第二話 懸念
遅くなりました。
「真夜達は今度のGWに比叡山に修行に行くのか」
「はい。連絡が来たので、母様にも伝えないといけないと思いまして」
「当たり前だ。知らせていなければ、あとで説教をしていたところだ」
「真夜ちゃんも大変ですね。本当に何とかしてあげたいんですけど。お祓いとか、あんまり意味ないでしょうかね?」
星守の本邸の一室にて真夜の父の朝陽と祖母の明乃、母の結衣が集まり話をしていた。
内容は真夜達が今度の長期休みに比叡山に修行へ行くことについてだ。
「京極の方には私の方からも連絡を入れておきました。情報の共有と釘さえ刺しておけば、京極家も真ちゃんや渚ちゃんにもちょっかいをかけないでしょう」
「だが感情任せに何かをする輩が出ないとも限らん」
「そこは清彦殿とも折り込み済みです。それならばそれでお互いに利点を見いだして利用するつもりです」
「朝陽さんも策士ですね。何も起こらないのが一番なんですが」
「真夜の場合、大きく動けば何かしらに巻き込まれる確率が高い。何も起こらないと楽観は出来まい」
明乃の言葉に結衣も同意してため息をつく。親としてはどれだけ頼りになる息子であっても心配してしまうので、結衣もほとほと困り顔である。
真夜は真夜で事件に巻き込まれすぎる。さらに非公式含めて対応した妖魔の階梯は、どれもが六家でも一族総出で対応しなければならないどころか、上回るレベルばかりだ。
「だからGWは少なくとも私か母様、あるいは真昼をいつでも動かせるようにしようと思います。そうすればまた覇級が出現しても対処は出来るからね。尤も今の弱体化が解けた真ちゃんなら一人でどうにかしてしまいそうだけど」
どこか楽しそうな笑みを浮かべながら言う朝陽に、結衣もそれもそうですねとこれまたのほほんと笑う。
先日の龍も真夜が一人で対処したようなものだ。これまでも覇級を幾度となく葬ってきた。すでに実績がある以上、そう考えるのも当然だ。
だがそんな二人を見ながら、明乃は難しそうな顔をする。
「お前達は楽観過ぎる。確かに弱体化が解けた今の真夜ならばそうであろうが、あいつとて無敵ではない。手助けは必要になる。特に事後処理はまだまだ任せてはおけない」
「それはそうですが、私達がしていることはほとんど後始末だけですからね。まあ退魔師としても父親としても悔しい限りではありますが、覇級が出ても対処が容易になっていることは良いことです」
「口に出せば起こりそうで、こんなことを言いたくはないが、また覇級が複数同時に出現する事態も想定しておかねばならないんだぞ?」
真夜が比叡山で複数の覇級と交戦中と言う報告が来るのでは、なんて未来を明乃は想像してしまう。
それには流石に朝陽も結衣も苦笑いだ。なぜなら、本当に起こりそうだと本気で思ってしまったからだ。
「そうならないように、他の六家やSCDとも協力して、全国的な調査を行っています。先日の鬼の出現はまだしも、龍の出現は今までにないことでしたから」
「それを言うならば昨年の交流会での覇級の出現もだな。比叡山にも鉄鼠の伝説もある。急に覇級が出る可能性もある。事前調査の方は?」
「真夜から話を聞いてからすぐに清彦殿とも相談して、念のために進めています。詳しい結果はまだですが、今のところ問題は無いようです」
「星守からも出来るなら人を出せ。それくらい徹底しておかなければ、万が一が起こるぞ。真夜のこれまでの事件のことを考えれば、事が起これば最低超級クラスの騒動になる」
「でもどうして真夜ちゃんが異世界から帰ってきてから、今までに無いほどに強力な妖魔の出現が増えたんでしょうか? 超級以上の出現なんて、これまであまり無かったことなのに」
明乃の懸念に対して、結衣はふと思った疑問を口にした。その言葉に朝陽も明乃も顔を見合わせ同意する。二人もその事実に疑念を抱いた。
「確かに真ちゃんが異世界から帰ってきて一年あまりで、過去数十年で出現した強力な妖魔の出現頻度を大幅に上回っているね。私達の若い頃からもそれなりに強力な妖魔は多かったが、それでも最上級が大半で特級も片手で数えるほど。超級もほとんど出現せず。覇級なんて私でも去年までは遭遇したのは一度だけだった」
朝陽も若い頃、それこそ学生時代に結衣や紅也、美琴と共に幾度も事件に巻き込まれたり解決したりしていたが、遭遇したのは最大でも特級上位クラスでそれ以外でも最上級が数体。超級など成人してから全国で二度だけ。覇級も当主になってから一度だけだ。それがここ一年で、それまでの出現・遭遇件数を軽く凌駕している。
「……この現象が国内だけか、もしくは世界的かも調べる必要があるな。今の若手退魔師達のレベルも過去に類を見ないほどに高い。何か良くない事が起きる前触れの可能性もある」
想像したくはないが覇級以上の、それこそ現代を生きる誰もが見たこともない、伝説の階梯である神級の出現さえあるのではないか。そうなれば例え真夜とルフがいたとしても、勝てるかどうかわからない。
あるいはそうならなくても、全世界、もしくは国内でこれまで以上に超級や覇級が連続で、複数同時に出現するのではないか。そんな悪夢のような未来を想像してしまった。
「嫌な考えですね、お義母様。でもこれまでの事を考えると否定できませんからね。わかりました。それは私の方で調べてみます。美琴ちゃんの伝手もありますし、美琴ちゃんにも手伝ってもらえば早く多くの情報が得られると思います」
