プロローグ
京極一族。それは京都を中心とした近畿圏を本拠地とした日本最大の退魔師一族。
数、質共に他の六家よりも優れており最良の一族とまで言われていた。
だがそれは昨年の秋までの事。昨年に発生した六道幻那による京極家襲撃事件により、一族の者の大多数が死傷した。
京極の血を引いていた者で生き残った者達は全体の三分の一程度。実権を握っていた先代当主始め長老衆の大多数や現役世代、果ては次世代の子供を含む大勢が命を落とした。
また生き残った者の中で、五体満足や後遺症が無かった者はほんの一握りしかいなかった。
京極家の衰退。本来であれば没落にまで陥りそうな状況であるが、他の六家や星守一族が支援や後ろ盾に立ったことで持ち堪えることが出来た。
当主の清彦が健在であり、彼を支える弟の右京がかつて無いほどの実力を得たことでかろうじて没落への道筋は回避されたものの、京極家の内情はお寒い限りだ。
政財界との繋がりも強かった京極一族は、あの一件以降はそのパイプも細くなり続けている。星守だけでなく雷坂の勢いが増した事で、落ち目の京極一族よりもそちらにすり寄った方が得だと多くの者が思ったのだろう。
それでも完全に切れることがなく、ある程度維持が出来ているのは当主たる清彦の手腕による物だろう。
清彦の娘である渚が星守に養子入りし、その縁は切れること無く和解したことで強固な物となったこととそのことで清彦が星守家当主の朝陽とも懇意になり、その事を活かして政財界との繋がりを守り切った。
それでも京極家の現状と今後は明るい物ではなかった。
(ここ半年で何とか京極家の没落は避けられ、衰退も歯止めがかかったが、やはり今後の見通しは厳しいか)
清彦は執務室で多くの書類に目を通しながら、大きなため息を吐いた。
父であり先代当主の清丸や実権を握っていた多くの長老が逝去したことで、京極家の内部はやりやすくなったが、逆に外部に対する働きかけが弱くなった。
実働部隊は弟の右京に任せ、清彦が奔走することで事なきを得たのだが、退魔師界全体の流れが変わり始めたことが逆風となった。
他の六家にあり、今の京極に無い流れ。それは若手の台頭が顕著になったことだ。
雷坂彰、星守真昼、風間嵐、他にも火野赤司や星守真夜なども名を大きく上げている。水波や氷室も若手は育ち始め、名を上げ始めている。
翻って京極家はどうか。昨年までは霊器使いの清彦の息子達がいたのだが、その二人は現在後遺症に苦しんでおり、退魔師としてはまだ復帰の目処が付いていない。京極家の生き残った他の若手も似たような物だ。
(右京がいるが、若手の件は問題だな……)
清彦としては頭の痛い話だ。京極の有望な次世代はあの事件で軒並み逝去するか、現役を続けられなくなった。生き残った者達もいるが、その層は薄くなってしまっている。
また清彦は当主としてだけで無く、父親としても苦しい立場にある。
渚と和解した後、他の息子や娘とも話をした。当然ながら、子供達の反応は芳しくない。
当主としてだけで無く父としての話でもあったが、後遺症で苦しんでいる中、今までまともに親として接してこなかったのに、今更親父面をするなと言うのが本音だろう。
澪以外の存命だった清彦の妻達はあの事件で命を落とした。二人とも京極家の血を引いていたため、呪いの影響を受けてしまったのだ。
真夜達との話し合いの時にも感じたが、澪以外の妻達にきちんと寄り添い、もっと話をしておけばよかったと今更ながらに後悔した。その点についても三人の子供達にとって思うところがあるだろう。
(これも私の至らなさだな)
清彦もここ半年で少し老け込んだ。渚との和解がなければもっと老け込んでいたのは想像に難くない。
