第十七話 共闘
真昼の二つの霊器が光を増すと霊力を増幅する。霊器使いの真髄は属性の武器を顕現するだけで無く、霊器を用いての霊力の増幅でもあった。
十二星霊符の様なすべての強化では無く、単純な霊力や霊術の威力を高める。
「はぁぁぁっっっ!!!」
気合いと共に真昼は悪毒王へと刀と剣で切りつける。
「グガァァッッッッ!?」
悪毒王の腕が深く切り裂かれ、悲鳴に似た叫びが上がる。刀で切り裂かれた箇所は焼かれ、雷が走り、剣で切り裂かれた箇所は氷が纏わり付いている。
悪毒王だけでなく、その光景を見ていた者達は驚愕する。真昼の持つ霊器の刀の刀身に炎、風、雷の霊術が同時に展開し、左手の剣には水と氷と風の霊術を纏わせ、さらに両方に浄化の霊術が付与されていた。
真昼の霊器である左手の剣は霊術の構成を分解する能力を、右手の刀は降魔の力を有していたが、今はそれとは別の使い方をしている。
元々真昼は星守にありながら、京極一族のようにすべての術に適性があった。
その才は天賦の物であるのと、生まれる前に真夜の力を取り込んだことにより起こった突然変異でもあり、その潜在能力は計り知れなかった。
一時期、自らの出生の秘密を知りこの力を嫌悪もしていた。
だが真夜との和解後、己を許してくれた真夜の力になるために自分を鍛え、才を磨き続けた。
目標が出来、彰という身近なライバルが現れ、日頃の鍛錬と数多の実戦を歴ることでその力は高まり続けた。
高野山で、京極で、交流会で、風間家で、真昼は強くなり続け誰かを守りたいという想いが、真昼を更なる高みへと押し上げた。
霊術の同時展開は退魔師達に取っては当たり前の事だ。属性の霊術や身体能力強化などを同時に行えなければ、妖魔とまともに戦うことが出来ないからだ。
しかし属性霊術を複数同時に、しかも高レベルで扱える者はほとんどいない。さらにそれを霊器に併せて纏わせ、行使していること自体がありえなかった。
だが真昼はそれを同時に行使した。自らの霊力で構成しているため、同じような他者との霊術の合成よりも反発が少ない。以前の京極での朱音、凜、彰が合わせたものよりも圧倒的に上。
「まだまだぁっ!!!」
真昼はこの機会を逃さずに、悪毒王が僅かに怯んだ隙をついて、その身体に斬撃を無数に叩き込む。
腕だけで無く、足、身体と反撃の暇を与えないとばかりに全力で切りつける。
嵐の時のような一時的な強化は行っていないが、鬼気迫る真昼の威圧と攻撃に悪毒王は圧倒されてしまう。
切り裂かれた箇所から内部へ水の霊術とともに浸透してくる浄化の力。炎、雷、風、氷、水と浄化の霊術をほぼ同時に受けているような物だ。
一撃の威力はそれこそ爆斎や焔さえも上回るどころか、弱体化前の真夜にも引けを取らない。
だが真昼にも余裕は無い。今の状態で何とか覇級の悪毒王に追いすがっているが、こんなもの長く続かない。
(ここで決めなきゃ、後が無い!)
相手が反撃に出る前に、真昼は悪毒王に致命傷を与えようとする。
凜を守るために、誰も死なせないように、朝陽や明乃に大口を叩いたからには決して諦めるわけにも、無様を晒すわけにもいかない。
「ああぁぁぁっっっ!!!」
真昼らしからぬ叫び声を上げ、剣と刀が剣舞のごとく悪毒王の身体を切り裂いていく。刻まれ続ける傷と内部へと浸透していく浄化の力が悪毒王を蝕んでいく。
「グガァッ……グオォォォォォォォッッツ!!」
鬼としての矜持か、それとも再び討伐されるかも知れない恐怖か、一方的に攻撃され続けていた悪毒王だったが反撃に転じた。攻撃を受けながらも、傷つきながらも、丸太のような太く長い腕を真昼に向けて振り下し、叩きつける。
真昼はその攻撃を紙一重で回避しながら、反撃を続ける。拳が地面に突き刺さるたびに大地が揺れ、岩の破片や土埃が舞い上がる。
一向に当たらない攻撃に業を煮やした悪毒王は両手を握り合わせ、頭上に掲げて妖気を収束していく。ハンマーのように打ち下ろすつもりだ。覇級の本気の全力の攻撃が繰り出されれば、先ほどまでの比では無い破壊力で巨大なクレーターが生まれ周囲に大きな被害が出るだろう。
(まずい!)
