第七話 目的
室内を包み込んでいた浄化の光が収まっていく。光が消え、真夜が目を開け霊符を消し去ると部屋には静寂が訪れ、霊的にも澄み切った空気が室内に満ち満ちた。
ふぅっと、真夜は息を大きく吐くと呼吸を整える。まだ余裕はあるが、それでも高度な術式の展開は真夜でもかなり疲労する。その証拠に真夜は僅かに汗ばみ、呼吸も多少乱れている。それでも少しすれば回復する程度の物だ。
五分にも満たない短い時間だったが、それでも大規模霊術もかくやという強力な霊術とそれを個人で行使した事が、真夜以外の全員に今までに経験したことも無いほどの様々な衝撃を与えた。
見ていた清彦や右京、雫もだが特にその中心にいた三人はその比では無い。
昨年のクリスマスでのたたりもっけを浄化した時のように、荒ぶり呪詛に覆われた無数の魂の集合体にまで影響を与えるほどの術式であり、ルフの分体とは言え人間である三人が相手ならば同様の事が出来た。
ルフの与える無情の慈愛。それはついぞ得ることが出来なかった母親の愛情のように三人は錯覚したが、真夜とルフが見せた幻と三人に与えられた情愛は完全な偽りでは決して無い。
浄化の術式とルフの慈愛により、肉体と精神と魂がそれぞれに影響を受けたことで、今まで流したことのない涙を流し、三人は心の重しが取り除かれるようだった。
また真夜達の術式に感化されたのは清貴達だけでは無い。
「……」
今まで黙ってみていた清彦も知らず知らずのうちに涙を流している。直接では無いにしろ、間近で真夜の術式の影響を受けた。彼にも幻想が見えていた。渚の母である澪を含めた妻達が仲良く笑いあい、息子や娘達が仲良く遊ぶ光景。
清彦は改めて思う。自分がもっとしっかりしていれば、きちんと妻や子供に向き合い、長老や先代達から子供達を守っていれば、もしかしたらあり得たかもしれないと後悔の念が止めどなく溢れてくる。
だがその感情もこの浄化された閉鎖された空間内では、徐々に変化を与えられる。
「……すまなかった。お前達には、本当に辛い思いをさせた。すまない、本当にすまない」
清彦は三人に近づいていくと、彼らに寄り添うように謝罪の言葉を口にする。先ほどまでならば清貴達も拒絶していただろうが、今は素直に清彦の行為を受け入れている。
清彦は何度も何度も謝罪の言葉を口にする。清彦の顔はこの場の誰もが見たことのない物だった。それは心からの謝罪であり、今の三人はそれを素直に受け入れることが出来た。
「しばらく俺達は席を外します。その間、四人でしっかり話し合ってください。右京さん、雫。今は家族だけにしてあげてください」
真夜はそんな四人を前に右京達に提案する。真夜自身、ある程度上手く事が運んでいると感じており、この場で家族だけで話し合えば、渚の時のように関係が改善される兆しが見えたからだ。
今ならば皆が悪い意味での感情的になりすぎず、本音をぶつけ合えるだろう。
家族の話し合いの場に部外者は不要。真夜は右京と雫に聞きたいこともあるので、有無を言わさず二人を部屋から連れ出した。二人も特に拒否もしなかったので、真夜に続き部屋を後にする。
「さて。これでひとまずは拗れる前の状態に戻せたと思いますよ」
ある程度部屋から離れた場所に移動すると、真夜は右京にそう切り出した。ただ真夜の右京への不信感はかなり高まっている。
しかし右京と雫のあからさまな行動に、逆にその真意を読み解けないでいる。
(この人の目的が今ひとつ読めないんだよな。京極家を分裂させたいって感じでもなけりゃ、自分の娘を
何が何でも当主にしたいって感じでも無い。それに俺を巻き込んだ理由もよくわからない)
異世界やこちらの世界での様々な経験で、相手の思惑を察しようとする観察眼は磨かれていたが、真夜は相手の心が読めるわけでも未来が見えるわけでもない。
相手の性格や行動などから予想は立てることは出来るが、右京の目的や思惑はどうにも察せられない。胡散臭いゆえに疑ってしまうが、その目的が読めない。
(それにさっきの反応からすると、俺があんな術を使えるなんて思ってもいなかったようだし、ますます俺を巻き込んだ理由がわからない。雫に関しても、俺がいてもあの術を使わなけりゃ、余計に拗れる展開しかなかったと思うが)
もはや堂々巡り。この手の手合いの相手は疲れるので、真夜としては面倒なのでストレートに行くことにした。
