第十二話 出現
「あー、楽しかったわね!」
沖縄旅行四日目の昼過ぎ、朱音は上機嫌だった。朱音だけでは無い。渚も真夜も何のトラブルも起きず、沖縄旅行を満喫できた事に満足していた。
「とても充実した旅行でしたね。行きたいところもほぼ行けましたし」
「本当にな。トラブルも無く旅行できたしな」
「そうよね。あたしもどっかでトラブルに巻き込まれるんじゃないかって心配してたけど、そんな事はなかったものね。ほら真夜ってトラブル体質だし」
「ひでぇな。否定できないのが辛いんだが」
「ふふっ。でも今回は特に何もなくて良かったですね」
朱音の言葉に割と傷つく真夜だが、当人もその事を自覚しているだけに反論も出来ない。そんなやりとりを渚は楽しげに見ているが、彼女も旅行中にトラブルが無かったことに胸をなで下ろしている。
(マジでこっちの世界の神様と異世界の神様には感謝だな)
真夜も多少は身構えていたが、本当に何も起こらずあちこちを三人で楽しく観光できたのは奇跡に思えていた。異世界やこちらの世界の神に祈ったことは無駄では無かったようだ。
さらにキスから先へも進めた。本当にこの旅行に来て良かったと真夜はつくづく思う。
ストレスも無く逆に発散できたのか、真夜は京極の事件で弱体化して以降で、最も身体と心が軽くなったような気がしている。事実、二人と契りを交わしてから本当に調子が良い。
今三人は飛行機の予約の時間が近づいているので、空港に近い場所で友人達への土産などを選んでいる最中である。
「けど楽しい時間って、あっという間なのよね。もうあと二、三日滞在してたいわ」
「私も同じ気持ちです。目的の場所はほぼ回れましたけど、まだまだ行きたいところはありますし」
朱音も渚も観光も真夜との仲の発展も含めて、最高の旅行であったのは間違いないが、やはり四日でも短いと思ってしまう。
最終日の今日はマンションに帰るために、少し早い目の飛行機に乗る事になっているため、朝少ししか観光に使える時間がない。
「確かにな。まあ次はまたGWとか夏休みにでも計画しようぜ。沖縄も良いが、他の観光地にも行ってみたいし」
「賛成! 次は海外もいいかもね」
「いいですね。また計画しましょうか」
母である美琴の親の出身国であるイギリスも一度行ってみたいと思っている朱音は、長期休暇ならば海外も良いかもと言い、渚もそれに賛同する。
「ああ、また三人で旅行しような。おっ、これなんて卓と景吾が喜びそうだな」
「ええっ? こっちの方が良くない? あっ、これも良さそう!」
「こちらはどうでしょうか? ご当地限定ってありますよ?」
三人は土産を選びながらたわいない話を楽しそうにする。
だがこの後、彼らは帰りの飛行機にて、不幸にも事件に巻き込まれる事になる。
◆◆◆
「真昼君は前鬼とそのまま注意を引きつけて! 凜ちゃん達は援護の継続をお願いしますわ!」
「はい!」
「わかった!」
風間、星守の共同での封印されている妖魔の討伐は順調だった。
九州と言うことで風間家が主体となり、嵐が指揮を執る形で真昼と凜がそれに追随する形を取っている。
会談の翌日から始めた討伐もすでに三日目。初日は特級、二日目は最上級を討伐し、三日目の今日は超級クラスの妖魔との戦いとなった。
三人が相対しているのは、ぬりかべと言われる妖魔だ。一般的に巨大な壁に目と手足がついた姿を思い浮かべる事が多いぬりかべだが、彼らが戦っているのは三つ目の獅子の姿をしていた。
体長は三メートルを超え、獅子の姿に恥じぬ強烈な気配を持ち、咆哮を放ってくる。
そして見えない壁のような物を前面に作り出し、攻撃を防いでいる。
あまり強くないイメージのぬりかべであるが、彼らの対峙するぬりかべは、封印されていても弱体化していないようであった。
むしろ封印から解かれた直後から凶暴性を発揮し、目に付く存在を抹殺しようとした。
しかしすでに前鬼や後鬼と対峙した嵐や真昼や凜からすれば、全力で挑まなければならないが、絶望するほどの相手ではなかった。
基本的に戦うのは嵐、真昼、凜の三人であり、明乃や莉子、涼子や朝陽は後詰めである。
ここに結界の展開などを行う楓を始めとしたサポート要員と、その援護に凪などを含めた育成を目的とした少数の人員を配置している。
獅子の姿をしたぬりかべの防御力は凄まじいが、嵐や真昼、凜に加え戦力として前鬼・後鬼まで加わっている状況では多勢に無勢。
負傷を恐れずに突進する前鬼とそれに合わせる形で追随する真昼。後方からそれぞれ水と風の霊術で援護を行う後鬼と凜。頭上から戦闘を逐一観察し、援護や指示を行う嵐。
強力な壁を作り出し、真昼や前鬼の攻撃を防いでも、その隙を突き他の攻撃がぬりかべを襲う。
