第五話 邂逅
「……どうしてこう、真夜は厄介ごとに巻き込まれるんだ?」
「はははっ、本当にどうしてでしょうね」
星守の本邸で明乃が渋い顔をしながら呟く横で、朝陽がのほほんと真夜から送られてきた書類を眺めている。
右京から依頼を受け、京極家の問題解決に協力するという旨と契約内容の確認を依頼された朝陽は、万が一の事を考えて残っていた明乃にその事を報告した。
明乃は半ば嫌な予感はしていたが、またかと頭痛のする頭を指で押さえた。
「しかし右京君が真夜にこのような依頼をするとは思いませんでしたね。思惑が何なのか気になる所ではありますが、向こうも真ちゃんに何かあれば、星守が敵に回るとわかっているはずなので下手なことはしないでしょうが」
「まあ何かあっても、直接的な事では真夜はどうにも出来ないだろうし、搦め手も大半は何とかするだろう。私達に連絡した事で、完全に後ろ盾も付けたしな」
明乃は真夜の実力を高く評価しているし、異世界での経験も豊富なため戦い以外での手腕もある程度の信用はしていた。
今回もきちんと交渉の上、こちらが連絡しろと言っていたのはあるがきちんと報告してきており、書面にも残る形と確認を求めてきているのは高評価だった。
「契約書の内容にも怪しい点はないですね。いかなる失敗や失態の責任も負わせないとありますし」
「逆にそこまでして、なぜ真夜を巻き込みたいのかがわからんな」
「それは真ちゃんも言ってましたが、どんな思惑があろうとも受けた限りはきちんと対応するとのことです。あと今回の件、右京君も考え無しに行動しているとは思えませんので、おそらく彼や京極家に取ってそれだけ重要な何かが隠されていると言うことでしょう」
「きちんと事情を話せば星守としても京極家を支援している分、表だって協力する事も出来るが、それをしないところを見ると後ろ黒いことがあるのか、それとも言えない事情があるのか」
右京のことだけでなく、故人となった先代当主清丸のことを思い出しながら、明乃は今回の件についてより深く考える。もし右京が清丸と同じような性質ならば、今回の件はかなり裏が深く思えるからだ。
「母様の懸念は尤もですが、今は情報が足りませんので判断出来かねます。ここは真夜の情報待ちですね」
「お前は見を続けるつもりか?」
「今はまだ、大きく動くべきではないでしょう。身内のゴタゴタの解決に真ちゃんを利用するだけならば、星守として動くのは早計です」
京極家とは今のところ良好な関係を築いている。ここで下手に騒げば落ち着いてきた勢力図が大きく動きかねない。
ただでさえ昨年からゴタゴタが続き、京極だけでなく星守の交流会や、火野における超級妖魔討伐、風間における覇級妖魔討伐、龍と謎の覇級妖魔の出現など解決したとは言えピリピリした空気は未だに存在する。
ここに来て再び星守が一族として介入するほどの大きないざこざが起きれば、余計な混乱が生まれるかも知れない。
「……わかった。判断はお前に任せる。すでに何かが起こることを想定して準備はしていたからな」
すでに朝陽も明乃も比叡山で何かが起こっても、星守として即座に動けるような体制を整えている。明乃としても動く可能性が高くなった思っておけばいいだけの話だ。
「そうですね。本当に穏便に終わってくれれば良いのですが」
朝陽も僅かにため息を吐きながら、真夜の平穏を祈るのだった。
◆◆◆
真夜は自分も目を通し、朝陽達にも書類の確認を行ってもらった後、契約書にサインをした。
明乃からはお小言を言われ、朝陽からは苦笑されたがまあ仕方が無いと真夜は思う。
「さて、これで晴れて俺は正式に右京さんの手伝いをするわけですが、まずは何をすればいいですか? 渚の異母兄姉と顔合わせでもしますか?」
京極の兄姉は割と有名であり、大祭などで真夜も顔は知っているが直接会話をしたことはない。向こうも星守の落ちこぼれになど興味は無かっただろう。
「そやね。もうすぐ来るとは思うけど。あと兄さんも来るから。まだ渚ちゃんらは座禅中やから、先に行こか」
「わかりました」
真夜もスケジュールは聞いている。今日は昼食を挟んでから夜まで座禅が続く。昼食も決められたメニューなので、真夜とは別だ。
そのため真夜も夜まで時間を持て余している。右京がそれすら狙ってやって来たと勘ぐるが、依頼を受けた以上はきちんと遂行する義務がある。
(まっ、どんな思惑があってもどうにかすればいいし、最悪は親父と婆さんにも手伝ってもらえるからな)