至近距離にいる真昼はこのままでは巻き込まれる。すでに限界は近いのに、ここで離れれば終わりだ。
「らぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!」
鬼の頭上から男の声が響く。それは嵐の声だった。常に霊術で声を変えていた嵐だったが、その霊力すらもったいないとばかりに、霊器へと回していた。
蛇腹剣の刃が鬼の手に巻き付くと、振り下ろさせてなるものかと強く空へと引き上げようとする。
真昼にばかりに負担を押しつけるわけにはいかない。自分も風間の次期当主として真昼を助けなければならない。
(何より、颯史郎さん達の敵は、無念はわたし達で晴らす!)
風が教えてくれた。この地で起こった惨劇を。颯史郎達の最期の無念の感情を。
風の霊術の扱いに長けた嵐だけが気付いた、この地に残った彼らの末期の叫びを感じ取った。嵐に向けられた、颯史郎の複雑な思いを。
風が吹き荒れる。鬼を拘束するかのごとく立ち上る巨大な風の渦。超級相手でも確実に拘束できるだけの力。
だが悪毒王は忌々しそうに嵐を睨むと妖気を解放して風の渦を吹き飛ばすと、丁度良い、貴様から喰らってやるとばかりに大口を開き、蛇腹剣ごと嵐を引き寄せようとする。
その瞬間、周囲から一斉に攻撃が放たれる。
真昼や嵐が稼いだ時間を無駄にせず、朝陽や涼子、莉子や明乃、凜達が最大の一撃を放つ準備を整えていたのだ。
巨体ゆえに外すことも無い、強力な攻撃の数々は悪毒王の傷ついた身体では先ほどまでのように完全に防ぎきることができない。
「グッ、ガァッ!」
思わずよろめき片膝をついてしまう。
悪毒王は見た。彼の眼前で自分を脅かすほどの一撃を放つ構えをしている存在を。
それは嵐との戦いでも見せた構え。先ほどと同じように属性を付与した、今の真昼に放てる最強の攻撃。
―――双刃閃・極―――
金色の光の刃が鬼の首を捉えると刃が首を通り抜ける。悪毒王の動きが止まる。
「グガァァァァッ!!!!」
悪毒王は首を押さえて必死に叫ぶ。かつてと同じように首を切断された。首が飛ぶのを必死に抑えているようだ。
「真昼! とどめを!」
朝陽が叫ぶ。この一撃のために全員がすでに限界に近い力を絞り出している。
その上、覇級に明確なダメージを与えられたのは真昼のみ。だから朝陽は真昼に最後を任せようとした。
(まずい、身体が……)
だが真昼はすでに限界だった。意識こそ手放していないが霊器が消失し、地面に膝をついている。
先日の嵐との戦いの後のように、まだ真昼の身体が力に耐えきれず、限界も見誤っていた。
(う、動いてくれ、僕の身体……!)
何とか身体を動かそうと藻掻くが、思うように真昼はからだが動かせなかった。
「真昼っ!?」
「真昼様ぁっ!」
凜と楓が叫び、思わず真昼に駆け出す。他の者達も真昼を助けるために動こうとする。
「ガアァァッッ!!!」
悪毒王は真昼の状態に気付いた事で自分の傷を修復させるためにも、真昼を喰らおうとする。
「キエエエエエエエエエッッッッ!!!」
頭上から甲高い声が響く。まるで疾風のごとく、鬼の頭上より迫る人影。
嵐は全霊力を集中させた刀による刺突を敢行した。真昼との戦いでも見せた一撃が鬼に狙いを定める。
―――刺突風牙―――
残る霊力すべてを注ぎ込み、加速させるだけ加速させ重力による速度も加味した一撃は鬼の脳天に突き刺さり、そのまま深々と頭部を貫通した。
ぷつりと悪毒王の意識が途切れたと思うと、ぐらりとその巨体が揺れる。ごろりと頭部が首から離れると地面に落ちる。遅れてドンッと身体が大地へと倒れ込む。
その後、鬼はピクリとも動かず妖気も消えていく。
「後方支援班! 浄化と後処理を!」
涼子が後方に待機していた支援要員に指示を飛ばすと、控えていた者達が急ぎ浄化や念のための拘束を行う。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……。敵は、討ったわ」
そんな喧騒を余所に、鬼の亡骸を見下ろしながら息を切らした嵐は短く呟くのだった。
◆◆◆
―――なんであんたが……。って、ルフか―――
力の戻った真夜の脳裏に突然聞こえた幻那の声に戸惑いながらも、すぐに冷静になる。すでに幻那自身がその答えを口にしていたのだから。
この状況を打開するために、使える者はすべて使うとばかりに封印していた幻那の魂を喚び出したのだ。
―――そうだ。状況はおおよそ、あの堕天使から教えられている。私の時以上に絶体絶命だな―――
どこか面白そうに言う幻那だが、真夜は一切笑えない。生きるか死ぬかの瀬戸際なのだから。
