第十六話 起死回生
悪毒王を前に、星守・風間は一進一退の攻防を繰り広げていた。
時間はまだ三十分も経っていないが、覇級相手に犠牲者を出さずに持ち堪えられている時点で、この場の退魔師達のレベルの高さがうかがい知れる。
近隣の水波、氷室、京極の援軍はすでに向かっており、火野や雷坂も関東や北海道の自衛隊基地から、戦闘機などにてこちらへと向かっているとのこと。このまま時間を稼げれば、他の六家当主が駆けつける。
しかし時間が経つにつれ、徐々に悪毒王の方が押し始めている。
強大な力を持つ鬼を前に、慣れない者達はペース配分を乱させ、体力と精神力を大いに削られていっている。
涼子や嵐も例外では無い。むしろ未だに全力戦闘を続けている真昼や朝陽が異常なのだ。
もっとも真昼もすでに息が乱れ始め、残りの霊力量にも不安が募っている。
真昼や嵐を始め、若手達は朝から超級の討伐も行っており、戦う時点で万全ではなかった。
そこへ来て、格上との戦いであり、彼らの疲労スピードも速い。
「真昼! 一旦下がれ! アタシが援護するから!」
後ろからの支援をメインにしていた凜が、真昼の運動量が落ち始めた事に気付き声を上げる。
このままでは遠からず、鬼に捕捉されると思ったのだろう。
「っ! わかった! 前鬼! 牽制を続けて!」
真昼は悔しくもあったが、意地を張る状況でも無く一時的に下がり呼吸を整えた方がいいと判断して凜のいる方へと大きく飛び退く。
「大丈夫か、真昼!?」
「うん。僕は何とか。でも流石は覇級。これだけ攻撃を受けても、致命傷を与えられないなんて」
息を整え、真昼は改めて鬼を観察する。真昼の抜けた穴は、前鬼と朝陽が埋めている。他にも頭上から八咫烏が、背後からは後鬼が攻撃を行い悪毒王の気を逸らしている。
だがどれだけ攻撃してもまるで堪えていない。いや、僅かずつでも悪毒王にダメージが蓄積しており動きが単調になり始めている。
それでも一撃の重さは恐ろしく、拳を地面に叩きつけるだけで大地が揺れる。同じ鬼の前鬼でさえまともに受けきれることも出来ない。人間などまともに食らえばザクロのように血しぶきを上げはじけ飛ぶだろう。
「けど何とか時間は稼げそうだな」
攻撃をしつつ会話を続ける凜は、時間稼ぎが上手くいきそうなことに安堵もしていた。
本来であれば風間と星守だけで討伐しきるのが最上なのだが、欲をかいて敗北しては意味が無い。
悔しいが彰がくれば天秤は退魔師側に傾くだろうし、他の六家当主が到着すれば勝てる可能性は大きく上がる。
「そうだね。でも油断は禁物だよ」
真昼はそう答えると、再び前線に戻ろうとする。
と、今まで攻撃を受け続けてきた悪毒王が咆哮を上げた。三つの顔から放たれる咆哮は、物理的な衝撃波となり、進行方向のすべてをなぎ払っていく。
音速の攻撃を回避は難しく、進行方向にいた術者達は防御を選択させられた。
全員がギリギリで防御するが動きが止まる。悪毒王はその隙を逃しはしなかった。
「グガアァァァッ!」
悪毒王は怒りと憎しみから、退魔師達を睨むと幾人かに狙いを付ける。
それは餌としての選定だった。颯史郎達の味を覚えた悪毒王は優先的に風間の血筋に狙いを定めた。長く九州の地に根付いていた風間の血肉は、その地方の壱岐島にいた悪毒王との相性が良かったのだろう。
悪毒王は酷く腹を空かせ、今までの度重なるダメージも相成り人の血肉を求めた。
悪毒王の目には凜が映る。嵐や涼子、莉子も食指を動かされたが若い女である凜がもっとも美味く見えたのだろう。
だがその前に真昼が動いた。凜の近くにいたため、彼女に狙いを定めていることに即座に気がついたのだ。
悪毒王が動く直前、真昼が先に動いた。悪毒王は眼前に迫る真昼を自分の邪魔をする鬱陶しい敵と認識し排除にかかる。
(させるものか!)
凜を襲わせない。高野山での時のような目に大切な彼女を合わせない。真夜と同じように、真昼も真の意味で守りたいと思う人が出来た。
その感情が、真昼の中の力をさらに高める。
「はぁぁぁぁぁっっ!!!」
真昼の想いに呼応するかのように、刀と剣から光が溢れ出したのだった。
◆◆◆
迫り来る龍の気配を真夜は明確に感じ取った。旅客機に迫る脅威を真夜は全力で迎え撃つ。
(持ち堪えてくれ!)
