第八話 京極初代の試練
「へぇ、あたし達が修行してる間にそんなことがあったんだ」
「まさかお父様達が来ているなんて思いもしませんでした」
夕刻、真夜は今日の修行が一段落した朱音と渚と合流し、日中に起きた出来事を話していた。
「ああ。二人が修行中の間は右京さんの手伝いをする。正直胡散臭いし、どんな思惑があるかはわからないが、悪意は感じなかったから、契約は継続するつもりだ。親父や婆さんにも連絡してるから、トラブルが起こってもまあ何とかなるだろ」
二人に、特に渚に伝えるべきか悩んだ真夜だが、知らせないのも悪いし、もしかしたら顔を合わせる可能性があるので、先に伝えて置いた方が動揺が少ないだろうと思い話すことにした。
また渚と朱音に今日の契約などの事を話すかどうか関しては、真夜の判断で行う事を前もって右京に了承してもらっている。
「ほんと、真夜も色々と大変ね。けど話を聞く限り、良い方向に向かいそうなんでしょ?」
「京極のことで色々と面倒をかけてすみません」
朱音は若干呆れ顔で、渚は申し訳なさそうな顔で真夜に言う。
渚からすれば、まさか腹違いの兄姉達と父が揃ってきているなど思いもしなかったし、真夜には京極家の事ではかなり迷惑をかけているので、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「気にすんな、渚。報酬も約束してるし、京極家が安定してくれるのは色々な意味でありがたいしな」
六家は今、どこの家も次世代が有望だが、ここで京極家だけがゴタゴタで没落すると、また面倒な事になりかねないし、暴走されても困るので真夜も出来れば何とか持ち直して欲しいと思っていた。
あの後、清彦やその子供達の話し合いは、それなりに上手くいったようで、清彦から真夜は再び土下座する勢いで頭を下げられ、しきりに感謝の言葉を聞かされた。渚と同じでまだまだ手探りの所はあるが、確実に良い方向に向かったそうだ。清彦としては真夜に本当に頭が上がらなくなったことだろう。
清貴達も前向きとなり、張り詰めていた物が消え、憑き物が落ちたような穏やかさだったとか。霊力も安定し、霊器も再び自由自在に顕現できるようにもなったらしい。
「これからどうなるかはあの三人次第だが、そこまで悪いことにはならないと思う。ルフにも聞いたが、三人とも性根はそこまで悪くないらしいからな」
あの術にはルフの協力もあり、彼女は三人の魂にも触れた。そこで感じたのは、精神的には歪んでいたものの魂そのものはそこまで黒く染まっていなかった。
だからこそ心は浄化され、京極という呪縛から解き放たれたことで、これまでとは違う道を歩んでいけるのではと真夜はルフから聞かされた。
もしくは心を入れ替えたうえで、改めて京極家の当主を目指すのもありだろう。
「ほんと、ルフさんもだけど真夜も規格外すぎるわよね。話を聞いてるだけで、どんだけぇって感想しか出ないわよ」
朱音は真夜が執り行った超高度な霊術に驚きを通り越して呆れている。
「朱音さんと同じ感想ですね。京極家の浄化の儀を個人で行えるような物ですし、しかもそれ以上の効果を発揮するんですから」
渚も同じだ。しかもこれで戦闘力まで人外の域にいるのだから、真夜は実に非常識な存在だろう。
「渚にとっても悪い話じゃ無いし、親父さんの負担や悩みが減るのは良いことだろ。義理の親になるんだし、俺に出来ることなら協力するのも吝かじゃねえからな」
「真夜君……」
真夜の言葉に嬉しそうな顔をする渚。朱音も渚の親子関係だけじゃ無く、兄姉関係が改善するなら良いことだと頷いている。
「けどあの胡散臭い右京さんって人に娘がいたなんてね。しかもあたし達と似た年齢なんでしょ?」
「あの人は色々と謎が多いというか、よくわからない所がありますから。私も驚きですが、真夜君的にはどう感じましたか?」
「あー、海と雷坂を足して割ってマイルドにした感じの性格に感じたな。悪い感じもしなかったが、いまいちよくわかんねえ。まあ今日会ったところだしな。ただ強さに関しては抑えてたが、かなりのもんだと思う。流石に兄貴や雷坂には及ばないだろうが、並の霊器使いなら勝てると思える程度には出来ると思う」
霊器を顕現できるかどうかは定かでは無いが、出来なくても霊器使い並の強さはあるだろう。
「そうなんだ。真夜が言うからそうなんだろうけど、あたし達も気合い入れて修行しなきゃね」
「はい。私達も負けていられません。ですが、まさか京極家初代が残した試練に挑もうとするなんて」
朱音は新たなライバルの登場に気合いを入れ直し渚も同意するが、渚は右京の娘とは言え自分達と同年代の者が京極家初代が残した試練に挑むことに驚いていた。
「それってどんな試練なの? 真夜は知ってる?」