「右京さん。もうこうなったら、はっきりと聞きますが、実際のところ何が目的ですか? こちらが不利益を被る可能性のあることが目的なら、俺としては契約の破棄も視野に入れますし、当主と先代にも星守として動いてもらうつもりです」
真夜は右京を問い詰めるように言い放つ。本当に京極家の存続を望んでいるのか、望んでいて娘を当主にすることを画策しているのか、はたまた京極家を没落させたいのか。
それとも他に何か目的があるのか。それこそ自分や渚、星守一族を巻き込み巨大な陰謀を画策しているのではないのかと。
真夜もこんなストレートに聞いて答えてくれるとは思っていない。今は雇い主と雇われた人間の関係でもある。雇い主だからと言ってすべてを話す必要は無いし、真夜も契約を結んだ今、契約が終了するまでは彼の意向に沿うように動く必要がある。
しかしそれは真夜が不利益をすべて被る事を我慢することにはならない。
ただ右京が何を考えているかわからない反面、馬鹿でも愚かでもないと感じているので、あからさまに真夜や星守を敵に回すような事はしないと感じているのだが。
「まあ君が僕を疑うのはようわかんで。けど信じられへんとは思うけど、僕はこれでも京極家の事を真剣に考えてるんや」
右京はじっと真夜の目を見る。一切おちゃらけた様子はない。真夜も目線を合わせ、探るように見る。
右京の内心は穏やかでは無かった。ここにきて、右京は真夜を過小評価しすぎていた事実に戦々恐々していた。
(やばいなぁ。この子、ほんま僕の想定以上や。絶対に敵に回したらあかんわ)
表情に出さないが、背中には嫌な汗が浮かんでいた。
自分の能力を話せず、相手を一方的に利用しようとしている自覚はある。自分が相手の立場ならば、それはもう不信感しか無いだろうし、手を貸そうなどと思わない。
朝陽とも直に話し合いをしたからこそよくわかる。真夜は朝陽とは違う恐ろしさを持っている。朝陽とどちらが恐ろしいかは明言できないが、朝陽と同じかそれ以上に敵に回してはいけない相手であるのは間違いない。
(それになんやあの術。個人であんなん出来るとか、でたらめ過ぎるやろ)
清彦が影響を受けたように右京も術の影響を受けていた。身体と心が軽くなった。ささくれていた心が穏やかになった。
あんな術を使える術者を右京は知らない。強いだけならば国内にはいくらでもいるが、真夜のような使い手は皆無に近い。
この事を星守一族が把握しているならば、間違いなく真夜を害そうとすれば総力を挙げて相手を排除しようとするだろう。
それに真夜の強さの底が見えない。右京もあの事件の後、強くなった。それゆえに相手の強さを見抜く力も高まった。
右京は鞍馬天狗抜きの朝陽ならば五分に近い戦いが出来ると思っているが、今の真夜には勝てるビジョンが全く浮かばなかった。あのマンションでの会合の時にはこんな事は無かったというのに。
ただ真夜は聡い。それに情もある。
「あとこう言うのは卑怯やろけど、色々と察してくれると助かるんや。僕にも……絶対に言えないこともあるんや」
卑怯なやり方であり、自分勝手な言い分でしかない。これで納得してくれる人間はよほどの馬鹿か。お人好しだけだろう。
しばらくの間、真夜は右京の目を見続けるが、しばらくすると目線を逸らし大きなため息を吐くと頭を掻いた。
「今は雇われの身なのでこれ以上は言いません。言えないことがあるのもわかりました。俺や星守に極端な不利益が来ないなら、一応は右京さんの顔を立てて協力します。京極家の安定は星守にもメリットになりますし、清彦さん達の関係改善も同様です」
真夜としては納得できないし、右京が語れない何かがあることも明白になったが、様々な事を考え今のところは静観し協力することにした。
「ただし……俺の大切な人間に害が及べば、その時は容赦はしない」
ズンっと周囲に恐ろしいほどの威圧が掛かる。右京も雫もゾクリと身体を震わせる。全力では無いが今の真夜の本気の威圧。肉体だけで無く、魂までつかみ取られるかのような感覚だった。
暗に真夜は渚や朱音に何かあれば、完全に敵対すると宣言したのだ。弱点であると同時に逆鱗。それを理解させるために、真夜は先ほどまでとの気配を一変させた。
だがそれもほんの数秒のこと。真夜は威圧を解き、気配を元に戻した。