しかし泣き言は言っていられない。清彦にはしなければいけないことは山積みだし、息子や娘に対しても何度でも話し合いを持つつもりだった。
(そろそろ次の手を打つ必要があるな。右京も動いているしな。それにしても……)
京極家の再建。京極家に思い入れはないが、当主としての責任は果たさなければならない。
そして弟の右京が画策している事。京極家も落ち着きを取り戻した今、次の段階に進む時が来た。
清彦は右京の話を思い出す。聞いた時は驚愕したものだった。
(さて右京の策が吉と出るか凶と出るか。だが……)
今後の京極家や右京の事を思いつつ、清彦は難しい顔のまま執務を続けるのだった。
◆◆◆
「はぁっ!」
「ふん!」
「Aaaaaaaaaa!!!」
結界内で三人が激しくぶつかり合う。そのうちの二つは並び立ち、一人を攻め立てている。
戦っているのは真夜と鞍馬天狗と分体のルフだ。
一ヶ月ほど前に弱体化から解放された真夜は、自分を高めるために朱音や渚だけでなく、もっと強い相手との戦いを望んでいた。
有力候補は真昼や彰だが、真昼と戦うとなると大事になりかねず、彰との手合わせなどもっと大事件になりかねない。
いや、雷坂の勢いを挫く意味があるのならば、真夜が出向いて手合わせを申し込むというのは有効な手ではある。彰も真夜が申し入れれば勝てなくとも今の自分と真夜の差を改めて測ろうと受け入れるだろう。
しかし今は時期尚早と真夜は思っている。彰に敗北するつもりはないが、弱体化期間が長引いたため、全力戦闘の勘も失っている。それは致命的であり、彰と本気で戦うのならばまずは勘を取り戻すべきだと真夜は考え、ルフの本体などとも定期的に手合わせをしている。
今回は鞍馬がやってきたタイミングで、ルフの分体と同時の稽古を申し込んだ。
鞍馬も最初は渋い顔をしていたが、真夜の実力を考えれば妥当であると自らの力不足に憤った。
それにルフとの共闘も面白そうだと、その申し出を受け入れた。
現在、真夜が五枚の霊符で結界を張り、残りの七枚で鞍馬とルフの分体を相手している。
だが本来の実力を取り戻したどころか、肉体的な成長期に加え霊力自体も増加している今の真夜は、超級の鞍馬と分体のルフの二人を相手に終始押していた。
鞍馬とルフの連携が拙いわけでは無い。これまで幾度となく手合わせしたことで、相手の考えや動きがわかるようになっていた両者は、長年連れ添ったような呼吸で連携を行っている。
だが今の真夜はその上を行っていた。
七枚の霊符のうち一枚を自身の防御と強化に使い、六枚を周囲に展開することで鞍馬とルフの攻撃を防ぎ、時には翻弄していく。
「Aaaaaaaa!」
ルフが霊力を収束して打ち出すが、真夜はそれを霊符二枚で防御する。
「ふん!」
鞍馬が頭上から錫杖を振り下ろすが、こちらも防がれる。鞍馬も全力であり、ルフと戦う時と同じように本気であった。なのに真夜は崩れないどころか余裕まである。
ルフは真夜の成長を喜ばしく思う。もしかすれば異世界で全盛期に近い、あるいは凌駕するかもしれない領域にいるかもしれない。
しかし良いようにあしらわれている現状に、少々不機嫌になっていた。分体だからとの言い訳はしたくないが、下手をすれば本体が相手でも勝ち筋があるまでになっている今の真夜に、複雑な感情を抱かずにはいられなかった。
鞍馬も同じだ。真夜を認めてはいるが、ここまで余裕を持って対処されると苛立ちも生まれる。朝陽よりも若い小僧にしてやられるのは、鞍馬のプライドが許さないようだ。
(舐めるなよ、小僧! 儂とて長年に渡る研鑽への矜持がある。容易く勝てると思うでないぞ!)