「いや、それに関しては俺も知らないな」
「朱音さんや真夜君が知らないのも無理はありません。京極家でも一部の者しか知らない試練ですからね」
本来は京極宗家や近い人間にしか知らされない内容ではあるが、すでに京極家が半壊しており真夜と朱音も関係者のようなものなので、教えることにした。
「文字通り、京極家の初代が晩年に作った試練で、それを達成した者は強力な力を得ると同時に京極家当主になる資格を得ると言われています」
京極家初代は圧倒的な霊力を有し様々な霊術を扱えた上に、強大な式神を複数従え、覇級すらも単独で葬り去ったと伝えられている。その人物が比叡山に自ら作ったとされるのが、話に出ている試練である。
初代はこう言ったそうだ。この試練を達成した者には、その証を与え無条件で京極家の当主とすると。
ただ試練の内容は伝承されていないだけではなく、京極家の誰も達成したことがないとされていた。
「京極家歴代の当主でも無理だったのか?」
「京極家に残されている資料ではそのようです。そもそも歴代の当主は試練を達成したから当主になったのではないようです」
試練の内容は過酷を極めるようで、当主候補者の幾人もが挑んだそうだが誰もが失敗に終わっていたとのことだ。
「当時から数代に渡って何人もの腕自慢が挑んだと記録には残っていましたが、試練を乗り越えた者は一切いなかったようで、挑んだ者の半数近くは帰らぬ者となったようです」
どのような意図があって、初代京極当主がそのような試練を残したのかわからないが、多くの者が京極家次期当主になろうとする者がこぞって挑み、そして夢破れた。
「そうなんだ。けど誰も乗り越えた人がいなんじゃ、相当な難易度なんでしょうね」
「はい。しかも試練の内容に関しては失敗した場合記憶を消されているようで、一切の記録が残っていないのです。ですので、どのようなものかもわかっていません」
「へぇ。面白そうだな」
真夜は渚の話を聞き、誰も達成した事もない試練に興味を示した。当主を目指そうという人間なら、かなりの実力者揃いだっただろう。真夜からすればどれほどのものか、一度挑戦したいと思ったのだ。
「真夜なら達成できそうよね」
「むしろ真夜君で無理なら、誰も達成できないと思います」
呆れ顔の二人に真夜は苦笑する。
「でも真夜が達成すると、真夜が京極家当主になっちゃうじゃん」
「それは色々と問題ですね」
「当主にはなりたくないな。けど試練には興味があるんだよな。弱体化は解けたが、もっと強くなるためにも、経験値は多い方がいいからな」
その言葉に朱音はさらに渋い顔をする。
「真夜は本当にストイックすぎるわよ! これ以上強くなってどうするつもりよ!?」
「覇級妖魔クラスならまだしも、もう真夜君に勝てる人間はいないと思います」
「いや、それはわからねえだろ? 兄貴も雷坂も凄い速さで強くなってるし、異世界の俺の仲間は今の俺よりも強かったんだぞ?」
真夜の発言に二人は驚愕の表情を浮かべる。異世界の仲間の強さについて、そう言えばそこまで深く聞いたことが無かったからだ。
「異世界の真夜の仲間って、どれだけ強かったのよ」
「真夜君並みの強さが他に六人もいたなんて、俄には信じられませんね」
「まあな。完全戦闘職の勇者と武王と剣聖はマジで洒落にならなかったぞ。結局模擬戦でも負け越してたしな。他の三人も条件次第じゃ勝てなかったからな」
腕を組みながら、しみじみとかつての仲間を思い返す真夜はどこか悔しそうな、それでいて楽しそうであった。
勇者、武王、剣聖の強さは嫉妬もしたが憧れた。特に師である武王は真夜の目指す体術の完成形。霊術や十二星霊符があれば武王とも互角以上に戦えるが、純粋な身体能力強化と体術だけでは武王には決して敵わないだろう。
高み。それを知るからこそ、また守りたい者がいるからこそ、真夜はどこまでも強くなろうとするのだ。
「もう! じゃああたし達ももっと頑張らないとね! 今回の修行で絶対に差を縮めてやるんだから! ねえ、渚!」
「もちろんです、朱音さん。お父様達の事も気になりますが、私も修行に集中します。その雫と言う人にも絶対に負けません!」
真夜の話を聞き、二人は俄然やる気を出した。新たに現れた京極雫にも対抗意識を燃やしているようだ。
「俺は応援しか出来ないが、二人とも頑張れ」
ふんすと気合いを入れる二人の恋人達のやる気と姿に真夜は苦笑しつつエールを送ると、改めて渚から聞かされた京極家初代の残した試練について考える。
(聞いた限りでの試練の過酷さを考えると、あの雫でも達成できるかわからねえし、ハイリスクハイリターンだから、万が一もあり得る。命を落とす可能性があるのを、簡単に受けさせるか?)