楽観はしないが、やれることをやればいいというスタンスで真夜は行動する。
人間関係のこじれは面倒なのだが、真夜は真剣に取り組むつもりだ。清彦も来るのは予想外だったが、少しでも改善できれば御の字だし、清彦には時間を作ってもらい渚に会ってもらいたい気持ちもある。
ただやはり部外者に近いとは言え、渚の婚約者の立場にいる真夜が立ち会うのは当事者達からすれば内心面白くない物だった。
右京に連れてこられた比叡山の京極家が所有する屋敷。そこにはすでに清彦始め、渚の異母兄姉が集まっていた。
真夜の姿を確認した清彦は、僅かに眉をつり上げ右京の方へと視線を移した。その場にいた清貴、清治、清羅の三人は真夜が渚の婚約者であり星守の人間であることに気付くと、忌々しそうに睨み付けてくる。
「右京、どういうことだ? 今日は身内だけでの大切な話があると言うことでここに集まったはずだが」
真夜がこの場に来ることを聞いていなかったため、共にやって来た右京へと清彦は尋ねた。
「いや~、これには色々と事情があるんや。真夜君は今、僕が雇っとるんよ。三人の後遺症の治療とか、手助けとかを彼にお願いしてるんや」
「清彦さんに於かれましてはご無沙汰しております。お三方はこのように話すのは初めてなので、まずは自己紹介を。星守真夜です。この度は右京さんの依頼でこの場に参じさせて頂きました。霊的治療やその他でお役に立てる事があるかと思うので、どうかよろしくお願いします」
一応清彦の子供三人は真夜にとって年上なのできちんと挨拶をする。渚の件で思うところが無いことも無いが、下手に最初から上から目線で言うのは余計に反感を買いかねない。
こう言うのは第一印象が大切であり、TPOはわきまえなければならない。それに今の真夜は右京に雇われた身であり、問題解決のためにこの場にやって来ているのだ。喧嘩腰など以ての外だ。
だが相手方はそうではない。養子に出たとは言え、自分達よりも格下に思っていた渚の婚約者であり、今はかなりの強さではあるが、落ちこぼれと言われていた人間なのだ。今の自分達の境遇をあざ笑っているのではと疑いの視線を向けている。
「ふん! 星守の手助けなどいらん! このような奴に頼らずとも、俺様は必ず再起してくれる!」
まず口を開いたのは清治だった。以前より変わらぬ横暴な態度で清治は真夜の治療を拒絶する。
「そうよ! いくら雇われたとは言え、渚の婚約者の手助けなどいらないわ!」
清羅もこれを拒否。渚の婚約者である真夜が気に食わないようで、清治以上に拒絶の態度を示してくる。
六道幻那の事件後、引きこもりがちになり、今日は何とかこの場に出てこれた清羅はこれまで溜め込んでいた感情を爆発させるかのように、大きな声でヒステリックに叫んだ。
半ば予想通りではあるが、随分と荒れている。精神的に余裕がないのは、顔を見ればよくわかる。
「確かにね。これまで色々な治療を試してきたんだ。そのどれも効果が無かったのに、君の治療で上手くいくなんて思えるはずがない。右京さんもどうしてこんな奴を連れてきたのか理解に苦しみます」
清貴も真夜に対しての評価はあまり高くない。彼らからすれば、落ちこぼれだった人間が急に強くなった認識だ。それが治療と言ってもこれまで京極の伝手で何人もの人間に治療をさせたのに、一定の成果が出ない状況で真夜が行ったからといって何が変わるものでもないと考えたのだ。
「それはそうかもしれませんが、物は試しです。効果があれば儲けもの程度で治療を受ければ良いと思いますよ」
何が原因か自らの裡に封印している幻那に問えば早いかも知れないが、先日とは違い恨みが薄れたとはいえ、滅ぼそうとしていた京極家の人間のために協力してくれとは言えないし、幻那も協力はしないだろう。
それに呪いが残っているのなら、真夜の浄化の術で大体が解呪可能だし、それ以外が原因ならば別のアプローチをかければいい。
「いい気にならないで頂戴! どうせお前も落ちぶれた私達をあざ笑っているんでしょ! そうよ! 渚も星守に養子入りして良い思いをして、私達を見下しているに決まってるわ!」
渚の名を出され、ピクリと真夜は反応する。その反応を見ていた右京は表情を変え、清彦も僅かに顔色を変える。
だが真夜は二人に視線で何かを訴えると、平静な声で清羅へと反論する。
「別にあざ笑ってもいなければ、渚も貴方達を見下してなんていませんよ。渚は今も強くなるために修行を続けています。貴方達の事に関しても悪感情はありません」
