勝てない。
幾度かの攻防の末。朱音は小技を使い、相手を牽制して一度大きく距離を取り呼吸を整える。
写し身は霊力で出来ているので、体力の概念はないため休まず攻撃できるのだが、戦法を考えているのか、あるいは霊力の消耗を抑えようとしているのか。とにかく一息つけるのは朱音にとってもありがたい。
(けどどうしようかな。まともに戦っててもこっちが不利だけど、奇策を用いても簡単に崩せるとは思えないのよね)
思考がぐるぐると悪い方に流れそうになる。ああでもない、こうでもない。ならばどうすればいいかと打倒する事を考えるが、朱音はふとあることに思い至った。。
(あれ? ちょっと反則気味だけど、この手は使えるのかな? まあ試して駄目だったり、失敗して死んだらもう一回挑戦すればいいし、仮に成功しても、納得いかなかったらもう一回挑戦してみればいいか)
朱音は思い浮かんだことを試したいと思った。今からしようとする事は、この試練からしてみれば正道とはほど遠い戦法になるだろうが、これをした場合どうなるのだろうと疑問に思ってしまったので、朱音は一度試してみようとある策を行うことを決める。
写し身は思考をトレースするが、今考えていることや心を読む事はない。ただそれでも成功するかどうかはわからないし、自分が考えている事を写し身が想定している可能性は十分にあるが、朱音は最初から当たって砕けろの精神で戦っているのだ。死んでも生き返れる試練だからこそ、怖い物など無い。
「ふうっ……。じゃあ、行くわよ!」
朱音は構えを取り、突きの勢いで写し身へと向かっていく。当然写し身も迎撃態勢を取る。無謀な攻撃など簡単に迎撃してやるとばかりに。
回避を選択するが完全には避けきれず、右肩を貫かれた。痛みに朱音が苦悶の表情を浮かべるが、それも一瞬だ。朱音は痛む肩を無視し、握っていた炎で出来た槍を手放すと、そのまま両手で霊器を掴んだ。
「!?」
「この場合、霊器の主導権はどうなってるのかしらね!?」
己の霊器を取り戻す。ある意味では反則に近いやり方だが、朱音は何となくそれを実行した。握る両手に力を込め、自らの残り少ない霊力を霊器に流す。霊器が安定を失っていく。朱音と写し身は主導権を奪い合っていた。
朱音の策はどうって事はない。自分の霊器を奪い返して使うのはどうなのだろうかと言う考えだ。
この試練は己の霊器を持った写し身を倒す事。武器や式神の類いは一切持ち込んではいけないとあるが、相手が持つ自分の霊器を奪い返してはいけないというルールは無い。
ある意味で試したいから試す。これが駄目だと言うのならもう一回後で挑戦し直す。
だが予想に反して、霊器は一度消失すると今度は朱音の手の中に再び姿を現した。
ある意味でこの勝ち方も、この試練ではありだった。これは逆境の中でどれだけ柔軟な思考を取れるかと言うことも加味された試練である。
霊器とはいえ、武器を奪われる事も想定して戦え。あるいは相手の武器を奪い取ってでも勝利を収めろというなりふり構わぬ戦い方の経験の場でもあった。
「ああ、これはありなのね。でもなんだかすっきりしないから、これが終わったらもう一回挑戦しようかな」
形勢逆転。霊力をかなり消耗したが、霊器を取り戻した今の朱音は、写し身よりも若干有利になった。
このまま戦えば朱音が勝つだろう。しかし敗北を悟った写し身は朱音と距離を取るどころか、逆に距離を縮めた。
「えっ、あっ!? まさか!? 嘘でしょ!?」
写し身が朱音に抱きつくと、写し身の霊力が高まる。朱音はそれが何なのか理解した。直感で理解してしまった。だから引き剥がそうとするが、写し身はそうはさせるかとばかりに離れようとしない。
表情がないはずの写し身の顔だが、朱音には相手の顔がしてやったりの表情を浮かべているようにも見えた。
直後、写し身の霊力が暴走し大爆発を起こした。
自爆。ただで負けてやるか。お前も道連れだとばかりに、写し身は盛大な最期を迎えた。
朱音は霊器で増幅させた霊力を集中させたが、相手の捨て身の自爆はそれすらも突破した。
ドサリと倒れ込む朱音。自爆の衝撃で朱音は命を散らした。
そしてその身は渚と同じように入り口の祠へと強制的に転送されたのだった。
朱音の写し身なら、自爆ぐらいする(確信