朱音の母である美琴はハーフであり、母親がイギリス人である。結衣も学生時代からの交流で顔が利くのでそこから調べてもらえるだろうし、美琴も海外の友人も多いとのこと。
火野との関係も深まっているので、情報を共有して手伝ってもらうのには何の問題も無い。
「すまないね、結衣。私はSCDにも問い合わせてみよう。情報は様々な角度からの物で多い方がいいからね」
「情報が集まり次第、他の六家へ共有も行おう。だがその前に今は真夜達の件だ。朝陽、結衣。最悪を想定して準備しておけ。私もできる限りの事はする」
明乃のあまりにもな発言だが、朝陽と結衣はわかっている。明乃が真夜をもの凄く心配しての言葉であるということを。何かあれば即座に手助け出来るように、二人に強く言い含めていると言うことを。
一年前の明乃であれば、真夜に何もするな、どこかへ出かけるなと言っていただろう事を考えると、随分と優しくなったと微笑ましく明乃を見る。
ニマニマする二人に気付いた明乃は、不機嫌そうに用意していたお茶の入った湯飲みを口にするのだった。
◆◆◆
「くそっ! くそっ! くそっ!」
京極一族の当主清彦の長男であり、次期当主と目されていた清貴。
その実力は高く、若くして一族内で上位の実力者として名を馳せていた。美男子であり、爽やかな青年であったが、京極本邸の鍛錬場で修練を繰り返している今の清貴は余裕の無い顔で悪態をついている。
彼は昨年の六道幻那の事件の後遺症で、それまで顕現出来ていた霊器をまともに扱えなくなってしまった。
霊器を顕現できるが、不安定であり直ぐに消えたりしてしまうことがある。原因は呪いによる物だとは思われるが、何が作用してそうなっているのかがわからなかった。
何とかそれを正そうと様々な医学療法や霊的な治療も行ったが、芳しい成果は得られなかった。
現役を続けられる程度には安定したが、かつては最上級が相手でも余裕を持って戦えていた清貴だったが、今では上級の上位を倒せる程度だ。
「どうして俺がこんな醜態を!」
知的で落ち着いた雰囲気だった彼は、あの事件から後はすさみ気味だった。
もっともそれは彼の腹違いの弟や妹である清治や清羅も同じであった。清治も清貴と同じように霊器の顕現が不安定になり、清羅は六道幻那の恐怖で半ば引きこもりの状態であった。
清治も清貴より先に後遺症から回復しようと、あの手この手を尽くしているが成果は上がっていない。
だが不意に、事件の事を思い出すとブルリと身体が震えた。
六道幻那の姿が脳裏に浮かぶ。底冷えするような妖気と、どこまでも冷たく憎悪を宿した瞳。
あの時、距離が離れていたが一瞬だけ目が合った。その時に清貴は理解させられてしまった。自分が弱者であると言うことを。自分の力など大したことが無いと言うことを。
清貴にとっては、あるいは清治にとっても始めての挫折だった。これまで自分達は強者の立ち位置にいた。京極一族ということもあり、常に勝ち続けてきた。個人として敗北があったとしても、一族としてならば敗北はない。
いや、清貴も清治も、清羅もこれまで敗北とは無縁であり、強大な京極一族の庇護の下、勝者であり強者として生きてきた。
しかし圧倒的な、それこそ想像したことも無いほどの力を持つ存在が現れた。
強大な個の力を持ち。数多の妖魔を従えた化け物。清貴の力も京極の力もまるで虫けらのごとく簡単に踏み潰し、大勢の一族や京極その物を崩壊させかけた存在。
清彦の母も命を落とした。自分の取り巻きなども大勢死んだ。
その時の恐怖が、清貴には刻まれていた。なんてことはない。今の清貴には霊器を扱うに値するだけの心技体の心が欠けていた。
トラウマ。PTSD。わからないのではない。ただ認めたくないだけだった。
人にはそれが正論であっても、真実であっても、絶対に受け入れられない事もある。
京極家が半壊し、大勢が死に、自身がトラウマを抱えてしまっても、清貴も清治も清羅もこれまで生きてきた京極家の生き方を簡単に変えられなかった。
頭では理解しているかも知れないが、自身を納得させることが出来なかった。
凝り固まった価値観を自らの力だけで壊すのは容易ではない。染みついた習慣が中々取れないのと同じだ。
醜態を晒すことが、失敗することが許されないとされていた京極家。直系のため勝ち続けなければならない重圧と自分自身を保つために形成された歪んだプライド。他者を見下すことや、他者や他家に助けてもらうこと良しとしないことが、清彦や清治、清羅の精神的成長を妨げた。
それは三人にとって不幸なことであろう。
だがそれが良しとされ、黙認されてきた。父親である清彦にも思うところがあっただろう。
しかし動かなかった。動けなかった。それが今の状況を作った。
もっとも、それは彼らに渡された一通の手紙にて強制的な変化を促されることになる。
差出人は京極右京。
誘われる場所は比叡山・延暦寺。奇しくも狙い澄ましたように、真夜達が比叡山を訪れるのとほぼ同じタイミングで。それは限定的に未来を見る存在の右京への示唆。
この行動がどのような未来を紡ぐのか、どのような未来が見えているのか。それは彼女だけが知っている。
色々あって今回は遅いうえに少し短めです。
次は早く書くように頑張ります。
感想返信ももうしばらくお待ちください。