全方位に壁を作り出そうとも、中途半端な強さでは真昼や前鬼の一撃を防げない。
如何に超級とはいえどうにもできない状況だった。
「まったく。孫達は恐ろしいねぇ。一族総出でどうにかしないといけない超級相手に、わたしらは見ているだけでいいとか、当主をしている時には考えられなかったよ」
「確かにな。二家の合同とは言え、私達がこんな風に無駄話をする余裕があるのだからな」
その様子を眺めている先代の莉子と明乃は、孫達の戦いぶりを見ながら場違いのような会話をしていた。
仮に当主時代の二人が手を組んだとしても、果たしてここまで余裕を持って超級に対処できていたかは未知数だ。
しかも戦っているのは、当主にもなっていない子供だ。自分達があの年代の時に、超級を相手取れと言われればどんな顔をしていたやら。
本当に今の若手は頼もしいというか、末恐ろしいというか。もっとも莉子も明乃も彼らの戦いぶりを見守りつつも、自分達も負けてなるものかと闘志を燃やしている。
「はははっ、本当に誇らしいですな」
「ほんなこつ、子供ん成長ば喜ばん親はおらんね」
朝陽と涼子も嬉しそうに息子達の勇士を見ながら、当主としてでは無く親としての感想を述べる。
涼子の言うように子供の成長を喜ばない親はいない。
女装癖に目覚めたとは言え、嵐の事を認めた涼子は純粋に嬉しい。少なくとも息子は間違いなく自分を超える強さには至れるだろうし、反発はあるだろうが風間を背負う事も出来ると涼子は確信していた。
「これで風間も星守も面目と今後の目処が立ちますね。この合同での対処で、他の六家も単独で無く一族の垣根を超えて動くでしょう」
単独で行っている雷坂には劣るが失敗するよりはいいし、今回の実績があれば他の六家も星守や他の六家と手を組みやすくなるだろう。
何よりも次期当主候補の二人が矢面に立って戦った今回の実績は、確実に後々に活きてくる。程なくして、ぬりかべは討伐された。
風間も星守もこの時はまだまだ余裕があった。
しかしその数時間後、彼らの耳にあり得ない知らせが飛び込んでくるのだった。
◆◆◆
「ひっ!」
その悲鳴は誰の物であっただろうか。
壱岐島の問題の封印を解いた瞬間、出てきたのは身長数メートルはあろうかという巨大な首無しのヒトガタの身体。両膝を地面につき、力なくぐったりとしている。
「狼狽ゆっな。ただん首無しん死体じゃ。確かに最上級クラスん力は感ずっど、こんままないもさせんで討伐すぅど」
颯史郎も一筋の汗を流しているが、周囲の者達がこれまで通り捕縛の術式を展開し、巨体を拘束している。
そもそも動く素振りもない相手だ。ビビる必要は無い。
颯史郎は刀を抜き、左足を前に出し振り上げた刀を右手で支える示現流の代表的な蜻蛉の構えを取る。
「キィエーイ!」
全力の一撃必殺。これまでの妖魔もこれですべて倒してきた。今の颯史郎は刀の力もあり、一撃の威力だけならば、風間宗家の上位、しかも霊器使いと遜色ないほどであった。
刀が巨体を一刀両断する、かに見えた。
「んなっ!? ぐわぁっ!」
巨体が動いた。拘束されているにも関わらずだ。その手が白羽取りの要領で颯史郎の刀を受け止めると、そのまま刀ごと颯史郎を投げ飛ばした。
ヒトガタからあふれ出る妖気が強くなる。何かが共鳴し合うかのように周囲に不気味な音が鳴り響くと、展開していた結界が音を立てて軋み始める。
「な、何が起こってるの!?」
爽香も狼狽えている。ヒトガタの妖気が急速に膨れ上がっているのだ。最上級クラスから特級、そして超級クラスへと。
壱岐島には鬼の伝説がある。平安時代において悪さの限りを尽くしていた鬼の集団が住み着いていた。
鬼の首魁の名は『悪毒王』と言い、その配下に三体の名持ちの鬼を従えていた。
だが討伐に訪れた百合若大臣と言う男に退治された。
その際に首と胴体が真っ二つにされ、その頭は百合若の兜に噛み付き最期には力尽きて絶命したとされている。
またこのエピソードには真っ二つにされた後、頭部だけになった悪毒王は身体と頭をつなぎ合わせるために、鬼の住処である天上の国に薬を取りに戻り、その間に百合若はその身体を岩陰に隠したと言われている。
本来であれば死に絶えたのだから、その身体も消え去る。若百合はその肉体をその場で埋葬した。
しかし実は鬼の身体は消えていなかった。様々な事情があり若百合はこの島を一年後に去るのだが、若百合がいなくなり長い年月が過ぎた頃、その身体からは瘴気が溢れ出した。寸前の所で何とか封印されたのだが、あまりにも年月が経っていたために、それが何の妖魔なのかの記述は失伝していた。
そして今日、その封印を破る者達がこの地にやって来た。
悪毒王はすでに討伐されており、本来の悪毒王では無い。だがその肉体に刻まれた恨み辛み、無念は消え去ることは無い。
