第十話 試練へ
「さて。右京さん、変更があるかどうかも含めて、改めて今日の予定を教えてもらえますか?」
右京と雫と合流した真夜は、昨日も聞かされていたが、もう一度予定を確認することにした。
これは会話を増やして相手を探る切っ掛けを作る目的でもあった。
「昨日言ったとおり、変更はあらへんわぁ。いや~、おかげさんで問題の大部分は解決したようなものやさかい、今日は雫の試練の付き添いやな」
清貴達の問題が右京が想定していたよりもあっさりと解決した。もう少し時間が掛かったり、揉めたりすると右京は予想していたが、すでに雫の件はなし崩し的に受け入れられていた。
真夜に合流する前に、右京は雫を連れて清彦の所に赴いてた。多少お小言を言われたが、雫の件に関してはお前の好きにしろと言われた。ただし真夜に関してだけは、これ以上迷惑をかけるなと本気で威圧された。
(僕としてはありがたいけど、兄さんも真夜君には頭が上がらへんやろうさかいな)
渚の件だけで無く、他の子供達の問題も解決してもらった相手であり、未来の義理の息子になる真夜に対して清彦がそんな態度を取るのも理解できた。
清彦は今回の件で、すでに朝陽の方にも連絡を入れ、京極家から正式に星守に感謝と謝礼金を支払うと打診したという。
またその場に同席していた清貴達も、雫に対して昨日のような敵愾心は感じられなかった。
それどころか清貴や清治、清羅からは。
「初代の試練を達成できたら、君を認めることも考えようじゃないか」
「ふん、無事に帰ってきたのなら次期当主をこの俺様と争うことを認めてやる」
「せいぜい死なないように気をつける事ね」
などと雫に伝えるほどだ。
以前の三人ならもっと酷い言葉を投げかけたり、そもそも声をかけることさえしなかっただろう。
しかし三人の言葉からは以前ほどの傲慢な感情を右京は感じなかった。人が変わったとまでは言わないが、性格が確実に丸くなっていた。
(ほんまに予知を回避するための予言じみたキーワード、今回は大当たりや)
右京のシナリオとしては最悪の未来の回避と同時に、雫を当主候補として認識させる狙いがあったが、それ以上の成果をもたらした真夜に感謝すると同時に畏怖の念を抱いている。
(そもそも雫がなぁ……)
右京は本来は雫を京極家に関わらす気などなかった。少なくとも、あの六道幻那の事件が起こるまでは。
そう、あの事件ですべてがおかしくなった。あの事件の影響で、雫の身にあんな事態が訪れたのだから。
「と言うわけで、今日は私の付き添いで頼むぞ! 君には面倒をかけないようにするから」
そんな右京の苦悩を他所に、どこまでも自信に溢れた雫に真夜は苦笑いをする。
「了解。それで、初代の試練はどんな物なんだ? 渚や朱音が受けている試練は二人から聞いたが、そっちの試練の詳細は全く知らないんだよな」
渚と朱音が受ける修行の内容を聞き、二人を心配する気持ちは強いが、あの二人なら必ずやり遂げると信頼している。自分を信じてくれる彼女達を信じないのは侮辱でしかなく、約束もしたので信じて待つことにしたのだ。
彼女達の思いを無碍にしないためにも、必要以上に狼狽えないように真夜は自分の感情をコントロールする。ただ何もしていなければ気を揉んでしまうかもしれないので、それならばと右京との契約もあるので雫の試練の方に手を貸し気を紛らわせようともしていた。
「それは歩きながら説明するさ。では向かうとしよう」
雫は右京に自分が案内すると伝えると、そのまま先頭に立って進んでいく。まるでこの地をよく見知っているかのように。
「まあ僕にも色々あるように、雫にも色々とあるんやで」
雫についていく形で真夜に並んで歩く右京は、ぽつりとそう呟く。
「……そうなんですか。俺達に不利益にならないなら、別に構いませんが。あと右京さんが俺をどうしても巻き込みたかった理由、いくつか考えてみました。答え合わせをしたいんですが、それも答えられない範疇ですか?」
雫に感づかれないように、小声で真夜は右京に問う。
「……そうなんや。出来れば答えたくないけど、君はどう予想したんや?」
「未来予知、予言、神託、あるいはそれに類する物。だから俺を巻き込もうとしたと予想しましたが、どうですか?」
「……ほんま、君怖いわぁ」
冗談では無く、右京は顔を引きつらせている。それ以上に右京は隣を歩く真夜を、得たいの知れない怪物のように思えてしまった。
(ほんまに、この子は何者なんや? もしかして僕みたいなの憑いてるとか?)