ただそれは無関心に近い、ある意味では好き嫌いでさえない残酷な感情かも知れない。しかしそれを告げる気も無いし、渚にも無駄な負担をかけたくない。
真夜自身、渚の件に触れられて何も思わないわけでは無いが、ことさら感情を荒げることはしない。今の真夜は右京と正式に契約した雇われの身である。個人的にだけで無く、星守一族を巻き込んでの契約のため、自分の感情を優先することは出来ない。
異世界でも一部の王侯貴族の無理難題や、腹立たしいやり方に怒りを覚え暴走しかけた経緯がある。その都度、聖騎士が真夜を窘め、その後に後腐れ無く、できる限り穏便なやり方も教えてもらっている。
(まあ、あの時は他のみんなで徹底的にやり返したけどな)
聖騎士の苦労や鬱憤を晴らそうと真夜含め、武王も剣聖も大魔道士も勇者も嬉々としてやり返した。穏便なやり方は? と聖騎士と聖女は困惑していたが、結果的に丸く収まったので良しである。
ただここではそれはするつもりはない。契約上、この場では何も出来ないが、契約終了後ならばどのような報復も出来るので感情的になる必要は無い。
それに久しぶりに会った清彦は、以前に比べて大分やつれているように見える。色々と心労が重なっているのも見て取れる。
渚が今の清彦を見れば、かなり心配するだろう。そんな中、真夜が渚の異母兄姉と揉めたとなれば、渚も清彦もこれまで以上に余計な気苦労を抱えることになるはずだ。
そんな事に真夜はしたくなかった。
「渚は渚。貴方は貴方。今は他人のことよりも、自分の事を優先するべきでは? 皆さんも、このままで終わりたくはないですよね? 京極家のプライドを捨てろとは言いませんが、今は使える物は何でも使えばいいと思いますよ。それに俺も金で雇われている身なので、結果が出るかどうかは別として、右京さんの要望は全力で応えるつもりです」
真夜自身、自分でもペラペラと言葉が出るものだと感心するが、どうにもこのままこの三人を放置するのは不味いと感じる。それこそ右京の懸念通り、渚に対する悪感情の悪化や他の懸念事項も危惧される。
(かなり危うい感じがするし、こう言う奴らは暴走しやすい上に、下手すりゃ妖魔につけ込まれる可能性もあるからな)
力を欲して暴走する事も、常であればはね除ける妖魔の誘惑にも簡単に落ちかねない危うさを真夜は感じている。知能の高い妖魔は言葉巧みに相手を誘導する。特に精神的に不安定になっている状態では、格好の餌食にされかねないし、弱体化した退魔師は妖魔を引き寄せやすい。
真夜の場合は弱体化しても強かったので、その例には当てはまらないかも知れないし、その前から面倒ごと引き寄せていたのだが。
最近も覇級や超級クラスの出現もいくつもあり、突然、強力な妖魔が再び現れ、弱体化しても血筋としては最上級の京極家が狙われないとも限らない。風間の一件では颯史郎が鬼に捕食されたことで、一気に力を増した例もある。
右京もそれらの危険性を感じ取っているからこそ、真夜に依頼をしにきたのかもしれない。
(力が戻って恩を感じるとも限らないし増長されても困るが、その場合は鼻っ柱を折ればいいだけだしな)
精神的にたたき直す事が必要になれば、その時はその時だ。もしくはルフに頼んでもいい。ルフならば真夜以上に上手くやれるかもしれない。
流石に本体を出すつもりは無いが、分体でも超級クラス。性根をたたき直すと言えば、ルフならば割と乗り気でしてくれそうだ。
三人の方を見ると未だに何かを言いたげだが、可能性があれば賭けてみたい程度には気持ちが揺らいでいるように見える。
尤も成功すれば儲けもの、上手くいかなければそれを理由に真夜を責める気でいるのかもしれない。
「とにかく出来ることからしましょう。家族での大切な話し合いはその後にでも……」
「ああ、それやけど、この場にもう一人呼んでる子がおって」
真夜が話を進めようとすると、右京から待ったがかけられた。
もう一人という言葉に真夜を含めて全員が渚の事かと想像した。
「いやいや、渚ちゃんとちゃう。そろそろ来る頃やと思うけど……」
と、右京の言うとおり女中に案内されるように一人の少女が姿を現した。
「始めまして! 私の名前は雫! 京極雫! 京極右京の娘にして、次期京極家当主を目指す者だ! よろしく!」
京極雫と名乗った少女の突然の来訪と宣言にその場には、不穏な空気が流れるのだった。
遅くなりました。
仕事が忙しく、しばらく更新がさらに遅くなる可能性があります。
出来る限り早く更新するよう頑張ります。