「俺も誰彼構わず敵対する気はありませんが、右京さんもよく理解しておいてください。協力はしますが、便利に利用される気はないので」
「……改めてわかったわぁ。君は絶対に敵に回したあかんて」
引きつった笑みを浮かべる右京に、対照的に真夜はどこか満足げな笑みを浮かべた。これで相手が大人しくなるか、それとも逆に動こうとしてくるかわからないが、相手もより慎重にならざるを得なくなっただろう。
真夜は続いて右京の側にいた雫を見る。顔を俯かせ、ふるふると震えている。
(まあ結構本気で威圧したからな。今の俺の威圧だと、兄貴や雷坂くらいでないとビビるだろうな)
右京でさえ顔を強張らせているのだ。いくら霊力が高いとはいえ、まだ真夜と歳の変わらぬ彼女では恐怖を感じるのは無理も無いだろう。
「凄いな、君は! もしかしなくても、おとうはんよりも強いのか!?」
だが雫は物怖じするどころか、逆に目をキラキラと輝かせて真夜にぐいぐいと近づいてきた。その様子に真夜は思わず呆気に取られてしまった。
「私も自分はある程度強いと思っていたが、まさかこれほどの実力者が同年代にいるなんて! やはり世界は広いな」
(海と雷坂を足して二で割ったような性格か? いや、そう判断するのは早計だが、これまでにいなかったタイプだな)
うんうんと頷いている雫に真夜は、豪胆な性格に思える彼女を測りかねていた。単に自分と相手の実力差に気付いていないわけではないが、その上でこのような態度を向けてくる。自分の父親を威圧されたというのに、随分と好意的なことだ。
「右京さんとの話は取り敢えず終わったから、次は雫だが。お前の目的は何だ? 父親に言われたからってだけで、会ったこともない従兄弟達の手助けをしようと思ったのか? それとさっき言ってた京極家の次期当主を目指すってのも本気か?」
今後の主導権を完全に握るためにも、雫の目的や性格をもっと把握する必要がある。
「君は質問が多いな。けど、うん。お互いを知るためには、話をするのは重要なのは間違いないな。真夜の質問に答えるとだな、色々と思うところがあって京極家の当主を目指しているんだ。あの場であの宣言は色々と不味いのはわかってはいたが、私の存在を印象づけるために必要な事だと思ってね」
「けどそれで拗れたら世話無いだろ。身内からの反感は面倒だと思うが」
「それはそうだが、どのみち反目は避けられないだろうし、私としては実力で認めさせればと思っているんだ。こう見えて中々に強いぞ、私は!」
自信満々に言う彼女だが、模擬戦でどれだけ強くても実戦経験の差はいかんともしがたい物がある。
清貴や清治は何やかんや言って、霊器使いであり実戦経験も豊富だ。それが格下が多いとはいえ、次期当主を目指すならば、それなりの相手とも戦ってきているだろう。
それに京極家で鍛えられた政治力もあるだろう。雫の場合、実戦はともかくそちらの素養が未知数だ。
(まあ雷坂みたいに力でカリスマを示して、周りが支えるんなら大丈夫だろうが)
それには清貴達の協力は必要不可欠だろうし、清彦も手助けする必要はある。ただ真夜の見立てでも雫が弱いと判断していない。少なくとも渚や朱音よりも上なのではないかと思うだけの強さを秘めているのではと感じている。
「君の心配はよくわかるし、初対面の相手を警戒するのもわかる。それは仕方が無いが、私としては君とも他の皆とも仲良くしたいと思っているんだけどね。まあ私が比叡山に来たのは、君の言う通り彼らとの顔合わせだけでや決意表明だけで無く、他にも目的があるんだけどね」
「他の目的?」
「比叡山の修行場の中でも最難関の場所。そこには京極家初代が後世の者へと残した試練があるんだよ。それに挑み成し遂げることで、私という存在を京極家に認めさせること。それが私の目的さ」
真夜に対して雫はそう宣言するのだった。
もしかしたら年内最後の更新かもしれません。
更新できそうなら、あと一回頑張ります。
コミックヴァルキリーWeb150号にコミカライズの最新話掲載されています!
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またこの号をもちまして、コミックヴァルキリーは休刊となります。
コミカライズの続きはキミコミというサイトで掲載継続なのでご安心ください!
それでは今後とも何卒よろしくお願いします。