雫がきちんと知らないのならば、忠告する必要があるが、右京がこの件に関してもどう思っているのか気になるところだ。娘を信用しているのか、それとも別の思惑があるのか。
(少し、そっちの方にも気を配っておく方がいいかもな。……まさかこの件も見こして、俺を雇ったんじゃないだろうな)
色々と疑惑を深めながらも、真夜はやるべき事をやると決めつつ、朱音と渚と応援するのだった。
◆◆◆
(ほんま、ヤバい子やったな)
夜も更けた頃、右京は一人野外でタバコをふかしていた。今日は様々な事を肝を冷やしたが、おおよそ自分が考えるよりも良い方向に向かっていると内心で安堵していた。
ただ思い返すのは真夜のこと。自分の予想の遙か上の存在としてその認識を改める事になった。
(強さもやけど、あの子の術は一体どないなってるんや)
清彦の息子達に施した術式。あのおかげで、三人は力を取り戻しただけではなく、父親とも和解する切っ掛けとなった。
右京の行動を最初は非難しようとしていた清彦も、最良の結果になったことでそこまで大きく咎められることは無かった。無論、真夜を巻き込んだ事には小言を言われたが。
(あの三人を完全に治療し完治させた上に、僕や兄さんにも影響を与えるほどの術。しかも後ろ盾もあって本人の実力も高い。敵対は絶対にあかん)
真夜を利用している自覚はあるため、真夜を本気で怒らせれば色々な意味で右京も京極家も終わる。真夜と対峙して背筋が凍る思いだった。ただ真夜自身は善性の人間なのが幸いだ。よほどの事が無い限りは、敵対しないだろうという期待は確かにあった。
もう何本目にかになるタバコを携帯用の灰皿に入れると、新しいタバコに火を点ける。もう半ば自棄である。
どうして自分がこんなに苦労しないといけないのかと、延々と愚痴りそうになる。
兄である清彦も苦労しているが、周囲から遊んでいて自由そうに見える右京も相当苦労しているのだ。
(そもそもなんで僕なんや。僕以外の人に憑いて欲しかったわ)
未来視をもたらす座敷童子の弊害。この力で助かった面はあるが、それ以上の心労や苦難も味わっている。幸運はもたらされているが、それよりもヤバい案件の解決にも奔走しないと駄目だとか、罰ゲームにもほどがあると右京は思う。
(雫もなぁ。ほんまけったいな星の下で生まれたもんや)
自分の娘でありながら、京極家の中でも特に面倒な星の下に生まれた娘を思いながら、右京はもう何度目にかになる愚痴を吐きつつ、タバコの煙を勢いよく吸い込むのだった。
◆◆◆
京極雫は布団の中で明日のことを思い浮かべながら、期待と不安で眠れないでいた。
誰も達成したことがない試練へと挑む。
「……うん、大丈夫だ。私なら出来る。ああ、そうだな。うん、心配してくれてありがとう」
一人のはずなのに、雫はまるで誰かと話をしているようだった。
「その時は頼むさ。それにしても凄かったな、彼は。ああ、君もそう思うか。うん、一度手合わせしたいな。えっ、君も? うーん、そうだな。出来る限り協力するよ。わかった、わかった! 約束する!」
目を閉じ、まるで近しい友人と話すかのように楽しそうに語る雫。
しばらくの語りの後、雫は満足したのかすやすやと寝息を立て始める。
そして少しして、雫はパチリと目を開ける。だがその表情は先ほどまでの垢抜けた印象とは違っていた。
「……さて、雫はあの試練を乗り越えられるかな。まあ無理でも我が何とかしよう。それにしても面白い男がいたものだ。星守真夜か」
どこか不敵な笑みを浮かべた雫は、楽しそうに真夜の名前を口にするのだった。
あけましておめでとうございます。
本年度も宜しくお願い致します。
今年も頑張って面白い話を書いていきますので、どうかよろしくお願いします。
また紅丸様がXで渚の年賀イラストも公開しています。すごくいいので、ぜひ見に行ってください!
小説、コミカライズ共々何卒よろしくお願いします。