巻き込んだのは自分であり、この行動が正解のはずなのだが右京は段々と真夜に恐怖を感じるようになる。
未来が変化するのはどの程度からなのか、正直に言えばわかっていない。自分が話すのは確実に駄目なのだが、相手から指摘された場合は今まで無かっただけに、どこまでの範囲でなら大丈夫なのかわかりかねていた。
右京は表情にこそ出していないが、冷や汗が背中からあふれ出ていた。
「ありがとうございます。答えられない理由もこっちで適当に想像させてもらいます。それとこれ以上は聞きませんから」
当の真夜は右京の反応により、ほぼ答えを得ることが出来た。
(予想の範疇か。答えられないのはデメリットがあるからだろうが、それがどの範囲にまで及ぶのかだな。当人だけか、それも周囲を巻き込むレベルか。これ以上はやぶ蛇になるな。親父や婆さんにはまだ伝えてないが、こりゃ下手に話さない方がいいまであるか)
真夜としても話せない理由のデメリットを被る可能性があるのなら、下手に第三者へ伝えるわけにはいかない。もう少し見極めの必要はある。
そして右京に真夜に対する認識をさらに改めさせることも出来ただろう。
(雫の試練次第だが、ここでもう少し恩を売って発言力を強めておけば、京極に介入する事も出来るだろうから、最悪の場合でもなんとかなるか)
京極家が没落、あるいは分裂の危機になれば少々面倒な事になりかねないが、真夜個人としても星守一族としても今は京極家に多くの貸しがあるため、政治的介入はできる限り避けるべきだが、万が一の場合はあらゆる手を使って事態を軟着陸させる事が可能になるだろう。
清貴達にはすでに恩を売っているので、残りは雫のみ。右京や清彦は朝陽や明乃の後ろに隠れつつ、真夜が強く言えば敵対などを恐れて何も言えないだろう。
(最低限の落とし所は見えたから、後は実行に移すだけだな)
真夜がそんなことを考えていると、先を歩いていた雫が足を止める。
「おとうはんとの話は終わったのかい、真夜?」
「ああ、終わったぞ。で、修行場の説明はしてくれるのか?」
「うん! さて入り口はここだ!」
雫が顔を向けると、そこには大きな鳥居があった。
「……へぇ。認識阻害の結界が掛かってるな。もっともそれだけじゃなさそうだが」
それは認識阻害の掛かった鳥居であった。一定の力量がなければ、認識する事さえできない。しかし真夜はそれ以外にも悪しき物を弾く術式が施されているようだった。
「その通りさ。ここが初代試練へと続く道。この山のいくつかの場所にいくつかこんな入り口があるんだ。たどり着く場所は同じ。けど試練を受ける資格や実力が足りない者は、入り口を見つて中に入っても、また別の入り口に出てしまう」
「詳しいな」
「まあね。おそらく君なら問題なく試練の場所まで行けると思う」
「そういう雫はどうなんだ?」
「私か? ふっ! 私も大丈夫だと思うぞ。それに試練の場にたどり着けないようじゃ、京極初代の試練を達成するとか笑い話にもならないじゃないか」
真夜の問いかけに雫は笑いながら答えると、その言葉が虚言で無い事を証明するかのように霊力を高める。雫の霊力の多さと質に真夜は改めて感嘆する。霊力だけならば確かに退魔師全体を見渡しても上位に位置するだろう。
「試練の場所へは複数人でもいいのか?」
「大丈夫だ。試練を受けるのは一人ずつだが、見学は何人でも出来るから」
「了解。じゃあ行きますか」
「あー。その事やけど、僕はここで待ってる事にするさかい。二人で行ってきて」
そんな中、右京は二人にそんな言葉を投げかけたのだった。
◆◆◆
「くっ!」
修行場の中心で、渚は霊器を持つ己の写し身に終始押されていた。幾度も刀をぶつけ合うが、霊器の刀とまともに打ち合えるほど、渚の霊気の剣は強くは無かった。
つばぜり合いや真っ向勝負になれば、間違いなく押し込まれる。そのため渚は終始受け流すしか選択肢を取れなかった。
また霊術を使うにしても、霊符も無いため威力の強化もできない。それに比べて相手は霊器を用いて術を発動させてくる。
今も炎の刀身を作り出し、渚の剣を上回る攻撃力で攻め立てている。
特に渚の霊器は様々な属性を刃として刀身に作り出せる。風、炎、氷、風、水と変幻自在。無論、別の刀身に作り替えるにはそれなりに霊力を消耗するが、それでも霊力量は写し身の方が上だ。
(時間を稼いで消耗を待つ? いいえ、文献では思考までも真似るとあります。私の考えも読まれているでしょう。ならば力尽くで倒す? それも現実的ではありません。増幅された霊器の一撃を突破するには、かなりの力を必要とする上に、相手も同じような行動を取れば敗北するのはこちらです)
思考を巡らせ、時折霊術を用いて牽制をするが、相手は動じない。逆に刀を渚の方に向けると、その周囲に炎の球体を無数に出現させて一斉に渚へと解き放った。
「くうっ!」
全力で走り回り、迫り来る球体を回避する。
(この攻撃、私の回避を誘導している!)