―――そう怒るな。これでも私はお前を気に入っている。それに私にとってもこの状況は好ましくない。泡沫の幻とはいえ、家族との平穏な生活を送っていたのだ。それを邪魔する存在は、何者でも赦しはしない―――
幻那の気配が変わった魂だけの存在だが、その覇気は衰えるどころかあの時以上と思えてしまう。
幻那にはわかっている。真夜が死ねば、ルフが消えれば、幻那の囚われている泡沫の幻は消えると。
偽りとわかっていても、幻那は再び再会した家族を失うことを何よりも恐れ、同時に二度と失ってたまるかと気炎を上げているかのようだった。
―――なら、手を貸してくれ。俺にも失いたくない人達がいる―――
―――わかっている。もう私の京極への復讐も、その恨みも消えた。だからこそ素直に手を貸すつもりだ―――
幻那にはすでに京極家への恨みは消え失せている。だから真夜が渚を守るためだとしても忌避感は無い。
お互いの利害は一致しており、幻那も真夜も共闘するのを拒否する理由はない。
―――だがどうするつもりなんだ? 今のあんたは魂だけの状態だ。以前のような力も使えないだろ?―――
京極での戦いの時の幻那であれば龍相手にも互角に戦えただろう。しかし今の幻那ではどこまでの事が出来るのだろうか。真夜も霊力が弱体化前に戻った、いや、異世界の全盛期とほぼ同じだけの霊力がある。
飛行機の中でさえなければ戦い方はあったが、今はたらればの話をしても意味は無い。
―――その通りだ。かつてほどの力を期待されても困る。だがやりようはある―――
幻那も素直に現状を口にするが、ルフが幻那に頼ったのはその力だけが理由では無い。
―――正直に言えば、今の私は自らではほとんど何もできん。あの堕天使の力を借りれば、それなりの事は出来るが、強さという点では良くて超級にも及ばん―――
この状況では絶望的だろう。しかし真夜は幻那に何も言わず、続きの言葉を待つ。幻那の恐ろしさは単純な強さでは無い。その用意周到さや頭脳、初見で真夜の危険性を見いだした冷静な判断力だからだ。
―――だが術の行使は出来よう。かつてお前にしたようなことを、あの龍に行う―――
―――まさか―――
―――そうだ。奴を異界へと転移させる。戻って来れぬように封印をした上でな―――
ルフが幻那に目を付けたのは、彼の使う多才な妖術だ。初めての邂逅の際、幻那は真夜を異界へと送り飛ばした。それを龍にしようと言うのだ。
―――あの時はあの堕天使により境界を破壊され帰還されたが、あれは特殊な事例。お前の霊符がこちらの世界にあり、私の術で境界に僅かな綻びが出来ていたからこそ出来たこと。それが無ければ、如何にあの堕天使でもあのような真似は出来なかったはずだ―――
あの時、ルフが境界をねじ伏せ破壊できたのは、ルフの強大な力もあったが幻那の転移術による一時的な乱れがあり、道標となる真夜の霊符が存在していたからこそ出来たことだ。
覇級ならば問答無用で出来ることでは無い。
―――お前ならば綻びを修復することも出来よう。それでも不安ならば奴を封印してから飛ばす。今のお前ならば、私の時のように出来るのではないか?―――
―――そうだな。あそこまで圧倒的じゃないが、何とか出来るとは思う―――
真夜も幻那の策を頭の中で幾度も描く。確かに今の状況ならばそれが一番手っ取り早い。龍を倒すことは出来ないし、問題の先送りでしかないが、異界に送ればこちらの世界に簡単に戻って来れない。
境界も火野の討伐依頼代行の時のように術を行使しておけば、こちらの世界に戻ってはこれない。
仮に無理矢理力尽くで、こちらの世界に来ようとすればその前に兆候はあるだろうし、自分が狙われたとしても今よりも不利な状況ではないはずだ。そして封印して送れば時間は稼げる。
―――送る先も考えている。異界の中でも境界が安定している場所であり、あまり強い妖魔はいない場所だ。そこへ奴を封印する―――
幻那のイメージが流れ込んでくる。山の頂上のような場所で、南米のギアナ高地のような場所だ。
―――時間をおけば、お前も万全になる。その時はあちらへと赴き龍を討伐すればいい―――
幻那の策は先送りだが、真夜が回復し万全の状態となった時に以前の幻那のように異界へと赴き、討伐するという案でもある。封印は長くは出来ないが、一年程度は出来るだろう。最悪はそれまでに再び幻那に協力してもらい、あちら側で龍と戦えば良い。
―――わかった。それでいこう。長々と話してる時間は無いしな―――
真夜もそれに同意する。今もルフが戦い続けているが、押され始めている。それにこうしている間にも旅客機を守るための霊力は消費している。
―――では共闘といこうか、星守真夜―――
―――ああ。力を借りるぞ、六道幻那―――
真夜と幻那。かつての敵同士が手を組み、龍へと最後の勝負を仕掛けるのだった。