五枚の霊符で防御だけでは無く浄化の霊術も同時に発動する。消耗が激しいが、通常の防御だけでは破られる。特級ならば触れるだけで致命傷を与え、超級でさえも触れるのを躊躇するほどの力と眩い光を放つ。
だが龍はそれを物ともせずに鋭い牙と爪を旅客機へと突き立てる。
旅客機が激しく揺れる。ルフの攻撃でダメージを負っていたのと、真夜の決死の全力の霊符の力で拮抗させているが、旅客機の外壁が軋む嫌な音が機内に響く。
音と実際に窓から見える龍の姿に、機内はよりパニックになる。鳴き声、叫び声が響き、阿鼻叫喚の様相を呈している。
握る朱音や渚の手が強張り、震え出しているのが真夜に伝わる。真夜は目を閉じているからわからないが、その顔は絶望に染まっており、何とか諦めまいとしているが状況がそれをさせてくれない。
龍は真夜の防御を破ろうと牙と爪を突き立て続けるながら、旅客機へとその身体を巻き付けさらに押しつぶそうとしている。ルフも急ぎ向かうが、巻き付かれては下手に手を出せない。
真夜も明乃との戦いでも使った一時的に限界を超える術も使用しての拮抗を続けている。
弱体化している中で、ここまで持ちこたえられるのは奇跡だろう。
だがもう、拮抗は長くは続かない。
(終わるのか。こんなところで!?)
弱音が襲う。真夜にも絶望の、最悪の未来が脳裏を過る。思わず目を開ける両隣を交互に見ると朱音と渚の顔を見る。
二人は泣き笑いの顔をしている。真夜を責めたり、喚いたりは一切していない。
「ごめんね、真夜。真夜だけに押しつけて。でも今からでも真夜だけなら逃げられるんじゃない?」
「私達の事は構いません。真夜君だけでも逃げてください」
それどころか、こんな事を言い出した。何を馬鹿なと叫びたかった。だがその余裕も真夜にはない。
そんな中、真夜の胸中に怒りが湧いてきた。この状況を作り出した龍に。何よりも守護者でありながら、恋人達を守れず、彼女達にこんな事を言わせてしまう不甲斐ない自分に。
もっと力があれば。いや、十二星霊符が五枚ではなく十二枚あれば……。
引き延ばされた意識の中で、真夜は今までに無いほどに、それこそ十二星霊符を顕現した時以上に、力を欲した。
(頼む。弱体化じゃなく力を失ってもいい。ただ二人を、大切な人を守れるだけの力を、今だけでいいんだ! 俺は守りたいんだ! 失いたくないんだ!)
異世界で顕現した十二星霊符。六道幻那の事件以降、五枚以上の枚数を顕現できる感覚が喪失した。それは霊力が弱体化したのも原因だと真夜は思っている。
異世界の神は言った。時間が解決してくれると。力が戻れば、弱体化する前よりも強くなれると。
しかしもう待っていられないのだ。欲しいのは今だ。
自分の事はどうなってもいい。ここで力を失おうが、後遺症が残ろうが構わない。なんだったら、死んでもいい。
ただ朱音と渚の二人を守りたい。死なせたくない。こんな自分を好きになってくれた、支えてくれた、愛してくれた最愛の二人を死なせたくない。守りたい。ただそれだけだ。
自分が生き延び、彼女達が犠牲になるなど耐えられない。
真夜は必死に他の十二星霊符を顕現するために、感覚を研ぎ澄ます。
(頼む! 今だけで良いから戻ってくれ! あの時以上の力を、今、この瞬間だけでいいから!)
異世界に渡りし時に、異世界の神より与えられた一雫の呼び水の力と、それを受け止め増やし満たすだけの器を磨き上げ、作り出した神造霊器・十二星霊符。
ルフと同じかそれ以上に、自分の努力の結晶であり誇るべき、相棒と呼ぶべき力。真夜はそれに縋った。
メキメキと機体が軋む音が強くなった。
真夜はそれでも最期の最期まで自分の中に眠っている力を絞りだそうとする。
もしこの時、真夜が世界への影響を考えず、自分や朱音と渚の事をだけを考えてルフの完全解放をしたならば、あるいは僅かでも考えていれば、この世界は、この世界の神は、異世界の神は、真夜を敵視し、見放し、決して許しはしなかっただろう。
奇跡は決して起きなかっただろう。だが奇跡は起きる。
奇跡を起こすのはいつだって人であり、人の意志であり、人の行動が引き寄せる。
神は自らを助くる者を助く。他人の力を借りる前に自分自身の力にて努力し、解決しようとする者に神や天が幸運や成功を与えるという教訓だ。
そして異世界を救った真夜には、異世界の神より祝福が送られていた。そう、その魂に直接に。
二度目の帰還の際、真夜の魂に異世界の神は直接、三度触れた。
真夜の魂に、この世界に影響を及ぼす範囲では無いが、それでも確かに異世界の神の祝福が真夜に直接与えられたのだ。
不意に優しげな笑みを浮かべる異世界の神の姿が真夜の脳裏に映ると、ドクンと真夜の身体が跳ねた。
(これは!?)