ルフも鞍馬もまだまだ調子に乗らせてなるものかと、さらに果敢に真夜へと攻撃を繰り出す。
(さすがは鞍馬とルフ。気を抜いたら即座に終わりだな。おかげでいい緊張感も生まれるし、色々と試せる)
真夜は二人の猛攻を凌ぎつつ、今の自分が出来そうな事を試していた。
真夜が今していることは、普段渚が式神を使って行っていることだ。先日の飛行機内からの霊符の操作をさらに向上させた真夜は、鞍馬とルフにそれぞれ三枚を差し向けることで、動きを牽制している。
無論、渚の式神操作のようにすべてを同時に巧みに操れるわけではないが、それでも三枚のうちどれを操作してくるのかわからない。
触れればダメージを負うわけでは無いが、見えない壁が生じて動きを止められる。その僅かな隙をついて真夜が接近して仕留めに来る。
遠距離から攻撃しても、今の真夜の防御を貫くのはルフの本体であっても片手間ではできないため、分体のルフや鞍馬天狗では厳しい。
だからといって真夜に一方的に攻められているわけではない。数の利や戦闘経験による差を用いて真夜を打倒すべく動く。
真夜は笑みを浮かべる。戦うごとに、自分が成長している実感があるからだ。
(兄貴も強くなったみたいだし、雷坂もどんどん強くなってる。俺も負けてられないからな!)
渚に言われた戦闘狂というのは否定できないと思いつつ、昔から負けず嫌いだった真夜はまだまだ強くなりたいという想いは変わらない。むしろ先日の龍の件でより強くなった。
朱音や渚を絶対に守るためにも、二人を不安にさせないためにも、誰にも負けない強さを欲した。
だから力が戻った今、貪欲に真夜は強くなろうとしていた。
そんな真夜達の戦いを、朱音と渚は離れた所で見学している。もう慣れたもので、実質覇級クラスと超級上位二体の戦いだというのに、二人はこの場に居続ける事が出来ていた。
「ほんと、最近の真夜は前以上にヤバいわよね」
「同感ですね。本当に真夜君は凄いです。鞍馬天狗様と分体とはいえルフさんの二人相手に終始有利に戦っています」
朱音と渚は自分達の身は自分で守る事をしながら、真夜達の戦いを観察する。同じ事は出来ないが、自分達に活かせる技術がないかと模索している。
「あたし達も成長はしているはずなんだけどね。やっぱり悔しいわ」
朱音も真夜に対して複雑な思いを抱いていた。真夜に守られるのが嬉しいと思う自分と、守られてるだけでは嫌だ、自分も戦いの場で真夜の隣にたって戦いたいという思いがある。
龍の一件でも真夜にばかり負担を強いてしまっていた。だからこそ、真夜との差が広がる一方な事に焦りを感じていた。
「私もそうです。今の真夜君の霊符の使い方は私の式神の使い方にも似ています。ですが私の式神達ではあそこまでの成果や効果は望めません。先日も大きな事を言いましたが、力不足では口先だけですからね」
渚も朱音と同じような心境だった。先日の旅行で真夜との関係がより深まったからこそ、真夜にばかり負担をかける今の状況が心苦しかった。
今までは真夜との関係性の発展に頭を悩ませていたことや、真夜が弱体化したことで力の差が縮まっていたことで、二人には今ほど強さに関しての焦りは少なかった。
しかし真夜が一気に強くなったことで、置いていかれたような感覚に陥っていた。
「今のままじゃ駄目ね」
「はい。私達も強くなるために行動すべきです」
「って言っても、どうすればいいかはわからないのよね」
「一度、基礎から見つめ直しましょう。もうすぐGWですので、泊まりで修行することも出来ます」
来週にはGWがあり時間が取れる。短い期間で劇的に強くなることは難しいが、少しでも前に進みたいと二人は思っていた。
「やっぱり、もっと自分を追い込まないとだめかもね」
「私もそう思います」
どこか底冷えするそうな声で朱音が呟くと渚も同意する。
朱音も渚も理解している。退魔師が急激に強くなる瞬間があることを。それは極限状況を克服する時。真夜や真昼、彰もそれにより強くなっている。だからこそ、二人も自分自身をもっと追い込む必要があると。
朱音と渚は真夜達の戦いを観察しながら、これからの修行内容について話を続けるのだった。
遅くなりましたが、京極編始まります。
今回も頑張って面白い話を書くようにしますね。
あとコミカライズの最新話がDMM様などで配信されている、コミックヴァルキリーWeb版Vol148にて更新されております!
真夜と幻那との激しいバトルが紅丸様の作画で描かれております!
ぜひ読んでください!
これからもこの作品をよろしくお願いいたします。