渚は相手の攻撃が自分の動きを誘導していることに気がついていた。その予想通り、回避した先に先回りをして霊器を構えこちらを迎撃しようとしている。
「はぁっ!」
しかし渚は写し身に対して、握っていた霊力で出来た刀を投擲した。霊力で作っているため、もう一度作ることは可能。ただこれで相手の意表を突けるとも考えていない。あくまで僅かな時間稼ぎが目的だ。
(今までの私では勝てない。けどこの試練では死んでも生き返れる。なら今、試せることをすべて試す!)
渚はこの試練は死んでも生き返れる救済措置があるため、己の限界を超えると同時に常ならおそらくしないであろう戦法をこの場でする選択をする。
「はぁっ!」
渚は霊力の刀を改めて作る。だがそれは一つではない。左右の一つずつの二刀流。二刀流の使い手のイメージは真昼。幾度も見た戦い方をトレースする。
「やぁぁぁっっ!!」
いつもの渚以上の気迫を放ち、相手に反撃など許さないとばかりに果敢に攻める。
しかし写し身は冷静に渚の攻撃を受け止め受け流す。だが渚はそこに変化を加える。霊力を変換し、左右の刀を別の属性を持たせた。さらに身体能力の強化も行う。
いつもなら式神の操作や制御に振り分けていた霊力もすべて攻撃などへと回す。渚は集中力を高め続ける。
写し身が霊器に展開している炎の属性に対して有利に働くように、渚は水と雷の刀で攻撃を繰り返している。向こうが属性を変化させようとすれば、隙が生じる。だから相手は霊器の属性を変化させられない。
手数と技の二つを駆使して、渚は勝負を仕掛ける。
(ここが勝負どころ! 相手の動きを、自分の思考を読み尽くす! 向こうの思考を上回るように。もっと早く!)
如何に写し身とて、自分の思考を真似るとは言え、思考速度までは上げられないはずだ。だから渚は集中力を上げ、思考を加速させる。
一撃の威力は弱いが、属性の有利と手数で攻める渚はこのまま押し切ろうとする。
(っ!)
その時、悪寒が走った。写し身の刀身に変化が現れた。炎に風と雷が纏わり付く。属性の同時展開。今の渚ではできない行為を、写し身は行ったのだ。
渚はもう退くことは出来ずに前に進むしか無かった。ここで距離を取っても、じり貧になるのは渚の方である。写し身も霊力を解放して、迎え撃とうする。
「はぁぁぁっ!」
渚と写し身が交差し、それぞれの後方へと移動する。勝敗は決した。
「渚!」
朱音が叫び声を上げる。渚の身体がドサリと地面に倒れると、そのまま光に包まれ彼女の姿がこの場から消えた。
死ぬことで発動する術式が、渚を入り口の祠まで転移させたのだ。
残っていた写し身も渚が消えたことで霊器が消失し、その姿を光の粒子に変えて消え去ると後には静寂が残る。
「……やっぱり簡単にいかないわね。渚には悪いけど、わかったこともあるし」
朱音は渚の戦いを見学し、写し身がただ霊器を持つだけではなく、自分の今の限界を超える強さまで発揮する上位互換以上の相手だと改めて思い知らされた。
渚の手数と技を力と技術により打倒した。朱音は最後の激突の瞬間、渚の写し身が渚の得意な技を使用したことを見抜いていた。
最難関試練なのも納得できる。というか、そもそもこれを乗り越えられた術者がどれだけいたのか。またどんな方法で攻略できたのか。朱音は本当に知りたかった。
しかし勝利の方法や達成者の記録の文献はほとんど残されていなかったらしい。あるいは達成者などいなかったのかもしれない。
「でもビビってられないわね」
元々考えて行動するタイプでは無い朱音は、渚が負けて気が楽にさえなっており、渚以上の当たって砕けろの精神で挑むこと決めた。
もちろん、勝つつもりはある。しかし逆に今の自分の上位互換がどんなことをしてくるのか、それが楽しみで仕方が無かった。
なぜならそれは、つまり朱音が到達しうる、手に入れられる強さであり必ず出来ることであるのからだ。
だからある意味でわくわくしている。口元が僅かに緩む。
渚には悪いが、戻ってくる前に自分も挑戦しようと思う。
陣の中心移動し、霊器を顕現し台座に乗せる。そして出現する自らの写し身。
「さあ、勝負よ!」
朱音は気合いを入れ、写し身に対して勢いよく駆け出すのだった。