十三枚目の霊符が出来てからも、真夜の中で変わらず眠り続けていた力。真夜が自らの力で傷つかないように、肉体が成長してから目覚めるはずだった力。
だがそれだけではない。真夜が十二星霊符を感じられなかったのは、六道幻那の事件での後遺症でもあるが、真夜の中の霊気の循環が乱れていた事もある。
本来の自分の力とは言え、兄の力を受け取ったことで陽の気が溢れてしまった。ルフの解放も影響し、真夜の中で霊力のバランスが乱れる原因となった。
膨大な力故に、肉体は回復しても内部の回復は遅れていた。またルフが十三枚目の霊符を作成していた事もあり調和とはほど遠い状態となっており、少なくともあと一年以上は乱れが続くはずだった。
しかしそれを急速に回復させる事が起こった。
朱音と渚との情事である。房中術という男と女が交わる事で、気を調和させるものがある。
むろん完全な房中術という物では無く、真夜も意図していなかったが、少ないながらもその恩恵を得ていた。乱れていた霊気の流れがある程度整えられた。真夜が情事の後に体調が良くなったのはそれの影響もあった。
急速に整った身体に追い詰められた真夜の生存本能と、魂に刻まれた異世界の神の祝福、そして守りたいという強い想いが彼の中で枷を解き放つ。
真夜の身体から眠っていた本来の霊力が溢れ出すと、旅客機の周りに光が無数に浮かび上がる。
それは今まで眠り続けていた七枚の霊符。真夜の霊符である十二星霊符が完全に顕現した。十二星霊符を使うすべての感覚が、真夜に戻った。
龍の意識がそちらへと向くと、七枚の霊符はすでに展開していた五枚の霊符と共鳴するかのようにさらに輝きを増す。
「グルォォォォッッ!!??」
光が溢れると旅客機と龍を包み込む。十二星霊符に攻撃能力は無い。だが十二枚による浄化の相乗効果は凄まじく、覇級の龍でさえも苦しみだしている。
「Aaaaaaaaaa!!!!」
その隙を突いて、ルフが龍の鼻先へと全力の一撃をお見舞いする。思わずと言った様子で、旅客機を締め上げる力が弱ると真夜の防御が強化されたのを確認したルフは、龍の尾を両手で掴むとそのまま引き剥がし先ほどのお返しとばかりに海面へと放り投げる。
放り投げただけではそこまでのダメージはないが、海面へと向かう間、ルフが急降下してその拳を幾度も龍の身体へと叩きつける。真夜の霊力がルフの中にも流れ込んで来ており、継続して戦えるようになった。
先ほどまでの鬱憤を晴らすかのごとく、これ幸いに連打を叩き込む。
「グロロロォォォォォッッ!!!」
だが龍もされるがままでは無い。すぐに体勢を立て直し、再びルフと激しい接近戦を繰り返す。
ルフと龍が激しい戦いを繰り広げる中、機内は真夜の霊符から放たれた暖かい浄化の力と光で一時的に落ち着きを取り戻していた。
「し、真夜?」
「真夜君、その霊力は?」
朱音も渚も真夜の身体から溢れる霊力に驚きを隠せない。
「悪い。怖い思いをさせた。けどもう大丈夫だ。今度こそ俺が二人を、みんなを守る」
真夜は力強く宣言すると、周囲を確認する。
(機体自体は今のところ大丈夫そうだな。ルフも俺の霊力が供給されたことで、もう少しは顕現し続けられる)
十二星霊符すべてが顕現できる。霊力も戻った。以前よりもさらに上だ。
(状況は少しは好転したが、まだだめだ。決定打がない)
真夜は龍に対してどう攻略するかを考え続ける。戦えない機内からはどうすることもできず、かと言ってこのまま空港まで引き連れて、降りてから戦う選択肢もあるにはあるが、空港で被害が拡大する可能性もある。
それに空港に辿り着くまでにもかなりの消耗が予想され、自分達だけだと勝ちきれない可能性が高い。
一番はこの場で倒すか封印することだが、龍が覇級ということもあり封印も一時的で長期間は難しい。
ここが陸地ならばいいが、空の上では封印しても縛り続ける龍脈も起点もないのだ。ルフにしても真夜の力を受け取ってなお、龍を滅ぼすだけの力は出せない。
―――やれやれ。人がせっかく穏やかで静かな世界にいたと言うのに。だがお前に死なれては私も困るのでな。手を貸そう―――
最善の方法を考え続けていた真夜の脳裏にその男の声が響くと、真夜は思わず顔を驚愕に歪めた。
それはかつて、自分と戦い封印した男の声だったのだから。
―――本当に人使いの荒い堕天使だ。封じた存在まで使おうと言うのだからな。だがお前達には借りもある。今は素直に協力するとしよう―――
声と共に男――六道幻那――の不敵に笑う姿を真夜は幻視したのだった。
色々とご都合主義なところはあり賛否両論はありますでしょうが、真夜の力の復活と久しぶりのあの人の登場です。
どこかで再登場させたいと思っていたので、ここで出しました。
まあかつてのように肉体も与えての登場ではなく、あくまで魂だけの参戦です。
どういう展開にするのかは次回をお楽しみに!