黒龍神の時のような変化。だがそれは怨念の化身になるのではない。首から上が再生したのだ。
禍々しい鬼の顔と角。怒り、憎悪、殺意……。自らを討伐した存在を、人間達を憎む怨念が悪毒王を強くした。
拘束の術式を力尽くで破壊し、悪毒王は立ち上がる。人が見上げるほどで、身長は五メートルに近い。
「ゴアァァァァァァァッ!」
耳をつんざかんばかりの咆哮が放たれる。その場にいた幾人もが恐怖に尻餅をつく。
超級クラス。この段階ならば、まだ風間、星守ならば対応出来る。
だが最悪なのは、この場において、対応可能な人間がいない事。この場の人間達は、腐っても風間家の血を引き、他の者達も退魔師としてはそれなりの優秀な者達ばかりであった事。高き霊力を持つ者達は、時に妖魔達にどのような扱いをされるのか。妖魔達が力を増すための手段の一つに何があるのかを。
その事を、この場の者達は恐怖と絶望を以て知ることになるのだった。
◆◆◆
同時刻。
九州南部の鹿児島県鹿児島湾の北部に、桜島と言う活火山が存在する島がある。
歴史上、幾度も噴火を繰り返し近年でも何度も噴火を繰り返している。
噴火に伴う爆発と放出されるエネルギー量は凄まじい。また活火山には龍脈が流れており、霊気のたまり場でもあると同時に、龍穴とも呼ばれる霊気を放出する穴でもある。
火山の噴火は溜まりに溜まった霊気が放出される現象でもある。
放出された霊力は空中を彷徨い、また大地へと還元されていく。
これまでも何度も起こった現象であり、今回もまた桜島の噴火はいつものようなものになるはずだった。
しかし爆発の際のエネルギーは、今回に限り外へと放出される事は無かった。
それは最後のピース。足りなかったのはこの世界に現れいずるために必要なエネルギー。正でも負でもない、純粋な霊気を取り込んだそれは急速にその形を安定させていく。
強大な妖魔の死骸や怨念がその土地を汚したりするのは、力が強すぎるためであり、それを防ぐために浄化などが行われる。
尤も大半は倒され消え去れば僅かな弱い残留思念だけしか残らず、残っていたとしても大地へと還り、時間をかけて消える物である。
だが彰はあまりにも早いサイクルで、これまで封印され続け、悪い意味でその土地に根ざし影響を与えてしまっていた強大な妖魔達を討伐してしまった。
雑魚ならばさほど影響は無かっただろう。だが最上級よりも上ならば話は変わってくる。
特に強い妖魔の封印は、龍脈などの力を借りて行うことが多い。彼らの断末魔の負の思念は、土地に影響を与えるほどではなかったが、龍脈へと流れ込むことを許してしまった。
単体ではさほど問題は無い。核を破壊されたことで、龍脈の霊気を使おうとも復活することはできない。だが数が増えればまた違う現象が起こる。
星守でも大口禍神は龍脈を通ってやって来た。その最期は自爆であり、真夜やルフが浄化したわけではない。もちろん、星守の術者が浄化を施しているので問題は無いが、龍脈にその思念の一部が入り込むことを防げなかった。
他にも京極において、幻那や空亡はルフが消し去ったがそれ以外の超級や特級妖魔は通常の手段で倒された。
さらに言えば、真夜がルフの真の力を解放したことや、空間を破壊して移動したことで、異界との境界が不安定になり、龍脈にも影響を与えたことが『龍』と言う存在を作り出した。
風間と星守が討伐した新たな妖魔の残滓も、それに取り込まれることになる。
噴火とぬりかべの消滅。それがトリガーとなり、『龍』は顕現する。
膨大なエネルギーを得ていることで、度重なる因子が絡みに絡まり、現代に生きる退魔師達からすればありえない、生まれながらにして強大な力を持つ妖魔が誕生した。
桜島の噴火により空に打ち出されたエネルギーは、不安定だった『龍』を確固たる形へと固定した。
『龍』は産声となる咆哮を上げる。
全長十メートル以上。その背には一対の蝙蝠のような翼まで生やしている。
この国の人々に取っては悪夢となる、大口禍神や空亡を超える覇級上位の化け物が突如として出現したのだった。
シリアスさんが帰ってきました。
真夜のトラブル吸引、再開ですね。
今回はやばい奴が同時出現ですが、いきなり強い奴出しても、なんでってなりますので、それなりの理由を付けたつもりです。
告知!
落ちこぼれ退魔師は異世界帰りで最強となる、を連載してくださっているコミックヴァルキリー様含め、四つのレーベル様が一つのサイトで読める『キミコミ』様が先日オープンしました。
今なら無料登録をすると、8月31日まで落ちこぼれ退魔師が異世界帰りで最強となる含め、多くの漫画が無料で読めます!
ぜひこの機会にいかがですか?




